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断罪裁定会以降、アズナ=グランフォードの姿は学院から忽然と消えた。
講義室の最前列――
いつも彼女が静かにノートを取っていた席は空席のまま。
寮の食堂では、彼女が座っていた窓際の席だけが、誰にも使われずに残されている。
香塔にも、もう香の気配はなかった。
残り香すらない、完全な空白。
「おかしいよな……ただ一人いないだけで、こんなにも空気が重くなるなんて」
「朝起きて、香りがしないってだけで、不安になるなんて思わなかった……」
そんな言葉が、廊下のそこかしこから聞こえてくる。
アズナが不在になったことで、誰もが“彼女がいた意味”に気づき始めた。
だがそれは、感謝や懐古ではない。
もっと生々しく――“依存の痛み”だった。
「昨日まで、普通に生活してたはずなのに。
今日は、何をしてても気が抜ける。心がざわつく」
講師たちでさえも動揺を隠しきれず、講義のテンポは落ち、
香塔の管理責任者は「香材の保存状態に問題はないのに、空気が違って感じる」と首をひねる。
ベアトリスもまた、主を失ったまま、香塔の整理を続けていた。
誰にも話しかけられず、誰にも慰められず――
ただ一人、香の記憶を清掃するように、棚を拭き続けている。
数日という時間が、これほど長く感じられるのは、
“戻ってくる”という確信すら持てないからだった。
「アズナ様が、いない」
その事実は、学院全体を“空虚”という名の檻に閉じ込めた。
生徒たちは気づいてしまったのだ。
彼女がいる日常が、“特別”だったのではない。
“彼女がいること”こそが、“日常”そのものだったのだと。
香のない空気は、澄んでいる。
だが、誰の心にも染みわたらない。
静けさは心地よい。
だが、誰にも癒やしを与えない。
アズナがいない。
ただそれだけで、学院は世界の色を失い、
全員が“現実”という感覚にうまく順応できずにいた。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……こんなにも、無色の世界だったんだ。あの方がいないだけで」
それは、断罪によって何かが終わったというよりも――
何も終わらず、ただ“抜け落ちてしまった”ことを痛感させる数日間だった。
講義室の最前列――
いつも彼女が静かにノートを取っていた席は空席のまま。
寮の食堂では、彼女が座っていた窓際の席だけが、誰にも使われずに残されている。
香塔にも、もう香の気配はなかった。
残り香すらない、完全な空白。
「おかしいよな……ただ一人いないだけで、こんなにも空気が重くなるなんて」
「朝起きて、香りがしないってだけで、不安になるなんて思わなかった……」
そんな言葉が、廊下のそこかしこから聞こえてくる。
アズナが不在になったことで、誰もが“彼女がいた意味”に気づき始めた。
だがそれは、感謝や懐古ではない。
もっと生々しく――“依存の痛み”だった。
「昨日まで、普通に生活してたはずなのに。
今日は、何をしてても気が抜ける。心がざわつく」
講師たちでさえも動揺を隠しきれず、講義のテンポは落ち、
香塔の管理責任者は「香材の保存状態に問題はないのに、空気が違って感じる」と首をひねる。
ベアトリスもまた、主を失ったまま、香塔の整理を続けていた。
誰にも話しかけられず、誰にも慰められず――
ただ一人、香の記憶を清掃するように、棚を拭き続けている。
数日という時間が、これほど長く感じられるのは、
“戻ってくる”という確信すら持てないからだった。
「アズナ様が、いない」
その事実は、学院全体を“空虚”という名の檻に閉じ込めた。
生徒たちは気づいてしまったのだ。
彼女がいる日常が、“特別”だったのではない。
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香のない空気は、澄んでいる。
だが、誰の心にも染みわたらない。
静けさは心地よい。
だが、誰にも癒やしを与えない。
アズナがいない。
ただそれだけで、学院は世界の色を失い、
全員が“現実”という感覚にうまく順応できずにいた。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……こんなにも、無色の世界だったんだ。あの方がいないだけで」
それは、断罪によって何かが終わったというよりも――
何も終わらず、ただ“抜け落ちてしまった”ことを痛感させる数日間だった。
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