12 / 26
第十一章 干渉
しおりを挟む
第十一章一話 干渉
ファミレスを出ると、風はますます冷たさを増していた。
奏が手を軽く振って別れたあと、遥はその背を目で追っていた。
笑顔は自然で、歩き方も穏やかで、彼の死が“定められている”ことがますます現実離れして感じられた。
(あんな人が死ぬなんて、どうかしてる……)
携帯を握る手に力がこもる。
何かが間違ってる。世界の方が、狂ってる。
そのときだった。
背後の空気が歪んだ。
街灯の光が一瞬だけ揺れ、気配が変わる。
「……やっぱり来たんだ」
遥が振り返ると、そこに立っていたのは――黒衣の死神。
烏牙とは違う。もっと重く、鋭い。
まるで刀身のように、張り詰めた気配を纏っていた。
「君か。観測権限を持たぬ干渉者が、こんなに深く関わるとは」
男の死神は、冷たい目で遥を見下ろした。
「……彼の担当なのよね、那刃だっけ?」
「そうだ。そして忠告に来た。“関わるな”」
遥は唇を噛んだ。けれど、迷いはなかった。
「無理。……あの人は死ぬべきじゃない」
「何?」
「自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとできる人は、死んじゃいけない。
そういう人こそ、生きていくべきなの。……他に、もっと死ぬべき人間がいるでしょ」
死神 那刃は一瞬、目を細めた。
「……ほう。“死ぬべき人間”?」
風が止まり、空気が鈍くなる。
「たとえば誰だ?碧人のような殺人鬼か?」
遥の喉が詰まった。
言葉が、出ない。
「君は彼のすべてを見たはずだ。
人を殺した男でありながら、君に手を差し伸べ、守ろうとした人間でもあった。
“悪”と“優しさ”を同時に持つ存在を、君はどう裁く?」
遥は下唇を噛んだ。手が震える。
「……でも」
「“でも”なんだ?」
那刃の声は静かで、決して怒ってはいなかった。
むしろ、それを超えた“運命の執行者”としての、無機質な声音。
「篠原奏はあと4日で死ぬ。
変わらぬ事実だ。
そこに誰も関わってはならない。君がいかに人間的な感情を持とうと、制度はそう設計されている」
「じゃあ……教えて」
遥は声を震わせながら、言った。
「烏牙が観測してる、もう一人の男――仁科陸翔くん。
彼もあと4日だった。
……奏くんと一緒に、死ぬの?
なんで、同じ日なの?」
その問いに、死神の目がわずかに揺れた。
そして――
「……君には関係のないことだ」
それだけ言い残して、死神の姿は風とともに消えた。
街灯の光が元に戻り、あたりの空気が静けさを取り戻す。
けれど、遥の中に生まれた問いは、消えなかった。
(“偶然”じゃない。何かが起きようとしてる)
そしてその中心に――奏と陸翔。
二人の“死の重なり”がある。
篠原奏 死亡推定日時まで あと4日
第十一章二話 最後の仕事
夜。
港区のアジト。窓のない薄暗い一室に、煙草と汗の臭いが染みついている。
陸翔は、昼間の宣言――「辞めたい」という一言の“代償”として、再びこの部屋に呼び出されていた。
目の前のテーブルに、幹部の田沼が座っている。
その隣には、初めて見るスキンヘッドの男と、筋肉質の若い兄貴分。どちらも目が笑っていなかった。
「……正気で言ったんだよな、“抜けたい”って」
田沼が煙草を咥えながら、ニヤリと笑う。
「だったら、それなりの“証”を見せてもらわねぇとな」
陸翔は無言で頷いた。
「――いいか。やることは単純だ。強盗だよ。
敵対してるやつらがやってるブランド買い取り屋に、仲間と一緒に“入って”もらう。
レジも在庫もごっそり抜け。殴ってもいい。奴らはうちのシマを荒らしてる連中だ。文句はねぇよな」
言葉は軽くても、目は一切笑っていない。
陸翔の指先がかすかに震えた。
(やっぱり、こうなる……)
「場所は目黒の買取専門店。表向きは健全だけど、中身は裏金の回収所みてぇなもんだ。
そこのレジとバックヤードに、合わせて300は入ってる。小さい店のくせにな」
「……人数は?」
「お前含めて4人。闇バイトの若いやつらだ。連絡先は後で送る」
田沼はスマホを取り出し、写真を数枚見せる。
若い。十代にも見える少年が2人、あと一人は目つきの悪い三十男だった。
「指揮はお前がやれ。全部うまくやりきったら――お前は自由だ。
そのかわり、途中でビビって逃げたら、“わかってんだろ”?」
背後で金属バットの音がまた聞こえた。
昨日と同じ、脅しの合図。
(自由……?)
死神が言っていた。
――“あと五日”、いや今日で四日と。
陸翔は田沼の目をまっすぐに見た。
「……それ、俺がやりきったら、ほんとに手を引いてくれるんですか?」
「当然だよ。命賭けたやつには、それなりの花道用意してやるさ」
ニヤリと笑ったその顔に、真実かどうかはわからなかった。
けれど陸翔は、もう迷っていなかった。
(ここで何もしないまま終わるくらいなら――やる。命を賭けて)
「……わかりました。やります。
準備に必要な物と、集合場所、それから装備の手配だけ、教えてください」
その声に、ほんの一瞬だけ、男たちの表情が変わった。
「へぇ……やっぱり“根性”あるじゃねぇか、仁科。
いいぜ、詳細はLINEで送る。襲撃は“日曜の午後五時”、つまり――“あと四日後”だ」
(四日後……俺の、死ぬ日)
まるで運命がそれを“選んだ”かのようなタイミングだった。
打ち合わせは一時間ほどで終わった。
現場の見取り図、バイトメンバーのコードネーム、逃走ルートの確認。
陸翔はそのすべてを、黙って飲み込んだ。
アジトを出たとき、もう深夜12時を回っていた。
街の光と車の喧騒が、現実の重さをやけに強調してくる。
(やるしかない。ここで逃げたら、俺はただのゴミだ)
(あの日、死神に“あと五日”と告げられたとき――どこかで思ってた。
どうせ死ぬなら、何かを終わらせてから、って)
(それがこれなら……きっと、悪くない)
風が吹き、ジャケットの裾を揺らした。
陸翔の目には、もう迷いはなかった。
仁科陸翔 死亡推定日時まで あと4日
第十一章三話 まっすぐすぎる人へ
午前10時。遥はベッドの上で身を起こし、スマホを握りしめていた。
心臓がざわざわと落ち着かない。
焦燥。胸の奥がぎゅっと縮こまるような、この感覚。
(何かが――起きる。今日、絶対に)
そう確信していた。昨日、死神に言われた「関わるな」という忠告。
その裏にある“予兆”のようなものが、頭から離れなかった。
そんなとき――思い出したのは、昨日ファミレスで交わした、あの人の顔だった。
篠原奏。
名前を交わし、温かい笑顔と一緒にお茶をした。
最初はぎこちなくても、最後には連絡先も交換し、自然に笑えていた自分がいた。
(……連絡しなきゃ)
今さら恥ずかしいなんて言ってられない。
考えるより先に、指がLINEを開いていた。
> 遥:お昼休み何時から? ランチしようよ
送った瞬間、鼓動が跳ねた。
返信は、思ったより早く届いた。
> 奏:13時から14時だけど…ランチ?
> 遥:じゃあ13時にホームセンター行くね
“待ってる”という言葉は、敢えてつけなかった。
それは彼が自分の意思で選ぶべきものだから。
まるで付き合いたてのカップルのようなやり取り。
けれど――遥の胸の内にあるのは、浮ついた恋心ではなかった。
(何とかしなきゃ。時間がない……)
死ぬ運命にある人間を、救いたい。
それがいけないことだとしても、自分の信じた“正しさ”に賭けたかった。
「誰にも関わるな」なんて、聞いていられなかった。
スマホの画面に表示された、奏の素朴なアイコン。
その横に並ぶ短いメッセージ。
(お願い、どうか無事でいて)
そう心の中で呟いて、遥は立ち上がった。
時計はまだ11時前。あと2時間ある。
だけど、じっとしてなんていられなかった。
12時40分。
ホームセンターの裏側、資材搬入口の先にある駐車場の隅。
遥は自販機の影に立ちながら、スマホを何度も確認していた。
既読はついている。
でも――本当に来てくれるだろうか。
“13時に行く”と送ったものの、こんな唐突な誘いを、彼が迷惑に思っていないか、それだけが不安だった。
12時58分。
出口のドアが開いて、制服姿の奏が現れた。
(来た……)
遥は駆け寄るように歩き出す。
まっすぐ彼の前に立ち、何も言わずにその腕を軽く引いた。
「ちょ、ちょっと待って。どこ行くの?」
「こっち。お昼、食べよう」
「え……」
二人はホームセンターの駐車場を抜け、隣接する通り沿いの小さなチェーン系の洋食喫茶店へと入った。
昭和の香りが残る、レトロな雰囲気。
時間帯のせいか店内は空いていて、すぐに窓際の席に案内された。
席に着くと、遥はメニューを手に取って明るく言った。
「ここ、昔ながらのオムライスとかナポリタンが有名な店だよね? 私、初めて来た。何にする?」
その笑顔には、どこか無理して明るくしているような気配があった。
奏はメニューをめくりながらも、その表情に目を留めた。
「……急にどうしたの?」
遥は言葉を詰まらせ、それでも笑顔を崩さずに言った。
「ごめん、迷惑だったかな。どうしても話したくて……」
「いや、迷惑っていうか……びっくりしたよ。安曇さんって、積極的なんだなって」
「……ごめんなさい」
「違うよ。そういう意味じゃない。……嬉しかった」
そう言った瞬間、奏の脳裏に一人の女性の面影が浮かんだ。
大学時代に付き合っていた恋人、「美咲」。
彼女もまた、いつも突然だった。突然連絡をくれて、突然手を引いて、突然笑って――。
(似てるな……あの子に)
空気を読まずにまっすぐくるところも、無理して明るく振る舞うところも。
同じように、どこか無防備で、壊れそうだった。
「……話って?」
奏が問いかける。
遥は一瞬、視線を落とした。
手元の水のグラスが、かすかに震えていた。
ファミレスを出ると、風はますます冷たさを増していた。
奏が手を軽く振って別れたあと、遥はその背を目で追っていた。
笑顔は自然で、歩き方も穏やかで、彼の死が“定められている”ことがますます現実離れして感じられた。
(あんな人が死ぬなんて、どうかしてる……)
携帯を握る手に力がこもる。
何かが間違ってる。世界の方が、狂ってる。
そのときだった。
背後の空気が歪んだ。
街灯の光が一瞬だけ揺れ、気配が変わる。
「……やっぱり来たんだ」
遥が振り返ると、そこに立っていたのは――黒衣の死神。
烏牙とは違う。もっと重く、鋭い。
まるで刀身のように、張り詰めた気配を纏っていた。
「君か。観測権限を持たぬ干渉者が、こんなに深く関わるとは」
男の死神は、冷たい目で遥を見下ろした。
「……彼の担当なのよね、那刃だっけ?」
「そうだ。そして忠告に来た。“関わるな”」
遥は唇を噛んだ。けれど、迷いはなかった。
「無理。……あの人は死ぬべきじゃない」
「何?」
「自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとできる人は、死んじゃいけない。
そういう人こそ、生きていくべきなの。……他に、もっと死ぬべき人間がいるでしょ」
死神 那刃は一瞬、目を細めた。
「……ほう。“死ぬべき人間”?」
風が止まり、空気が鈍くなる。
「たとえば誰だ?碧人のような殺人鬼か?」
遥の喉が詰まった。
言葉が、出ない。
「君は彼のすべてを見たはずだ。
人を殺した男でありながら、君に手を差し伸べ、守ろうとした人間でもあった。
“悪”と“優しさ”を同時に持つ存在を、君はどう裁く?」
遥は下唇を噛んだ。手が震える。
「……でも」
「“でも”なんだ?」
那刃の声は静かで、決して怒ってはいなかった。
むしろ、それを超えた“運命の執行者”としての、無機質な声音。
「篠原奏はあと4日で死ぬ。
変わらぬ事実だ。
そこに誰も関わってはならない。君がいかに人間的な感情を持とうと、制度はそう設計されている」
「じゃあ……教えて」
遥は声を震わせながら、言った。
「烏牙が観測してる、もう一人の男――仁科陸翔くん。
彼もあと4日だった。
……奏くんと一緒に、死ぬの?
なんで、同じ日なの?」
その問いに、死神の目がわずかに揺れた。
そして――
「……君には関係のないことだ」
それだけ言い残して、死神の姿は風とともに消えた。
街灯の光が元に戻り、あたりの空気が静けさを取り戻す。
けれど、遥の中に生まれた問いは、消えなかった。
(“偶然”じゃない。何かが起きようとしてる)
そしてその中心に――奏と陸翔。
二人の“死の重なり”がある。
篠原奏 死亡推定日時まで あと4日
第十一章二話 最後の仕事
夜。
港区のアジト。窓のない薄暗い一室に、煙草と汗の臭いが染みついている。
陸翔は、昼間の宣言――「辞めたい」という一言の“代償”として、再びこの部屋に呼び出されていた。
目の前のテーブルに、幹部の田沼が座っている。
その隣には、初めて見るスキンヘッドの男と、筋肉質の若い兄貴分。どちらも目が笑っていなかった。
「……正気で言ったんだよな、“抜けたい”って」
田沼が煙草を咥えながら、ニヤリと笑う。
「だったら、それなりの“証”を見せてもらわねぇとな」
陸翔は無言で頷いた。
「――いいか。やることは単純だ。強盗だよ。
敵対してるやつらがやってるブランド買い取り屋に、仲間と一緒に“入って”もらう。
レジも在庫もごっそり抜け。殴ってもいい。奴らはうちのシマを荒らしてる連中だ。文句はねぇよな」
言葉は軽くても、目は一切笑っていない。
陸翔の指先がかすかに震えた。
(やっぱり、こうなる……)
「場所は目黒の買取専門店。表向きは健全だけど、中身は裏金の回収所みてぇなもんだ。
そこのレジとバックヤードに、合わせて300は入ってる。小さい店のくせにな」
「……人数は?」
「お前含めて4人。闇バイトの若いやつらだ。連絡先は後で送る」
田沼はスマホを取り出し、写真を数枚見せる。
若い。十代にも見える少年が2人、あと一人は目つきの悪い三十男だった。
「指揮はお前がやれ。全部うまくやりきったら――お前は自由だ。
そのかわり、途中でビビって逃げたら、“わかってんだろ”?」
背後で金属バットの音がまた聞こえた。
昨日と同じ、脅しの合図。
(自由……?)
死神が言っていた。
――“あと五日”、いや今日で四日と。
陸翔は田沼の目をまっすぐに見た。
「……それ、俺がやりきったら、ほんとに手を引いてくれるんですか?」
「当然だよ。命賭けたやつには、それなりの花道用意してやるさ」
ニヤリと笑ったその顔に、真実かどうかはわからなかった。
けれど陸翔は、もう迷っていなかった。
(ここで何もしないまま終わるくらいなら――やる。命を賭けて)
「……わかりました。やります。
準備に必要な物と、集合場所、それから装備の手配だけ、教えてください」
その声に、ほんの一瞬だけ、男たちの表情が変わった。
「へぇ……やっぱり“根性”あるじゃねぇか、仁科。
いいぜ、詳細はLINEで送る。襲撃は“日曜の午後五時”、つまり――“あと四日後”だ」
(四日後……俺の、死ぬ日)
まるで運命がそれを“選んだ”かのようなタイミングだった。
打ち合わせは一時間ほどで終わった。
現場の見取り図、バイトメンバーのコードネーム、逃走ルートの確認。
陸翔はそのすべてを、黙って飲み込んだ。
アジトを出たとき、もう深夜12時を回っていた。
街の光と車の喧騒が、現実の重さをやけに強調してくる。
(やるしかない。ここで逃げたら、俺はただのゴミだ)
(あの日、死神に“あと五日”と告げられたとき――どこかで思ってた。
どうせ死ぬなら、何かを終わらせてから、って)
(それがこれなら……きっと、悪くない)
風が吹き、ジャケットの裾を揺らした。
陸翔の目には、もう迷いはなかった。
仁科陸翔 死亡推定日時まで あと4日
第十一章三話 まっすぐすぎる人へ
午前10時。遥はベッドの上で身を起こし、スマホを握りしめていた。
心臓がざわざわと落ち着かない。
焦燥。胸の奥がぎゅっと縮こまるような、この感覚。
(何かが――起きる。今日、絶対に)
そう確信していた。昨日、死神に言われた「関わるな」という忠告。
その裏にある“予兆”のようなものが、頭から離れなかった。
そんなとき――思い出したのは、昨日ファミレスで交わした、あの人の顔だった。
篠原奏。
名前を交わし、温かい笑顔と一緒にお茶をした。
最初はぎこちなくても、最後には連絡先も交換し、自然に笑えていた自分がいた。
(……連絡しなきゃ)
今さら恥ずかしいなんて言ってられない。
考えるより先に、指がLINEを開いていた。
> 遥:お昼休み何時から? ランチしようよ
送った瞬間、鼓動が跳ねた。
返信は、思ったより早く届いた。
> 奏:13時から14時だけど…ランチ?
> 遥:じゃあ13時にホームセンター行くね
“待ってる”という言葉は、敢えてつけなかった。
それは彼が自分の意思で選ぶべきものだから。
まるで付き合いたてのカップルのようなやり取り。
けれど――遥の胸の内にあるのは、浮ついた恋心ではなかった。
(何とかしなきゃ。時間がない……)
死ぬ運命にある人間を、救いたい。
それがいけないことだとしても、自分の信じた“正しさ”に賭けたかった。
「誰にも関わるな」なんて、聞いていられなかった。
スマホの画面に表示された、奏の素朴なアイコン。
その横に並ぶ短いメッセージ。
(お願い、どうか無事でいて)
そう心の中で呟いて、遥は立ち上がった。
時計はまだ11時前。あと2時間ある。
だけど、じっとしてなんていられなかった。
12時40分。
ホームセンターの裏側、資材搬入口の先にある駐車場の隅。
遥は自販機の影に立ちながら、スマホを何度も確認していた。
既読はついている。
でも――本当に来てくれるだろうか。
“13時に行く”と送ったものの、こんな唐突な誘いを、彼が迷惑に思っていないか、それだけが不安だった。
12時58分。
出口のドアが開いて、制服姿の奏が現れた。
(来た……)
遥は駆け寄るように歩き出す。
まっすぐ彼の前に立ち、何も言わずにその腕を軽く引いた。
「ちょ、ちょっと待って。どこ行くの?」
「こっち。お昼、食べよう」
「え……」
二人はホームセンターの駐車場を抜け、隣接する通り沿いの小さなチェーン系の洋食喫茶店へと入った。
昭和の香りが残る、レトロな雰囲気。
時間帯のせいか店内は空いていて、すぐに窓際の席に案内された。
席に着くと、遥はメニューを手に取って明るく言った。
「ここ、昔ながらのオムライスとかナポリタンが有名な店だよね? 私、初めて来た。何にする?」
その笑顔には、どこか無理して明るくしているような気配があった。
奏はメニューをめくりながらも、その表情に目を留めた。
「……急にどうしたの?」
遥は言葉を詰まらせ、それでも笑顔を崩さずに言った。
「ごめん、迷惑だったかな。どうしても話したくて……」
「いや、迷惑っていうか……びっくりしたよ。安曇さんって、積極的なんだなって」
「……ごめんなさい」
「違うよ。そういう意味じゃない。……嬉しかった」
そう言った瞬間、奏の脳裏に一人の女性の面影が浮かんだ。
大学時代に付き合っていた恋人、「美咲」。
彼女もまた、いつも突然だった。突然連絡をくれて、突然手を引いて、突然笑って――。
(似てるな……あの子に)
空気を読まずにまっすぐくるところも、無理して明るく振る舞うところも。
同じように、どこか無防備で、壊れそうだった。
「……話って?」
奏が問いかける。
遥は一瞬、視線を落とした。
手元の水のグラスが、かすかに震えていた。
1
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる