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第十二章 言葉にならないもの
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第十二章一話 言葉にならないもの
奏が「話って?」と問いかけたその瞬間、遥の口は動かなかった。
何度も何度も、頭の中ではシミュレーションしていた。
けれど、いざその場に来ると、喉が塞がれてしまう。
(どう言えば……どう伝えれば、信じてもらえる?)
“死神”の存在を?
“あなたは今日死ぬかもしれない”と?
狂ってる。そんな話、誰だって信じない。
でも――黙っていられるほど、彼女の心は強くなかった。
「……篠原さん」
なんて呼んでいいか分からず、遥は無難な呼び方を選ぶ。
「うん、なに?」
遥は、しばらく黙ったままテーブルの上を見つめていた。
水の入ったグラスの縁に、指をそっと添える。
「……変なこと、言ってもいい?」
「うん」
「嘘だと思ってもいい。でも、私、本当におかしくなっちゃってるわけじゃないから」
「わかった。聞くよ」
少しずつ、言葉を選びながら遥は話し始めた。
「人ってね……ある日、突然いなくなることがあるでしょ。
事故とか、事件とか、病気とか。ほんとに“突然”。」
奏は黙って聞いている。
「だけど、もしそれが……“前から決まってたこと”だったとしたら?」
「……決まってた?」
「うん。運命、って言ったら変かもしれないけど……その人が“何日に死ぬ”って、誰かに決められてる世界があったとしたらって」
「……安曇さんは、その“誰か”に会ったの?」
遥の目が揺れた。
「……うん」
沈黙。
空気がぴんと張りつめた。
「その“誰か”に――俺のこと、言われたの?」
遥は、驚いたように顔を上げる。
「……わかってたの?」
「なんとなく、だけど。君の顔見たときから。
昨日もそう。今も、どこか――すごく、切羽詰まってる」
「……ごめん、変なことばっかり言って」
「ううん。まだ話の続き、聞きたい」
遥は深く息を吸った。
言葉が喉の奥でつっかえそうになりながら、それでも一歩踏み込んだ。
「私が会ったのは……“死神”だった。
ちゃんと見たの。普通の人には見えない存在。冷たくて、でも嘘はつかないって感じの人」
奏は、静かに目を伏せた。
「その人が言ったの。
――“篠原奏は、もうすぐ死ぬ”って」
沈黙が落ちた。
短くない時間だった。
ようやく奏が口を開いた。
「……なんで俺に、そんなこと教えてくれるの?」
「……わかんない。でも……助けたいって、思ったの。どうしてかは、私にもわからない。
でも、“何もしなかった”ってあとで後悔するのは嫌だった」
奏は、遥の真っ直ぐな目を見つめた。
どこまでも不器用で、どこまでも必死な瞳。
そして、心の奥に残っていた“誰か”の記憶と、重なっていた。
「……俺が死ぬって、“何で”?」
遥は、その問いに答えられなかった。
ただ、唇を噛み締め、目を伏せた。
遥は、喫茶店の窓の外に目をやった。
通りの向こう。歩道の木陰に、黒い服の男が静かに立っていた。
(やっぱり……来た)
全身を黒で包んだその人影は、無表情のままこちらを見ている。
だが遥は、顔色ひとつ変えなかった。
(彼の担当……“死神”)
最初から、わかっていた。
こうなることも、彼が現れることも――想定済みだった。
「どうしたの?」
奏の声がしたが、遥は微笑んだまま振り返った。
「ううん、なんでもない。……話の続き、いい?」
その口調は、さっきまでと何ひとつ変わらない。
まるで窓の外に“死”そのものが立っていようが、関係ないと言わんばかりに。
「さっき言ったこと……信じてとは言わない。でも、私が本気だってことだけは、伝えたい」
「……うん」
奏は真剣な眼差しで頷いた。
どこか不思議な緊張感が漂っていた。
遥の言葉は――とても現実のものとは思えなかった。
けれど、それを語る遥自身は、どこまでも真剣だった。
それが逆に、何より信憑性を持たせていた。
遥は水を一口飲むと、視線を落として言った。
「……私ね、実はすごく後悔してることがあるの。
過去に、大事な人を――ちゃんと守れなかったこと」
「……」
「だから、今度こそって思った。
何があっても、この人だけは助けたいって。
それが誰であっても、“あなた”だったから――もう迷わなかった」
第十二章二話 壊れるということ
窓の外の男は、微動だにしなかった。
見ている。
見下ろしている。
それでも、遥は一切気にしない。視線すら向けない。
(死神の言葉なんか、どうでもいい。
運命がなんだっていうの。
私がここにいるのは――彼を生かすため)
「……君って、不思議だね」
「よく言われる」
遥は小さく笑った。
奏は、遥のまっすぐな言葉を黙って受け止めていた。
目を逸らすこともなく、うつむくこともなく、ただじっと――その声の熱を感じ取っていた。
そして、しばらく沈黙ののちに、ゆっくりと口を開いた。
「……僕はね、あの“死神”のことを、君が言っても驚かなかったよ」
「……」
「だって、もう――僕は直接、彼に言われてる。“もうすぐ死ぬ”って」
遥は思わず息を止めた。
死神がすでに、奏に死を告げていたこと。
そのことに、彼がまるで動揺していないことに――彼女の心はざわついた。
「……怖くなかった?」
「……さあ。たぶん、怖くなかったんじゃなくて、驚かなかったんだと思う」
そう言って、奏は窓の外へ視線をやる。
街路樹の影、相変わらず“黒い人影”がこちらをじっと見ていた。
それを見ても、彼は何の反応も見せなかった。
「僕は……なんていうか、昔から“そういうもの”に、縁があるのかもしれない」
奏の声は低く、穏やかだった。
「大学の頃、事故で恋人を亡くした。明るくて、よく笑う子だった。
あいつがいきなり消えたとき、世界が全部色褪せた。……今でも、そうだよ」
遥は目を伏せた。
「笑ったり、人と喋ったり、仕事したり……ちゃんと“日常”は続いてるのに、
心のどこかでは、ずっと止まってる。あの瞬間から、なにも進めてない」
テーブルに置かれた奏の指が、無意識に握られていた。
遥はただ、静かに彼の言葉を受け止めていた。
「それ以来、自分が“生きてる”って実感が持てなくなった。
生きなきゃ、とは思ってる。でも……“生きたい”のかどうか、よく分からないまま、ここまで来た」
遥は胸を締めつけられるような感覚に襲われた。
その感覚は、過去の自分を見ているようでもあり、碧人の背中を追いかけた記憶を思い出させるものでもあった。
しばらく黙ったあと、奏はぽつりとこぼした。
「……僕も、どこかおかしいんだと思う。
だって、“霊”がはっきり見えるんだよ。普通、見えないよね?
“あの人もうすぐ死ぬ”って、顔見たら分かったりもする。だから、怖いんだ。誰かと深く関わるのが」
遥は息を飲み、そっと両手を組んだ。
「……篠原さん、それでも……それでも、あなたは生きていかなきゃいけない」
彼女は言い切った。強く、優しく。
「あなたの目が見えるものは、誰にも見えない。でもだからこそ、あなたにしかできないことがある。
私には、あなたが“生きる側の人間”だって、そう思える。……絶対に、そう」
奏は、遥を見た。
その目にはかすかな動揺と、深い迷い、そして――ほんの少しの希望が混じっていた。
ホームセンターの出入口を通って、奏が職場へと戻っていく。
遥はその背中を見送った。
細く、少し猫背気味なその背中が、今にも風にさらわれそうに思えた。
――あんな人が、死ぬなんて。
遥は拳を握ったまま、足を速めた。
歩道を渡り、街路樹の影へと向かう。
黒い影――死神は、そこにいた。
人通りの中に紛れていながらも、誰にも視認されずに、ただ静かに立っていた。
遥は真っ直ぐに、そして迷いのない足取りで彼の前へと立った。
「警告するつもり? それとも……罰を与える?」
死神 那刃は微かに目を細めた。口元に笑みはない。
「我々に“罰”という権限も、力もない。あるのは観測し、死を記録することだけだ」
「……じゃあ、私が何を言っても、何をしても――あなたたちは、ただ“見ているだけ”?」
「否。私は既に、君に“警告”は与えた。
そして言わせてもらえば、君の行動はすべて“間違っている”。
死に抗い、運命に干渉し、心を乱し――そのすべてが、破滅に向かっている」
遥は首を横に振った。
「間違ってるのは、あんな良い人を殺そうとするこの世界だよ。
“死ぬ運命だから仕方ない”? “受け入れてるように見える”?
違う。奏くんは、まだ迷ってる。ちゃんと、まだ生きようとしてる」
死神は一瞬だけ沈黙した。
そして目を伏せるようにして、小さく呟いた。
「……君は、疲れないのか?」
遥は虚を突かれたように、目を見開く。
那刃は続ける。
「自分自身のことだけでも手一杯だろうに。
それでも他人の運命に関わり、救ってほしいと頼まれたわけでもない男に手を差し伸べて――それに何の意味がある?」
「……」
「心をこれ以上、すり減らすな。
私は“見える”。君のその心が、このままでは壊れてしまうことが。
君の中に残るあたたかさ、まっすぐさ、それらすべてが消えて――ただの“器”になる未来が、もう見えてしまっている」
遥の瞳が震えた。
堪えきれず、頬に涙がこぼれる。
「わかってるよ……そんなこと……全部、わかってる。
自分が壊れそうなことも、無茶してることも。
“私がやらなきゃ”って思ってるのが、傲慢だってことも……でも……」
彼女は震える唇を押さえるようにして、言葉を絞り出す。
「それでも……見過ごせないの。
もう誰も、目の前で死なせたくない。
自分にできることがあるかもしれないって、思ったら、止まれないの……」
死神はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、遥の涙が落ちるのを、静かに――静かに見ていた。
奏が「話って?」と問いかけたその瞬間、遥の口は動かなかった。
何度も何度も、頭の中ではシミュレーションしていた。
けれど、いざその場に来ると、喉が塞がれてしまう。
(どう言えば……どう伝えれば、信じてもらえる?)
“死神”の存在を?
“あなたは今日死ぬかもしれない”と?
狂ってる。そんな話、誰だって信じない。
でも――黙っていられるほど、彼女の心は強くなかった。
「……篠原さん」
なんて呼んでいいか分からず、遥は無難な呼び方を選ぶ。
「うん、なに?」
遥は、しばらく黙ったままテーブルの上を見つめていた。
水の入ったグラスの縁に、指をそっと添える。
「……変なこと、言ってもいい?」
「うん」
「嘘だと思ってもいい。でも、私、本当におかしくなっちゃってるわけじゃないから」
「わかった。聞くよ」
少しずつ、言葉を選びながら遥は話し始めた。
「人ってね……ある日、突然いなくなることがあるでしょ。
事故とか、事件とか、病気とか。ほんとに“突然”。」
奏は黙って聞いている。
「だけど、もしそれが……“前から決まってたこと”だったとしたら?」
「……決まってた?」
「うん。運命、って言ったら変かもしれないけど……その人が“何日に死ぬ”って、誰かに決められてる世界があったとしたらって」
「……安曇さんは、その“誰か”に会ったの?」
遥の目が揺れた。
「……うん」
沈黙。
空気がぴんと張りつめた。
「その“誰か”に――俺のこと、言われたの?」
遥は、驚いたように顔を上げる。
「……わかってたの?」
「なんとなく、だけど。君の顔見たときから。
昨日もそう。今も、どこか――すごく、切羽詰まってる」
「……ごめん、変なことばっかり言って」
「ううん。まだ話の続き、聞きたい」
遥は深く息を吸った。
言葉が喉の奥でつっかえそうになりながら、それでも一歩踏み込んだ。
「私が会ったのは……“死神”だった。
ちゃんと見たの。普通の人には見えない存在。冷たくて、でも嘘はつかないって感じの人」
奏は、静かに目を伏せた。
「その人が言ったの。
――“篠原奏は、もうすぐ死ぬ”って」
沈黙が落ちた。
短くない時間だった。
ようやく奏が口を開いた。
「……なんで俺に、そんなこと教えてくれるの?」
「……わかんない。でも……助けたいって、思ったの。どうしてかは、私にもわからない。
でも、“何もしなかった”ってあとで後悔するのは嫌だった」
奏は、遥の真っ直ぐな目を見つめた。
どこまでも不器用で、どこまでも必死な瞳。
そして、心の奥に残っていた“誰か”の記憶と、重なっていた。
「……俺が死ぬって、“何で”?」
遥は、その問いに答えられなかった。
ただ、唇を噛み締め、目を伏せた。
遥は、喫茶店の窓の外に目をやった。
通りの向こう。歩道の木陰に、黒い服の男が静かに立っていた。
(やっぱり……来た)
全身を黒で包んだその人影は、無表情のままこちらを見ている。
だが遥は、顔色ひとつ変えなかった。
(彼の担当……“死神”)
最初から、わかっていた。
こうなることも、彼が現れることも――想定済みだった。
「どうしたの?」
奏の声がしたが、遥は微笑んだまま振り返った。
「ううん、なんでもない。……話の続き、いい?」
その口調は、さっきまでと何ひとつ変わらない。
まるで窓の外に“死”そのものが立っていようが、関係ないと言わんばかりに。
「さっき言ったこと……信じてとは言わない。でも、私が本気だってことだけは、伝えたい」
「……うん」
奏は真剣な眼差しで頷いた。
どこか不思議な緊張感が漂っていた。
遥の言葉は――とても現実のものとは思えなかった。
けれど、それを語る遥自身は、どこまでも真剣だった。
それが逆に、何より信憑性を持たせていた。
遥は水を一口飲むと、視線を落として言った。
「……私ね、実はすごく後悔してることがあるの。
過去に、大事な人を――ちゃんと守れなかったこと」
「……」
「だから、今度こそって思った。
何があっても、この人だけは助けたいって。
それが誰であっても、“あなた”だったから――もう迷わなかった」
第十二章二話 壊れるということ
窓の外の男は、微動だにしなかった。
見ている。
見下ろしている。
それでも、遥は一切気にしない。視線すら向けない。
(死神の言葉なんか、どうでもいい。
運命がなんだっていうの。
私がここにいるのは――彼を生かすため)
「……君って、不思議だね」
「よく言われる」
遥は小さく笑った。
奏は、遥のまっすぐな言葉を黙って受け止めていた。
目を逸らすこともなく、うつむくこともなく、ただじっと――その声の熱を感じ取っていた。
そして、しばらく沈黙ののちに、ゆっくりと口を開いた。
「……僕はね、あの“死神”のことを、君が言っても驚かなかったよ」
「……」
「だって、もう――僕は直接、彼に言われてる。“もうすぐ死ぬ”って」
遥は思わず息を止めた。
死神がすでに、奏に死を告げていたこと。
そのことに、彼がまるで動揺していないことに――彼女の心はざわついた。
「……怖くなかった?」
「……さあ。たぶん、怖くなかったんじゃなくて、驚かなかったんだと思う」
そう言って、奏は窓の外へ視線をやる。
街路樹の影、相変わらず“黒い人影”がこちらをじっと見ていた。
それを見ても、彼は何の反応も見せなかった。
「僕は……なんていうか、昔から“そういうもの”に、縁があるのかもしれない」
奏の声は低く、穏やかだった。
「大学の頃、事故で恋人を亡くした。明るくて、よく笑う子だった。
あいつがいきなり消えたとき、世界が全部色褪せた。……今でも、そうだよ」
遥は目を伏せた。
「笑ったり、人と喋ったり、仕事したり……ちゃんと“日常”は続いてるのに、
心のどこかでは、ずっと止まってる。あの瞬間から、なにも進めてない」
テーブルに置かれた奏の指が、無意識に握られていた。
遥はただ、静かに彼の言葉を受け止めていた。
「それ以来、自分が“生きてる”って実感が持てなくなった。
生きなきゃ、とは思ってる。でも……“生きたい”のかどうか、よく分からないまま、ここまで来た」
遥は胸を締めつけられるような感覚に襲われた。
その感覚は、過去の自分を見ているようでもあり、碧人の背中を追いかけた記憶を思い出させるものでもあった。
しばらく黙ったあと、奏はぽつりとこぼした。
「……僕も、どこかおかしいんだと思う。
だって、“霊”がはっきり見えるんだよ。普通、見えないよね?
“あの人もうすぐ死ぬ”って、顔見たら分かったりもする。だから、怖いんだ。誰かと深く関わるのが」
遥は息を飲み、そっと両手を組んだ。
「……篠原さん、それでも……それでも、あなたは生きていかなきゃいけない」
彼女は言い切った。強く、優しく。
「あなたの目が見えるものは、誰にも見えない。でもだからこそ、あなたにしかできないことがある。
私には、あなたが“生きる側の人間”だって、そう思える。……絶対に、そう」
奏は、遥を見た。
その目にはかすかな動揺と、深い迷い、そして――ほんの少しの希望が混じっていた。
ホームセンターの出入口を通って、奏が職場へと戻っていく。
遥はその背中を見送った。
細く、少し猫背気味なその背中が、今にも風にさらわれそうに思えた。
――あんな人が、死ぬなんて。
遥は拳を握ったまま、足を速めた。
歩道を渡り、街路樹の影へと向かう。
黒い影――死神は、そこにいた。
人通りの中に紛れていながらも、誰にも視認されずに、ただ静かに立っていた。
遥は真っ直ぐに、そして迷いのない足取りで彼の前へと立った。
「警告するつもり? それとも……罰を与える?」
死神 那刃は微かに目を細めた。口元に笑みはない。
「我々に“罰”という権限も、力もない。あるのは観測し、死を記録することだけだ」
「……じゃあ、私が何を言っても、何をしても――あなたたちは、ただ“見ているだけ”?」
「否。私は既に、君に“警告”は与えた。
そして言わせてもらえば、君の行動はすべて“間違っている”。
死に抗い、運命に干渉し、心を乱し――そのすべてが、破滅に向かっている」
遥は首を横に振った。
「間違ってるのは、あんな良い人を殺そうとするこの世界だよ。
“死ぬ運命だから仕方ない”? “受け入れてるように見える”?
違う。奏くんは、まだ迷ってる。ちゃんと、まだ生きようとしてる」
死神は一瞬だけ沈黙した。
そして目を伏せるようにして、小さく呟いた。
「……君は、疲れないのか?」
遥は虚を突かれたように、目を見開く。
那刃は続ける。
「自分自身のことだけでも手一杯だろうに。
それでも他人の運命に関わり、救ってほしいと頼まれたわけでもない男に手を差し伸べて――それに何の意味がある?」
「……」
「心をこれ以上、すり減らすな。
私は“見える”。君のその心が、このままでは壊れてしまうことが。
君の中に残るあたたかさ、まっすぐさ、それらすべてが消えて――ただの“器”になる未来が、もう見えてしまっている」
遥の瞳が震えた。
堪えきれず、頬に涙がこぼれる。
「わかってるよ……そんなこと……全部、わかってる。
自分が壊れそうなことも、無茶してることも。
“私がやらなきゃ”って思ってるのが、傲慢だってことも……でも……」
彼女は震える唇を押さえるようにして、言葉を絞り出す。
「それでも……見過ごせないの。
もう誰も、目の前で死なせたくない。
自分にできることがあるかもしれないって、思ったら、止まれないの……」
死神はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、遥の涙が落ちるのを、静かに――静かに見ていた。
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