14 / 26
第十三章 準備・一日目(木曜)
しおりを挟む
第十三章一話 準備・一日目(木曜)
曇り空の下、陸翔はフードを深くかぶって、目黒の街を歩いていた。
強盗の標的となる店舗――「ブランドキャッシュ目黒店」は、目黒通りに面した小さな路面店だった。
表向きは清潔感のある買取専門店。
入口には防犯カメラが1台、営業時間は10時から19時まで。店員は2~3人。
客入りは多くないが、在庫が動くときは“相当な額”が動くらしい。
(問題は……中身だ)
この店は、ただの買取店じゃない。
裏で“組織の金”が動いてる――それが小林からの情報だった。
午前10時30分、陸翔は店の向かいの喫茶店に入り、窓際の席に腰を下ろした。
アイスコーヒーを頼み、ノートを開いて手描きの地図に周辺情報を書き加えていく。
(出入り口は一つ。裏口は従業員専用。警備員はいない。防犯はカメラ頼り)
だが、その“カメラ”の数が問題だった。
表に1台、カウンター上に1台、天井に360度回転のドームカメラが1台。
(これ……どうやって死角を作る?)
ドームカメラは赤外線式、常時録画。動きが読めない。
バイトのユウタに“通行人を装って撮影させた映像”をスマホで確認しながら、陸翔は無言で眉をひそめた。
昼を過ぎたころ、合流の時間がきた。
指定したのは、近くのコインパーキング横にある公園のベンチ。
順に現れた3人のバイトたちは、前日よりは打ち解けていた。
「おーっす。今日も“社会科見学”っすか」
リョウが笑うが、その口元はどこかぎこちない。
「午後は裏口からの侵入ルート確認。ユウタ、カメラの死角を3分ごとに記録しといて。
マコトは周辺の車と住人の動きをチェック。“近所トラブル”が起きやすいタイミングを探す」
「おうよ。こないだ犬連れのジジイがどなってたな。あれ、うまく使えるかもな」
夕方まで、陸翔たちはそれぞれの“役割”を黙々とこなした。
リョウはバス停前で暇を装ってスマホを回し、
ユウタは店舗脇のゴミ出し通路で“写真撮影してたら怒られたふり”をして中の声を録音。
マコトは最寄りのコンビニから出入りする店員の顔を、記憶に焼きつけた。
夜――高円寺のファミレス。
集まった4人は、持ち寄った情報をもとに“第1次作戦案”を構築した。
「侵入は、裏口から。配送業者が来る時間に重ねれば、開いてる可能性が高い」
「店員の一人が19時前に退勤する。入るなら18時台がいいかも」
「一人が“中に残る”タイプだと面倒だな……突入直後に、音を出すか」
「音……?」
「爆竹。車の下で鳴らせば、“事故”と思わせて外へ注意を向けられる」
マコトが提案した。
そのアイデアを聞いたリョウが、息を呑んだように黙った。
「……そこまでするんすか」
「するさ。中途半端が一番危ねえ」
話し合いのあと、陸翔は一人、ファミレスの喫煙所で煙草に火をつけた。
周囲の喧騒が、まるで耳に入ってこなかった。
(あと三日……)
火のついた煙草を見つめながら、陸翔は考えていた。
(こんなに準備して……本当に意味あるのか?)
(“死ぬ”って決まってるのに。ここまでやるのは、なんのためなんだ……)
煙が揺れ、目がかすんだ。
(死神――お前が言った通りになるのか? それとも、俺はこの日を超えて生きるのか?)
その答えは、煙と一緒に空へ消えていった。
仁科陸翔 死亡推定日時まで あと三日
第十三章二話 偶然の輪郭
翌朝。
遥はベッドの上でスマホを握ったまま、しばらくのあいだ送信ボタンを押せずにいた。
(また誘うなんて……うざいかな……)
そんなことを思いながらも、結局、打ち込んだ文はこうだった。
「今日もランチ、行かない?」
あまりにストレートで、何の工夫もない。
でも、それが今の自分の精一杯だった。
数分後、奏から返事が届いた。
「今日は仕事が忙しくて、いつ昼休憩と れるかわからないんだ。
でも、もしよければ夜にご飯行かない?僕がおごるから」
画面を見た瞬間、遥の心が一瞬跳ねた。
まるで、鼓動がひとつ跳び越えたみたいに。
(……夜、ご飯?)
その響きが、どうしようもなく甘くて、嬉しくて、胸の奥がくすぐったくなった。
(違う、恋とかじゃない。ただ……)
ただ、“生きていてほしい人”と、今日もう一度会える。それだけ。
それだけなのに――どうしてこんなにも、ときめいてしまうんだろう。
(服……着替えなきゃ)
何かが変わるわけじゃないのに、新しい服がほしくなった。
まるで、初デートを控えた学生みたいな気分で、遥は街に出た。
大型の駅ビル。
洋服屋のレディースコーナーをつぎつぎに見て回る。
服を見て回る時間が、今日はやけに楽しい。
柄や素材、丈感にまでこだわって――遥は自然と笑みを浮かべていた。
(……今日は、夜にご飯。こんなに人に会うのが楽しみだなんて、変なのに)
奏の存在が、確かに心を軽くしていた。
そんなときだった。
通路を慌てて歩いてきた男と、遥は正面からぶつかりそうになった。
「わっ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
男が手を出しそうな仕草で立ち止まる。
「……うん、大丈夫……あっ」
互いに、息を呑んで顔を見合わせた。
「……あのときの……!」
「え……?」
遥の声に、男がきょとんとする。
(間違いない。あの時、車に乗せられた――)
男の顔は、記憶にしっかり刻まれていた。
(そして……死神の烏牙から聞いた名前。仁科陸翔)
一方、男――陸翔は、遥を認識するのに少し時間がかかったようだった。
「え、おまえ……あの時の女? 車に乗ってきた――似せお嬢様!」
「……似せお嬢様って何よ」
「お前のせいで、俺……殺されかけたんだぞ」
「それ、こっちの台詞でもあるから。
そもそも、誰かと間違えたんでしょ?」
「間違えるわけねーだろ。門の前でボーッと立ってる女がいたら普通声かけるだろ!?」
「それ、理屈になってないよ」
――会話は、まるで噛み合わない。
それでも遥は、冷静に男の全身を観察していた。
(この人が……仁科陸翔)
「あんた……霊、見えるでしょ」
「は? 何だよ、いきなり」
「私、見たことあるの。あなたのそばにいた……死神。真っ黒な」
陸翔は、ピタリと口を閉じた。
「……ああ。あんたも見えるんだな」
(やっぱり……)
遥は小さく息を呑んだ。
「それだけじゃない。あなた――もうすぐ…」
遥は言いかけてやめた。
「……は?」
「知ってるの。仁科陸翔のすべて」
「……っ!」
陸翔の表情が一瞬だけこわばった。
「なんで、名前を……」
「私は、死神の観測対象になってる女。それだけ」
「……あんた、何者だよ」
陸翔が一歩だけ距離を取る。
遥は視線をそらさず、静かに言った。
「ただの人間。でも、あなたのこと……調べたくなった」
「は?」
「偶然だとは思えないの。あなたも、奏くんも――同じ日に、同じ街で…。
何か、絶対繋がってる。私は……それを、見逃したくないだけ」
「……意味がわかんねぇよ。俺に何の関係があるってんだ」
「知らない。でも、私が知りたいの」
視線が交錯する。
お互いの思惑がまったく噛み合っていない。
けれど、その空気の重なりは確かに何かを孕んでいた。
「……もう行く」
陸翔はそれだけ吐き捨て、背を向けて人混みに消えていった。
遥はその背中を見つめながら、心の中で強く呟いた。
(あの人は……何を背負ってるの? そして、どうして“あの日”に死ぬの……?)
第十三章三話 傍観者の視線
帰宅して、バッグを置いたその瞬間。
遥はスマホを手に取り、あの名前を呼んだ。
「烏牙、出てきて。話がある」
返事はない。
それでも遥は知っていた。
彼は必ず来る。放ってはおかない。
そして――それから、ちょうど一時間後。
部屋の窓辺に、黒い影が立っていた。
「……相変わらず人の家に入るの、ためらわないね」
「呼んだのは君の方だろう。入り口がどこであろうと関係ない」
相変わらず、死神・烏牙は感情の読めない目で遥を見つめていた。
けれど今日は、どこか――静かだった。
「聞きたいことがあるの。仁科陸翔って人、あなたが担当してるんだよね?」
「そうだ」
「だったら、住んでる場所や働いている場所、教えて。あと彼のこと、何でもいい。何でも知りたい」
烏牙はわずかに首を傾けたが、特に警戒する様子もなかった。
「君は何のために知ろうとする?」
「彼と、奏くん。ふたりは同じ日に死ぬ予定なんでしょ?
その理由が知りたいの。
――もしかしたら、彼から奏のことで何か役に立つ情報が聞けるかもしれない」
「君は本当に、自分のことより他人の命に執着するな」
「自分のことなんか、もうどうでもいいのかもしれない」
その言葉に、烏牙は一拍だけ沈黙し、おもむろに机の上の卓上カレンダーの角度を修正した。ペン差しに入ったペンも綺麗に整えたあと――口を開いた。
「仁科陸翔。東京都江東区、築年数の古い団地の一室に居住。
最寄り駅は清澄白河。アルバイトと称して、裏稼業に従事している」
「……裏稼業?」
「詐欺、運び、金回収。本人はその世界から抜けたがっているが、現在“最後の仕事”として強盗を命じられている。決行日は――日曜の夕刻。すなわち彼の死の日だ」
遥の背筋に、ぞくりと寒気が走った。
「……そんな危ないことを……」
「自分の意志で選んだ。“死に場所”としてな」
「……なんか、今日は素直な死神だね」
遥が皮肉混じりに言うと、烏牙はほんのわずかに肩をすくめた。
「どうせ、何を言っても無駄だと思ってな。
君は突っ走る。私はただ、それを“観測”するだけの存在だ。
ならばもう――止めることには、意味がない」
「……見ているだけって、辛くない?」
「辛い、という感情があれば、私は死神ではいられない」
沈黙が落ちた。
それでも、遥の胸は燃えるように熱かった。
(陸翔……あなたも、自分で死に向かってるの?
お願い――少しだけでいい。誰かに頼って。助けを求めて)
遥は、視線を遠くへ向けた。
まだ何も終わっていない。
そして、彼女の戦いも、これからだった。
曇り空の下、陸翔はフードを深くかぶって、目黒の街を歩いていた。
強盗の標的となる店舗――「ブランドキャッシュ目黒店」は、目黒通りに面した小さな路面店だった。
表向きは清潔感のある買取専門店。
入口には防犯カメラが1台、営業時間は10時から19時まで。店員は2~3人。
客入りは多くないが、在庫が動くときは“相当な額”が動くらしい。
(問題は……中身だ)
この店は、ただの買取店じゃない。
裏で“組織の金”が動いてる――それが小林からの情報だった。
午前10時30分、陸翔は店の向かいの喫茶店に入り、窓際の席に腰を下ろした。
アイスコーヒーを頼み、ノートを開いて手描きの地図に周辺情報を書き加えていく。
(出入り口は一つ。裏口は従業員専用。警備員はいない。防犯はカメラ頼り)
だが、その“カメラ”の数が問題だった。
表に1台、カウンター上に1台、天井に360度回転のドームカメラが1台。
(これ……どうやって死角を作る?)
ドームカメラは赤外線式、常時録画。動きが読めない。
バイトのユウタに“通行人を装って撮影させた映像”をスマホで確認しながら、陸翔は無言で眉をひそめた。
昼を過ぎたころ、合流の時間がきた。
指定したのは、近くのコインパーキング横にある公園のベンチ。
順に現れた3人のバイトたちは、前日よりは打ち解けていた。
「おーっす。今日も“社会科見学”っすか」
リョウが笑うが、その口元はどこかぎこちない。
「午後は裏口からの侵入ルート確認。ユウタ、カメラの死角を3分ごとに記録しといて。
マコトは周辺の車と住人の動きをチェック。“近所トラブル”が起きやすいタイミングを探す」
「おうよ。こないだ犬連れのジジイがどなってたな。あれ、うまく使えるかもな」
夕方まで、陸翔たちはそれぞれの“役割”を黙々とこなした。
リョウはバス停前で暇を装ってスマホを回し、
ユウタは店舗脇のゴミ出し通路で“写真撮影してたら怒られたふり”をして中の声を録音。
マコトは最寄りのコンビニから出入りする店員の顔を、記憶に焼きつけた。
夜――高円寺のファミレス。
集まった4人は、持ち寄った情報をもとに“第1次作戦案”を構築した。
「侵入は、裏口から。配送業者が来る時間に重ねれば、開いてる可能性が高い」
「店員の一人が19時前に退勤する。入るなら18時台がいいかも」
「一人が“中に残る”タイプだと面倒だな……突入直後に、音を出すか」
「音……?」
「爆竹。車の下で鳴らせば、“事故”と思わせて外へ注意を向けられる」
マコトが提案した。
そのアイデアを聞いたリョウが、息を呑んだように黙った。
「……そこまでするんすか」
「するさ。中途半端が一番危ねえ」
話し合いのあと、陸翔は一人、ファミレスの喫煙所で煙草に火をつけた。
周囲の喧騒が、まるで耳に入ってこなかった。
(あと三日……)
火のついた煙草を見つめながら、陸翔は考えていた。
(こんなに準備して……本当に意味あるのか?)
(“死ぬ”って決まってるのに。ここまでやるのは、なんのためなんだ……)
煙が揺れ、目がかすんだ。
(死神――お前が言った通りになるのか? それとも、俺はこの日を超えて生きるのか?)
その答えは、煙と一緒に空へ消えていった。
仁科陸翔 死亡推定日時まで あと三日
第十三章二話 偶然の輪郭
翌朝。
遥はベッドの上でスマホを握ったまま、しばらくのあいだ送信ボタンを押せずにいた。
(また誘うなんて……うざいかな……)
そんなことを思いながらも、結局、打ち込んだ文はこうだった。
「今日もランチ、行かない?」
あまりにストレートで、何の工夫もない。
でも、それが今の自分の精一杯だった。
数分後、奏から返事が届いた。
「今日は仕事が忙しくて、いつ昼休憩と れるかわからないんだ。
でも、もしよければ夜にご飯行かない?僕がおごるから」
画面を見た瞬間、遥の心が一瞬跳ねた。
まるで、鼓動がひとつ跳び越えたみたいに。
(……夜、ご飯?)
その響きが、どうしようもなく甘くて、嬉しくて、胸の奥がくすぐったくなった。
(違う、恋とかじゃない。ただ……)
ただ、“生きていてほしい人”と、今日もう一度会える。それだけ。
それだけなのに――どうしてこんなにも、ときめいてしまうんだろう。
(服……着替えなきゃ)
何かが変わるわけじゃないのに、新しい服がほしくなった。
まるで、初デートを控えた学生みたいな気分で、遥は街に出た。
大型の駅ビル。
洋服屋のレディースコーナーをつぎつぎに見て回る。
服を見て回る時間が、今日はやけに楽しい。
柄や素材、丈感にまでこだわって――遥は自然と笑みを浮かべていた。
(……今日は、夜にご飯。こんなに人に会うのが楽しみだなんて、変なのに)
奏の存在が、確かに心を軽くしていた。
そんなときだった。
通路を慌てて歩いてきた男と、遥は正面からぶつかりそうになった。
「わっ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
男が手を出しそうな仕草で立ち止まる。
「……うん、大丈夫……あっ」
互いに、息を呑んで顔を見合わせた。
「……あのときの……!」
「え……?」
遥の声に、男がきょとんとする。
(間違いない。あの時、車に乗せられた――)
男の顔は、記憶にしっかり刻まれていた。
(そして……死神の烏牙から聞いた名前。仁科陸翔)
一方、男――陸翔は、遥を認識するのに少し時間がかかったようだった。
「え、おまえ……あの時の女? 車に乗ってきた――似せお嬢様!」
「……似せお嬢様って何よ」
「お前のせいで、俺……殺されかけたんだぞ」
「それ、こっちの台詞でもあるから。
そもそも、誰かと間違えたんでしょ?」
「間違えるわけねーだろ。門の前でボーッと立ってる女がいたら普通声かけるだろ!?」
「それ、理屈になってないよ」
――会話は、まるで噛み合わない。
それでも遥は、冷静に男の全身を観察していた。
(この人が……仁科陸翔)
「あんた……霊、見えるでしょ」
「は? 何だよ、いきなり」
「私、見たことあるの。あなたのそばにいた……死神。真っ黒な」
陸翔は、ピタリと口を閉じた。
「……ああ。あんたも見えるんだな」
(やっぱり……)
遥は小さく息を呑んだ。
「それだけじゃない。あなた――もうすぐ…」
遥は言いかけてやめた。
「……は?」
「知ってるの。仁科陸翔のすべて」
「……っ!」
陸翔の表情が一瞬だけこわばった。
「なんで、名前を……」
「私は、死神の観測対象になってる女。それだけ」
「……あんた、何者だよ」
陸翔が一歩だけ距離を取る。
遥は視線をそらさず、静かに言った。
「ただの人間。でも、あなたのこと……調べたくなった」
「は?」
「偶然だとは思えないの。あなたも、奏くんも――同じ日に、同じ街で…。
何か、絶対繋がってる。私は……それを、見逃したくないだけ」
「……意味がわかんねぇよ。俺に何の関係があるってんだ」
「知らない。でも、私が知りたいの」
視線が交錯する。
お互いの思惑がまったく噛み合っていない。
けれど、その空気の重なりは確かに何かを孕んでいた。
「……もう行く」
陸翔はそれだけ吐き捨て、背を向けて人混みに消えていった。
遥はその背中を見つめながら、心の中で強く呟いた。
(あの人は……何を背負ってるの? そして、どうして“あの日”に死ぬの……?)
第十三章三話 傍観者の視線
帰宅して、バッグを置いたその瞬間。
遥はスマホを手に取り、あの名前を呼んだ。
「烏牙、出てきて。話がある」
返事はない。
それでも遥は知っていた。
彼は必ず来る。放ってはおかない。
そして――それから、ちょうど一時間後。
部屋の窓辺に、黒い影が立っていた。
「……相変わらず人の家に入るの、ためらわないね」
「呼んだのは君の方だろう。入り口がどこであろうと関係ない」
相変わらず、死神・烏牙は感情の読めない目で遥を見つめていた。
けれど今日は、どこか――静かだった。
「聞きたいことがあるの。仁科陸翔って人、あなたが担当してるんだよね?」
「そうだ」
「だったら、住んでる場所や働いている場所、教えて。あと彼のこと、何でもいい。何でも知りたい」
烏牙はわずかに首を傾けたが、特に警戒する様子もなかった。
「君は何のために知ろうとする?」
「彼と、奏くん。ふたりは同じ日に死ぬ予定なんでしょ?
その理由が知りたいの。
――もしかしたら、彼から奏のことで何か役に立つ情報が聞けるかもしれない」
「君は本当に、自分のことより他人の命に執着するな」
「自分のことなんか、もうどうでもいいのかもしれない」
その言葉に、烏牙は一拍だけ沈黙し、おもむろに机の上の卓上カレンダーの角度を修正した。ペン差しに入ったペンも綺麗に整えたあと――口を開いた。
「仁科陸翔。東京都江東区、築年数の古い団地の一室に居住。
最寄り駅は清澄白河。アルバイトと称して、裏稼業に従事している」
「……裏稼業?」
「詐欺、運び、金回収。本人はその世界から抜けたがっているが、現在“最後の仕事”として強盗を命じられている。決行日は――日曜の夕刻。すなわち彼の死の日だ」
遥の背筋に、ぞくりと寒気が走った。
「……そんな危ないことを……」
「自分の意志で選んだ。“死に場所”としてな」
「……なんか、今日は素直な死神だね」
遥が皮肉混じりに言うと、烏牙はほんのわずかに肩をすくめた。
「どうせ、何を言っても無駄だと思ってな。
君は突っ走る。私はただ、それを“観測”するだけの存在だ。
ならばもう――止めることには、意味がない」
「……見ているだけって、辛くない?」
「辛い、という感情があれば、私は死神ではいられない」
沈黙が落ちた。
それでも、遥の胸は燃えるように熱かった。
(陸翔……あなたも、自分で死に向かってるの?
お願い――少しだけでいい。誰かに頼って。助けを求めて)
遥は、視線を遠くへ向けた。
まだ何も終わっていない。
そして、彼女の戦いも、これからだった。
2
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
銀鷲と銀の腕章
河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。
仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。
意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。
全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる