死神の誤算と策略、私の運命はもう変わらない

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第十四章 届かぬベル

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第十四章一話 届かぬベル

 街は夕暮れ色に染まり、ネオンが少しずつ灯り始めていた。
遥はその中を、淡い緊張と決意を胸に歩いていた。

(約束の時間にはまだ早い。……少しだけ、寄り道しよう)
 烏牙から聞いた住所を頼りに、遥は江東区の古びた団地へ足を運んだ。
団地の前に立つと、どこか懐かしい匂いがした。
 壁には経年劣化の染み、踊り場には折れかけた郵便受け。
日々の生活が積み重ねられている――そんな場所。
 (ここに……陸翔は住んでるんだ)
遥は階段を上がり、部屋番号を確認してインターホンの前に立った。
深く息を吸い込んで、ベルを押す。
 ……無音。
再び、押す。
しばらく待つ。
しかし、返事はなかった。
 (留守か……)
 少しだけ期待していた気持ちが、胸の奥で音を立ててしぼんでいく。
 「……まあ、当然か」
 団地の廊下から見える空は、すっかり夜の帳に包まれていた。
遥は小さくため息をついて、その場を離れた。
 スマホを取り出すと、LINEに奏からのメッセージが届いていた。
「先に着きました。予約してある席にいるね。気をつけて来てください」
微笑がこぼれる。
 (……行かなきゃ)
 足早に駅へと向かう。
でも、頭の片隅ではずっと、あの無人の玄関が焼きついていた。
 そこにいたかもしれない人の声も、表情も、何もないまま――
ただ、扉は閉ざされたまま。
(もう一度、ちゃんと……話したい)
遥はそう強く思いながら、人混みに紛れていった。


 奏と待ち合わせのレストランには電車で15分掛かった。
駅に着いたあと小走りで店に向かったんで、冬なのに少し汗をかいた。
 「……ごめんなさい」
遥が息を整えながらレストランの扉を開けると、奥の窓際、予約席に座っていた奏が立ち上がって微笑んだ。
「いや、僕が嬉しくて早く来すぎただけだよ」
 時計を見れば、約束の時間の10分前。
それでも奏はもう、グラスの水を飲み干していた。
 「30分くらい前に着いたんだ。場所、ちゃんと確認しておきたくてね」
「……律儀だなあ、奏くんって…あっゴメン、奏くんって呼んでいいでしょ?」
「え? もちろん。好きに呼んでくれていいよ。 でも君はかわってるね、やっぱり」

 そんな微笑ましいのりとりから始まり、二人の会話は終始穏やかで、笑顔に包まれていた。
料理はクラシカルなイタリアン。
トマトとバジルの香りが立ちのぼり、ワインのように会話が進んでいく。
 趣味のこと、子どものころの話、職場での面白い失敗談――
お互いの空白を少しずつ埋めていくような、心地よい時間。
 そんな中、遥がナイフとフォークをそっと置いた。 

「ねえ、奏くん。……仁科陸翔って子、知ってる?」
奏は一瞬、眉を寄せた。
 「仁科…?」
「20歳くらいで、ちょっとやんちゃな感じの子。でも根は悪くなさそうな子」
奏は少し首を傾げ、グラスを揺らした。
 「うーん、いや。ごめん、知らないな。僕の職場にも近所にも、そういう子いないと思う」
遥は一呼吸おいて、静かに言った。
「……実は、彼にも死神が憑いてるの。 …奏くんと同じ日に……死ぬ予定なの」
フォークを持ったまま、奏の手が止まった。

 「……同じ日?」
「うん」
 「……同じ“時間”?」
「それはわからない。でも、場所もこのあたりで、奏くんの住んでる場所に近いみたい」
奏は言葉を失い、わずかに息を呑んだ。
 「偶然にしては……出来すぎだよね」
「私も、そう思ってる」
重くなりかけた空気の中で、奏がぽつりと言った。
 「安曇さん……君、彼に何かしようとしてるの?」
「ちがうの。助けるとかじゃなくて――
 彼のことを知れば、奏くんが死なない方法が見つかるんじゃないかって。
 だから、ただ……探ってるだけ」
「そんな簡単にはいかないよ。 これって、たぶん“運命”ってやつでしょ?
 誰にも変えられないものなんじゃないの?」
「……そうなんだけど」
遥はナプキンを握りしめ、ゆっくりと語り出した。

「実はね、言ってなかったけど、私も……」
遥は、意を決したように言った。
「……“運命では”死ぬはずだったの。
 …死神が見えるようになったのも、そのせい。
 でもね――死ななかった。運命が、変わったの」
奏は目を見開いた。
 「……ほんとに?」
「うん。かなりの例外だって言われたけど……それでも私は、今も生きてる」
遥の目はまっすぐに、揺らぎのない光を宿していた。
「だから、私は信じてるの。運命は――変えられる、と。
 誰が決めたものでも、諦めなければ、きっと……」
奏はその言葉を、長い沈黙の中で噛みしめた。
そして静かに言った。
 「……じゃあ、少しだけ、希望をもらってもいい?」
「うん、もちろん」
テーブルの上には、まだ温かい料理と、ふたりの笑顔があった。
そしてその下に、小さな決意の火が灯っていた。

篠原奏 死亡推定日時まで あと三日


第十四章二話 準備・二日目(金曜)

 午前10時過ぎ。
陸翔は、阿佐ヶ谷の古い喫茶店に入った。
席はいつもと同じ、店の奥。背後に壁がある場所。
 店内はガラガラで、ジャズがかすかに流れていた。
 (来るか……こないか……)
この日、陸翔は“情報屋アオ”に連絡を取っていた。
 高校時代のバイト仲間。半グレから足を洗い、今は裏の世界の「橋渡し役」として、噂や名簿をさばいて食っている男だ。

 10時23分。
チャイムが鳴り、アオが入ってきた。
長身で無造作な髪。フードを被ったまま、無言で対面の席に腰を下ろした。
 「……よう、久しぶり」
「ああ。悪いな、急に」
 「あんだけ縁切ったのに、今さらって思ったけど……メッセージの内容で察したわ」
 アオは鞄から封筒を取り出し、テーブルに置いた。
 「“三枝”(さえぐさ)か。“当たり”だな」

 中には、カラーコピーされた記事、調査メモ、そしてA4サイズの地図。
 >《白浜会・三枝組の下部団体「渋谷睦会」の収益構造》
 >《表向きの顔:物流業・質屋・建設事業》
 >《実態:詐欺、密輸、臓器仲介、暴行事件複数》
 >《関係者死亡:不審死13件、うち7件が“溺死”扱い》
 「これ……嘘だろ」
「嘘だったらよかったけどな。
 お前らが襲おうとしてる“買取店”、そもそも“現金保管所”じゃない。
 “三枝の資金洗浄ルート”の末端だ。そこの現金が抜かれたら、上まで話が飛ぶ」
 「……ってことは……」
 「やるなら“組織そのもの”を敵に回すってことだ」
 陸翔は、唇を噛んだ。
 「抜けるための“最後の仕事”が、これなのか……」
 「悪いが、追加料金が必要だな。こっちはリスクある情報だからよ」
 アオの言葉に、陸翔は財布から万札を二枚抜いて封筒に押し込んだ。
 「お前、辞めるんだろ? だったら今すぐこの話、やめろ。
 相手が“半グレ”じゃねぇ。“消える”ぞ」
 「……消えるのは、もう決まってる」
「は?」
陸翔は笑わなかった。
 「……いや、なんでもない。ありがとな。助かったよ」

 喫茶店を出たあと、陸翔はそのまま大通りを歩いた。
 空はやけに晴れていた。
眩しさが、どこか現実味を奪っていく。
 (死神が言った。“あと五日”――今日はその二日目)
 (だったら……俺は、あと三日で死ぬ)

 駅に戻る道すがら、公園の遊具で小さな子どもが笑っていた。
陸翔は思わず足を止めた。
ああいう時間が、かつて自分にもあったのだろうか。
 笑って、何も知らずに、未来なんて無限にあると思ってた。
それが今、自分は……
 (命を“捨てに行く側”だ)

 その夜。アパートのベランダで、陸翔はひとり煙草を吸っていた。
いつの間にか、足が震えていた。
今日聞いた話のすべてが、頭の中で何度も反響していた。
 >《三枝組》
 >《不審死》
 >《消える》
 (わかってたはずだろ、こうなるのは)
 でも――
 (俺……まだ、怖いんだな)
はじめて、自分で自分の心の声を認めた。
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