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第五章 揺れる再会の予感
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週末の午後、カフェの窓際に座った遥は、スマホを何度も開いては閉じた。
向かいの席には、半年ぶりに会う親友・由梨が座っている。
高校時代からの付き合いで、東京でもたびたび顔を合わせていたが、最近はまったく連絡が取れなくなっていた。
「……急にごめん、呼び出したりして」
「ううん。……こっちこそ、連絡くれて、嬉しかったよ」
由梨の笑顔はいつもと変わらないように見えた。
けれどその瞳の奥には、微かな翳りがあった。化粧は控えめで、肌には疲労の影が浮かんでいる。
声にも、どこか張りがなかった。
「……仕事、大丈夫?」
遥の問いに、由梨はふっと目を逸らして、小さく笑った。
「うん……まあね。子どもは好きだよ。でも……最近はそれだけじゃやっていけないって、すごく思う」
「園長とか、他の先生は?」
「……頼れる感じじゃないかな。
みんな……なるべく波風立てないように、って空気で……。誰も本音、言わないし」
苦笑した唇の端が、ほんのわずかに引きつっていた。
遥は息をのんで、言葉を探した。
それより先に、由梨のほうからぽつりと告げた。
「……心療内科、通いはじめた」
「薬は……まだ使ってない。けど……そろそろ、きついかも」
その声はかすれていて、けれどどこか諦めにも似た静けさを帯びていた。
遥は、思わず身を乗り出して手を伸ばしかける。
「……そんな……言ってよ。もっと早く、言ってくれたら……」
「ううん、違うの」
由梨はそれを遮るように首を振って、かすかな笑みを浮かべた。
「遥にまで……心配させたくなかったの。誰かに話したら、崩れそうな気がしてて……」
コーヒーカップを持つ指先が、かすかに震えていた。
それを気取られないようにするかのように、視線はカップの中に落ちたまま。
「……でも、今日はね、どうしても……誰かに会いたかった。
誰かと話してないと、自分がどこにいるのか分からなくなりそうで」
遥は黙ってうなずき、そっと由梨の目を見つめた。
彼女は壊れてしまいそうだった。
それでも──まだ、壊れていない。
笑おうとしている。声を出そうとしている。会ってくれた、それだけで、いまは十分だった。
*
帰り道、遥のポケットの中でスマホが震えた。
病院の名前だった。受信画面にはこう表示されていた。
「如月碧人様より、安曇様にご連絡希望とのこと」
遥は思わず立ち止まり、画面を凝視した。
(また……会いたいってこと?)
鼓動が少し速くなる。彼に再び会うことに、恐れはなかった。むしろ、どこか期待のようなものがあった。
(……私は何を、期待してるの?)
街路樹が揺れる午後の風の中、遥は深く息を吐いた。
*
日曜日の午後。喫茶店の入口で、遥はそわそわと足元を見つめていた。
ドアベルが鳴り、ふと顔を上げると、如月碧人が現れた。淡いグレーのシャツに、落ち着いた色合いのジャケット。病院で見たときとはまた違う、柔らかい印象だった。
「こんにちは。急に連絡してしまってごめんなさい」
「ううん。 もう身体の方は大丈夫なんですか?」
優しい笑顔で遥の目をみて
「お陰様で」
遥も微笑みを返した。
二人はテーブル席に腰を下ろした。昼下がりの喫茶店は程よく空いていて、静かなピアノ曲が流れていた。
碧人は手にしていた紙袋から、小さな花束を取り出した。
「ほんの気持ち。助けてもらったお礼……になればいいんですけど」
遥は驚いたようにそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます。そんなの、いいのに……」
「君がいなかったら、僕は今ここにいない。 君に会って、ちゃんとお礼が言いたかったんです」
彼のまっすぐな視線に、遥は自然と笑みを返していた。
ただ、その内心は決して穏やかではなかった。
(……なにこの顔、芸能人か何か? 病院で見たときも整ってたけど、改めて目の前で向き合うと、これは……無理。平静装ってるけど、こっちの心臓がもたないって)
自分がいま“恋愛対象になるかも”なんて想像をしてしまったことに気づいて、遥は内心赤面した。
(バカじゃないの私。もう恋愛とかいいって思ってたくせに、何のつもり? のぼせるの早すぎ。彼はただのお礼に来てくれただけ。これは人として当然の礼儀、はい終了!)
頭の中で自分に言い聞かせながらも、わずかに早まる鼓動をごまかす術がなかった。
注文を済ませ、紅茶が運ばれてくる頃には、二人の会話は少しずつ打ち解け始めていた。
碧人は記憶が戻らないことへの戸惑い、けれども“今の自分を大事にしたい”という思いを静かに語った。
遥は、不思議な安心感と違和感の間で揺れていた。
(やっぱり……この人、どこか違う気がする。でも……この笑顔は嘘じゃない)
碧人がふと、遥の指先を見て言った。
「手……あのときも、君の手はこんな風に僕を包んでくれてた気がします」
遥は少しだけ視線を落とした。
「そんな大したことじゃないです。ほんの偶然だったし」
その瞬間、喫茶店のガラス窓が軽く鳴った。
──窓際の外。建物の向かい、電柱の上に黒い影があった。
死神・烏牙は、無風にもかかわらずなびく外套を揺らしながら、じっと彼らを見下ろしていた。
『対象A:如月碧人。記憶回復兆候なし』 『対象B:安曇遥。情緒的混乱観測』
「これは……予想より、ずいぶんと……まずいぞ……」
懐から風速計のような機器を取り出すと、喫茶店の排気口の角度を測り始める。
「換気の乱れは、運命の乱れに直結する……っ」
意味不明な呟きを漏らしながら、周囲の看板の傾きやポストの向きを矯正して回る。
『警告:現在の行動は規定対象外です』
それでも烏牙は手を止めなかった。
「……整っていれば、運命も正しく流れる……はずだ」
その真剣さが滑稽で、だがどこか切実でもあった。
向かいの席には、半年ぶりに会う親友・由梨が座っている。
高校時代からの付き合いで、東京でもたびたび顔を合わせていたが、最近はまったく連絡が取れなくなっていた。
「……急にごめん、呼び出したりして」
「ううん。……こっちこそ、連絡くれて、嬉しかったよ」
由梨の笑顔はいつもと変わらないように見えた。
けれどその瞳の奥には、微かな翳りがあった。化粧は控えめで、肌には疲労の影が浮かんでいる。
声にも、どこか張りがなかった。
「……仕事、大丈夫?」
遥の問いに、由梨はふっと目を逸らして、小さく笑った。
「うん……まあね。子どもは好きだよ。でも……最近はそれだけじゃやっていけないって、すごく思う」
「園長とか、他の先生は?」
「……頼れる感じじゃないかな。
みんな……なるべく波風立てないように、って空気で……。誰も本音、言わないし」
苦笑した唇の端が、ほんのわずかに引きつっていた。
遥は息をのんで、言葉を探した。
それより先に、由梨のほうからぽつりと告げた。
「……心療内科、通いはじめた」
「薬は……まだ使ってない。けど……そろそろ、きついかも」
その声はかすれていて、けれどどこか諦めにも似た静けさを帯びていた。
遥は、思わず身を乗り出して手を伸ばしかける。
「……そんな……言ってよ。もっと早く、言ってくれたら……」
「ううん、違うの」
由梨はそれを遮るように首を振って、かすかな笑みを浮かべた。
「遥にまで……心配させたくなかったの。誰かに話したら、崩れそうな気がしてて……」
コーヒーカップを持つ指先が、かすかに震えていた。
それを気取られないようにするかのように、視線はカップの中に落ちたまま。
「……でも、今日はね、どうしても……誰かに会いたかった。
誰かと話してないと、自分がどこにいるのか分からなくなりそうで」
遥は黙ってうなずき、そっと由梨の目を見つめた。
彼女は壊れてしまいそうだった。
それでも──まだ、壊れていない。
笑おうとしている。声を出そうとしている。会ってくれた、それだけで、いまは十分だった。
*
帰り道、遥のポケットの中でスマホが震えた。
病院の名前だった。受信画面にはこう表示されていた。
「如月碧人様より、安曇様にご連絡希望とのこと」
遥は思わず立ち止まり、画面を凝視した。
(また……会いたいってこと?)
鼓動が少し速くなる。彼に再び会うことに、恐れはなかった。むしろ、どこか期待のようなものがあった。
(……私は何を、期待してるの?)
街路樹が揺れる午後の風の中、遥は深く息を吐いた。
*
日曜日の午後。喫茶店の入口で、遥はそわそわと足元を見つめていた。
ドアベルが鳴り、ふと顔を上げると、如月碧人が現れた。淡いグレーのシャツに、落ち着いた色合いのジャケット。病院で見たときとはまた違う、柔らかい印象だった。
「こんにちは。急に連絡してしまってごめんなさい」
「ううん。 もう身体の方は大丈夫なんですか?」
優しい笑顔で遥の目をみて
「お陰様で」
遥も微笑みを返した。
二人はテーブル席に腰を下ろした。昼下がりの喫茶店は程よく空いていて、静かなピアノ曲が流れていた。
碧人は手にしていた紙袋から、小さな花束を取り出した。
「ほんの気持ち。助けてもらったお礼……になればいいんですけど」
遥は驚いたようにそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます。そんなの、いいのに……」
「君がいなかったら、僕は今ここにいない。 君に会って、ちゃんとお礼が言いたかったんです」
彼のまっすぐな視線に、遥は自然と笑みを返していた。
ただ、その内心は決して穏やかではなかった。
(……なにこの顔、芸能人か何か? 病院で見たときも整ってたけど、改めて目の前で向き合うと、これは……無理。平静装ってるけど、こっちの心臓がもたないって)
自分がいま“恋愛対象になるかも”なんて想像をしてしまったことに気づいて、遥は内心赤面した。
(バカじゃないの私。もう恋愛とかいいって思ってたくせに、何のつもり? のぼせるの早すぎ。彼はただのお礼に来てくれただけ。これは人として当然の礼儀、はい終了!)
頭の中で自分に言い聞かせながらも、わずかに早まる鼓動をごまかす術がなかった。
注文を済ませ、紅茶が運ばれてくる頃には、二人の会話は少しずつ打ち解け始めていた。
碧人は記憶が戻らないことへの戸惑い、けれども“今の自分を大事にしたい”という思いを静かに語った。
遥は、不思議な安心感と違和感の間で揺れていた。
(やっぱり……この人、どこか違う気がする。でも……この笑顔は嘘じゃない)
碧人がふと、遥の指先を見て言った。
「手……あのときも、君の手はこんな風に僕を包んでくれてた気がします」
遥は少しだけ視線を落とした。
「そんな大したことじゃないです。ほんの偶然だったし」
その瞬間、喫茶店のガラス窓が軽く鳴った。
──窓際の外。建物の向かい、電柱の上に黒い影があった。
死神・烏牙は、無風にもかかわらずなびく外套を揺らしながら、じっと彼らを見下ろしていた。
『対象A:如月碧人。記憶回復兆候なし』 『対象B:安曇遥。情緒的混乱観測』
「これは……予想より、ずいぶんと……まずいぞ……」
懐から風速計のような機器を取り出すと、喫茶店の排気口の角度を測り始める。
「換気の乱れは、運命の乱れに直結する……っ」
意味不明な呟きを漏らしながら、周囲の看板の傾きやポストの向きを矯正して回る。
『警告:現在の行動は規定対象外です』
それでも烏牙は手を止めなかった。
「……整っていれば、運命も正しく流れる……はずだ」
その真剣さが滑稽で、だがどこか切実でもあった。
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