死神と私と、優しい殺人鬼の想い出

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第六章 さざ波の記憶

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その夜、碧人は帰宅してからもしばらく、喫茶店での遥との会話を反芻していた。
笑った顔。少し恥ずかしそうに目を逸らす仕草。
そして、ふとした瞬間に彼の胸をよぎった、言葉にならない違和感。

(……なんだろう、あの感覚)
手の中に、あたたかくて細い指があった。
記憶ではない。けれど感触だけが確かに残っているような、不思議な感覚。
枕に頭を預け、天井を見つめたまま、碧人は静かに目を閉じた。

そして、夢を見た。
暗く、湿った部屋。冷たい床。白い布に包まれた“何か”を抱きしめている自分。
腐臭、という言葉を知らなくても、それが“死”であることを本能で理解している。
しかし、恐怖はない。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いているような、虚しさだけがあった。
「……お姉ちゃん?」
その言葉が、唇から零れた。
そこで、目が覚めた。
冷や汗をかいていた。
(夢……?)
胸に手を当てると、心臓がどくどくと不規則に脈打っていた。
目を閉じるたびに、あの白い布が瞼の裏に浮かぶ。
(誰……? なんで……あんな夢を?)

―翌朝
喫茶店の看板が傾いているのを見つけた烏牙は、即座に直角に戻していた。
「これ以上、余計な揺らぎは許されない……」
その手には『死者運命記録管理簿』があり、最新のページには碧人の名前が赤く縁取りされていた。
『対象:如月碧人。記憶断片の揺り戻し兆候あり。要監視。』
「……始まったか。まずいな、これは」
真面目な顔でぼやいたその声は、誰にも届かない高所の風に紛れて消えた。


朝の出勤途中、遥はふとした違和感に足を止めた。
通勤路にある小さな公園。普段は気に留めない場所だったが、その日だけは妙に視線を感じた。
ベンチに、黒いコート姿の男が座っていた。
目立たないが整った顔立ち、長身でやけに静かな佇まい。
(……また、この人)
思い返せば、最近になって何度か視界に映った気がする。不自然ではないけれど、記憶に残る存在感。

「……あの、もしかして……以前にもどこかで……」
遥が勇気を出して声をかけると、男はすっと立ち上がった。
「……安曇遥さん」
「えっ……どうして、私の名前……?」
「君に話したいことがあります。……どうか驚かずに聞いてください」
その声は落ち着いていて、どこか寂しげでもあった。

「私は“死神”です」

遥は瞬きをした。 (……はい?)
一瞬だけ頭が真っ白になり、次の瞬間には考えが暴走した。
(え、なに? ドッキリ? テレビ? 隠しカメラとか? いや、まさか……でも、この空気……本気で言ってる?)
遥は一歩だけ下がって、男の顔を観察する。 整いすぎた顔、無駄に長身、浮世離れした喋り方。
(宗教? いやいや、それならもっと強引に勧誘してくるはず……っていうか、こんな真面目に“死神です”って言われても困るんだけど)
一拍置いてから、ようやく言葉を返した。 遥はぽかんと口を開けて立ち尽くす。
「あの……なにかの……宗教の勧誘とかじゃ……」
「違います。私の仕事は“運命の管理”です。そして君の命には、既に“終わりの印”が付けられています」
空気が凍った。
「……は?」
「ただ、本来の死の運命は狂ってしまいました。君を殺すはずだった人物──如月碧人の運命が歪められたことで」
遥は息を呑んだ。
「それって……あの事故……」
死神──烏牙はうなずいた。
「本来、私は“手を出してはいけない看板”を直してしまった。それにより、彼は事故に遭い、記憶を失った。結果、君はまだ生きている」
「そんな……何それ……」
「私は、君を死なせなければならない。それが私の職務です。生前に重大な過失を犯した私にとって、この任務の失敗は……すなわち、再び“赦されない存在”になることを意味します」
(……やっぱりこの人、相当やばい人なんじゃない? いや、でも……こんなに真剣に“運命”とか“職務”とか言う? 逆にここまで突き抜けてると信じたくなるのが人間心理ってやつ?)
遥は、自分の中で“怖い”と“面白い”が綱引きをしているような感覚に陥っていた。それが私の職務です。生前に重大な過失を犯した私にとって、この任務の失敗は……すなわち、再び“赦されない存在”になることを意味します」
遥は、足元が崩れるような感覚に襲われた。
「でも……なんで私にそれを話すの?」
「……わかりません。ただ……私も、誰かに知ってほしかったのかもしれない」
初めて、彼の顔に“人間らしい”影が差した。
「君に死んでほしくはない。だが、私にはそれを避ける力がない。だから、正しく運命が流れるよう、私は“整える”」
そう言って、烏牙はベンチに置かれた空き缶をピタリと真ん中に揃えた。
その律儀な仕草に、遥は訳もなく涙が込み上げた。
「……変な死神」
「すいません」
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