死神と私と、優しい殺人鬼の想い出

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第十二章 ささやかな再会

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季節は春の名残を残しながら、梅雨入り前の心地よい晴れ間が続いていた。
あれから一ヶ月──由梨が無事に退院してから、遥は何度かメッセージを送り合っていたが、今日ようやく会えることになった。
待ち合わせ場所は、郊外の静かなイタリアンレストラン。テラス席に座った遥のもとへ、軽やかな足取りでやってきたのは、どこか表情の柔らかくなった由梨だった。

「遥~、久しぶり」
「由梨……元気そうで、本当に良かった……!」
思わず立ち上がって抱きしめたくなるほどだった。
由梨は、笑って「ちょっと痩せたけどね」と冗談めかして言いながら、椅子に腰を下ろした。
やがて、少し遅れて和馬も現れ、三人でランチを囲むことになった。
食事中は昔話や近況の話題で賑やかだったが、ふとした沈黙のあと、和馬がふいに切り出した。
「そういえば……あのとき、由梨の家の前にいた男性、遥の彼氏さん?」
遥はフォークを止めて、わずかに肩をすくめた。
「えっ……あ、ううん、そういうわけじゃないんだけど……ちょっと知り合いで……」
曖昧に笑ってごまかす自分が少し情けなくて、でも嘘はつきたくなくて。
和馬は気まずさを察したのか、すぐに話題を変えた。
(……彼氏、か)
遥は、窓の外の光に目を細めながら思った。
あの人と一緒にいるとき、自分は何度も救われた。
優しくて、静かで、でもどこか寂しさをまとったその笑顔を、もっと近くで見ていたいと思ってしまう自分がいた。
けれどその思いが、どこか罪悪感にも似た苦しさを連れてくる。
(私が見ている“彼”は、記憶を失った姿。もし記憶が戻ってしまったら、あの優しさも、この穏やかさも──消えてしまうんじゃないか)
不安が、心の奥底でさざ波のように揺れていた。
それでも、ふと思う。
(彼がどんな過去を持っていても。……それでも、私は)
言葉にならない思いが胸を満たす。
確信ではない。ただ、願いにも似た想い。
(もしも……彼と、これからも歩いていけたなら──)
その願いが、静かに、でも確かに芽生えていた。


目覚めた瞬間、碧人は胸の奥に残る微かな痺れに気づいた。夢を見ていた。
誰かの声。名前を呼ばれていた気がする──懐かしくて、悲しくて、冷たい声。
だが目を開けた今、それが誰だったのかは思い出せない。
何かが、少しずつ輪郭を持って浮かび上がってきている。
薄皮一枚の向こうに潜む、どろりとした記憶の残骸。
それに触れれば、自分は──何か取り返しのつかないものを思い出してしまう。
碧人はベッドの上でじっと天井を見つめながら、深く息を吐いた。

(遥……)
彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。柔らかな声、手の温もり。
不思議なほど安心できる存在。
だが、その想いの奥に、得体の知れない“黒いもの”が時折入り込んでくる。
(そばにいてほしい。……永遠に)
それは愛だろうか。執着だろうか。あるいは──殺意。
自分の中の何かが、遥を見ているとざわつく。
胸が締めつけられ、手が勝手に動きそうになる瞬間がある。
怖い。
それでも、会いたいと思ってしまう。


遥は休日の昼下がり、街のカフェで窓際の席に座っていた。
目の前には、待ち合わせ時間より少し遅れてやってきた碧人が、アイスティーを手に腰を下ろす。

「ごめん、少し寝坊して……」
「大丈夫、私もついたばかり」
微笑んで返しながらも、遥は碧人の表情をじっと見つめていた。
最近、彼の言葉や仕草のなかに、どこか遠くを見ているような“間”が混じっている。
目が合った瞬間、何かを強く押し殺しているような……そんな風にも感じる。
(なにか……思い出し始めてる?)
ふとした瞬間、彼の視線が鋭くなった。
まるで、遥ではない何かを見ているような目。その一瞬が、背筋を凍らせた。
でも──次の瞬間、碧人は微笑んだ。
「遥の目って、やっぱり不思議だな。見てると、落ち着く」
(いつからだろう、遥ちゃんじゃなく遥って呼んでくれるようになった)
しかしその言葉に、遥は頷きながらも胸の奥に小さな違和感を残した。
(さっきのあの目……あれは、なに?)
不安と、それでも信じたいという気持ちがせめぎ合う。


その夜、碧人はひとり、自室の椅子に座っていた。
電気もつけず、暗い部屋のなかで、手元のスケッチブックを開く。
そこには──自分でも無意識に描いていた、遥の顔。何枚も、何十枚も。
(君をずっと……見ていたい。君だけが、僕の生きている意味だ)
しかし、ページの隅に混じる別の顔。
女の子。
幼いころの記憶。
凍った手。腐った匂い。冷たい頬に触れて眠った、冬の日の記憶。
(姉さん……?)
なぜ、自分の中にこんな記憶があるのか。
遥と笑い合っているとき、ふと姉の影が脳裏に差す。遥と姉の顔が重なる──
息が詰まる。
何かが、自分のなかで壊れていく音がする。
「……違う、遥は……違う」
頭を抱え、机に突っ伏す碧人。
愛したい。守りたい。
でも、その奥に、遥を“閉じ込めたい”という衝動が蠢いている。
“永遠”という名の、歪んだ執着が。
そしてその影は、確かに──遥にも、少しずつ届き始めていた。
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