15 / 30
第十四章 死神たちの会議
しおりを挟む
死神たちが集う空間は、この世のどこにも存在しない“境界”にあった。灰色の空間に、淡くゆらめく灯火のような光が浮かぶ。そこは魂の余熱と未練が交差する場所──『中庁』。
烏牙は、その会議室の中央に立っていた。
「……烏牙。君はまた、予定外の延命を引き起こしたそうだね」
冷ややかな声が空間を満たす。口を開いたのは、烏牙よりも古参の死神・灯翔(とうしょう)だった。厳格な表情と鋭い視線は、長年の任務で多くの“終焉”を見届けてきた証だ。
「今回は明確なルール違反だ。対象者に干渉し、事故を発生させた。運命を逸らした責任は重い」
「……申し訳ありません。私の過失です」
烏牙は真面目に頭を下げた。だが、その声の奥にはいつもの硬直した義務感とは異なる、微かな迷いがあった。
「君の行為の影響で、碧人──本来殺人を再び犯すべき存在が“逸れた”まま進行している」
「彼の衝動は未だ眠ってはいない。記憶の断片は戻りつつあり、いずれ元に戻るでしょう」
「だが、“遥”という存在の干渉により、確定したはずの未来が乱れている」
烏牙は口を閉じ、わずかに視線を落とした。
(本当に、乱れているだけなのか……?)
灯翔は静かに歩み寄り、こう付け加えた。
「我々は“正しい死”を導く存在だ。だが時折、死に抗い生を選ぶ者が現れる。それに対して、君はどう思う?」
「……理解はできません。しかし、否定も……できません」
一瞬の静寂ののち、もう一人の死神──由梨を担当していた死神・和濤(なごみ)が口を開いた。
「遥という存在は、もしかすると“転換点”かもしれません。死神制度そのものが見直される可能性を孕んでいる」
「それは“希望”か、それとも“混乱”か──」
誰かの囁きが空間に響いた。誰が言ったのかは、もはや定かでなかった。
烏牙は、心の中に重く冷たい石が沈むような感覚を覚えながら、ふと遥の微笑みを思い出していた。
(もし彼女が、碧人の運命を本当に変えてしまったとしたら……それは、間違いなのか?)
*
夕暮れのオフィス。書類の束を整えながら、安曇遥は小さくため息をついた。
最近、妙なことが続いている。
机の上に置いたはずの私物が、気づけば微妙に位置を変えている。引き出しの中の私物が、わずかに乱れている。最初は気のせいだと思った。けれど――
ロッカーの中に、見覚えのないメモが入っていた。
《君は誰を信じているの?》
筆跡は崩してあるが、どこか見覚えがあるような、それでいて不気味な冷たさがあった。
(気のせいじゃない。誰かが、私の周囲に……)
その瞬間、後ろから肩に手が置かれた。
「遥ちゃん、大丈夫? 顔、疲れてるみたいだよ」
岡部主任だった。笑顔。優しさ。いつもと同じ、けれど――なぜか今日は、その手が冷たく感じた。
「……ありがとうございます、大丈夫です」
そう言って早々にその場を離れた遥の足取りは、心なしか速かった。
―夜
遥は碧人の部屋を訪れていた。
静かな部屋。テーブルには温かい紅茶と、彼が焼いてくれたというパウンドケーキ。
けれど遥は、手をつける前に口を開いた。
「……ちょっと、変なこと言っていい?」
碧人は真剣にうなずいた。
「ここ最近……誰かに、見られてる気がするの。部屋じゃない。職場で。……もしかしたら、それ以外の場所でも」
「……ストーカー?」
「……わからない。でも、ロッカーの中に妙なメモが入ってて。前にもあったの。私物の位置が変わってたり、書類が手に触れられた気配があったり……でも最近は気にしないようにしてた。あなたと会うことのほうが大事だったから」
遥は笑おうとしたが、すぐに表情が曇った。
「でも、もしかしたら――前から見られてたのかも。あの事故のときも、誰かが背後にいた気がした」
碧人はゆっくりとカップを置いた。
「誰か、心当たりは?」
遥はしばらく沈黙したあと、小さな声で答えた。
「……岡部主任、かもしれない。優しくて、周囲からも評判は悪くない。でも……優しすぎるの。時々、妙に“知ってる”ようなことを言う。たとえば、私の予定とか、生活のこととか……話してないのに」
碧人の指先が静かに震えた。
「それ、もう“偶然”の範囲じゃないかもしれない」
彼の声は低かった。穏やかさの奥に、鋭い緊張がにじんでいた。
「……僕が調べてみる。君に何かあったら、絶対に許せないから」
遥は、彼の言葉に一瞬、救われたような表情を見せた。
しかしその胸の奥では、別の恐怖がわだかまっていた。
(――碧人が動くことで、彼の記憶が刺激されることはないのか?)
誰かに守られる安心と、守ろうとする者が壊れてしまうかもしれない不安。
それは、いまの彼と自分を繋ぐ、あまりにも危うい絆だった。
烏牙は、その会議室の中央に立っていた。
「……烏牙。君はまた、予定外の延命を引き起こしたそうだね」
冷ややかな声が空間を満たす。口を開いたのは、烏牙よりも古参の死神・灯翔(とうしょう)だった。厳格な表情と鋭い視線は、長年の任務で多くの“終焉”を見届けてきた証だ。
「今回は明確なルール違反だ。対象者に干渉し、事故を発生させた。運命を逸らした責任は重い」
「……申し訳ありません。私の過失です」
烏牙は真面目に頭を下げた。だが、その声の奥にはいつもの硬直した義務感とは異なる、微かな迷いがあった。
「君の行為の影響で、碧人──本来殺人を再び犯すべき存在が“逸れた”まま進行している」
「彼の衝動は未だ眠ってはいない。記憶の断片は戻りつつあり、いずれ元に戻るでしょう」
「だが、“遥”という存在の干渉により、確定したはずの未来が乱れている」
烏牙は口を閉じ、わずかに視線を落とした。
(本当に、乱れているだけなのか……?)
灯翔は静かに歩み寄り、こう付け加えた。
「我々は“正しい死”を導く存在だ。だが時折、死に抗い生を選ぶ者が現れる。それに対して、君はどう思う?」
「……理解はできません。しかし、否定も……できません」
一瞬の静寂ののち、もう一人の死神──由梨を担当していた死神・和濤(なごみ)が口を開いた。
「遥という存在は、もしかすると“転換点”かもしれません。死神制度そのものが見直される可能性を孕んでいる」
「それは“希望”か、それとも“混乱”か──」
誰かの囁きが空間に響いた。誰が言ったのかは、もはや定かでなかった。
烏牙は、心の中に重く冷たい石が沈むような感覚を覚えながら、ふと遥の微笑みを思い出していた。
(もし彼女が、碧人の運命を本当に変えてしまったとしたら……それは、間違いなのか?)
*
夕暮れのオフィス。書類の束を整えながら、安曇遥は小さくため息をついた。
最近、妙なことが続いている。
机の上に置いたはずの私物が、気づけば微妙に位置を変えている。引き出しの中の私物が、わずかに乱れている。最初は気のせいだと思った。けれど――
ロッカーの中に、見覚えのないメモが入っていた。
《君は誰を信じているの?》
筆跡は崩してあるが、どこか見覚えがあるような、それでいて不気味な冷たさがあった。
(気のせいじゃない。誰かが、私の周囲に……)
その瞬間、後ろから肩に手が置かれた。
「遥ちゃん、大丈夫? 顔、疲れてるみたいだよ」
岡部主任だった。笑顔。優しさ。いつもと同じ、けれど――なぜか今日は、その手が冷たく感じた。
「……ありがとうございます、大丈夫です」
そう言って早々にその場を離れた遥の足取りは、心なしか速かった。
―夜
遥は碧人の部屋を訪れていた。
静かな部屋。テーブルには温かい紅茶と、彼が焼いてくれたというパウンドケーキ。
けれど遥は、手をつける前に口を開いた。
「……ちょっと、変なこと言っていい?」
碧人は真剣にうなずいた。
「ここ最近……誰かに、見られてる気がするの。部屋じゃない。職場で。……もしかしたら、それ以外の場所でも」
「……ストーカー?」
「……わからない。でも、ロッカーの中に妙なメモが入ってて。前にもあったの。私物の位置が変わってたり、書類が手に触れられた気配があったり……でも最近は気にしないようにしてた。あなたと会うことのほうが大事だったから」
遥は笑おうとしたが、すぐに表情が曇った。
「でも、もしかしたら――前から見られてたのかも。あの事故のときも、誰かが背後にいた気がした」
碧人はゆっくりとカップを置いた。
「誰か、心当たりは?」
遥はしばらく沈黙したあと、小さな声で答えた。
「……岡部主任、かもしれない。優しくて、周囲からも評判は悪くない。でも……優しすぎるの。時々、妙に“知ってる”ようなことを言う。たとえば、私の予定とか、生活のこととか……話してないのに」
碧人の指先が静かに震えた。
「それ、もう“偶然”の範囲じゃないかもしれない」
彼の声は低かった。穏やかさの奥に、鋭い緊張がにじんでいた。
「……僕が調べてみる。君に何かあったら、絶対に許せないから」
遥は、彼の言葉に一瞬、救われたような表情を見せた。
しかしその胸の奥では、別の恐怖がわだかまっていた。
(――碧人が動くことで、彼の記憶が刺激されることはないのか?)
誰かに守られる安心と、守ろうとする者が壊れてしまうかもしれない不安。
それは、いまの彼と自分を繋ぐ、あまりにも危うい絆だった。
2
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる