死神と私と、優しい殺人鬼の想い出

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第十四章 死神たちの会議

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死神たちが集う空間は、この世のどこにも存在しない“境界”にあった。灰色の空間に、淡くゆらめく灯火のような光が浮かぶ。そこは魂の余熱と未練が交差する場所──『中庁』。

烏牙は、その会議室の中央に立っていた。
「……烏牙。君はまた、予定外の延命を引き起こしたそうだね」
冷ややかな声が空間を満たす。口を開いたのは、烏牙よりも古参の死神・灯翔(とうしょう)だった。厳格な表情と鋭い視線は、長年の任務で多くの“終焉”を見届けてきた証だ。

「今回は明確なルール違反だ。対象者に干渉し、事故を発生させた。運命を逸らした責任は重い」
「……申し訳ありません。私の過失です」
烏牙は真面目に頭を下げた。だが、その声の奥にはいつもの硬直した義務感とは異なる、微かな迷いがあった。
「君の行為の影響で、碧人──本来殺人を再び犯すべき存在が“逸れた”まま進行している」
「彼の衝動は未だ眠ってはいない。記憶の断片は戻りつつあり、いずれ元に戻るでしょう」
「だが、“遥”という存在の干渉により、確定したはずの未来が乱れている」
烏牙は口を閉じ、わずかに視線を落とした。
(本当に、乱れているだけなのか……?)
灯翔は静かに歩み寄り、こう付け加えた。

「我々は“正しい死”を導く存在だ。だが時折、死に抗い生を選ぶ者が現れる。それに対して、君はどう思う?」
「……理解はできません。しかし、否定も……できません」
一瞬の静寂ののち、もう一人の死神──由梨を担当していた死神・和濤(なごみ)が口を開いた。
「遥という存在は、もしかすると“転換点”かもしれません。死神制度そのものが見直される可能性を孕んでいる」
「それは“希望”か、それとも“混乱”か──」
誰かの囁きが空間に響いた。誰が言ったのかは、もはや定かでなかった。
烏牙は、心の中に重く冷たい石が沈むような感覚を覚えながら、ふと遥の微笑みを思い出していた。
(もし彼女が、碧人の運命を本当に変えてしまったとしたら……それは、間違いなのか?)


夕暮れのオフィス。書類の束を整えながら、安曇遥は小さくため息をついた。
最近、妙なことが続いている。
机の上に置いたはずの私物が、気づけば微妙に位置を変えている。引き出しの中の私物が、わずかに乱れている。最初は気のせいだと思った。けれど――

ロッカーの中に、見覚えのないメモが入っていた。
《君は誰を信じているの?》
筆跡は崩してあるが、どこか見覚えがあるような、それでいて不気味な冷たさがあった。
(気のせいじゃない。誰かが、私の周囲に……)
その瞬間、後ろから肩に手が置かれた。
「遥ちゃん、大丈夫? 顔、疲れてるみたいだよ」
岡部主任だった。笑顔。優しさ。いつもと同じ、けれど――なぜか今日は、その手が冷たく感じた。
「……ありがとうございます、大丈夫です」
そう言って早々にその場を離れた遥の足取りは、心なしか速かった。

―夜
遥は碧人の部屋を訪れていた。
静かな部屋。テーブルには温かい紅茶と、彼が焼いてくれたというパウンドケーキ。
けれど遥は、手をつける前に口を開いた。

「……ちょっと、変なこと言っていい?」
碧人は真剣にうなずいた。
「ここ最近……誰かに、見られてる気がするの。部屋じゃない。職場で。……もしかしたら、それ以外の場所でも」
「……ストーカー?」
「……わからない。でも、ロッカーの中に妙なメモが入ってて。前にもあったの。私物の位置が変わってたり、書類が手に触れられた気配があったり……でも最近は気にしないようにしてた。あなたと会うことのほうが大事だったから」
遥は笑おうとしたが、すぐに表情が曇った。
「でも、もしかしたら――前から見られてたのかも。あの事故のときも、誰かが背後にいた気がした」
碧人はゆっくりとカップを置いた。
「誰か、心当たりは?」
遥はしばらく沈黙したあと、小さな声で答えた。

「……岡部主任、かもしれない。優しくて、周囲からも評判は悪くない。でも……優しすぎるの。時々、妙に“知ってる”ようなことを言う。たとえば、私の予定とか、生活のこととか……話してないのに」
碧人の指先が静かに震えた。
「それ、もう“偶然”の範囲じゃないかもしれない」
彼の声は低かった。穏やかさの奥に、鋭い緊張がにじんでいた。
「……僕が調べてみる。君に何かあったら、絶対に許せないから」
遥は、彼の言葉に一瞬、救われたような表情を見せた。
しかしその胸の奥では、別の恐怖がわだかまっていた。
(――碧人が動くことで、彼の記憶が刺激されることはないのか?)
誰かに守られる安心と、守ろうとする者が壊れてしまうかもしれない不安。
それは、いまの彼と自分を繋ぐ、あまりにも危うい絆だった。
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