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第一章 聖女の祝福
第一話 第一王子殿
しおりを挟む「わらわは神聖アース帝国第二皇女、バチルダ・ファルツ・プリンツェッシン・フォン・ユグドラシルである」
「ゲルプ王国第一王子、リヒャード・プリンツ・フォン・ゲルプ=ジツィーリエンだ」
目の前の少年は威風堂々といった体で胸をそびやかし、名を名乗った。
ゲルプ王国は神聖アース帝国の属国である。ゆえに少年は王太子ではあるが、帝国皇女たるわらわが先に口を開いた。
しかしながら彼は、尊大なありようである。そしてそれは帝国皇族として、常にかしずかれてきた身として、小気味よいものであった。
少年が厳しい様で口を開く。
「帝国から我が国まで一山超えねばならん。頻繁に顔を合わせることは叶わないだろうが、此度の逗留は第六月の一日までと長くある。その間によい関係を築いていきたい」
「そうじゃな。わらわも、ゲルプ王国に対し、またそなたに誠実であろうと思うぞ」
婚約者殿は満足気に頷いた。その後ろに控える小姓は青い顔をしていた。
視線をそちらにやると、へらりと軽薄な笑みを寄越す。思わず眉をひそめた。
「帝国とゲルプ王国では慣習が違うのじゃろうか」
「そのようなこともあるだろう。それがどうかしたのか」
婚約者殿の表情に警戒の色が表れる。小姓はしっかりと着込んだお仕着せをかき抱くように身を縮ませた。
「いやなに。なぜ王子の位にある者が小姓などしているのかと疑問に思ってな」
婚約者殿がわずかに目を見開く。青ざめた小姓がとうとう頭を抱えた。
「そこに立つのは第二王子殿ではないのか? わらわの記憶違いであったじゃろうか」
婚約者殿は小さく息を漏らすと「いかにも」と渋々答える。そこから何か弁明をしようと口を開くのを、手で制した。
「かような歓待、初めて受ける。なるほど。愉快である。異国の趣きとは興味深いことよ」
属国の王侯貴族と対面するたび、年端のゆかぬ幼き娘にすぎぬわらわに、皇族の威光はかくもあらんなどと、へりくだる輩《やから》。そういった手合いには、いいかげん辟易としていたのだ。
いつ取り上げられるとも知れぬ皇女の位の無意味さを、帝国貴族以外の諸国王侯貴族は見誤っている。その時点で、能無しなのだと宣言するも同じ。
「稚戯でもってわらわをもてなしてくれたようじゃな。さよう。わらわはまだ幼い。ゲルプ王国を背負う王族として、他愛のない遊戯にて親睦を深めんと、その友愛を示してくれたということじゃな」
にいっと笑ってみせると、婚約者殿はこちらの目を真っすぐに見てきた。小姓姿の第二王子殿は目を細めてくる。
「皇女殿下の寛大さに感謝する」
「なにを言う。寛大なのはそちらであろう。わらわは稚戯と申したゆえ」
婚約者殿は目を眇めると部屋の奥に控えていた本物の小姓に、茶を変えるよう指示した。冷えてしまったわけでもあるまいが。
「試すような真似をしたが、それでよいと?」
小姓が応接室を出ていくと、婚約者殿はわらわと、それから後ろに控える侍女と騎士に目をやった。
今回の顔合わせに付き従ってきたのは、この二人の他、わらわのもとにつく下男下女を除き、外務府と宮内府の補佐官に事務次官といった面子で、皇族はいない。また官僚どもはゲルプ王国の大臣諸侯に無理を申し出て会談の場を設け、皇女の婚約者顔合わせには興味がない。
さりとてゲルプ王国側も当人である婚約者殿の他、小姓姿の第二王子殿と本物の小姓、それに護衛の騎士しか部屋に置いていないが。
「なあに。そなたが試すのは道理であろう。この場にわらわの他、帝国の重要人物が誰一人として同行しておらぬのじゃからな」
「……我が国を軽んじているととらえてよいか」
わらわの後ろに控えている帝国への畏敬を示すのであれば、わらわに媚びをうるなど愚の骨頂。軽んじろとは言わないが、せめてわらわをうまく利用すべきである。手をすり合わせて機嫌伺いに終始するなど、アホウとしか言いようがない。
その点において、このゲルプ王国王太子は好ましい。
こちらを探るとは面白い。頑是なき幼子のイタズラに過ぎぬ程度で、これを咎めればこちらの狭量さをさらす。
「ふっ、ふふふふ」
思わずもれてしまう笑みに、婚約者殿の琥珀色の目が剣呑に光った。
「なにがおかしいのか」
「はは、これはよい。どうにも優秀な婚約者殿は、わらわの価値を正しく見計らっている様子」
此度の訪問に面子について疑問をもつ頭はあった婚約者殿。婚約の締結前にも事前調査をしたであろうに、単純な答えを受け取らなかった様子。
それほど素直でひねくれず、育ちがよいのか。融通がきかぬのか。
生真面目で思い込みの激しい人物だという話は誤りではないらしい。
「わらわは贄としての役割が課せられる名誉を賜ることはあれども、帝国の歯車になりはせぬ。
そうさな、その意味でいえば、貴国を軽んじていると評されても文句は言えぬが、しかし待ち受けるでなく此度こちらが出向いたのは、貴国を皇帝陛下が目にかけているからこそ。
わらわなどその足掛かりに過ぎぬが、決して貴国を軽んじたわけではない」
眉間に皺を刻んだままの婚約者殿と、どこか気の毒そうな表情を寄せる第二王子殿。
なんとも愛らしい兄弟である。
「そなたがわらわを気に入らぬとこの場で断りをいれようと、皇帝陛下は貴国を無碍にすることはありえぬと断言しよう。代わりの皇女が送られてくるやもしれんがの」
どうにも止まらぬ笑いをなんとかこらえ、口の端をつりあげてみれば、侍女が扇を手渡してくる。相変わらずこの者は、対応がいまひとつ遅れている。
だがその好意は受け取ろうと、扇を開いて鼻から下、口元を覆った。
「つまり婚約者殿。そなたがいかにわらわに無礼を働こうと、この身を斬って捨てるような隠匿のかなわぬ著しい狼藉でもない限り、なんの咎もないということよ。
わらわは貴国への親愛を示す献上品である」
大いに利用すればよい。
にいっと再び不遜に笑って見せたが、扇子に隠れて彼等の目にはうつらなかったのだろう。温かな心根を持つらしい兄弟王子は、それぞれ琥珀色と灰青色の瞳に、同情という新たな色をのせた。
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