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第一章 聖女の祝福
跋文 バチルダの日記
しおりを挟むそれから帝国へと帰途につき、聖女の名を返上した。
皇帝陛下に謁見する前に、帰国早々、同腹の兄達には、断りなく聖女の位を降りたことを謝罪した。
兄達は、わらわが手紙を寄越さず審判を下したことに、不服を唱えた。しかし既に、ゲルプ王国が立憲君主制を推し進めることに対し、眠れるオーディン神へと是を表明してしまった。
この決定を覆すことはできない。
すでにわらわは聖女にあらず、恋慕の相手へ祝福を送り、オーディン神に意を奉る権利を失した。
一番目の兄は呆れながら、わらわをたしなめた。
「おまえはこれまで聖女であったから、その言動に鎖をつけられなかった。しかしこれからは男系皇族でもなく女系皇族でもなく、体のいい操り人形として、その身を帝国に縛られる」
「はい。承知しております」
二番目の兄は額に手を当て、大きくため息をついた。
「おまえをゲルプ王国になど出さねばよかった。さすればおまえは、婚姻の儀までは少なくとも、その身がオーディン神によって守られたであろうに」
黙していると、一番目の兄が眉尻を下げて微笑んだ。
「しかしおまえが恋を知ったことは、喜ばしく思う。ようやく私達も、おまえに情を注げるのだから」
二番目の兄は、どこか納得のいかぬように口をへの字に曲げていたが、渋々頷いた。
「そうだな。しかし、仕方のないこととはいえ、我々より先んじてゲルプ王国王太子がバチルダの愛を受け取るとは。これまでの我々の忍耐はなんだったのか」
「そう言うな。これからは、バチルダは聖女ではないのだ。我らが妹として存分に愛せばよいではないか」
「そうだとしても、納得がいかぬよ、兄上。掟の抜け目を突き、我々がバチルダの住まう神殿へ侵入しようと、幾度試みたことか。そしてその度に、神官どもに邪魔されたではないか。司祭など、毎朝バチルダと顔を合わせていたというのに」
それは初耳である。
「気をおさめよ、弟よ」
「しかし…」
「まぁ聞け。バチルダは聖女を降りたのだ。今後は皇宮に居住を移す。それも男系皇族宮にだ」
「陛下が了承すると?」
「むろん、了承させる」
得意げに胸をはる一番目の兄に、二番目の兄が畏敬の眼差しを向けた。
「一方でバチルダが嫁ぐまで、かの王太子はそうそう容易くバチルダと会うことはないだろう」
にやりと笑う一番目の兄に、二番目の兄も同調した。
「なるほど。ゲルプ王国まで、帝国は遠いからな?」
二人の兄は声をあげて笑った。
兄姉においては多少の交流もあるが、しかしそれは皇子、皇女として公務に関わることにおいてのみであり、私的な会話を交わした記憶はなかった。
我が皇族において、家族の情というものは、他の一族の者とは異なる形態である。それが帝国皇族なのだと育ってきた。
ゆえに、婚約者だと顔合わせした属国ゲルプ王国王太子と、その弟妹らとの間に流れる温かな情愛なるものに、興味を抱いた。
皇族と王族の差異。
しかして、このたび聖女から身を降り、その差異をようやく手放すこととなった。
この得も言われぬ思いを昇華する手段として、日記に書き記し、今宵は眠りにつこうと思う。
(第一章 「聖女の祝福」 了)
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