【完結】悪女を断罪した王太子が聖女を最愛とするまで

空原海

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第二章 愚かな兄妹

第四話 こんな結末

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 妹の決意を予期していた、ただ一人の人物。
 彼こそが、リヒャード殿下が常に劣等感に苛まれていた相手、コーエン第二王子殿下だった。


「兄貴……!」


 慌ただしく入室してきた第二王子殿下。
 従者が扉を開けてすぐさま、その扉にノックを叩きつける。だがその激しいノックの音の前に、回廊の奥から長く響いていたのは、困惑や焦燥、様々な思いが露わとなった、乱れきった足音。

 第二王子殿下が、ここ王太子執務室に急ぎ駆け込まんとしていることは、リヒャード殿下のみならず、室内外の皆がわかっていた。
 第二王子殿下の荒々しい足音を耳に入れながら、リヒャード殿下以外の室内外の誰もが、彼の訪れを待っていた。

 水をたまに含むばかりで、食事も口にせず、ひと眠りもしないリヒャード殿下。殿下を休めることの出来るだろう、希望の光として。


「私はここだ」


 いつも通り執務机に向き合い、手早い様子で決裁を済ませながら、しかしほとんど抜け殻のような、ごっそりと魂の抜け落ちた表情で、リヒャード殿下は顔を上げた。


「兄貴! 聞いたよ……。その、兄貴が贔屓になさっていた――」

「そうか」


 苦渋の滲む第二王子殿下の声を、リヒャード殿下は遮った。


「明日より裁判が始まる。コーエン、おまえも席についてもらう」

「それはもちろん! エーベルも俺も、兄貴のとなりに。バルもきっと。だけど――」

「傍聴だけでは済まぬだろう。証言に立つこともあろう。エーベルと共に、官吏から詳細についてよく聞け」


 またしても第二王子殿下の労りに割り込み、リヒャード殿下は「バルドゥールが証人となることはなかろうが、概要はおまえからも伝えてほしい」と最後に付け加えた。
 まだ幼いバルドゥール第三王子殿下を気遣う、優しげな声色であった。

 諦めたように第二王子殿下は嘆息する。


「もちろん……もちろん、俺が伝える。グリューンドルフ公が叔父上でもなく、従弟のフルトブラントでもなく、乳兄弟の誰かでもなく、バルの侍従でもなく。俺がバルに」


 羽根ペンを手から離さぬリヒャード殿下の右手を、第二王子殿下が両手で包み込む。


「任せた」


 リヒャード殿下と第二殿下は目を合わせ、頷き合った。


「じゃあ、俺はこれで。邪魔をして悪かったよ」

「いや」


 第二王子殿下の手が離れていくのを目で追い、リヒャード殿下は顔を歪めた。
 ハッと第二王子殿下が息を呑むのと同時に、リヒャード殿下は両手で顔を覆った。肘を机につき、沈み込んでいく。
 羽根ペンが転がり、小さなインク染みを作った。


「兄貴……!」

「コーエン。おまえは以前、口にしたことがあったろう」

「なんのこと――」

「彼女を、フルトブラントに嫁がせるべきではないと」


 顔を上げたリヒャード殿下の顔は血の気が失せ、蝋のように白い。くちびるは乾き、琥珀色の瞳は絶望に彩られ、ぽっかりと底知れぬ闇が覗いている。


「叔父上――グリューンドルフ公に彼女を任せることこそが、彼女を救う唯一の策だとした私に。おまえは、そうすべきではないと」


 リヒャード殿下の闇が第二王子殿下を飲み込んだかのように、彼もまた身じろぎ一つせずにいた。


「あのとき私は、一笑に付した。私はおまえに実際のところ、何が起きようか、何を起こそうか、詳しくは何も伝えていなかったし、他の誰でもない、グリューンドルフ公。叔父上と詰めた結論に間違いなどあるまいと。だが」


 すでにリヒャード殿下は第二王子殿下を見てはいなかった。


「おまえには見えていたのだな。コーエン。こうなることが」


 リヒャード殿下が見つめるその先には、深紅の重いドレープと金色の房飾り。そして磨き上げられたガラスを通して、空と大地の境目も判別できぬような、灰色の曖昧模糊な景色。

 第二王子殿下は静かに息を飲み込み、小さな喉ぼとけが細い首で上下した。


「それが答えか。やはりな」

「違う! 俺はなんか! もし、本当にこんな結末を知っていたなら――」


 必死に否定する第二王子殿下に、リヒャード殿下は微笑んだ。


「そうだな。おまえならきっと防いだろう。『こんな結末』になど、決してさせることなく」

「そんな! 俺はそんなつもりじゃ」

「いや。皮肉ではない。無駄な自尊心が邪魔をし、認めるのに遅すぎたが、今となれば、よくわかる。心から」


 空虚な安寧に微笑むリヒャード殿下と反して、第二王子殿下は今にも泣きだしそうな、必死の形相だった。


「王太子に、いや、王に相応しいのは、私ではなくコーエン。おまえだ」


 明日にも罪人として裁かれるはずの私は、牢ではなく、リヒャード殿下の後ろに控え、二人の王子のやり取りを黙って聞いていた。
 そして部屋の誰もが、二人の王子と私の顔を比べ見ていた。
 ある者は腰に佩く剣、その柄頭ポンメルに手をかけ。ある者は拳銃帯をおさえ。
 私が少しでも不用意な動きを見せれば、すぐにでも殺せるように。


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