【完結】悪女を断罪した王太子が聖女を最愛とするまで

空原海

文字の大きさ
28 / 36
第二章 愚かな兄妹

第十四話 魔女

しおりを挟む



「私を友と呼んでくださるなら」
 リヒャード殿下が薪を動かし、暖炉の火が落ち着いた。その背に語りかける。
「あの魔女を始末するご許可を」


 リヒャード殿下は振り向かず、火掻き棒を置いた。


「正式に、宗主国皇女殺害を任命しろというのではありません。見逃してくだされば、それでいい」
 リヒャード殿下が振り返る。
「うまくやります。あなた様にはもちろん、我が国の失態には繋げません」


 燭台の上で炎が踊り、その影がリヒャード殿下の頬の上で踊った。鼻を隔てて反対側の顔は、蝋燭の明かりが当たらず、闇にぼやけていた。瞳には光が差していた。強く。


「なぜ魔女と?」


 問いかけるリヒャード殿下の調子は、いつも通りだった。怒りや不安など、動揺は感じられなかった。


「あの女が仕組んだからです」

「仕組んだ? 何をだ?」


 眉間にシワを寄せたリヒャード殿下が戻ってくる。椅子に座ると、彼は肘掛けに肘をつき、顎に手をやった。


「だってそうでしょう。すべては帝国とあの女の思惑通りになった」
 肩をすくめて答える。


「大陸で唯一の立法君主制を目指す、我らがゲルプ王国。その王太子であるあなた様との婚約を、と引き換えに強請り」
 首を一周する輪を指さした。
「禍々しい呪いの品を我が国に与えたと思えば、今度は転じて、その呪いを解いてみせた。人間の力とは思えぬ不気味な力で」


 人間を隷従させる首輪など、呪いでしかない。そのような品はもちろん、その呪いを解く力も人間の持つ力ではない。
 その怪しげな力について、帝国や皇女本人は聖人の力だと主張するが、聖か魔か。そんなものはあちら側の都合で定義しているだけだ。


「私はあなた様の罪悪感を煽る存在だ。その私に架せられた呪いをひっそりと人知れず解く。あなた様に恩を売るように」
 両手を広げ、これが答えだと示す。何より明確な答えだ。


「あなた様の罪の意識を一つ消し去り――つまりそれは私ですが。そしてあなた様の不安を一つ消し去った。こちらは第二王子殿下への劣等感。それからあなた様のお立場、太子であることの正当性を言い含め、あなた様は恋に落ちた。あの魔女に」


 リヒャード殿下は動じない。私の話を黙って聞いていた。


「あなた様こそが王にふさわしいと、似たようなことは妹も、そして私ですらあなた様に何度も申しておりましたのに。それにも関わらず、出会って間もない魔女に、あなた様は、頑なだった心を打ち明けた」
 言葉を重ねるほどに熱が入り、早口になる。
「あなた様の弱みにつけこむ手口。あれらは帝国が当初より企てたものでしょう。あの不気味な力が――かの魔女に限った力かは知りません。聖人とやらは他にもいるそうですので――、我が妹を凶行に走らせ、そして悲劇を呼び起こした」


 水を飲み、喉をうるおした。
 こめかみは痛み始めていたが、胸につかえていた疑惑をようやく吐露できたことで、酔いの醒めていく心地がした。


「悲劇のおかげで、あなた様だけでなく、帝国にとっても都合のいいよう、国政への口出しがうるさそうな、扱いの面倒な保守派貴族は粛清された。あなた様が当初ご計画されていたような、和睦の交渉が起こされる前に」


 これで話は終わりであると、胸に手を当て、軽く頭を下げた。リヒャード殿下は頷き、口を開いた。


「我が国が、今後どのような政治体制をとるのか。それらを帝国が私を使って掌握するために、バチルダを寄越した。そこまでは国家を隔てた婚約を結ぶに当たって、至極当然のことではあるが」


 自身の発言を確認し、考えを整理し直すように、リヒャード殿下は言葉を区切った。彼は口元に手をやり、ふむ、と小さく独りごちた。
 思索のためにさまよっていた彼の視線が、再び戻った。琥珀色の瞳に灯された、揺れる蝋燭の炎、その切っ先がきらめいた。


「事の起こり事態が、そもそも帝国の企てであった。おまえの言いたいことはそういうことか」

「はい」

「なるほど。そういう見方もあるのだな」
 リヒャード殿下は頷いた。
「おまえの話をすっかり聞き、改めて帝国の利点を考えた。バチルダの言動を思い返し、照らし合わせた」

「では――」

「だが、私はバチルダを魔女だとは思わない」


 恋に溺れた男はいつでも愚かだ。たとえ、常は公平で、冷静なリヒャード殿下であってさえも、恋は彼から判断力を失わせる。
 彼の琥珀色の瞳はこれまで理知的であったが、今は目の前で、理性の光を失っていた。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

どちらの王妃でも問題ありません【完】

mako
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾
恋愛
内容紹介 聖女ポーラ・スターは、引きこもっていた。 人と話すことができず、部屋から出ることもできず、 彼女の意思表示は、扉に貼られる小さなメモだけだった。 「西の街道でがけ崩れが起きます」 「今日は、クラムチャウダーが食べたいです」 祈らず、姿も見せず、奇跡を誇示することもない聖女。 その存在は次第に「役立たず」と見なされ、 王太子リチャードから一方的に婚約を破棄され、聖女の地位も解かれる。 ──だが、その日を境に、王国は壊れ始めた。 天候不順、嵐、洪水、冷害。 新たに任命された聖女は奇跡を演じるが、世界は救われない。 誰もが気づかぬまま、 「何もしない聖女」が、実はすべてを支えていた事実だけが残されていた。 扉の向こうで静かに生きる少女と、 毎日声をかけ続ける精神科医フォージャー。 失われていく王国と、取り戻されていく一人の人生。 これは、 祈らない聖女が選んだ、 誰にも支配されない静かな結末の物語。 『引きこもり聖女は祈らない』 ざまぁは声高でなく、 救いは奇跡ではなく、 その扉の向こうに、確かにあった。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。 王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。 だがある日、 誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。 奇跡は、止まった。 城は動揺し、事実を隠し、 責任を聖女ひとりに押しつけようとする。 民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。 一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、 奇跡が失われる“その日”に備え、 治癒に頼らない世界を着々と整えていた。 聖女は象徴となり、城は主導権を失う。 奇跡に縋った者たちは、 何も奪われず、ただ立場を失った。 選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。 ――これは、 聖女でも、英雄でもない 「悪役令嬢」が勝ち残る物語。

処理中です...