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第2部

7 断罪と違和感

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「面白くもない冗談だ」

 前カドガン伯爵が眉を顰め、吐き捨てた。
 アラン様の背に、この会場中の人間の目が一身に刺さる。
 アラン様は身じろぎもせず、前カドガン伯爵に向かい合っている。

「冗談ではない」

 キッパリと断るアラン様に、前カドガン伯爵は呆れたように嘆息した。

「……家督を継いで思い上がったか。これだから私はまだ早いと……」

 額に手を当てる前カドガン伯爵の腕を、真珠姫が引く。
 真珠姫は人形のような顔に、ぞっとするような笑みを浮かべて、前カドガン伯爵を見上げ、身をすり寄せた。
 前カドガン伯爵は眉尻を下げ、真珠姫に微笑みかける。

 前カドガン伯爵はアラン様に視線を戻し、億劫そうに口を開かれた。

「それで? お前はコールリッジ家の恥をここで晒そうと構えていたわけか。ご立派な当主になったものだ」

 挑発するような口ぶりの割に、前カドガン伯爵の声色には覇気がない。
 蔑む色も、憤りも何も感じられない。そこにあるのは諦念。

 前カドガン伯爵の様子に、不可解なものを感じる。

 不安を覚えて左右を見ると、アスコット子爵にお母様は前カドガン伯爵を射殺さんばかりに睨みつけている。
 アンジーは眉を顰めたまま口を引き結び、静観していて、その隣りに立たれるエインズワース様は、なぜか虚を衝かれたように目を丸くしている。

「どの口がそれを言うのか。貴方が恥知らずにも招待を受けぬ会場に意気揚々と乗り込んでこなければ、このような事態にはならなかった」
「だがお前は、私にこの夜会前にそれを伝えることを怠った。故意にだろう」
「貴方の住居が流動的だったからだ。いくつかあるカントリーハウスの全てに送っている」

 前カドガン伯爵が片眉を上げ、真珠姫を見た。真珠姫は微笑みを浮かべたまま、首を傾げる。前カドガン伯爵は、小さく溜息をついた。
 何かを見落としている気がしてならない。胸の奥で、ざわざわと違和感が広がる。

 前カドガン伯爵に、ウォールデンの家から出たいか、と問われたとき。
 あれはいつのことだっただろう。あのとき、アラン様はどちらにいらしたのだろう。なぜそんなことを言われたのだろう。

 靄のかかった記憶の中で、前カドガン伯爵の後ろに佇む真珠姫の隣りには、大きなトランクがあった。

「……領地には留まらないと告げたはずだ」

 前カドガン伯爵は疲れたように、投げやりに言葉を返された。
 アラン様はそんな前カドガン伯爵の様子に構わず、語気を強める。

「私が家督を継いだとき、貴方には領地に隠棲することを命じた。だが貴方は了承しなかった。さらに無断でコールリッジ家の財産に手を付け、浪費を重ねる始末。貴方の個人財産を食いつぶすのならともかく」
「あのようなはした金しか寄越さず、何を言うか」

 はした金ですか。
 以前から領地は領地代官に任せきりで経営には一切関わらず、コールリッジ家当主としてコールリッジ一族を執り仕切ることもなく、遊び歩いて醜聞を撒き散らしてはカドガン伯爵の名を貶め、浪費を重ねてコールリッジ=カドガン家の財を傾けることに才を発揮する。
 そんな方なのに、アラン様は貴族として矜持を保つには十分な財を渡したし、今後もまた定期的に送ることを約束していたはずだ。

 けれど。

 ここにきて前カドガン伯爵の意図を疑う気持ちが芽生えている。
 見かけ通り、ただの放蕩だったのだろうか。

 それにどうして、今になってお母様と離縁を?
 これまで離縁されなかったのは、アラン様が成人前だったから?お母様を憐れんでいたから?
 それならばなぜ社交に出さなかった?
 やはり醜聞を恐れていた? 離縁しなかったのは、醜聞を恐れていただけ?
 家督をアラン様に譲り、身軽になったから?
 なぜお母様をタウンハウスに押し込めた?
 領地に留める方が醜聞は立たないはずだ。
 領地の隣接するアスコット子爵に事態を知らせないため?
 お母様がアスコット子爵領へ助けを求めて逃げ出さないようにするため?

 ぐるぐると頭の中で、答えの出ない疑問が渦巻いている。

 目の前では、アラン様が断罪を続けている。
 この断罪劇は本当にただの偶然に起こったものなのか。糸を引いている者がいる? 仕組んだのは、誰?

 少し離れた頭上から、エインズワース様の呻き声が漏れた。
 振り返ると、目元を手で覆い、深く息を吐き出される。

「やられた」

 そう呟かれた。
 アンジーは眉を顰めながらも、ピジョンブラッドの瞳をらんらんと輝かせ、口元は緩んでいる。
 お母様は目を瞑り、アスコット子爵は先程と変わらず、強い憎悪を前カドガン伯爵に向けている。

「引退した者が暮らすのに、十分な額であったはずです。私は前伯爵である貴方に、それなりに敬意を払った額を算出した。しかし貴方は再三にわたる勧告を聞き入れなかった。なぜ許容されると? また貴方は既に母との離縁に応じられていたでしょう。故にコールリッジ家当主として貴方を除籍したのです」

 アラン様が断罪を終える。
 前カドガン伯爵は何も応えない。彼等を取り囲む者達も、未だ固唾を呑んで断罪劇の行く末を見守っている。

 そして静まり返ったフロアに、場違いに明るく澄み渡った声が響いた。
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