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第2部
26 これはどういうことだ
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「ギル……バート……」
「あなたが私の名を呼ぶのは久方ぶりだな。レティ」
憐憫を誘う震えたか細い声と、穏やかで優し気な、包容力を感じさせる声色。
その他には離れた会場から聞こえてくる楽団の奏でる優雅な音色。少し懐かしいこの調べは、パヴァーヌの曲目だろうか。それから空気にのって運ばれてくる熱気。誰とも判別のつかない喧噪は、しかしとても遠い。
「……あなたにはもう、家名も爵位も……。なにもないじゃないの。ほかに呼べるものがないわ……」
「そうだな。とても身軽になった」
後ろ姿だけしか見えないけれど、オルグレン婦人が呆然としていることが伺える。
アラン様と扉とで影になり、薄ぼんやりとしか見えない人影。小柄なアスコット子爵の頭よりすこし抜きんでて見える黒髪が、黒一色に染まっていないのは、回廊の燭台の揺らめく炎に照らされているため。
アスコット子爵の後ろに庇われた形のオルグレン婦人が前に進み出ようとする。アスコット子爵は素早く右手を地面と平行に振り上げ、オルグレン婦人はそこで歩みを止めた。
アスコット子爵が威嚇するように立ち塞がる。
「これはどういうことだ」
「帰ろうとしたところで足止めを食らった」
「アボット侯爵にか?」
「そうだ」
「つまりこれは、お前たちの元より企んだことではないと?」
「……はかりごとがあったのかは知らん。アボット侯爵に、もしくは息子に聞け」
「僕はお前に聞いているんだ。ギル」
「私には知らされていなかった。君が信じるかは任せるが」
「信じるよ。お前は嘘が下手だから。一人では偽りを通すことなどできない」
扉の向こうで何かが揺らいだ。アラン様はアスコット子爵の言葉に瞠目する。
アスコット子爵がこちらを。いえ、アボット侯爵へと振り返る。それによって扉の向こうに佇む大柄な紳士の姿が見えた。前カドガン伯爵だった。お一人だ。
「イーサン。悪趣味だ」
「なに。いつかはお前をギャフンと言わせたくてよ」
鼻歌でも歌い始めそうな調子のアボット侯爵に、アスコット子爵は身体を斜めにこちらに向けて眉を顰めた。
「僕一人ならば、それは構わない。だけどここで一堂に会する意味を考えろ」
「お前が逃げようとするからだろ」
「そのつもりはなかった。もとより僕はつまびらかにし、最たる被害者となったメアリー嬢に謝罪するつもりでいたのだ。それを貴方がぶち壊した」
「謝罪? お前が?」
「イーサンが僕をどんな人間だと判じているのかは知らないが、なんの咎もない少女を巻き込んだことには罪悪感くらい抱くさ」
「ならば、なぜ彼女の母親には、」
「イーサン」
強い口調できっぱりとアスコット子爵がアボット侯爵の声を遮る。
「そこから先は、あなた方には遠慮してもらおう」
「……なんだと?」
不機嫌な様子を隠さず、アボット侯爵は身を起こした。がちゃりとガラスのこすれる音がする。
これまでアボット侯爵のもたれかかっていた、ウォルナットのキャビネット。張られたガラスの向こうでグラスや酒瓶が揺れていた。
「あなたもです。エインズワース卿」
アボット侯爵の様子を気に留めることなく、アスコット子爵はエインズワース様にも退室を促した。
「まあ、確かに僕は部外者ですね」
肩をすくませたエインズワース様は、「でしたら退室ついでに真珠姫もお呼びしましょうか?」と聞く。
アスコット子爵が前カドガン伯爵に横目をつかう。前カドガン伯爵は同意を示したようだ。姿は見えるが、回廊の向こうはいまだ薄ぼんやりとしか見えない。
「あの人は殿下のおそばに?」
「ええ。殿下はあなたがた二代に渡る恋物語にご執心なものですから」
麗しい微笑で答えるエインズワース様に、アスコット子爵はため息を漏らした。
「古典に返り、詩を諳んじることの方がずっと有意義ですよ。品性も磨かれるでしょう」
「ご親切にどうも。直截的な勧告に感謝いたします。殿下にもそのように諫言をどうぞ」
「遠慮します」
ここに画家がいれば、麗しのエルフの君と妖精の君とが対峙する姿を熱心に描きとめただろうにと思う。オルグレン婦人にアボット侯爵といったオルグレンの妖精一族もまた、キャンバスを美しく彩るだろう。
「ならば僕も止められる気がしませんね」
やれやれというように大仰な素振りで、エインズワース様が首を振った。
「一つの思いやりが多くの悲劇を呼ぶことをどうかお忘れなきよう。愚かな男は経験によってしか学ばなかったが、貴方は違うでしょう」
眉間に皺を寄せるアスコット子爵がエインズワース様を咎める。エインズワース様は目を回した。
「買いかぶりですね。誰もが己の身に起きるまでは等しく他人事です。だからこそ経験者の言葉には重みがあるのでは?」
エインズワース様は「では失礼」と言うと、アラン様とアスコット子爵の間をすり抜け、回廊へ消えた。
部屋はしんと静寂に満ちる。
扉の手前にアラン様とアスコット子爵とオルグレン婦人。扉の向こうには前カドガン伯爵。ソファに腰かけたままのわたしと、テーブルの端に立つアボット侯爵。
アボット侯爵がやれやれというように首を振った。
「むかしのお前にそっくりだな」
流し目を向けられたアスコット子爵の表情は固い。
「僕のような愚者と同列にしては、彼が気の毒だ」
「そうか? 俺は褒めたつもりだけどな」
「いまだにイーサンの目は曇っているのか。いい加減に目を覚ましてください」
「確かに馬鹿な真似をしたと思うが、俺がここにいるのは、お前のお陰だからな。セシル」
「それは貴方自身の力でしょう」
「だからそれを呼び起こしてくれたのがお前なんだろ。それにレティのこととなると視野が狭くなるところなんか、ルドウィック坊ちゃんが殿下に関わった途端、聞き分けが悪くなるのと、瓜二つじゃねぇか」
「……貴方は過去もそう言って、僕を窘めた。だけどどうです? 結局ギルは姉さんを捨てた」
「おい」
「あのときイーサンは『婚約を壊すことは許されない』と言った。僕はこうなった今でさえ、壊すべきだったと思っている。やり方を間違えただけだ」
勢いの増して言い募るアスコット子爵に、アボット侯爵は慌てた様子で歩み寄る。
「ちょっと待て。ギルバート坊ちゃんとレティだけじゃねぇぞ。アラン坊ちゃんにメアリー嬢もいるんだ。それに俺は部外者なんだろ? ここでおっぱじめるのか?」
「これに関してはイーサンとて部外者じゃない。貴方は僕を止めようとしていただろう。その結果を貴方はもう一度目の当たりにするべきだ。それに僕はずっと聞きたかった。ギルから納得のいく答えを」
しばらく置いてけぼりにされていた前カドガン伯爵が、大きく息を吐いた。扉の外に立っているにも関わらず、こちらにまでその吐息が聞こえる。部屋中の人や物や空気や、あとは目に見えない時の流れや運といったもの。
そういったすべてが前カドガン伯爵の一挙一動に耳をそばだてていたからだ。
「セシルが私に問いたいことは、わかっている」
「そうだろうな」
冷たく突き放す鋭い一声に、アボット侯爵は苦笑いした。
「まずは座ろうぜ? レティなんかもう顔全体が土気色じゃねぇか。今にも倒れるぞ」
虚を突かれたようにアスコット子爵が目を丸くすると、オルグレン婦人はふるふると弱弱しく首を振った。
「私は、とてもじゃないけれど耐えられそうにないわ。どうか帰らせて。お願いよ。ねえ、私が愚かだったの。謝るわ。どんなにか責めてくれても憎んでくれてもかまわない。だからこれ以上、何も聞きたくないの。ここにいたくないわ。
一体貴方達は何を暴くつもりなの? 私が愚かだったこと? 私の罪? それとも貴方達の正義?
何が正しくて何が間違っていたかなんて、私は知りたくないのよ。答え合わせはしたくないの。だって過去は変わらないでしょう? 何も変わらないのよ……」
最後はすすり泣くように俯いたオルグレン婦人の背に、アラン様が手を添える。
「母上。俺がそばにいますから」
「いいえ……、いいえ! アランにだって、私は顔向けできないのよ……!」
両手で顔を覆い肩を震わせるオルグレン婦人。アラン様は困惑した様子で、オルグレン婦人の背に伸ばしていた手を首の後ろにやった。
アスコット子爵は痛ましそうにオルグレン婦人を見やる。前カドガン伯爵は小さく首を振り、部屋の中央まで大股で進んだ。
アボット侯爵は眉尻を下げて申し訳なさそうに首を傾げた。
「申し訳ない。あなたをここに留めた時点で、わかっていたことだが」
「いえ。私もどうせなら清算した方がよいと思いましたから。私達が納得するのは重要ではないが、あの子達が前を向けるように」
「我々ではなく、子ども達、か。確かに。ギルバート坊ちゃんの優しさに、私達はいつも甘えている」
「……私は優しくなどありません。それに」
前カドガン伯爵は少年のようにはにかんだ。
「アボット侯爵にかかっては、いまだ私も坊ちゃんなのですね」
「ああ……。これは失礼」
「いえ、構いませんよ。先生」
彼等の言う『子ども達』は、きっとアラン様とわたしのことを指すのだろう。だけどその謎解きをわたしは本当に聞きたいと思っているのか、よくわからなかった。
じきに真珠姫がここにやってくるだろう。
もう二度と会えないだろうと思い、確かめ、伝えたいと思った言葉は、オルグレン婦人のすすり泣きとともに流れていくような心地がした。
「あなたが私の名を呼ぶのは久方ぶりだな。レティ」
憐憫を誘う震えたか細い声と、穏やかで優し気な、包容力を感じさせる声色。
その他には離れた会場から聞こえてくる楽団の奏でる優雅な音色。少し懐かしいこの調べは、パヴァーヌの曲目だろうか。それから空気にのって運ばれてくる熱気。誰とも判別のつかない喧噪は、しかしとても遠い。
「……あなたにはもう、家名も爵位も……。なにもないじゃないの。ほかに呼べるものがないわ……」
「そうだな。とても身軽になった」
後ろ姿だけしか見えないけれど、オルグレン婦人が呆然としていることが伺える。
アラン様と扉とで影になり、薄ぼんやりとしか見えない人影。小柄なアスコット子爵の頭よりすこし抜きんでて見える黒髪が、黒一色に染まっていないのは、回廊の燭台の揺らめく炎に照らされているため。
アスコット子爵の後ろに庇われた形のオルグレン婦人が前に進み出ようとする。アスコット子爵は素早く右手を地面と平行に振り上げ、オルグレン婦人はそこで歩みを止めた。
アスコット子爵が威嚇するように立ち塞がる。
「これはどういうことだ」
「帰ろうとしたところで足止めを食らった」
「アボット侯爵にか?」
「そうだ」
「つまりこれは、お前たちの元より企んだことではないと?」
「……はかりごとがあったのかは知らん。アボット侯爵に、もしくは息子に聞け」
「僕はお前に聞いているんだ。ギル」
「私には知らされていなかった。君が信じるかは任せるが」
「信じるよ。お前は嘘が下手だから。一人では偽りを通すことなどできない」
扉の向こうで何かが揺らいだ。アラン様はアスコット子爵の言葉に瞠目する。
アスコット子爵がこちらを。いえ、アボット侯爵へと振り返る。それによって扉の向こうに佇む大柄な紳士の姿が見えた。前カドガン伯爵だった。お一人だ。
「イーサン。悪趣味だ」
「なに。いつかはお前をギャフンと言わせたくてよ」
鼻歌でも歌い始めそうな調子のアボット侯爵に、アスコット子爵は身体を斜めにこちらに向けて眉を顰めた。
「僕一人ならば、それは構わない。だけどここで一堂に会する意味を考えろ」
「お前が逃げようとするからだろ」
「そのつもりはなかった。もとより僕はつまびらかにし、最たる被害者となったメアリー嬢に謝罪するつもりでいたのだ。それを貴方がぶち壊した」
「謝罪? お前が?」
「イーサンが僕をどんな人間だと判じているのかは知らないが、なんの咎もない少女を巻き込んだことには罪悪感くらい抱くさ」
「ならば、なぜ彼女の母親には、」
「イーサン」
強い口調できっぱりとアスコット子爵がアボット侯爵の声を遮る。
「そこから先は、あなた方には遠慮してもらおう」
「……なんだと?」
不機嫌な様子を隠さず、アボット侯爵は身を起こした。がちゃりとガラスのこすれる音がする。
これまでアボット侯爵のもたれかかっていた、ウォルナットのキャビネット。張られたガラスの向こうでグラスや酒瓶が揺れていた。
「あなたもです。エインズワース卿」
アボット侯爵の様子を気に留めることなく、アスコット子爵はエインズワース様にも退室を促した。
「まあ、確かに僕は部外者ですね」
肩をすくませたエインズワース様は、「でしたら退室ついでに真珠姫もお呼びしましょうか?」と聞く。
アスコット子爵が前カドガン伯爵に横目をつかう。前カドガン伯爵は同意を示したようだ。姿は見えるが、回廊の向こうはいまだ薄ぼんやりとしか見えない。
「あの人は殿下のおそばに?」
「ええ。殿下はあなたがた二代に渡る恋物語にご執心なものですから」
麗しい微笑で答えるエインズワース様に、アスコット子爵はため息を漏らした。
「古典に返り、詩を諳んじることの方がずっと有意義ですよ。品性も磨かれるでしょう」
「ご親切にどうも。直截的な勧告に感謝いたします。殿下にもそのように諫言をどうぞ」
「遠慮します」
ここに画家がいれば、麗しのエルフの君と妖精の君とが対峙する姿を熱心に描きとめただろうにと思う。オルグレン婦人にアボット侯爵といったオルグレンの妖精一族もまた、キャンバスを美しく彩るだろう。
「ならば僕も止められる気がしませんね」
やれやれというように大仰な素振りで、エインズワース様が首を振った。
「一つの思いやりが多くの悲劇を呼ぶことをどうかお忘れなきよう。愚かな男は経験によってしか学ばなかったが、貴方は違うでしょう」
眉間に皺を寄せるアスコット子爵がエインズワース様を咎める。エインズワース様は目を回した。
「買いかぶりですね。誰もが己の身に起きるまでは等しく他人事です。だからこそ経験者の言葉には重みがあるのでは?」
エインズワース様は「では失礼」と言うと、アラン様とアスコット子爵の間をすり抜け、回廊へ消えた。
部屋はしんと静寂に満ちる。
扉の手前にアラン様とアスコット子爵とオルグレン婦人。扉の向こうには前カドガン伯爵。ソファに腰かけたままのわたしと、テーブルの端に立つアボット侯爵。
アボット侯爵がやれやれというように首を振った。
「むかしのお前にそっくりだな」
流し目を向けられたアスコット子爵の表情は固い。
「僕のような愚者と同列にしては、彼が気の毒だ」
「そうか? 俺は褒めたつもりだけどな」
「いまだにイーサンの目は曇っているのか。いい加減に目を覚ましてください」
「確かに馬鹿な真似をしたと思うが、俺がここにいるのは、お前のお陰だからな。セシル」
「それは貴方自身の力でしょう」
「だからそれを呼び起こしてくれたのがお前なんだろ。それにレティのこととなると視野が狭くなるところなんか、ルドウィック坊ちゃんが殿下に関わった途端、聞き分けが悪くなるのと、瓜二つじゃねぇか」
「……貴方は過去もそう言って、僕を窘めた。だけどどうです? 結局ギルは姉さんを捨てた」
「おい」
「あのときイーサンは『婚約を壊すことは許されない』と言った。僕はこうなった今でさえ、壊すべきだったと思っている。やり方を間違えただけだ」
勢いの増して言い募るアスコット子爵に、アボット侯爵は慌てた様子で歩み寄る。
「ちょっと待て。ギルバート坊ちゃんとレティだけじゃねぇぞ。アラン坊ちゃんにメアリー嬢もいるんだ。それに俺は部外者なんだろ? ここでおっぱじめるのか?」
「これに関してはイーサンとて部外者じゃない。貴方は僕を止めようとしていただろう。その結果を貴方はもう一度目の当たりにするべきだ。それに僕はずっと聞きたかった。ギルから納得のいく答えを」
しばらく置いてけぼりにされていた前カドガン伯爵が、大きく息を吐いた。扉の外に立っているにも関わらず、こちらにまでその吐息が聞こえる。部屋中の人や物や空気や、あとは目に見えない時の流れや運といったもの。
そういったすべてが前カドガン伯爵の一挙一動に耳をそばだてていたからだ。
「セシルが私に問いたいことは、わかっている」
「そうだろうな」
冷たく突き放す鋭い一声に、アボット侯爵は苦笑いした。
「まずは座ろうぜ? レティなんかもう顔全体が土気色じゃねぇか。今にも倒れるぞ」
虚を突かれたようにアスコット子爵が目を丸くすると、オルグレン婦人はふるふると弱弱しく首を振った。
「私は、とてもじゃないけれど耐えられそうにないわ。どうか帰らせて。お願いよ。ねえ、私が愚かだったの。謝るわ。どんなにか責めてくれても憎んでくれてもかまわない。だからこれ以上、何も聞きたくないの。ここにいたくないわ。
一体貴方達は何を暴くつもりなの? 私が愚かだったこと? 私の罪? それとも貴方達の正義?
何が正しくて何が間違っていたかなんて、私は知りたくないのよ。答え合わせはしたくないの。だって過去は変わらないでしょう? 何も変わらないのよ……」
最後はすすり泣くように俯いたオルグレン婦人の背に、アラン様が手を添える。
「母上。俺がそばにいますから」
「いいえ……、いいえ! アランにだって、私は顔向けできないのよ……!」
両手で顔を覆い肩を震わせるオルグレン婦人。アラン様は困惑した様子で、オルグレン婦人の背に伸ばしていた手を首の後ろにやった。
アスコット子爵は痛ましそうにオルグレン婦人を見やる。前カドガン伯爵は小さく首を振り、部屋の中央まで大股で進んだ。
アボット侯爵は眉尻を下げて申し訳なさそうに首を傾げた。
「申し訳ない。あなたをここに留めた時点で、わかっていたことだが」
「いえ。私もどうせなら清算した方がよいと思いましたから。私達が納得するのは重要ではないが、あの子達が前を向けるように」
「我々ではなく、子ども達、か。確かに。ギルバート坊ちゃんの優しさに、私達はいつも甘えている」
「……私は優しくなどありません。それに」
前カドガン伯爵は少年のようにはにかんだ。
「アボット侯爵にかかっては、いまだ私も坊ちゃんなのですね」
「ああ……。これは失礼」
「いえ、構いませんよ。先生」
彼等の言う『子ども達』は、きっとアラン様とわたしのことを指すのだろう。だけどその謎解きをわたしは本当に聞きたいと思っているのか、よくわからなかった。
じきに真珠姫がここにやってくるだろう。
もう二度と会えないだろうと思い、確かめ、伝えたいと思った言葉は、オルグレン婦人のすすり泣きとともに流れていくような心地がした。
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