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第2部

27 元妻VS愛人

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「あら。あちらのご婦人ったら、いつまで経っても、悲劇のヒロイン気取りですのね。それともこんな口の聞き方をしては、たちまちに追い出されてしまうのかしら。怖いわ、貴族の方々の前に立つのは」

 この場にそぐわない可憐な声が響き、オルグレン婦人のすすり泣きが止む。

 静まった場に「では、たしかに送り届けましたからね」というエインズワース様のお声が廊下の外から。そして遠ざかる足音。

 嘆きの声を切り裂いた声の主は、軽やかな調子のまま、戯曲に綴られた台詞をなぞるように続けた。
 その表情には舞台に立つ役者の大仰な見開いた目や口ではなく、他人にその底を何も伺わせない、淑女の微笑みが浮かんでいる。

「いやだわ。セシルったら、まだこの方に何も打ち明けていらっしゃらないみたい」
「セシル、ですって……?」

 顔をあげたオルグレン婦人。真っ赤に充血した白目と、白粉の剥げた涙の筋。ギラギラと的を射んとするオルグレン一族の瞳。
 女が女に挑むためのマナーは、相手がこちらの土壌に上がってくるまで待ってやること。
 騎士達が馬上槍試合をするときであっても、相手が馬にも乗らずあぶみに足をかけている最中、奇襲をかける大間抜けがいないのと同じ。

 真珠姫はゆったりと泰然とした動きで細い指先を頬と顎に当てた。

「ええ、お察しの通リでございますわ。そちらにおわします、セシル・オルグレンという、貴族男は。おぞましい父と薄汚い兄をいやしいあたくしにけしかけた、姉思いの弟君は。あたくしにもけしかけたのですわ。――あなた様からギルを奪うようにって」
「つまらない嘘を息つくように吐く女だわ」

 オルグレン婦人の口ぶり、目つきは、いかにも相手にするに相応しくない粗野で礼儀を弁えない最下層の娼婦に、いやいや口をきいてやっているというものだった。
 対する真珠姫はきょとんと目を丸くし、小首を傾げる。結い上げた白金色の髪。その編み込みの膨らみにシャンデリアの光がつるりと滑る。

「あら、さようでございましたの? ご自身のこと、そうまで卑下なさらなくてもよろしいのでは? 前カドガン伯爵、おそれながら申し上げますわ。卑屈さは美徳ではありませんことよ」
「……なんて嫌らしい女なの……っ!」

 勝敗は決した。
 真珠姫はわずかに口角をあげただけの淑やかな微笑と、少しばかり困った様子に眉尻をさげたまま、それ以上踏み込まない。
 その弁えた様子と、引くべき刹那を素早く見極める直感力に判断力は、真珠姫のかつての社交の華として君臨しようとしていた、ありしの姿を彷彿とさせるに充分だった。

 オルグレン婦人は、確かに社交は不得手だったのだろう。
 たとえ何かしらの弱点を握られているとしても。たとえこの場の誰もが、オルグレン婦人の何らかの罪を知っていたのだとしても。
 オルグレン婦人は堂々たる態度で、歯牙にも止めぬと無関心を貫く一瞥で、その手の扇で払いのけるべきだった。
 なぜならば、オルグレン婦人は貴族で、真珠姫は商人の娘で。二人の間には歴然たる身分の差があるのだから。
 それだけでよかったのだ。
 落ちぶれ、その上醜聞に塗れた商人の娘の口にすることなど、聞くに値しない。ただそれだけで、よかった。

 そしてまた、オルグレン婦人の目に生気が戻ったのは、誰の目にも明らかだった。
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