【完結】末っ子王子は、他国の亡命王女を一途に恋う

空原海

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本編

第八話 絵本に出てこないドラゴン

 これまでアンナから綴られた冒険譚。
 登場した伝説上の架空生物達。ノームにドワーフにエルフに人魚。
 これらは『海を渡ったアーニャ』にも出てくる者達だ。

 そして人魚を最後に、絵本の主人公アーニャは帰途につく。
 出会い、友人となった者達から贈られた、たくさんの宝物を抱えて。

 最後のページには、両手を広げた主人公アーニャの笑顔と「ただいま」の一言。
 そうして主人公アーニャの旅は終わる。


「絵本に出てこないドラゴンか……」


 だいたいドラゴンなど、この世に存在するのだろうか。
 魔物と呼ばれる生物は確かに存在するが、それは突然変異か何かで、本来より強い能力を持っていたり、尋常でなく狂暴な生物のことを指している。
 聖なる生物など、魔物の存在から夢想し、いたらいいな、と夢見たに過ぎない。空想上の架空生物に過ぎないだろうに。

 侍従は眉根を寄せ、「確かではないのですが」と断りを入れながらもバルドゥールに諫言する。


「そのドラゴン、もしや火の神スヴァローグの化身やもしれません」

「火の神スヴァローグ?」


 バルドゥールは侍従の言葉を繰り返す。
 侍従はあまり自信はなさそうな素振りで、首を傾げながらも頷く。


「はい。ガルボーイ王国黎明期、土着の神々がいたと聞きます。現在、大陸では神聖アース帝国によって全知全能の最高神オーディンを唯一神と定めておりますが、元はオーディン様の他、同族の神々がいたことを殿下もご存知でしょう?」

「うん。オーディン様を含めた、十四の男神と幾名かの女神がいたね」


 そもそもバルドゥールとは、光の神の名だ。

 光り輝く美貌の男神でオーディンの息子。
 ロキの奸計によって、異母弟ヘズの放つミスティルテインの矢に射られ、世界は光を失う。
 そして神々の死と世界の滅亡ラグナロクが訪れ、オーディンらを含めた神々さえも倒れ大地は海に沈む。だが新たなる大地が浮かび上がり、舞い戻ったバルドゥールとヘズ、そして生き残った神々が大陸の復興を果たす。

 神聖アース帝国の掲げる、建国神話だ。

 ここでなぜ光の神バルドゥールを神聖アース帝国が唯一神と定めなかったのかは、バルドゥールの知るところではない。
 おそらく単純に主神オーディンがおおよその神々にとって、父神であるからだろう。オーディンはバルドゥールの父神でもある。
 父という存在を絶対的な存在であると定める帝国にとって、唯一神に父神がいるなど、認められないのだ。

 また帝国が他の神々を崇めるのを禁じたのは、率いる数多の属国が、他神々の神国であると自称することを防ぐためである。
 故にオーディン以外の神々は神話の中に存在するものの、現在神としての地位は認められていない。

 だが。この建国神話とドラゴンと。どう関与するのか。
 侍従は瞑目し眉根を寄せ、記憶を手繰り寄せようとしている。


「ガルボーイ王国もまた、全知全能の神オーディンを唯一神として信仰を捧げていますが、神聖アース帝国の建国神話同様、かつてのガルボーイ王国もまた数多の神々がいたと聞いています。そしてその神々は最高神オーディンを頂きとした神族ではなく、他神族であったと……」

「つまり、火の神スヴァローグというのは、ガルボーイ王国土着の神の一柱というわけか」


 バルドゥールが相槌を返すと、侍従は頷く。


「はい。またガルボーイ王国国王は代々即位なさると、ペルーンの名をまた襲名なされますよね」

「そうだね。現ガルボーイ王国国王陛下も、ペルーンの名を冠しておいでだ」

「ペルーンはガルボーイ王国黎明期における神話にて、雷神であるとともに、最高神であったはずです」


 つまりガルボーイ王国国王は、国王即位と同時に最高神ペルーンの代替者、もしくは代弁者となることを意味する。
 しかしペルーンは男神。アーニャが女王に即位したとして、ペルーンの名を襲名することはできない。


「アンナ王女殿下が女王即位のために旅に出られたことは、このガルボーイ王国にまつわる神話によるのではないでしょうか?」

「そうだね……うん。おそらくそうだろう」


 バルドゥールは侍従の言葉を反芻黙考すると、しばらくして頷いた。
 侍従の父親は、ゲルプ王国において最も著名な歴史家であり民俗学者。
 バルドゥールは、侍従の顔を見上げる。


「よし。ガルボーイ王国の神話をつぶさに調べよう。父君には急ぎ登城するよう伝えて」

「かしこまりました」


 侍従が礼をし、バルドゥールの部屋を辞そうと扉に手を伸ばしかけた折、バルドゥールは「あっ。それとね」と声を挙げ、侍従をとどめた。
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