憤慨

ジョン・グレイディー

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第十一章

全てが敵だ!

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 ウィルスの第5波だ。止まらない。当然だ。世界の運動会を東京でやってて、ウィルスが止まるはずがない。誰が考えても至極当然の成り行きだ。

 世界最大の商業イベント、お偉い方の政治家、経済界の重臣、アメリカの放映権の圧力等々、影の黒幕が袖の下広げている。

 緊急事態宣言など子供騙しで、焼け石に水の如く、人流は止まらない。

 お祭りしていて、自粛しろなど都合の良いアラートは人間本能のレジスタンスを煽るだけだ。

 この結果は、お偉方には上々の折り合いに過ぎず、いや、上出来の部類だ!

 政権交代の対抗政党が介在しない現状の政党構造。支持率が落ちても選挙での逆転現象は無しとし、正に急場凌ぎでアメリカの顔を立てる。
 お利口なやり方だ。

 俺は既にウィルスに感染し、後遺症を患い、今もなお、その種々様々なウィルスの傷跡に苦悶し続けている。

 この苦闘の話は後々話すことにしよう。

 さて、俺の30代のリストラ業務の敢行まで話したつもりだ。

 あの5年間のリストラ計画は予定通り完了した。

 三分の一の社員が職を失った。
 その分、俺の業績は上がった。
 そして、この業績の値が天頂であり、俺に対する会社価値は一旦、そこで静止し、それから、ゼロに向けて瞬間移動した。

 さらに、ゼロでは済まなかった。

 会社の企み、リストラ計画による内部ガバメントの強化策の実情を知り尽くした俺は会社上層部からして負の人材、過去における邪魔者となった。

 しかし、会社もそう簡単に俺を払拭出来ない。

 この悪の計画情報が外部流出することは良しとはしなかったのだ。

 では、この邪魔者をどう取り扱うか?どう飼い慣らすか?

 答えは簡単だった。

 配置転換。

 人事部から栄転の形を取りながら、会社中心部から外壁へ押しやる。外輪山に埋もれる岩の如く閉口を社命とさせられたのだ。

 栄転は形だけで、40歳で大阪支社の営業部の一係長に配属された。

 営業などしたことがなかった俺は、その当時、全国規模で東京本社に次ぐ大支店の営業部に飛ばされた。

 営業ドシロウの俺は正にお荷物として迎えられた。

 大阪支社の営業部の面々は、会社規模の縮小に伴い、一つのポスト、一つの係長ポストにさえ、躍起となり固守していた時代だ。

 九州からの40歳の他所者には歓迎の意は表さず、冷淡に徹した態度で迎えられた。

 また、その頃、俺の鬱病もその外容を露にし始め出していた。

 不安感、対人恐怖症、動悸、息切れ、不眠、被害者妄想…

 俺の二の足はコンクリートのように重くなり、通勤30分の距離をその倍の1時間掛けて通勤する羽目となった。

 最寄り駅に降り立ち会社までの500メートルの緩い上り道が登山のように感じられた。

 この間に点在するコンビニで一息、煙草を一服しては、また、トボトボと歩き出し、500メートルを30分掛けて会社に辿り着く毎日であった。

 会社玄関の自動ドアが開く瞬間、その内部からダークな空気が俺にまとわり付く。

 エレベーターのボタンを押すと電気が身体中に走る感覚に駆られる。

 エレベーターに乗り込むと周りの人間に刃物で刺される幻想が湧き上がる。いっそう、刺されてしまいたいとも思ったぐらいだ。

 俺の部署がある四階にエレベーターが停まる。そして、ドアがそーぉ~と開く、その瞬間、あのアウシュビッツのガス室の光景、「夜と霧」の文脈が俺の脳裏に連呼する。

 営業部の部屋を目指し、廊下を歩く。

 正に死刑囚が死刑執行室に向かうように…

 俺の横を同僚が通り過ぎる。挨拶などしてくれるはずがない。奴らは俺の死刑執行人だ!そんな目でしか同僚を見ることは出来なかった。

 営業部の部屋のドアが開いている。

 その部屋の入る瞬間、俺は瞬時立ち止まる。

 空気の色が違うのだ!

 部屋の中の空気の色が違う。

 灰色だ!

 重い重い灰色だ!

 動悸が高まる。

 額に脂汗が滲み出す。

 俺の席だけ特注の電気椅子のように浮かび上がり、俺を呼んでいる。

「早く座れ、お前の席だ。嫌われ者のお前のエリアだ。ここに座り、じっとしておけ!」と

 耳鳴りに混じり、誰かが俺に話しかけている。

 俺はいつも空返事で答え、この電気椅子に座る覚悟だけに神経を集中させる。

 意を決して椅子に腰掛ける。

 やっと座れた…

 そして、これから、今日も更なる地獄が始まるのだ。

 被害者妄想という地獄が…

    俺の部下は俺に指示を仰がない。
 隣の班の係長に指示を貰っている。

 俺の上司は俺に指示を出さない。
 俺と視線が合うことを忌み嫌っている。

 俺はパソコンのスケジュール表に目を通し、地理的感覚もない大阪の中央区の取引先へと部屋を後にする。

 不動産の賃貸契約が主たる業務だ。

 契約期間の延長等に対処するため、必要書類の受領のため取引先に向かうだけだ。
 子どもの使いと同程度の仕事しか与えられない!

 今みたいにスマホのナビもない。

 地図を片手に大阪の街を彷徨うばかりだ。

 昼飯は無しだ。

 いや、全く食欲が湧かない。

 コンビニの前の灰皿コーナーが俺の昼食場所だ…

 缶コーヒーとショートホープ、これが昼飯だ。

 ショートホープを大麻のようにフィルターが焦げるまで吸い尽くす。1本、また、1本と…

 何本吸ったか分からない。

 肺が痛くなったら昼休みが終わる合図だ。

 また、大阪の街を異邦人のように、異教徒のように、怯えながら、おどおどとビク付きながら彷徨い始める。

 夕刻前、部署にお決まりどおり戻る。

「お疲れ様」の一言も掛けてくれる者など誰も居ない。

 あの電気椅子に座り、パソコンを開き、スケジュール表に「済」の文字を入力する。

 受領した書類を仕分け、担当ボックスに置くだけだ。

 上司も同僚も、顧客の感触など俺に聞こうともしない。

 皆んな俺と目が合わないよう下を向いている。

 終業のチャイムが鳴る。

 皆んな忙しそうに残業の準備に入ろうとする。

 その際、誰もが俺の方を見遣る。

「あんたは早く帰ろや!邪魔なんだよ!」と言わんばかりに…

 俺は皆の期待どおり、席を立ち、誰に対して挨拶するわけでもなく、軽くお辞儀をし、部屋から逃げるように退室して行く。

 俺の姿が消えると、部屋の中から騒めきが起こる。

「あの九州もん、役に立たないわ!」

「あいつが来たから、俺は係長になれなかったんだよ!」

「余計な奴を貰ったもんだ!」

「早く九州に帰れや!」

 そんな罵声が賑やかに飛び交う光景が俺の脳裏を占領する。

 これが、幹部候補となり、リストラ計画を敢行した、会社の犬の成れの果てだ。

 この先、この感覚が半年間、俺の心を覆い尽くす。

 そして、俺の心がくれたご褒美、「鬱病」が本領発揮して行くことになる。

 俺の心は期待どおりの俺の脆弱ぶりに満足気に声を弾ます。

「その調子だ!良いよ!非常に良い!やがて、お前は「怒り」のアーカイブを映写する気になる。その時が勝負の時だ!」と

 勝負の時?

 そう、俺はこの先、「怒り」のみをエネルギーとし、鬱病に立ち向かうこととなる。

 その相手は、鬱病の中に潜在している狡猾な輩、俺を鬱病に追い込んだコヨーテ野郎、俺を裏切った全ての人間!

 知らない間に俺の心は、俺の標的、俺の敵を増大させたのだ!

 この先、俺は復讐の鬼となる。

 全てを敵として!
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