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第三十六章

勇者の証

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 ジョンは唐突にマリアに問うた。

「ナバホ族は嫌いですか?」と

 マリアは立ち止まり、ジョンを睨んだ。

 暫し2人の空間に沈黙が広がった。

 ジョンがもう一度、口を開こうとした瞬間、マリアが口を挟んだ。

「プロブロ族を探していると聞いたわ。」と

 ジョンは問いの答えになっていないマリアの返答に付き合わず、再度、同じ質問をした。

「貴女はナバホ族が嫌いなんですよね?」と

 マリアは両手を広げ、『仕方がない』といったジェッシャーをし、椅子に座り直すと、

「えぇ、嫌いよ。」と言った。

 そして、ジョンの次の質問の答えを先に述べた。

「私はプロブロ族の子孫なの。こう言えば、貴方も分かるでしょ。」と

 ジョンはゆっくりと頷きながら、

「分かった。」と言い、マリアから視線を外した。

 マリアはジョンが次にする質問の答えを用意していた。

『私には関係ない。協力は出来ない。』との答えを。

 しかし、ジョンは何も問わず、黙っていた。

 マリアは、早くこのナバホ族の青年との関わりを断ち切りたいとの想いの反面、

 予想に反して淡々と素直に応じるジョンの対応に違和感と同時に好奇心を抱いた。

 部屋を後にするはずだったマリアはジョンの口から放たれる次の言葉を待ち構えるように椅子に腰掛けていた。

 ジョンはなかなか椅子から立ち上がろうとしないマリアに対し、同じ返事をはっきりと言い渡した。

「分かりました。」

 マリアは少々面食らった。

 そして、保安官という職業柄、ジョンとの会話に駆け引きを求め出し、推測を働かせ出した。

『どうして、彼は聞かないの?』
『母の遺骨を探してると…、何故、聞かないの?』

 そして、マリアは、先程すれ違った浩子の様子が目に浮かんだ。

『あの子、確かに泣いていたわ。』

 マリアはジョンと浩子のカーソン森林地帯での悲劇を目の当たりにした当事者でもあった。

 特にライフルを撃ち続け、救助を待ち続けていた浩子に対して、大切な人を想う女性の健気な愛情心に心を打たれていた。

『あの子の涙…、安堵感とかの涙ではなかった。
 取り繕った、あの作り笑顔…、人に見せたくない涙…、あの子は確かに悲しんでいた。』

『彼が彼女を悲しませた。彼は彼女に何て言ったのか…、彼の目的…』

 マリアはジョンの素っ気のない表情を見遣りながら、浩子の涙の理由について知りたくなった。

 次第にマリアはジョンともっと会話をする必要があると感じ始めた。

 しかし、ジョンはマリアが『プロブロ族』と答えたことで、既に堪忍したように口を開かない。

 遂にマリアは根負けしジョンに尋ねてしまった。

「貴方、母親の遺骨を探してるんでしょ?」と

 すると、ジョンは遠目でマリアを見遣りながら、こう言った。

「でも、君は僕に協力はしない。なぜならば、僕がナバホ族で君がプロブロ族であるからだ。」と

「そうね。」とマリアは下を向いて一言呟いた。

 これで、会話が完了した。

 だが、マリアの気持ちは何となく落ち着かなかった。

『彼は1人で探すつもり…?
当てもなく探すつもり…?
大怪我を負った身体で?
彼女が止めても探すつもり…?
それで彼女は泣いていた…』

 マリアは保安官の職業柄、どうしても邪推をしてしまっていた。

 そして、ジョンに対して、ナバホ族の男という以上に、好奇心を伴った嫌悪感がマリアの心に湧き上がっていた。

『また懲りずにカーソン森林地帯へ馬で踏み込もうとするであろうこのナバホ族の無謀な男、

 そして、また、健気な彼女を悲しませるこの自分勝手な男』と

 マリアは、顔上げジョンを睨みこう忠告をした。

「素人には無理よ。カーソン森林地帯を甘く見てるとまた大怪我するわよ。今度は命を落とすかもね。」と

 ジョンはにやりと笑って言った。

「君には関係ないことだろう。」と

 マリアは自分の台詞をまんまと言われたことに腹が立ち、こう言ってしまった。

「あまり彼女を心配させないで!」
 
 ジョンはまた笑いながら言った。

「それこそ、君には関係のないことだよ。」と

 マリアは、感情的に立ち入りし過ぎた自分を恥ずかしくも感じ、

「それはそうね。」と言い、

 今度こそ、この場を立ち去ろうとした。

 ジョンはこの時を待っていた。

 ジョンはマリアの背中に向かってこう問うた。

「僕がどうして、こんなにも母の遺骨を探し求めているか?

 そのことについては、君は何も聞かないんだね。」と

 マリアは立ち止まった。

 そして、ジョンの方を振り返りこう答えた。

「自分の母親の遺骨でしょ?当然、無理してでも探すわよ。」と

 ジョンはマリアの返事に頷き、そして、徐に胸元から首輪の牙を取り出し、マリアに向け、こう言い放った。

「プロブロ族なら知っているだろう!

 僕の父は白人至上主義者に焼き殺された『ロビン・フッド』だ!

 そして、僕の母は、プロブロ族のシスターであった『マリア』だ!」と

 マリアは愕然とし、慌てて顔に手を当てた。

 そして、マリアは、ジョンの示す『牙』に視点を合わせ、一歩、一歩、ゆっくりと近づきながら、昔、父親から聞いた勇者の伝説を思い出した。

『そう!あの『牙』は『ロビン・フッド』の証!

 プロブロ族を1人で助けに来てくれた勇者『ロビン・フッド』の証だわ!

 そして、彼は…、ロビン・フッドとシスターの子供…』

 マリアは驚きの表情をしたまま、ジョンの前に腰掛けた。

 そして、ジョンに言った。

「聞いてもいい?マリアシスターは何処に消えたの?」と
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