独り立ちしたい姉は、令嬢ながらにお金を稼いでた

子猫文学

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第四章 『アイリス』

ノース地区

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 約束通り後日ルクリアから招待状が届いた。自邸で開催するティータイムではないので、それは、正式な招待状ではなくて、あくまで日時を伝えるためのものだった。

 「どうしよう、素直に持っていってこんなの見せて良いのかしら」

 セラフィーヌは悩みに悩んでいた。
 自分の作品を持っていけば、きっとルクリアは読んでくれるだろう。しかし、ルクリアがこれを読んで、面白くない思ったら?ただの貴族の娯楽に過ぎないと思われてしまったら?自信はないものの、セラフィーヌにとって、彼女の作品は多くの時間と彼女の知識を使っていた。決して娯楽のためだけではない、ほかの意味も込めているのだ。

 しかし結局のところ、誰かに読んでもらいたい、そう思っていたセラフィーヌはホリーに手伝ってもらって、支度をしたのだった。

 
 セラフィーヌがノース地区のカフェに到着した時、既にルクリアはそこにいて、すぐそばに控える彼女の侍女と楽しくしゃべっていた。

 「ルクリアさん、こんにちは」

 「あら、こんにちわ。セラフィーヌさん」

 タイミングを見計らったように紅茶とお菓子がティーテーブルいっぱいに並ぶ。

 「私の侍女のアメリよ。そちらはあなたの世話係かしら?」

 ルクリアが横に立っていた女を指して言った。

 「えぇ、ホリーです」

 セラフィーヌが言うと、ルクリアは「ふたりきりで話したいわ」と言ってアメリとホリーを別テーブルを指して移動させた。

 「さぁ、持ってきて下さった?」

 世間話もへったくれもない。すぐ本題に移ったので、セラフィーヌは震える小指を一生懸命に押さえて、落ち着こうとしていた。

 「緊張しないで」

 ルクリアから差し出されたその手は優しく見えた。



 しばらく経って、ルクリアは笑顔になって言った。

 「面白いわ。まだ全部読めたわけではないけれど、お世辞なしに、この作品をモットレイ子爵に渡したい。この作品には、あの出版社に持ち込む価値があるわ」

 ルクリアのその言葉に、セラフィーヌはほっと張っていた胸を緩めて、安心したのだった。


 「ルクリア、珍しいね。君が誰かとここに来るだなんて」

 ちょうどその時、セラフィーヌの背後から男の声がした。

 「良いタイミングね。セラフィーヌさん、モットレイ子爵よ」

 セラフィーヌが振り返ると、そこにはあのモットレイ子爵がいた。

 「ごきげんよう」

 「おや、お連れはあなたでしたか。ごきげんよう、レディ・セラフィーヌ」

 モットレイ子爵は、パーティーの時よりもとっつきやすく見えた。


 「この時間帯、彼はここで休憩をとるの。毎日ではないけれど、今日は出社していたみたいね」

 ルクリアはセラフィーヌに小声で囁いてから、子爵に向かって言った。

 「これ、彼女が書いた作品よ。読んでみてはどうかしら」

 そこからとんとん拍子に色々と事は進んだ。モットレイ子爵の部下である編集長に作品を見せるために、一行は出版社に向かい、セラフィーヌは思惑通りにペンネームを伝えた。

 「どうして、本名にしないの?」

 ルクリアが理解できない、と言うふうにセラフィーヌに問うた。

 「いや、彼女の場合まだ16歳。それにデビュタントを終えたばかりの侯爵令嬢だよ。そう簡単にラヴ・ストーリーを本名で出せるわけがないじゃないか」

 モットレイ子爵がセラフィーヌの意見を代弁し、編集長はそこでうなずいていた。

 「確かに、リスクはありますな。本名で出した場合は」

 編集長は年がかなり上、セラフィーヌの父よりも高く見えた。

 「私はこれを機に、女性も胸を張って執筆できる時代になってほしいのよ」

 ルクリアは少し不満そうだが、当時の貴族にとって名誉は先進よりも大事だったのであるから、セラフィーヌはそれに逆らう事はどうしてもできなかった。


 そうして、セラフィーヌの『アイリス』アンセルム・コートニー著、は初め少ない部数から販売されたが、編集長、子爵、セラフィーヌの期待を裏切って、首都で大人気の作品になった。

 翌年の社交シーズンでパーティー中にルクリアと会ったセラフィーヌは、ルクリアにこう言われる。


 「私はあの『アイリス』が人気になるってわかってたわ。最初の文章から面白かったもの。だから次回作は本名で書いてくださらないかしら?」


 と。冗談っぽく言われたのだった。
 
 『アイリス』の出版に伴い、モットレイ出版社は雑誌部門を設けるほど拡大した。初めに創刊されたのは、月刊キャティリィモームである。
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