ちょっと合間にゾンビでも

shifa

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(1)道端の幽霊

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ここ最近の夜空は機嫌が悪く、薄暗い雲が全体を覆っていた。
小さな村と町を繋ぐその道は月明かりしか頼りがなく真っ暗で、どこからともなく生暖かい風が吹いてくる。
そんな暗くて草ぼうぼうの道沿いには無造作にいろいろなものが落ちているもの。
いや、落ちているというより捨てられているのほうが正しいか。
腐った野菜やら使えなくなった行灯、ぼろぼろの布きれ、割れた皿…身寄りのない骨壷なんかもその中の一つだ。
そしてそんな骨壷を住処にしている幽霊は、夜な夜な酔っ払いに小便をかけられほとほと迷惑していた。
大抵は自分のに気付かず用を足していくのだが、仲間内で調子に乗り肝試し感覚でひっかけていく者も最近は増えてきた。
こんな場所に放置されている自分の住処も確かに悪いのだが、だからといってこんな非常識なことを平然とやっていく者の神経が知れない。
静かで温厚な幽霊だったが怒りの感情は少しずつたまっていき、ちょうど百人目の小便を浴びた彼はひとつ脅かしてやることに決めた。

(よくも寝床を水浸しにしてくれたな、お前を呪ってやる)

陽気に口笛を吹きながら用を足していた男は、そのおどろおどろしい声に度肝を抜かれ、用を足し終えることも出来ず、わけの分からないことを叫びながら下半身丸出しのまま走り去った。
幽霊は驚いた・・・その男の様子に負の感情が一瞬にして消えさり、代わりに何年かぶりに笑いを得たのだ。

我ながらよく百人も耐えたもんだ、こんなに愉快な姿が見られるのなら最初からこうしておけばよかった。

その日から幽霊は自分の寝床に降り注ぐ小便が楽しみになった。


※※※


チリンチリン。
浅い霧の中、夜風で魔よけの鈴が鳴っている。

若者は師の命をうけ、霊安室にずらりと並んだ棺桶へご馳走を与えていた。
死体へのご馳走は、お茶碗に山盛りの白いご飯、そしてそれに立たせたお線香。

「飯はよく噛んで食べるように。」

一般人には少々不気味な作業ではあるがこの若者にとっては毎日のこと、明かりも付けずに手馴れた様子で給仕を続ける。
それに彼らは大事なお客様なのである。粗相をしては師父に怒られてしまう。
ひとつひとつ丁寧に両手で茶碗を置き、棺桶に異常がないか確かめる。
蓋はズレていないか、ふっ飛んでいないか、死体の手がはさまっていないか、死体はおとなしく寝ているか。
そしてきちんと法符(お札)は貼ってあるか。
作業が終わると一礼をし、盆を片手に部屋を出て行く。
少しばかり長い廊下は霧のせいで普段よりも暗く、たまに聞こえる鈴の音が薄気味悪い。
だが若者は黒く短い髪を整えながら少し笑みを浮かべ機嫌よく歩いていく。
廊下の先にあるだだっ広い講堂を抜け、奥にある台所へ。

「終わったよ。」
頭だけを台所へ侵入させるとそこに立つ女性に声をかけた。

「ご苦労様。」

女性はこちらを見もせずにもくもくと野菜を切り刻んでいる。
リズミカルに彼女の少し茶色がかった長い髪がゆらゆらと揺れている。
若者はまるで不思議な光景を見ているかのような表情を浮かべ台所へ入る。

「いったい何してんだ。」
「ここですることなんて決まってるでしょ。」

彼女はぶっきらぼうに返事をしながら切り終わった野菜をどさっと乱暴にざるへ移した。
ざるにはニンジン、たまねぎ、白菜などが哀れな姿で山となっている。

「あんた料理なんて出来ましたっけ?」

ざんばらに切り刻まれた野菜たちを可哀想な目で見つめながら若者は言う。
すると女性は「出来ないことはない!」と叫び、だんっと包丁をまな板に叩きつけ若者のほうへ顔を向けた。
その顔には存在感抜群な分厚い色つきレンズの眼鏡が乗っかり、さらには度派手な紫の布を首からぶら下げ、それはそれはとても料理をしている姿ではなかった。
若者はため息をつきながら野菜の入ったざるを手に取り、悲しそうに大げさに呟く。

「野菜が・・・泣いている・・・。」
シュウ!邪魔しないで!」

若者・・・周はにやにやと笑いながらざるを元の場所に戻し、そばにあるテーブルの上に腰を乗せた。

「・・・出来てもあげないから。」
「もちろんいらない。見学したいだけ、アイさんの勇姿を。」

愛と呼ばれた女性は眉をひそめながら戻されたざるを手に取り、火のついた釜にその中身を一気にぶち込む。
そして満足そうに頷きながら空になったざるをぽいっと周に投げ、釜に蓋をする。

「それで?目指しているものはなんなの。」
「・・・しいて言えば汁物?かな。」
「しいてってなんだよ…」

真剣に釜を見つめる愛の後姿を眺めながら周は呆れた笑いを浮かべた。

「私だって出来るってことをたまには先生に見せておかないと。」

そう言うと愛はまた釜の蓋を持ち上げ一握りの砂糖を投入しようとした…が、周ではない腕によってその行為は阻まれてしまった。
あっと声を漏らし愛がその腕の持ち主を見る。
髪を綺麗な青色に染めた一見少年のようなその人物は小さく舌打ちをしながら強引に愛を押しのけ釜の中身を見た。

「そういうのは出来る人間が言うもんなの。食材を無駄にするんじゃねー馬鹿。」
それを聞いた周はくくっと笑いながら「正論だな。」と頷く。

「ちょっとライ!手を出さないでよ!」

愛は青頭の彼…來を突き飛ばし元の場所を奪い返すと、持っていた蓋を慌てて釜にのせた。
20代男性の平均より少しばかり小さな体系の來は簡単に倒され尻餅をついた。

「30手前のいい歳こいた女が砂糖と塩間違えてんじゃねーぞ。いや間違えてないにしても量考えろよ。」
來はそう言いながらさっさと立ち上がるとわざとらしくため息をつき周を見た。

「お前も和んでないで止めろよ。」
「別に俺が食べるわけじゃないし…いいかなぁって。」
「いいかなぁ…じゃねーよ。」

來は通りすがりに周の肩を軽く叩くとテーブルの上からコップを取り、奥においてある水瓶に突っ込んだ。
そしてそれに口をつけながら周の隣に立ち、今度は愛の尻を軽く蹴った。

「蹴るかね、女性の尻を。」
「こいつは女性じゃねぇ。」

愛は一度だけ振り向き來を睨んだがすぐに釜に集中し始める。

「ところで周、帰らなくていいのか?」
「いやもう帰るよ。」
「…せっかくだから出来立て食べていけよ。責任取れ。」
「愛さんそれいつ完成すんの?」
「…さあ。煮えたら…?かな?」

愛は顔を上にあげ、うーんと唸ると釜の蓋を手に取り中を覗き込んだ。
眼鏡が一瞬にして真っ白になった…が、まったく構わずに二人の方を見る。

「先生はチャーシューが好きだから、チャーシューも入れようか?」
「まじで怒るぞ。」
「チャーシューはそのまま渡してあげてください。」

そう?と微妙な表情を浮かべながら愛は釜に蓋をもどし、首からかけていた紫色の布をはずす。
周は愛の動作を一通り見守った後、声にでているのかどうか分からないほど小さな声で「…どうりで嫁にいけないわけだ。」と呟いた。
愛はそれを耳聡く聞くや否や、お玉を取り出し彼の顔面目指してすばやく振り上げた。
だがそれは周の顔面に当たることなく、代わりに横にいた來の頭に当たってしまった。

「狭いとこでちちくりあってんじゃねーぞ!」
少し涙を浮かべながら來はそう悪態をつくと頭をさすりながら大股で台所から出て行った。

「全部愛さんが悪いよ。」
周はにやにやと笑いながら來を追いそそくさと退場した。

「全部ってなによ!」
悔しそうに吐き出しながら愛はまた釜の蓋を持ち上げ、今度こそ一握りの砂糖をぶち込んだ。


※※※


シュウは今年で22になる。
切れ長の目にスッと通った鼻筋で男ぶりがよく長身で、若い頃から女に困ったことはない。
小さな頃からの親友である同い歳のライと共に法術士である師父に仕えて丸5年。林を抜けた隣町である啓山けいざんからこの梯二ていじ村に毎朝通っている。
法術士という仕事はの管理が主な仕事だが、他にも薬の調合だったり冠婚葬祭時の進行だったり、また吉凶を占ったりと多岐にわたる。
周はまだ修行中のため仕事は雑用ばかりだが、身体能力が高く武術に長けており軽い仕事であれば一人でまかされることもある。

周の師であるロウ士は歳にして40、一見物静かであるが身にまとうオーラが素人目にも見えるほどであり(もちろん実際に見えるわけではない)何所からどう見ても「出来る術士様」といったいかにも頼りがいのある風貌である。
顔には口ひげがあり少し厳ついが細身で長身。白髪まじりの髪は長く後ろ手に結っており、編んだ髪先は腰まである。
発する声は重低音、仕草は男らしくさらに端麗。
決してモテないわけではないが未だに独身を通しているのは、10年ほど前…この村で起きたとある事件で彼の兄弟子であるルンが亡くなり、その娘を引き取ったのが要因であるかもしれない。もちろん本人は否定しているが。

そしてその引き取られた娘というのが愛である。その時彼女の年齢はすでに17だった為、愛は一度断ったが瓏がそれを許さなかった。
彼女は昔から目が弱く、強い光が苦手であるためにいつも顔半分ほどもある色つきの眼鏡をかけている。
そのため顔をよく見ることは出来ないが決してブスではない・・・が、残念ながら美人とも言いがたい。
髪はこの地域では珍しく茶色がかっており猫の毛のように柔らかでまるで水のように動く。
亡き父が着用していた派手な紫色の法衣をいつも何処かしら身に付けており、近所の子供たちには紫婆様しばさまと呼ばれている・・・まぁ、実際に呼ばせているのは周なのであるが。


周が瓏に弟子入りを志願したのは12の時だが、当初の瓏は弟子などとるつもりは毛頭なく、周の言葉にまったく耳を傾けなかった。
いや傾けなかったのは聞かずともすでにその理由ワケを理解しており、それを耳に入れてしまえば断りきれない事が分かっていたからだ。
その事を察した周は4年間、毎日瓏の元へ通い何も言われずとも家の掃除をし、帰れと言われるまでじっと講堂に座っていた。
そのうち周の親友である來も加わり、さらには愛にも説得をされた結果、瓏は折れてしまうことになる。

「結局二人も面倒みなきゃならんとはな…厄介だな。」
瓏がため息混じりに呟くと
「面倒を見てくれる人が増えたの間違いでしょ?」
周はにっこり笑いながら嬉しそうにそう言った。

弟子入りを許された周は次に武術道場へも通いだした。
もちろん瓏に武術を教えてもらうことも出来たのだがそれでは師父の負担が増えてしまう。半ば強引に弟子となった身であまり手を煩わしたくなかった。
周は日が昇ると同時に瓏の屋敷に向かい門前と講堂の掃除をし、それから午後までは学校へ通う。それが終わると屋敷へ戻り師の仕事を手伝い、夕方になれば武術道場へ行き、稽古が終わるとまた瓏の元へ戻り雑用をこなす。
その生活はあまりに忙しくろくに睡眠をとることも出来なかったため、瓏が自分の家に住み込むようにすすめたが、周が首を縦に振ることはなかった。
彼は両親を亡くしてから父の妹である叔母の元で暮らしている。
叔母はとても明るくいかにも肝の据わった女性であったが、夜になるとひとり寂しく月を眺めたりすることがある。
周はその姿を見るのが堪らなく嫌だった。そのためか夜に叔母を一人で家に残すことはなるべく避けたいと思っていたのだ。

「ろくに寝もせず身につくものがあるとは思えんがな。」
瓏が嫌味ったらしくそう言うと周はにやにや笑いながら
「住み込めばさらに仕事が増える気がするだけですよ。」
と答えた。

瓏は周を横目でちらりと見たがそれ以上何も言う事はなかった。


そんな周ではあったがそこはお年頃、忙しいとはいえそれなりにいたずらもしたし適度に手を抜くこともあった。
元がお調子者であるのか、來と二人でおふざけが過ぎて瓏の仕事を増やすこともしばしばある。

弟子となり2年ほど経過した頃には女遊びにはまり、数人の彼女たちが瓏の家に押しかけてきたことがあった。
その時、当の本人は稽古にでかけており家にはいなかった。
さらに運の悪いことに來と愛の両方を使いにだしてしまっていた為、やむを得ず瓏が彼女達の相手をするはめになった。
瓏は周が家に戻ってくるまでの間、この中の誰が本命であるのかだとか自分は周と何処へ行った何をしたなど、うんざりする話を無理やり聞かされた。
彼は彼女達が霊や死体であればどんなに楽かと考えながらただ時間が過ぎるのを待った。

数時間後に帰ってきた周は、数人の女の子達に囲まれている師父を見て驚いた。
もちろん彼女達がそこにいることにも驚いたのだが、それとは別にいつもは偉そうにしている師父が若い彼女達にされるがままたっだ事が容易に想像でき、情けなくただ椅子に腰掛けている姿を見たからだった。
そのうち女の子の一人が周に気付き瓏を開放したが、彼の右側にぴたりと寄り添い座っていた女の子は離れようとしなかった。

「周、私ね瓏先生のことが好きになっちゃったの、ごめんね。」
そういうと瓏の右腕に両腕を絡ませまとわりつく。
瓏はギョッとし、怪我をさせてはいけないと優しく女の子を離そうとするがまったく効果がない。

「・・・周、なんとかしろ。」
「俺にはなんとも出来ませんよ。」

周は愉快そうに笑うとほかの女の子達を片手で集め、帰らないのならもう二度と遊ぶ事はないと伝えた。
その一言で自分たちの中に本命などというものはいないのだと察し、彼女達はおとなしく帰っていった。
だが瓏を気に入った女の子だけはまったく介さず動こうとしない。

「お前の女だろう、なんとかしろ!」
瓏はいらつきながら叫んだが周はにやにやと笑うだけで何もしない。

「先生、どうやら僕は振られたみたいです。」
「そうかよかったな、いいから早くなんとかしろ。」
「どうして俺に言うんですか。本人に言ったらどうです?」

周は嬉しそうに両の頬をさすりながら瓏の目の前にあるテーブルという名の特等席に座る。
テーブルの上には女の子達にだしたのであろうお茶とお菓子が並べてあったが、瓏がそれを用意したのかと思うとさらに笑みがこぼれる。
瓏は顔を少し赤らめながら小さな声でやめなさいと連呼していたが、声を出せば出すほど女の子は密着してくる。
その二人の様子は、周にとってここ最近見た本や演劇のどれよりも面白い見世物となっていた。

「もういいだろう、この子をどけてくれ・・・」
女の子は困っている瓏の顔を見るとさらに気持ちが高ぶったのか今度はひざの上に身体を乗せてきた。

「お、おい、それはさすがに駄目だ。どきなさい。」
やるねぇ!と周はにんまり笑う。
瓏が女の子をどかそうとすると女の子は大げさにきゃーと叫び、その声に驚き手を離すと今度は首に手を回され顔を近づけてくる。

「い・・・いい加減にしなさい。」

瓏がそう言いかけたとき、周は手を伸ばしやっと女の子を彼からひっぺがした。
一種のやきもちであろうか、これ以上彼女の好きにさせておくことがなんだかもったいないような気がしたのだ。
周は女の子を引き寄せ耳元でなにかを囁くとお尻を軽くぽんっと叩いた。すると彼女ははにかみながら周の頬にキスをしてそそくさと立ち去った。
開放された瓏が息をはきだし「たらしめ」と呟くと、周はその言葉を満足そうに胸に入れた。

後にこのことは愛にバレ、周は3日間瓏の家から閉め出され、瓏は財布の中身を半分奪われた。


※※※


周と來が学校を無事に卒業し、20歳はたちを超えた辺りからは二人とも本格的に師の元で仕事をするようになった。
來は瓏の家に住み込むようになり、周は武術道場ではなく愛と共に瓏の家の広い庭で武術稽古をするようになった。
愛はこの家唯一の女性であったが、料理はおろか掃除も洗濯もまともにこなせなかった。
作る料理はなぜかすべて甘くなり、掃除をさせれば逆に散らかり、洗濯をさせれば衣服がぼろぼろになる。
彼女は「女が家の事をしなきゃいけないなんて古くさい」と掃除以外の家事をすべて來に押し付けた。もちろん掃除は周の仕事として。
周は横暴だと怒り、瓏に直談判したが金の管理をすべて愛にまかせていた為、まったく頼りにならなかった。
そして抗議の代償として三人ともに月の小遣いを減らされ、結局この家の主は愛なのだと思い知らされた。

「まぁ俺は武闘派じゃないし、家事ぐらいやってやるよ。」
もともと手先が器用な來は数日で家事を完璧にこなすようになり愛はそれに満足し、内緒で來の小遣いを元に戻した。もちろん他の二人はいまだに減ったままだ。

そんなライが周と仲良くするようになったのは8歳の頃からである。
來は生まれつき体の色素が薄く、周りの人間とは明らかに違うことを物心付いた頃から感じていた。
肌は雪のように白く、髪はほとんどが白銀髪で瞳も薄い茶色。
体はほかの子よりもはるかに小さく、ついたあだ名は「白雪姫」だった。
もちろん來にとってそれは素直に受け入れられることではなく呼ばれる度に反抗し喧嘩になったが、体が小さいためいつも負けていた。
そんな時、学校の授業で演劇をすることになり、クラスの生徒大半が來をお姫様役に選んだ。そして女の子達の熱烈な要望で王子様役は周になった。
この頃、來は自分とはまったく違う周のことが大嫌いであった。
髪は真っ黒で肌は日に焼けており健康的、背はクラスの中で一番高く、いつも走り回っている。
そしてなにより嫌なのが…自分が他の男子と喧嘩をするときに必ず止めに入るところだった。

苦痛でしかない演劇の練習は2週間続き、いよいよ本番となった時、來はボイコットしてやろうと考え、トイレに行くふりをしてそのまま学校を出た。
すんなり事が運んだことに來はとても満足していた。
しかし少し歩いたところで誰かに後ろから声をかけられてしまった。
バレたのかと恐る恐る振り向くと一人の見たことのない男が満面の笑みで來を見つめていた。
來はなぜ声をかけられたのか分からず佇んでいたが、男の不気味な笑い方ではっとした。
今、自分は女子達がもってきた女の子ものの服を着ている…つまり完全にあだ名通りの白雪姫なのだ。
男は鑑賞することに飽きたのか、最初からこうするつもりだったのかは分からないが…とにかく來に近づくとすばやく彼を抱きかかえた。
もちろん來は必死に抵抗したが男に抗えることはなく、気持ちの悪いゾッとするような声で「かわいいねぇ」と呟かれた。

「離せ!俺は男だ!!」

來がそう叫ぶと男はますますニヤつきその場を立ち去ろうとした…が、男はぐぇっと小さく呻くとその場に倒れ、來は道端に放り出された。
一瞬なにがおきたのか分からなかったが、状況はすぐに理解できた。
周が男の頭を執拗に蹴っていたのである。

「この変態野郎が!」
周は叫ぶと近くの棒切れをもち男の足に振り下ろした。
來は慌てて立ち上がり周の手をとると学校へ向かって走り出した。

「おい!とどめさしてないぞ!」
「とどめさしてどうするんだよ!」

二人は学校へ入るとすぐに職員室へ向かい、外に変態がいると伝えた。
先生達は大慌てでばたばたと動き出し二人は教室に戻るように言われた。

教室に戻る途中の廊下で周は頭の後ろをくしゃくしゃっとかき回しながら聞きにくそうに「なんで逃げ出したんだ?」と聞いてきた。
來は一瞬先ほどの男に止めを刺さなかったことかと思ったが、周が言っている事は劇のことだと気付くと舌打ちをした。

「なんで男の俺がお姫様をやらなきゃいけないんだよ。」

來がそう言うと周はきょとんとし「かわいいんだから仕方がないだろ?」と言った。
その言葉に來は逆上し周を壁に向かって突き飛ばした。

「なにすんだよ!」
「好きでこんな見た目なわけじゃねえ!」

來は叫ぶと急にその場にうずくまり、ぽろぽろと泣き出してしまった。
周は誘拐されそうになった直後であることを思い出し、慌てて彼に駆け寄ると小さな声で謝った。

「この白い髪も皮膚も嫌いだ!お前も嫌いだ!なんでいつも助けにくるんだよ!」

その問いに周は心底困った。
なぜと言われても、ただ目についていたから助けにはいっていただけで彼にとって特別な理由はなかったからだ。

「お前その髪…嫌いなのか?綺麗なのに。」
「ふざけんな!」

來は泣きながら周に手をあげようとした。
だが周はその手をぱしっと掴み、目をキッと上げると「わかった」と呟き來を起たせた。

「好きな色は?」
「は?」
「お前の好きな色だよ。」

周は來をまっすぐに見据えじっと答えを待っている。
どうして嫌いな奴にそんなことを教えなければならないのかと來は思ったが、どうやら答えるまで彼は動きそうにない。

「青…」
來がそう一言答えると周は大きく頷き、教室へもどってろと叫びながらどこかへ行ってしまった。

一人で教室に帰ると女の子が数人、顔を赤らめながら声をかけてきた。
話を聞いてみると自分が出て行く姿をここから見た周が「(俺の)お姫様が逃げた!」と大げさに叫び教室を飛び出していったのだという。
俺のというのは一部の女子に聞こえた幻聴であったが、彼女達にとってそんなことはどうでもよかった。
女の子達はあの二人はつまり出来ているのではないかという話になり真相を聞きにきたのだ。
來は顔を真っ赤にして怒り、そんなわけないだろ!と大きな声で叫んだ。
…本当に最悪だ、ますます周が嫌いになっていた。
その時教室のドアが開き周が目を輝かせながら入ってきた。
來が今度こそ殴ってやると近づいた瞬間、周は手にもっていたバケツをいきなり來にむかってひっくり返した。
ばしゃんと音がしてバケツの中身が來に襲い掛かった。
そばにいた女の子達がきゃーと叫び、隣の教室にいた先生が急いでやってきた。

「嫌いなら好きな色にすればいいだけだろ。」
そう言うと周は得意げににかっと笑った。

來は一体なにが起きたのか周に問い質したかったがうまく言葉が出ず、教室の惨状を一目見た先生がすぐに彼の耳を掴み連行していってしまった。
周の「違うんです誤解ですイジメじゃないです」という声が小さく聞こえ、遠ざかっていった。

「だ、大丈夫?來君…」

はっと気付くとクラスのみんながとても心配そうに自分を見ていた。
髪も服もびちょびちょに濡れている。

「なんだこれ…」

來は呟くとふらふらと壁にかけてある鏡に近付き首を傾げる。
そこには頭のてっぺんから足の先まで真っ青な絵の具の水で染められている自分の姿があった。
綺麗な白銀色の髪が無残にも安っぽい斑に染まった青色の髪になってしまっていた。
來は先ほどの周の言葉を思い出しほころんだ。

「悪くないね」
その日から來は周の親友になった。

それから來はこの気に入らない髪を青に染めるようになった。
先生や両親に何度怒られてもそれを止めることはなかった。
相変わらず男にしては小柄で色も白いが、顔立ちがよくむしろ女の子にモテると気付いた時からコンプレックスは一切なくなった。

來が周と共に瓏の元に弟子入りしたのは彼に借りを返すためだが、それを口に出すことはこの先一生ない。
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