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4.変わってしまった婚約者
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アドリアン様は変わってしまった。
最初は公務を私に任せることを申し訳なさそうにして、お詫びの手紙や贈り物があったのに最近は音沙汰がない。定例の勉強会もお茶会も何度も反故にされている。
元気な体を得て思うままに行動したい気持ちは分かるが、これはあまりにも酷いではないか。今彼は常にウラリー様を伴って行動していると王宮の従者から聞いている。まるで裏切られたかのような気持ちになる。
健康になる前は元気になったら「散策や遠乗り、旅行も観劇も何でも最初はシエナと一緒にしたい」そう言っていたのに彼は私ではなくウラリー様と過ごしている。あの約束を楽しみにしていたのは私だけだったのだ。
私は彼の健康を喜びたいのに出来なかった。そうでない時の方が誰にも邪魔されずに側で長い時間を過ごせていたと考えてしまう。それは病気の彼の方がよかったという意味で自分はなんて恐ろしいことを望んだのかと身震いした。私はこれ以上彼を恨みたくなくて仕事に没頭した。
ウラリー様の滞在は三か月と聞いている。いずれ彼女は領地に戻る。それまでの辛抱じゃないか。彼女のおかげでアドリアン様は元気になり王太子としての瑕瑾がなくなった。だからこれでよかったはずだとそう自分に言い聞かせた。
「シエナ。殿下との仲はどうなんだ?」
「…………」
ある夜、父の執務室に呼ばれ問われた。私は言葉が見つからず口ごもるしかない。アドリアン様とは満足に顔も合わせていないし話もしていなかった。婚約してからこのような状態になったのは初めてだった。父は嘆息すると痛ましそうに私を見た。
「殿下がシエナを蔑ろにして例の男爵令嬢を優先していると噂になっている。神殿は彼女を聖女として担ぎ上げ始めた。このままではお前の立場が危ぶまれる。シエナは今……殿下をどう思っているのだ?」
「私は……リアン様を変わらずお慕いしています。殿下はずっと自由にならない体で苦しんでいました。だから喜びのあまり今は分別を失っているのです。ですがウラリー様が男爵領に帰ればきっと以前のリアン様に戻ってくださいます」
本当にそうだろうか? これは私の願望だ。私は何度もアドリアン様に手紙を出しているが一向に返事がない。避けられている。ウラリー様がいなくなっただけで元の関係に戻れるのだろうか……。
「殿下が元に戻ればいいが、もしそうならなかったら? 私は王に相応しくない人間を担ぐ気はないし、娘を幸せにできない人間を支えるつもりもない」
「お父様……」
「シエナ。最後に決めるのはお前だ。だから国のことや殿下のことよりも自分の幸せを最優先に考えるんだ。その答えが何であっても私はそれを支持する。いいな」
父は安心させるように頷いた。最近私が憂鬱そうにしていることに気付いての言葉だ。自分を大事にしろと言ってくれた父に心から感謝をした。
私はその日、気合を入れてドレスを選び、化粧を施した。何度も鏡を見ては直し、そして王城に向かう。昨日アドリアン様からお茶のお誘いの手紙が届いた。
きっと彼も二か月間自由に振る舞って落ち着きを取り戻したのだろう。ウラリー様を送り出す話もしなければならない。何よりも彼と二人で過ごせるお茶会が嬉しくて私は約束の時間よりも早く王城へ向かった。
ところが私は迎えられた部屋に入り困惑した。そこにはウラリー様がすでにいたのだ。てっきり二人でのお茶会だと思っていたので酷く落胆した。
久しぶりに見るウラリー様の様変わりに私は驚いてしまった。髪も肌も磨かれもともと愛らしい顔立ちだったのが装いを美しくして更に輝いて見える。今の彼女は高位貴族の深窓の令嬢に見えるほどだ。
「リアン様。お招きありがとうございます。ウラリー様もお久しぶりです」
「ああ、シエナも元気そうでよかった。今日は大事な話があってウラリーにも同席してもらうがいいか?」
私は困惑しながらも頷いた。チラリとウラリー様を見ればニコニコと屈託なく笑っている。アドリアン様はいつから彼女を呼び捨てにするようになったのだろう。どうにも嫌な予感がした。
「実はウラリーを王太子妃にしたいと思っている」
「リ……アンさま?」
彼の声が遠くに聞こえる。視界が歪んで見える。彼は何を言っているの?
「シエナには悪いと思っているが、私たちの婚約をいったん白紙にしたい。分かって欲しい」
「…………」
分からない。何も分からない。ウラリー様を愛しているの? 私を嫌いになったの? 嫌よ。私はあなたを失いたくない。
「それで、ウラリーとの婚姻が済み次第、シエナを側妃に迎えたい。ウラリーはずっと領地で暮らしていて貴族の世界に疎い。王太子妃として今から学んでも難しいだろう。君は今までずっと公務を私以上に担ってくれていた。その力を引き続き国のために活かしてほしい。もちろん側妃だからといってシエナを蔑ろにするつもりはない。だから……これからも私を支えて欲しい。もちろんランドロー公爵家を厚く遇することは約束する」
勝手な事を言わないで。私の気持ちを聞いてはくれないの?
「シエナ様。これで私たちみんな幸せになれますね? どうぞよろしくお願いします」
ウラリー様がこれ以上にないという幸せそうな笑みを私に向けた。その顔を呆然と眺める。
私は最後まで彼らの言葉を理解することは出来なかった。
最初は公務を私に任せることを申し訳なさそうにして、お詫びの手紙や贈り物があったのに最近は音沙汰がない。定例の勉強会もお茶会も何度も反故にされている。
元気な体を得て思うままに行動したい気持ちは分かるが、これはあまりにも酷いではないか。今彼は常にウラリー様を伴って行動していると王宮の従者から聞いている。まるで裏切られたかのような気持ちになる。
健康になる前は元気になったら「散策や遠乗り、旅行も観劇も何でも最初はシエナと一緒にしたい」そう言っていたのに彼は私ではなくウラリー様と過ごしている。あの約束を楽しみにしていたのは私だけだったのだ。
私は彼の健康を喜びたいのに出来なかった。そうでない時の方が誰にも邪魔されずに側で長い時間を過ごせていたと考えてしまう。それは病気の彼の方がよかったという意味で自分はなんて恐ろしいことを望んだのかと身震いした。私はこれ以上彼を恨みたくなくて仕事に没頭した。
ウラリー様の滞在は三か月と聞いている。いずれ彼女は領地に戻る。それまでの辛抱じゃないか。彼女のおかげでアドリアン様は元気になり王太子としての瑕瑾がなくなった。だからこれでよかったはずだとそう自分に言い聞かせた。
「シエナ。殿下との仲はどうなんだ?」
「…………」
ある夜、父の執務室に呼ばれ問われた。私は言葉が見つからず口ごもるしかない。アドリアン様とは満足に顔も合わせていないし話もしていなかった。婚約してからこのような状態になったのは初めてだった。父は嘆息すると痛ましそうに私を見た。
「殿下がシエナを蔑ろにして例の男爵令嬢を優先していると噂になっている。神殿は彼女を聖女として担ぎ上げ始めた。このままではお前の立場が危ぶまれる。シエナは今……殿下をどう思っているのだ?」
「私は……リアン様を変わらずお慕いしています。殿下はずっと自由にならない体で苦しんでいました。だから喜びのあまり今は分別を失っているのです。ですがウラリー様が男爵領に帰ればきっと以前のリアン様に戻ってくださいます」
本当にそうだろうか? これは私の願望だ。私は何度もアドリアン様に手紙を出しているが一向に返事がない。避けられている。ウラリー様がいなくなっただけで元の関係に戻れるのだろうか……。
「殿下が元に戻ればいいが、もしそうならなかったら? 私は王に相応しくない人間を担ぐ気はないし、娘を幸せにできない人間を支えるつもりもない」
「お父様……」
「シエナ。最後に決めるのはお前だ。だから国のことや殿下のことよりも自分の幸せを最優先に考えるんだ。その答えが何であっても私はそれを支持する。いいな」
父は安心させるように頷いた。最近私が憂鬱そうにしていることに気付いての言葉だ。自分を大事にしろと言ってくれた父に心から感謝をした。
私はその日、気合を入れてドレスを選び、化粧を施した。何度も鏡を見ては直し、そして王城に向かう。昨日アドリアン様からお茶のお誘いの手紙が届いた。
きっと彼も二か月間自由に振る舞って落ち着きを取り戻したのだろう。ウラリー様を送り出す話もしなければならない。何よりも彼と二人で過ごせるお茶会が嬉しくて私は約束の時間よりも早く王城へ向かった。
ところが私は迎えられた部屋に入り困惑した。そこにはウラリー様がすでにいたのだ。てっきり二人でのお茶会だと思っていたので酷く落胆した。
久しぶりに見るウラリー様の様変わりに私は驚いてしまった。髪も肌も磨かれもともと愛らしい顔立ちだったのが装いを美しくして更に輝いて見える。今の彼女は高位貴族の深窓の令嬢に見えるほどだ。
「リアン様。お招きありがとうございます。ウラリー様もお久しぶりです」
「ああ、シエナも元気そうでよかった。今日は大事な話があってウラリーにも同席してもらうがいいか?」
私は困惑しながらも頷いた。チラリとウラリー様を見ればニコニコと屈託なく笑っている。アドリアン様はいつから彼女を呼び捨てにするようになったのだろう。どうにも嫌な予感がした。
「実はウラリーを王太子妃にしたいと思っている」
「リ……アンさま?」
彼の声が遠くに聞こえる。視界が歪んで見える。彼は何を言っているの?
「シエナには悪いと思っているが、私たちの婚約をいったん白紙にしたい。分かって欲しい」
「…………」
分からない。何も分からない。ウラリー様を愛しているの? 私を嫌いになったの? 嫌よ。私はあなたを失いたくない。
「それで、ウラリーとの婚姻が済み次第、シエナを側妃に迎えたい。ウラリーはずっと領地で暮らしていて貴族の世界に疎い。王太子妃として今から学んでも難しいだろう。君は今までずっと公務を私以上に担ってくれていた。その力を引き続き国のために活かしてほしい。もちろん側妃だからといってシエナを蔑ろにするつもりはない。だから……これからも私を支えて欲しい。もちろんランドロー公爵家を厚く遇することは約束する」
勝手な事を言わないで。私の気持ちを聞いてはくれないの?
「シエナ様。これで私たちみんな幸せになれますね? どうぞよろしくお願いします」
ウラリー様がこれ以上にないという幸せそうな笑みを私に向けた。その顔を呆然と眺める。
私は最後まで彼らの言葉を理解することは出来なかった。
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