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7.話が違う?!(バート)

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 アルバート(バート)は長い船旅を経てツェーザル王国に着くと、クーニッツ伯爵家から迎えに来ていた馬車を見つけた。御者にアルから預かったものを見せ確認を済ませ馬車に乗り込む。

 ツェーザル王国は穏やかな国だ。自国とは違う静かな田園に囲まれた街道をガタゴトと揺られ、快適に過ごしながら王都を目指す。ようやくクーニッツ伯爵邸に着き馬車を降りれば多くの人が出迎えてくれていた。
 自分はアルの伝言を預かっただけなのにあまりの歓迎ぶりに訝しむも、出迎えの中から一歩自分の目の前に足を進めた女性に目を奪われ思考が逸れた。

 その女性はブラウンのくせ毛を下ろし耳の横に花の髪飾りをしている。ふわふわした髪が愛らしく触れたら気持ちよさそうだ。美しく整った顔に大きなブラウンの瞳を潤ませて自分を見上げる姿はどうにも色っぽい。体は女性らしい曲線を描き腰は折れそうなほど細くスタイル抜群だ。洗練された雰囲気と色気を纏う美人がそこにいた。彼女は呆然としながらも問いかけてきた。

「えっ? 本当にアル様……アルバート様ですか?」

 なぜ自分の名前を知っているのだろうと不思議に思いながら返事をする。

「はい。アルバートです」

 そのあとクーニッツ伯爵に促され訳の分からないまま屋敷の中に通される。
そして晩餐のための部屋に入った瞬間、視界に入ったのは『お帰り! アルバート』と書かれた大きな垂れ幕だった。この時ようやく気付いた。みんなアルバート・クーニッツと自分アルバート・ブルメスターを間違えているということに。

 アルバートは初手を誤った。美女に見惚れ自己紹介をしていなかった。この誤解を早く解かねばと思ったが気まずい静寂の晩餐中に声を上げる勇気はない。この後どうするか思案することに夢中でまったく味を感じない食事を摂ることになった。きっとアルを喜ばせようと用意された豪華な食事に、自分が手をつけていることに罪悪感を抱き申し訳なくなる。そして本人が来ることが出来なかった事情を思い出し切なくなった。家族は彼の帰りを心待ちにしていたはずだ。

 晩餐中、先ほどの女性がこちらをちらちら見ては眉を寄せ「天使様が……」と呟いている。挙動不審すぎるがその表情も可愛い。この人はだれかと考えれば、アルの仮の婚約者のマリエル嬢に違いないと思い当たった。
 ただ、アルから聞いて想像していた女性像と全く違った。
 アルから聞いていたマリエル嬢は小柄でふわふわな髪が可愛く(これは合っている)くりくりな瞳が可憐で(これも合っている)好奇心旺盛で元気な子(たぶん合っている)だと言っていた。
 だが、「マリエルはいつも私を見ると笑顔で走ってきて子犬のように可愛いんだ!」が違う。美女過ぎて子犬の要素がないじゃないか。

 言葉のまま子犬のような無邪気な少女のイメージを持っていたのに、目の前には美女が現れた。でも考えてみればアルの話は十年前のことだ。十年もあればいとけない少女が大人の女性に変化を遂げていてもおかしくない。食事そっちのけでアルバートはいろいろ考えていたが、つまるところマリエルの美しさに平静でいられないだけだった。

 晩餐のあとは客間に通され一休みをした。一時間ほど経ったところで執事が伯爵から話がしたいので時間を取って欲しいと打診された。もちろんこのままでは自分も落ち着かないので二つ返事でクーニッツ伯爵の部屋を訪ねた。

「疲れている所申し訳ない。私はアルバートの父、クルト・クーニッツ。君はアルバートに頼まれてここにいるということであっているか? 以前手紙で懇意にしている友人がいるとは聞いている。きっと君のことだろう?」

 クルトは困惑押し隠すように努めて冷静に切り出した。
 アルバートはクルトの言葉に意味が分からず、一瞬頭の中が真っ白になったものの、すぐに我に返りそして心の中でアルに激しく毒ついた。話が違い過ぎる。
 
 どうやらアルは一切の事情も私が代理で来ることも伝えていないらしい。出国前にアルからは家には手紙で事情は知らせてある。私にはアルの意志が変わらず帰国しないことと元気でやっていることを伝えてきて欲しいと頼まれたのに、どうやらすべての事情の説明を私に丸投げしやがったようだ。この不明の事態に伯爵は柔軟に察して招き入れてくれたが、下手をすれば私はアルを語る犯罪者と疑われても仕方がない状況だった。

「アルは……両親には手紙で全ての事情を説明してあると言っていたのですが、彼は何も?」

 本当に何も聞かされていないのか確認せずにはいられない。アルは親不孝な自分には会わせる顔がないと常々言っていたが、だからといって何も伝えていないのか……。
 クルトは深いため息を吐き出し、力なく首を左右に振った。それは己の無力さを悔いる表情に見えた。

「アルバートにとって私は信頼に値しない父親だったようだ。手紙に今日帰国するとだけ書かれていた。帰国を伸ばしていた理由は勉強を続けたいとだけでそれ以外の説明はなかった。マリエルのこともあるからとにかく今回は必ず帰国するように言ったのだが、まさか別人が来るとは思っていなかった。迎えに行った御者はアルバートの顔を知らないので、出迎え時に我が家の家紋の入った懐中時計を見せてもらい確認するように言っておいたのだが、御者が君を伴ったということはそれを持っているんだね?」

「はい。アルから預かってきました」

 アルバートはポケットから懐中時計を取り出した。アルには自分の友人で代理で来た証明になるから持って行くようにと渡されたものだ。テーブルにそっと懐中時計を置くと、クルトはそれを手に取りアルの懐中時計だと確認し頷いた。
 




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