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13.新天地(アル)

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 髪飾りをつけるようになって、曖昧にしていた自分の中の違和感が顕著になる。もう後戻りはできない。このまま男の子として生きていくことは耐えられそうになかった。こんな悩みを抱く人間はこの世界に自分だけなのだろうか。答えを探すために図書館に足を運ぶようになる。もともと読書好きだったので両親に勘繰られることはない。

 出口の見つからない暗闇の中にいるようなこの深い苦悩から逃れたかった。

 自分は病気なのだろうか。病気だとしたら治るのか。不安に苛まれ図書館で医学書を読み漁る。誰にも相談することが出来ない以上、自分で答えを探さなければならない。もちろん両親に打ち明ける勇気はない。家族に「異常だ」と拒絶されることを恐れた。

 難しい書物や他国の論文まで手を伸ばして辞書を片手にいろいろなものを読み漁った。
 その本の中で一つの光明を見つける。シュトール王国のある医者の論文に自分と同じ感情を抱く症例が紹介されていた。

「もっと詳しいことを知りたい!!」

 両親には将来医者になりたいと留学を希望した。最初はもちろん反対された。医者を志すなら自国でもいいではないかと言う。それはもっともだったが私はその論文を書いた医者にどうしても会いたかった。

「私は次男です。もし婿入り先が見つからなかった時のために手に職をつけておきたい。どうしても医者になりたいのです。それに医療技術はシュトール王国の方が遥かに高い。せっかくならより高い技術と知識を得たいのです。どうかお願いします」

 両親がどれだけ説得しても私が意志を変えないのでとうとう許してくれた。それにシュトール王国の医療が優れている分、試験は自国より数段難しい。入学試験に受かるとは思っていなかったようで、万が一受かっても私が音を上げて帰国すると考えていたようだった。許してくれたのはたとえ挫折しても私に悔いが残らないようにとの親心だったのかもしれない。

 私の一番の目的は論文を書いた医者に会うことだが、医者になりたいのも決して嘘ではない。自分と同じような人達を救える力を手に入れることが出来たらと思っている。それにはまず自分自身の答えを探さなければ。

 私は海を渡り必死に勉強し無事試験に受かり医学校に入学した。そして念願の論文を書いた医者に会うことが叶った。その医者が後に友人となるアルバート・ブルメスターの母親、スーザン・ブルメスターだった。彼女は医者として病院で診察をする傍ら医学校で教鞭をとっていたので、質問という形で教えを乞うことが出来た。

 そこで心と体の性が一致しない人たちがいるということを知る。自分だけじゃなかった。そのことにどれほど救われたか。シュトール王国ではそのことをオープンにしていて思うままに振る舞う人が多くいる。ブルメスター領は医学の造詣が深い分、多種多様な人が住んでいた

 それでもすぐに女性として振る舞えたわけではない。そもそもまだ誰にも打ち明けていなかった。スーザン先生には症例について質問しただけで私自身を診察してもらったわけではない。相手が医者であっても自分の話を打ち明けるのは勇気がいる。まだ決断が出来ていなかった。
 私はまず髪を伸ばし出した。長髪の男がいても不自然ではないはず。自然に変化させていこうと考えていた。
 授業を受ける中で時々アルバート(バート)を見かけた。スーザン先生が学校で授業をするときに資料運びの手伝いをバートにさせているようだった。彼は教材を抱えてスーザン先生の後を歩いていた。一度すれ違った時にスーザン先生が私に気付きアルバートを紹介してくれた。それ以降アルバートとは挨拶をする程度の仲になった。
 あるとき彼と街で偶然顔を合わせてしまった。

 私の髪は肩より下まで伸びたので結ぶためのリボンを雑貨店に買いに来ていた。本当はフリルのついたものが欲しかったが、揶揄われるかもしれないと黒色のサテンのリボンを買うことにした。それでも未練がましくフリルのリボンを眺めていると後ろから声をかけられた。

「その黒のリボンよりも、手前のブルーのリボンの方が似合うと思うぞ」

 私はその声に焦って振り返ると真剣な表情のアルバートがそこにいた。彼はそれだけ言うとそのまま店を出ていった。彼の声色には自分を馬鹿にしたものは感じられなかったが、なんだか不味い所を見られたという気もした。
 彼はスーザン先生から何か聞いているのだろうか。それを誰かにばらされないか不安に思いつつも、最初から買う予定だった黒のリボンと、彼の勧めてくれたブルーのリボンを思い切って買った。

 翌日、黒いリボンで髪を結んだ。おそるおそる登校すればアルバートもスーザン先生と来ていた。彼は私を見ると首を傾げたが何も言わなかった。私は下校時に彼を捕まえて話しかけた。

「ブルメスター侯爵子息。お時間を頂けませんか? 少し話がしたいのですが」

「いいけど、その呼び方だと堅苦しいな。もっと気軽に話してほしい。そいえばお前の名前もアルバートなんだよな? 同じ名前の人間てどう呼べばいいんだ?」

 困った様に眉を下げるアルバートがなんだかおかしかった。騎士科に通う彼は逞しいながらにも大らかな雰囲気を纏う。

「私は友人にアルと呼ばれていたので、迷惑でなければアルと呼んでもらえないだろうか」

「分かった。家族は俺のことをバートと呼んでいるからちょうどいいな。これからは俺のことはバートと呼んでくれ」

「ああ、バート。……その、リボンのことなんだがスーザン先生から何か聞いているか?」

「母上? いいや。聞いていないがどうかしたのか?」

「なら何故、ブルーのリボンが似合うなんて言ったんだ?」

「気に障ったなら謝るよ。ただあっちの華やかな方が似合うと思って」
 
 彼は気付いているのかもしれない。そう思ったら全身が冷たくなっていくようだった。それでも思わず問いかけてしまった。

「私のことをおかしな人間だと思うか?」

「? いいや。別にどんなリボンをつけるのも自由だ。おかしいとは思わない」

「そうじゃない。私は心が女性なんだ」

 なぜ彼に打ち明けてしまったのか自分でも分からない。ただ誰かに聞いて欲しいとは思っていた。心のどこかで彼は大丈夫だという気がしていた。
 彼は何と答えるのか、もしかしたら嫌悪感を示すのか、それとも……。私はまるで断罪の時を待つように、手をぎゅっと握り締め彼の口から出てくる言葉を待った。





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