8 / 24
8.親友
お皿の上には可愛らしいミニケーキが五つ並んでいる。いちごとクリームのケーキに、チョコレートケーキ、シュークリームにチーズケーキとオレンジのタルト。食べたいけれどコルセットのせいで入るか微妙そう。
ジョゼフィーヌは一瞬だけ躊躇ったが、あまりに美味しそうなので食べない選択肢は見つからなかった。
「ありがとう。ふふ、いただきます」
お皿を受け取りフォークで一口分に切り分けて口に入れた。
「ん! 美味しい」
「でしょう? 私が先に味見しておいたから、美味しさは保証する。それでね。一目惚れって単に顔がすごく好みだというだけでしょう? 性格が悪かったり考えが合わなかったりしたら後悔するのに、慎重さとか理性をどこに置いてきちゃうのかしら?」
鈴を転がすような可憐な声の主はサラサラの薄い金色の髪を背中に流し、薄い黄色のドレスを着ていた。大きな瞳が可愛らしい女性が眉を寄せやや口を尖らせて、不可解だと腕を組んでいる。彼女はドバリー公爵令嬢ミラベルだ。
「ミラベル様。いつ王都に戻ってきたの?」
「昨日よ。船は面白かったわ! 今度は港を見学したくてお母様にお願いしているところなの」
ミラベルは青い瞳を楽しげにキラキラと輝かせている。
「相変わらず探究心旺盛ね」
ミラベルの年齢はアルバンと同じでジョゼフィーヌの二歳年下の十八歳。高位貴族の年齢の近い令嬢がお互いしかいなかったことから、必然的に親しくなった。ジョゼフィーヌはミラベルを親友だと思っている。
ミラベルは興味を持ったら徹底的に調べたくなる性格で、しかも行動力がありすぐさま実行に移す。
たとえば昔、我が家に遊びに来たときに応接室に置いてあったガラス細工に惹かれて、次の日には資料を集め読み込んでそのままガラス工房を訪ねた。そして作成工程を見学したそうだ。
今は船に興味を抱いている。大きな船が重い荷を積んで海や川に浮くことが神秘的らしい。ジョゼフィーヌはそういうものだとしか思わなかったが、ミラベルと話をしていると視点の違いが面白い。今回は造船所に行ってくると聞いていた。
「ええ。これもお兄様がしっかり者のおかげよ。貴族令嬢としては考えられないくらい自由にさせてくれて感謝しているわ」
ミラベルにはグレゴリーという兄がいる。頭脳明晰で品行方正の慎重派。次期ドバリー公爵であり、また次期宰相候補として期待されている。
「いいなあ。私もたまには遠乗りくらいしたいな」
「ジョゼフィーヌ様は忙しいものね。王太子の婚約者なんてどう考えても貧乏くじ。しかも肝心の王太子は浮気するような最低なクズ男だし」
ミラベルはカラカラと笑いながら辛辣な言葉を放った。
「ミラベル様ったら。まあ、否定はしないけれど言いすぎよ。人に聞かれたら面倒だわ」
「大丈夫よ。近くに人はいないもの。それよりジョゼフィーヌ様は怒っていないの?」
ミラベルは視線をアルバンやエステルに向けている。彼らの行動を非難しているのだろう。
ジョゼフィーヌはお皿の上のケーキを平らげると給仕を呼んで、お茶を受け取り喉を潤した。
「もちろん怒っているわ。だって仕事を放り出してエステル様に会っているのよ。大切な視察なのにその意味も理解していないし」
「そっかあ。仕事かあ。怒るところはそこなのね。だからアルバン殿下は拗らせたのかな?」
ミラベルは意味ありげにジョゼフィーヌを見た。意味が分からず首を傾げる。
「殿下は何を拗らせているの?」
「ねえ、ジョゼフィーヌ様。私、アルバン殿下がエステル様のどこに惹かれたのか知っているのよ」
ミラベルはジョゼフィーヌの質問には答えずに別のことを言い出した。
「一目惚れだから顔なのでしょう?」
「顔なのはそうだけど、たぶん雰囲気だと思う。エステル様はね。少しだけ昔のジョゼフィーヌ様に似ているのよ」
「?」
自分とエステルのどこが似ているのかわからない。瞳の色も違うし顔立ちも全然違う。雰囲気だってジョゼフィーヌはエステルのようにふわふわしていない。高位貴族として淑女教育を受ければ表情豊かに振る舞うことはしない。
どこが似ているのか教えてくれるのかと続きを待っても、ミラベルはただ微笑みを浮かべるだけだった。それならこれ以上聞かないことにした。ミラベルが黙っているのならそれは答えを自分で気付いてほしいか、知る必要がないかのどちらかだろう。ミラベルは年下だけど、時々悟りを開いているように感じてしまう。以前、そう言ったら諦めるのが得意だからかもと笑っていた。一見自由に振る舞っているようでも、苦しみや悲しみがありそっと胸に秘めている。私たちの身分なら望むものは手に入ると思われがちだが、実際は儘ならないことも多い。
「私はミラベル様の方が王妃に相応しいと思う」
「私もそう思っていたし、そのつもりだったし、そのために勉強したのに。まさか王妃様が陛下に王命を出させるとは思っていなかったわ」
ミラベルは祖父の宰相からいずれ王妃になると聞かされて育っていた。そのために勉強にも取り組んでいたのはジョゼフィーヌも知っていた。
だからジョゼフィーヌがアルバンと婚約することになったときは申し訳なくなったのだが、ミラベルは落ち込んだそぶりも見せずに、むしろジョゼフィーヌを慰めてくれた。実はミラベルには初恋のリックの話をしていて応援してもらっていたのだ。
だからジョゼフィーヌはいつかミラベルに好きな人が出来たら応援するつもりでいた。好きな人ができたら報告してくれると約束して何年も経つが、いまだに教えてもらえていない。
性格よし、器量よし、家柄よしなのにまだ婚約者を決めていないのは、密かに想う人がいるのではと思っている。その相手がアルバンの可能性もあるが、ミラベルの口からはアルバンの悪口しか聞いたことがないので多分違うだろう。もっとも悪口はジョゼフィーヌに気を遣っているだけかもしれない。二人は幼馴染なので無きにしも非ずと思っている。気にはなるがミラベルの心に土足で踏み込むつもりはないので深く問いかけたことはない。
「ミラベル様はどう思う? エステル様に王太子妃が務まるかしら?」
「エステル様には無理よ。知識も教養も一朝一夕では身に付かないし後ろ盾もないもの。ところでジョゼフィーヌ様はアルバンと婚約解消するつもりなの?」
「近いうちに王家から言ってくるのではないかしら。あれだけ堂々とエステル様と一緒にいるのだもの」
「アルバン殿下は本当にお馬鹿さんよね」
「殿下をお馬鹿さんて……」
否定はしないけど、ミラベルは不敬な発言が多いので心配になる。
急に会場がざわめきだした。何ごとかとミラベルと顔を見合わせ、ざわめきのある方に視線を向けた。
「あら? ふふ。きっとダンスのお誘いね」
ざわめきの理由、それはバシュラール公爵がこちらに向かって歩いてきているせいだった。
ジョゼフィーヌは一瞬だけ躊躇ったが、あまりに美味しそうなので食べない選択肢は見つからなかった。
「ありがとう。ふふ、いただきます」
お皿を受け取りフォークで一口分に切り分けて口に入れた。
「ん! 美味しい」
「でしょう? 私が先に味見しておいたから、美味しさは保証する。それでね。一目惚れって単に顔がすごく好みだというだけでしょう? 性格が悪かったり考えが合わなかったりしたら後悔するのに、慎重さとか理性をどこに置いてきちゃうのかしら?」
鈴を転がすような可憐な声の主はサラサラの薄い金色の髪を背中に流し、薄い黄色のドレスを着ていた。大きな瞳が可愛らしい女性が眉を寄せやや口を尖らせて、不可解だと腕を組んでいる。彼女はドバリー公爵令嬢ミラベルだ。
「ミラベル様。いつ王都に戻ってきたの?」
「昨日よ。船は面白かったわ! 今度は港を見学したくてお母様にお願いしているところなの」
ミラベルは青い瞳を楽しげにキラキラと輝かせている。
「相変わらず探究心旺盛ね」
ミラベルの年齢はアルバンと同じでジョゼフィーヌの二歳年下の十八歳。高位貴族の年齢の近い令嬢がお互いしかいなかったことから、必然的に親しくなった。ジョゼフィーヌはミラベルを親友だと思っている。
ミラベルは興味を持ったら徹底的に調べたくなる性格で、しかも行動力がありすぐさま実行に移す。
たとえば昔、我が家に遊びに来たときに応接室に置いてあったガラス細工に惹かれて、次の日には資料を集め読み込んでそのままガラス工房を訪ねた。そして作成工程を見学したそうだ。
今は船に興味を抱いている。大きな船が重い荷を積んで海や川に浮くことが神秘的らしい。ジョゼフィーヌはそういうものだとしか思わなかったが、ミラベルと話をしていると視点の違いが面白い。今回は造船所に行ってくると聞いていた。
「ええ。これもお兄様がしっかり者のおかげよ。貴族令嬢としては考えられないくらい自由にさせてくれて感謝しているわ」
ミラベルにはグレゴリーという兄がいる。頭脳明晰で品行方正の慎重派。次期ドバリー公爵であり、また次期宰相候補として期待されている。
「いいなあ。私もたまには遠乗りくらいしたいな」
「ジョゼフィーヌ様は忙しいものね。王太子の婚約者なんてどう考えても貧乏くじ。しかも肝心の王太子は浮気するような最低なクズ男だし」
ミラベルはカラカラと笑いながら辛辣な言葉を放った。
「ミラベル様ったら。まあ、否定はしないけれど言いすぎよ。人に聞かれたら面倒だわ」
「大丈夫よ。近くに人はいないもの。それよりジョゼフィーヌ様は怒っていないの?」
ミラベルは視線をアルバンやエステルに向けている。彼らの行動を非難しているのだろう。
ジョゼフィーヌはお皿の上のケーキを平らげると給仕を呼んで、お茶を受け取り喉を潤した。
「もちろん怒っているわ。だって仕事を放り出してエステル様に会っているのよ。大切な視察なのにその意味も理解していないし」
「そっかあ。仕事かあ。怒るところはそこなのね。だからアルバン殿下は拗らせたのかな?」
ミラベルは意味ありげにジョゼフィーヌを見た。意味が分からず首を傾げる。
「殿下は何を拗らせているの?」
「ねえ、ジョゼフィーヌ様。私、アルバン殿下がエステル様のどこに惹かれたのか知っているのよ」
ミラベルはジョゼフィーヌの質問には答えずに別のことを言い出した。
「一目惚れだから顔なのでしょう?」
「顔なのはそうだけど、たぶん雰囲気だと思う。エステル様はね。少しだけ昔のジョゼフィーヌ様に似ているのよ」
「?」
自分とエステルのどこが似ているのかわからない。瞳の色も違うし顔立ちも全然違う。雰囲気だってジョゼフィーヌはエステルのようにふわふわしていない。高位貴族として淑女教育を受ければ表情豊かに振る舞うことはしない。
どこが似ているのか教えてくれるのかと続きを待っても、ミラベルはただ微笑みを浮かべるだけだった。それならこれ以上聞かないことにした。ミラベルが黙っているのならそれは答えを自分で気付いてほしいか、知る必要がないかのどちらかだろう。ミラベルは年下だけど、時々悟りを開いているように感じてしまう。以前、そう言ったら諦めるのが得意だからかもと笑っていた。一見自由に振る舞っているようでも、苦しみや悲しみがありそっと胸に秘めている。私たちの身分なら望むものは手に入ると思われがちだが、実際は儘ならないことも多い。
「私はミラベル様の方が王妃に相応しいと思う」
「私もそう思っていたし、そのつもりだったし、そのために勉強したのに。まさか王妃様が陛下に王命を出させるとは思っていなかったわ」
ミラベルは祖父の宰相からいずれ王妃になると聞かされて育っていた。そのために勉強にも取り組んでいたのはジョゼフィーヌも知っていた。
だからジョゼフィーヌがアルバンと婚約することになったときは申し訳なくなったのだが、ミラベルは落ち込んだそぶりも見せずに、むしろジョゼフィーヌを慰めてくれた。実はミラベルには初恋のリックの話をしていて応援してもらっていたのだ。
だからジョゼフィーヌはいつかミラベルに好きな人が出来たら応援するつもりでいた。好きな人ができたら報告してくれると約束して何年も経つが、いまだに教えてもらえていない。
性格よし、器量よし、家柄よしなのにまだ婚約者を決めていないのは、密かに想う人がいるのではと思っている。その相手がアルバンの可能性もあるが、ミラベルの口からはアルバンの悪口しか聞いたことがないので多分違うだろう。もっとも悪口はジョゼフィーヌに気を遣っているだけかもしれない。二人は幼馴染なので無きにしも非ずと思っている。気にはなるがミラベルの心に土足で踏み込むつもりはないので深く問いかけたことはない。
「ミラベル様はどう思う? エステル様に王太子妃が務まるかしら?」
「エステル様には無理よ。知識も教養も一朝一夕では身に付かないし後ろ盾もないもの。ところでジョゼフィーヌ様はアルバンと婚約解消するつもりなの?」
「近いうちに王家から言ってくるのではないかしら。あれだけ堂々とエステル様と一緒にいるのだもの」
「アルバン殿下は本当にお馬鹿さんよね」
「殿下をお馬鹿さんて……」
否定はしないけど、ミラベルは不敬な発言が多いので心配になる。
急に会場がざわめきだした。何ごとかとミラベルと顔を見合わせ、ざわめきのある方に視線を向けた。
「あら? ふふ。きっとダンスのお誘いね」
ざわめきの理由、それはバシュラール公爵がこちらに向かって歩いてきているせいだった。
あなたにおすすめの小説
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。
Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。
すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。
その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。
事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。
しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。
ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」
幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。
──どころか。
「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」
決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。
この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)