図書室で公爵弟に恋をしました。今だけ好きでいさせてください。

四折 柊

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1.悲劇は公爵邸の庭園で

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「ガッシャーーーン!!」



 花瓶が割れる大きな音が庭園に響き渡り、辺りは静まり返った。

  この音がエリーゼの人生の岐路となる。




 ******************



 晴れ渡る青空、まさにガーデンパーティー日和である。
 エリーゼは空を見上げその澄んだ青色に勇気をもらい、公爵邸の門を抜け受付にいる家令に招待状を渡す。
 確認を終えすぐに広い庭に案内されるとそこにはすでに多くのお年頃の紳士・淑女がいた。
 庭には白い丸テーブルがいくつも並び、テーブルの上には所狭しと、可愛らしくデコレーションされたケーキや美味しそうな焼き菓子が並んでいる。
 立食形式の様で休憩のための椅子は少し離れたところに置かれていた。

 エリーゼはふと目に入った一輪挿しが置かれているテーブルに向かった。
 その花瓶には美しい一輪の白いガーベラが活けてあり目を引く。花というよりも単純にエリーゼの好みの花瓶が気になった。
 その花瓶をうっとりと眺めながらテーブルの上のフルーツケーキをサーブしてもらい口に運ぶ。
 上品な甘さと瑞々しい旬のフルーツを味わいながら近くにいた給仕にお茶を頼む。
 さすが公爵家主催のガーデンパーティー、めったに食べることの出来ない高級なケーキとお茶そして美しい花々を存分に堪能する。
 この庭でそんなことを思っているのはエリーゼだけだろう。
 周りの紳士淑女は皆この場で素敵な婚姻相手を見つけるつもりで訪れているのだ。
 淑女たち一番の目的は公爵弟である。
 エリーゼのテーブルから離れたところに令嬢達に囲まれているその人はスラリとした高身長に見目麗しいお顔、現在王宮で優秀な文官として働いている25歳独身、婚約者のいないご令嬢達には喉から手が出そうな好物件である。

 だがエリーゼには興味はない。今日は美味しいお菓子とお茶を味わいに来ただけである。そのとき後ろから声をかけられた。

「あら、エリーゼ・バーレ子爵令嬢、お久しぶりですわ。あなたも出席されていたのね。今からお相手探し? 行き遅れは大変ですわねえ」

 ふふふと笑いながら声を掛けてきたのはガッツリ胸元を強調している真っ赤なドレスのアデリア・ドナート伯爵令嬢である。
 失礼な物言いに、そっくりその言葉をお返しするわと喉まで出かかったのをなんとか飲み込んだ。学園の同級生なので彼女も同じ年だ。そしてこの場には既婚者は呼ばれていないので行き遅れはお互い様だと思うが勿論顔にも口にも出さない。エリーゼは相手を探しに来たわけではないが面倒なアデリアを相手にするよりケーキが食べたいから聞き流すことにした。

「……」

「あら、うっかりしていたわ。今は子爵令嬢ではなくて平民になられたのだったわね。エリーゼさん。それなのによく招待状が手に入ったわね。でも平民が公爵家のそれも今回のガーデンパーティーに参加しても意味はないでしょう。立場を弁えたほうがよろしいのではないかしら」

 楽しそうに大きな声で話す姿にウンザリする。平民の分際で図々しく出席するなと言うのだろう。エリーゼだって場違いなのは承知しているからケーキをひたすら食べている。そしてすでにお腹いっぱいになりつつある。ついその言い方にカチンときて思わず言い返してしまった。アデリアの性格を考えたら聞き流すべきだったと後に後悔する。

「勿論弁えていますわ。それより私と話していていいのかしら? あなたこそお相手探し? たいへんですわねえ」

 言い返されると思っていなかったアデリナは怒りに目を吊り上げ口を歪ませると黙ってヒールの音を響かせながらその場を立ち去った。
 学園にいる時にも散々絡まれたが、もう学生ではないのだから勘弁してほしい。

 エリーゼは気を取り直して新しいお茶を頼んだ。もう少し食べたら帰ろうかと思いながらチョコレートケーキを咀嚼する。
 気分直しが済んだところで、気になっていた花瓶をどうしても手に取って見たくなった。
 周りには人もいないし大丈夫だと判断してそっと手を伸ばす。
 艶々の群青色の花瓶を両手で支えガーベラとの一体感を眺めていたら突然背中に衝撃を受ける。完全に油断していた。エリーゼの手から花瓶がするりと滑り落ちていく。焦り手を伸ばすが無情にも届かなかった。
 視界の隅に真っ赤なドレスが見えた気がしたがそれよりも花瓶である。


「ガッシャーーーン!!」


 花瓶が割れる大きな音が庭園に響き渡り、辺りは静まり返った。皆が一斉にこちらを見ている。
 足元を見れば割れてバラバラになった無残な花瓶の姿が……。花瓶から投げ出されたガーベラは悲しそうに横たわっている。
 エリーゼは涙目になった。これ誤魔化せない……絶望的である。

 ああ、いっそ気を失って倒れたい。公爵家の花瓶が安物であるはずがない。これは一体いくらするのか……。弁償額を想像しエリーゼの目の前が真っ暗になった。

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