10 / 18
10.不意打ち
しおりを挟む
エリーゼは王宮を出るとトボトボと歩き出した。
先程の令嬢をクラウスはシュナイダー侯爵令嬢と呼んでいた。エリーゼに面識はないが噂は聞いたことがある。シュナイダー侯爵夫妻の一人娘で17歳だったと思う。可憐という言葉が似合う可愛らしい令嬢だった。年齢的にも婿となる婚約者を探しているのだろう。
クラウスはアデリアとの婚約の話は断ったのだろうか。クラウスなら婚約の打診は多数きているはずだ。一番有力な相手は爵位の高さから考えてシュナイダー侯爵令嬢なのは間違いない。あの令嬢なら身分も容姿もクラウスに釣り合う。それを認めればいいようのない苦しみがエリーゼの心を支配する。
クラウスはきっとこの後は彼女と食事に行くのだろう。エリーゼと一緒にいた時の様な笑顔を彼女にも向けるのだろうか。想像すれば胸に重石を乗せたような息苦しさを感じた。
昨日、クラウスがお昼にいなかったのはシュナイダー侯爵令嬢と一緒に過ごす為だったということが心の中をモヤモヤとさせる。それが嫉妬だということに気付いていた。クラウスは断ったと言ったが令嬢はクラウスのことを慕っていた。エリーゼはクラウスへの気持ちを素直に言葉にすることができる身分をもつ彼女が純粋に羨ましいと思った。
彼女はクラウスが文官を辞めていると言っていたが事実なら婿入りの準備に違いない。エリーゼが公爵邸に行くのは週に二回だが必ず顔を合わせていた事を考えるとその頃には文官を辞めていたと考えられる。
最初にクラウスを見たお茶会でもたくさんの令嬢に囲まれていたのだから進んでいる話があってもおかしくないのに、そのことに思い至らなかった。
思えばエリーゼはクラウスの事を何も知らない。それはエリーゼに教える必要がないと判断されたということでもある。自分が彼にとって近い存在だと思っていたことが勘違いだったと証明された……分かっていても寂しさが募る。
エリーゼは侯爵邸に戻ると、翻訳の大変さと気疲れで食事もせずにその日は眠ってしまった。
翌朝、侯爵家の執事から昨夜クラウスがエリーゼを心配して無事に帰宅したか確認に来たことを教えてもらった。責任感の強い人だから気にしてくれたのだろうと自分に言い聞かせたが、心配してもらえたことに嬉しさを感じて単純な心はクラウスの行動に一喜一憂することを止められそうにない。儘ならない感情にエリーゼは途方に暮れた。
そして四日後、公爵邸に行く日が来た。クラウスとシュナイダー侯爵令嬢の婚約が決まったと報告されるのではと怯えながら向かう。結局、エリーゼはクラウスへの想いを諦めるどころか再確認してしまった。自分の意志ではどうにもできない。クラウスから拒絶されれば諦めることができるのだろうか。
玄関に出迎えてくれた執事はいつも通りで慶事があった気配はない。よく考えれば、正式な婚約を交わすまでは公にはしないのだからエリーゼに知らされることはないはずなのに、そこまで考えが及ばず辛い知らせを聞かずにすんだことにホッとしてしまった。そのお陰で午前中は平常心を取り戻して作業を進めることができた。
お昼の時間になったので緊張しながら隣の休憩室に行けば、今日もクラウスではなく侍女がお皿やお茶を並べ準備をしていた。
「エリーゼ様。恐れ入りますが本日もお一人でお願いしますね」
「はい。ありがとうございます」
侍女が下がると溜息を吐き机に突っ伏した。
クラウスがいないことに安心しながらもガッカリもしていた。ここにいないのならシュナイダー侯爵令嬢と昼食に出かけているのではと不安が押し寄せる。エリーゼが思い悩んだところでどうすることもできないのにじっとしていられないような焦燥感が込み上げる。
クラウスに会いたい……会いたくない、やっぱり会いたい。
顔を上げればクラウスの好物のローストビーフのサンドイッチが置かれていた。起き上がり食べ始めれば、初めてクラウスと昼食を共にしたときのことを思い出す。あの頃は無邪気にクラウスと過ごす時間を楽しみにしていた。ただ側にいることが幸せだと思えたことが随分と懐かしい。
食後の紅茶を味わいながらぼんやりと過ごしていると扉をノックする音がする。侍女だと思い返事をすると扉から現れたのはクラウスだった。エリーゼは彼は不在だと思い込んでいたので予想外のことに驚き頭の中が真っ白になってしまった。
先程の令嬢をクラウスはシュナイダー侯爵令嬢と呼んでいた。エリーゼに面識はないが噂は聞いたことがある。シュナイダー侯爵夫妻の一人娘で17歳だったと思う。可憐という言葉が似合う可愛らしい令嬢だった。年齢的にも婿となる婚約者を探しているのだろう。
クラウスはアデリアとの婚約の話は断ったのだろうか。クラウスなら婚約の打診は多数きているはずだ。一番有力な相手は爵位の高さから考えてシュナイダー侯爵令嬢なのは間違いない。あの令嬢なら身分も容姿もクラウスに釣り合う。それを認めればいいようのない苦しみがエリーゼの心を支配する。
クラウスはきっとこの後は彼女と食事に行くのだろう。エリーゼと一緒にいた時の様な笑顔を彼女にも向けるのだろうか。想像すれば胸に重石を乗せたような息苦しさを感じた。
昨日、クラウスがお昼にいなかったのはシュナイダー侯爵令嬢と一緒に過ごす為だったということが心の中をモヤモヤとさせる。それが嫉妬だということに気付いていた。クラウスは断ったと言ったが令嬢はクラウスのことを慕っていた。エリーゼはクラウスへの気持ちを素直に言葉にすることができる身分をもつ彼女が純粋に羨ましいと思った。
彼女はクラウスが文官を辞めていると言っていたが事実なら婿入りの準備に違いない。エリーゼが公爵邸に行くのは週に二回だが必ず顔を合わせていた事を考えるとその頃には文官を辞めていたと考えられる。
最初にクラウスを見たお茶会でもたくさんの令嬢に囲まれていたのだから進んでいる話があってもおかしくないのに、そのことに思い至らなかった。
思えばエリーゼはクラウスの事を何も知らない。それはエリーゼに教える必要がないと判断されたということでもある。自分が彼にとって近い存在だと思っていたことが勘違いだったと証明された……分かっていても寂しさが募る。
エリーゼは侯爵邸に戻ると、翻訳の大変さと気疲れで食事もせずにその日は眠ってしまった。
翌朝、侯爵家の執事から昨夜クラウスがエリーゼを心配して無事に帰宅したか確認に来たことを教えてもらった。責任感の強い人だから気にしてくれたのだろうと自分に言い聞かせたが、心配してもらえたことに嬉しさを感じて単純な心はクラウスの行動に一喜一憂することを止められそうにない。儘ならない感情にエリーゼは途方に暮れた。
そして四日後、公爵邸に行く日が来た。クラウスとシュナイダー侯爵令嬢の婚約が決まったと報告されるのではと怯えながら向かう。結局、エリーゼはクラウスへの想いを諦めるどころか再確認してしまった。自分の意志ではどうにもできない。クラウスから拒絶されれば諦めることができるのだろうか。
玄関に出迎えてくれた執事はいつも通りで慶事があった気配はない。よく考えれば、正式な婚約を交わすまでは公にはしないのだからエリーゼに知らされることはないはずなのに、そこまで考えが及ばず辛い知らせを聞かずにすんだことにホッとしてしまった。そのお陰で午前中は平常心を取り戻して作業を進めることができた。
お昼の時間になったので緊張しながら隣の休憩室に行けば、今日もクラウスではなく侍女がお皿やお茶を並べ準備をしていた。
「エリーゼ様。恐れ入りますが本日もお一人でお願いしますね」
「はい。ありがとうございます」
侍女が下がると溜息を吐き机に突っ伏した。
クラウスがいないことに安心しながらもガッカリもしていた。ここにいないのならシュナイダー侯爵令嬢と昼食に出かけているのではと不安が押し寄せる。エリーゼが思い悩んだところでどうすることもできないのにじっとしていられないような焦燥感が込み上げる。
クラウスに会いたい……会いたくない、やっぱり会いたい。
顔を上げればクラウスの好物のローストビーフのサンドイッチが置かれていた。起き上がり食べ始めれば、初めてクラウスと昼食を共にしたときのことを思い出す。あの頃は無邪気にクラウスと過ごす時間を楽しみにしていた。ただ側にいることが幸せだと思えたことが随分と懐かしい。
食後の紅茶を味わいながらぼんやりと過ごしていると扉をノックする音がする。侍女だと思い返事をすると扉から現れたのはクラウスだった。エリーゼは彼は不在だと思い込んでいたので予想外のことに驚き頭の中が真っ白になってしまった。
63
あなたにおすすめの小説
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」
新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。
「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
【完結】仕方がないので結婚しましょう
七瀬菜々
恋愛
『アメリア・サザーランド侯爵令嬢!今この瞬間を持って貴様との婚約は破棄させてもらう!』
アメリアは静かな部屋で、自分の名を呼び、そう高らかに宣言する。
そんな婚約者を怪訝な顔で見るのは、この国の王太子エドワード。
アメリアは過去、幾度のなくエドワードに、自身との婚約破棄の提案をしてきた。
そして、その度に正論で打ちのめされてきた。
本日は巷で話題の恋愛小説を参考に、新しい婚約破棄の案をプレゼンするらしい。
果たしてアメリアは、今日こそ無事に婚約を破棄できるのか!?
*高低差がかなりあるお話です
*小説家になろうでも掲載しています
【完結】地味で目立たない眼鏡っ子令嬢の可愛いところは王子様だけが知っている ~その求婚はお断りしたいのですが~
Rohdea
恋愛
「クリスティーナ嬢、申し訳ないが今回の君との婚約の話は無かった事にさせて欲しい」
──あぁ。また、ダメだったわ。
伯爵令嬢、クリスティーナは今日も婚約の打診を申し込んでいた男性にお断りされてしまっていた。
何とこれで3人目!
揃いも揃って口にするお断り理由が、
眼鏡、眼鏡、眼鏡……
ど近眼のクリスティーナには、この顔がよく分からなくなるほどの分厚い眼鏡が手放せないと言うのに。
これがダメなのだと言う。
そもそも最初の婚約者にも眼鏡が理由で逃げられた。
──こんな眼鏡令嬢でも良いと言ってくれる人はいないかしら?
新たな婚約者探しに難航し、半ば諦めかけていた頃、
クリスティーナは、王宮主催の舞踏会に参加する。
当日、不慮の事故で眼鏡を壊してしまい、仕方なくボンヤリした視界で過ごした舞踏会の後、
何故かクリスティーナは第3王子、アーネスト殿下に呼び出され求婚されてしまい……
──何で!? どうしてこうなったの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる