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11.告白

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 クラウスは部屋に入るとエリーゼの目の前に移動しその視線を捉えた。クラウスのアイスブルーの瞳はどこか決意を滲ませている。エリーゼはその瞳に囚われて言葉を発することができない。

「エリーゼさん。そろそろ食べ終わった頃だと思って話をしに来ました。まずは誤解を解きたい」

 クラウスはそう切り出すとエリーゼの横に座りその手を取った。流れるような行動に抵抗を忘れた。
 エリーゼは我に返ると慌ててクラウスから逃れようと手を引いて腰を浮かせたが彼はそれを許さず座らされた。クラウスらしくない強引さに困惑しながら問いかけた。

「誤解……ですか?」

「はい。私はあなたを一度も使用人と思ったことはありません。あなたが好きです」

 クラウスの目は真剣でエリーゼを掴む手は熱かった。混乱し咄嗟に目を逸らして彼の言葉を拒絶する。

「あ……そんな、そんな……違います。きっとクラウス様の勘違いです。聞かなかったことにします。だから……」

 エリーゼは動揺した。まさかいきなり告白されるとは思っていなかったからだ。本心ではその言葉は嬉しい。ずっとほしかった言葉なのだから。でも絶対に受け入れることはできない。心が通い思い合っていたとしても身分の差を考えれば一緒になることは不可能だ。それならば片思いで失恋する方がよほど諦められる。クラウスの心はエリーゼにないから仕方がないと自分を納得させることができる。そう考えて彼の行動や言葉に特別な気持ちはないと否定してきたのだ。この恋はエリーゼの片思いだから終わるのだと……。
 僅かに顔を上げクラウスを見ればその瞳は陰り傷ついた表情をしていた。

「私の気持ちを否定しないで下さい。勘違いなどではない。あなたは私が嫌いですか。一緒に過ごす時間を楽しいとは思いませんでしたか?」

 エリーゼは返答に詰まり首を何度も左右に振った。嘘を吐くべきだと思ったが嫌いだとは言いたくなくて、だからと言って好きだと告げる事もできない。

「私はこれからもあなたと過ごしたい。誰よりも側にいたいと思っています」

 エリーゼはその言葉の意味を考え体を強張らせる。

「……それは、私に愛人になれということですか?」

 クラウスは目を見開き怒りを孕んだ低い声で問いかける。

「違う。エリーゼさんは私がそんな男だと思っていたのですか?」

「他に一緒にいられる方法がないでしょう! 私は平民です。クラウス様の側にいるにはそうするしかないじゃないですか!」

 エリーゼは堪えられずに叫んだ。平民のエリーゼが側にいるには愛人になるしかない。そんなのは嫌だ。彼が相応しい令嬢を妻に迎えるのを見ながら日陰で生きていくなど耐えられない。自分を囲いながら自分以外の人にも愛を囁く姿など見たくない。そんな思いをするくらいならこの恋は捨ててしまった方がいい。エリーゼはクラウスの手を強引に振り払うと席を立ち部屋から出ようとした。クラウスも直ぐに立ち上がるとエリーゼを逃がさないように強く抱きしめた。

「離して! 嫌い! クラウス様が嫌いです!」

 感情が高ぶり心を制御することができない。エリーゼの瞳からは大粒の涙が溢れ出す。クラウスの胸に手を置き体を離そうともがくがびくともしなかった。

「離して……」

 クラウスは自分の胸元にエリーゼの頭をそっと寄せるととても優しい声で、エリーゼが今までで聞いた一番優しい声で乞うように囁いた。

「エリーゼさん、愛している。生涯あなたを守ると誓う。どうか私と結婚してください」

 エリーゼはその言葉に震えた。クラウスは愛人ではなく妻にしたいと望んでくれている。嬉しかった。その言葉が聞けただけでいいとさえ思えた。
 エリーゼはクラウスの胸に触れている手から彼の強い鼓動を感じ心が揺さぶられた。クラウスは本気だ。エリーゼだってクラウスを諦める方法を必死で探さなければならないほど好きになってしまった。自分の想いを言葉にしても許されるのだろうか。どうすれば……。

「っ……私……」

「エリーゼさん、どうか返事をください。絶対に愛人になどしない。身分のことなら心配はいりません。大丈夫です。私を信じて下さい」

 迷いを払えず唇を噛み締める。暫くの間逡巡する。
 クラウスはエリーゼの気持ちが落ち着き口を開くのを待っていてくれた。 
 どう返事をすればいいか悩みながらエリーゼは自分の不安を躊躇いながら伝えることにした。

「私、……爵位を返上して平民になっても自分で働いて生きているという自信がありました。だから身分などなくても恥じる事はないと胸を張れたのです……でもクラウス様をお慕いしてから平民であることが辛くなってしまった。そう思う自分が許せなくて……。私は弱い人間です。それでも嫌いにならないでいてくれますか?」

 エリーゼは自分に誇りを持っている。両親を亡くし爵位を手放してもエリーゼは自分で働き強く生きている。ところがクラウスを好きになってしまったら平民である自分を悲しいと思ってしまった。だが平民であることを恥じるのは貴族であることを笠に着るのと同じように愚かだと思っていた。そう、学園には爵位こそが人間の価値であると考える高慢な人がいたが今の自分も同じように身分に囚われていることが怖かった。
 だがクラウスの側にいるには身分の事は避けては通れない。解決方法を持たないエリーゼには諦めることしかできなかった。こんな自分ではクラウスに相応しくない。逃げることを選んだエリーゼのことをクラウスは失望しなかったのだろうか。自分の弱さをさらけ出すのは怖い。瞳を揺らし縋るようにクラウスを見上げた。

「嫌いになどなりません。どんなあなたも愛おしい。これ程あなたを不安にさせたのは私の責任です。エリーゼさんは私に幻滅しましたか?」

「いいえ。好きです。クラウス様が好き……」

 包み込むような青空の様な瞳を見ていたらクラウスへの気持ちが唇からこぼれていた。エリーゼは言葉にした途端、我に返り顔を赤くし俯いた。耳まで真っ赤になったエリーゼを見てクラウスがクスリと笑っている。すごく嬉しそうだ。増々恥ずかしくなって狼狽えているとクラウスが真っ赤になったエリーゼの耳に触れる程唇を寄せた。

「ありがとう。私も好きです」

 聞いた瞬間耳から体中にその言葉が染み渡り足の力が抜けがくがくと震えてしまった。クラウスはエリーゼを支え横抱きにするとソファーにそっと降ろしてくれた。そしてハンカチを取り出すと頬を濡らした涙をそっと拭い取りエリーゼの目尻を親指で優しくなぞる。
 想像を絶するクラウスの甘さに全く免疫のないエリーゼはクラクラしてしまいのぼせてしまう。
 何か言おうと思ったが結局口をパクパクとさせるだけで何も言えなかった。

「エリーゼさん。今日は午後の仕事は休みにして下さい。侯爵邸まで送ります。私は明日から公爵領に仕事で行かねばなりませんが帰ってきたら改めて今後の話をしましょう。あなたを悲しませないと約束します。私を信じて待っていてください」

「はい」

 聞きたいことはたくさんあるし、考えなければならないことも山積みだ。
 それでもエリーゼは、はにかみながら素直に頷くことができた。

 
 

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