図書室で公爵弟に恋をしました。今だけ好きでいさせてください。

四折 柊

文字の大きさ
12 / 18

12.侯爵夫人

しおりを挟む
 侯爵邸に送ってもらう馬車の中でクラウスはエリーゼの手を宝物のように握っていた。
 エリーゼは想いを通わすことができたといっても緊張してどう振る舞えばいいのか分からない。男性と親しくするのは初めてなのだから許してほしい。クラウスの仕草に年上の余裕を感じてエリーゼは気後れしてしまう。それでも二人で過ごす沈黙の時間は穏やかなものに感じられた。別れ際にクラウスはもう一度約束をくれた。エリーゼを幸せにする約束を。

 侯爵邸に着き部屋に入るとさっきの出来事を反芻しては悶える。クラウスが好きだと言ってくれてエリーゼも彼に好きだと伝えた。そしてプロポーズをされて受け入れたのだ。
 自分でも浮かれている自覚はある。ふわふわとしてまるで足が地に着いていない。
 それにしても自分の覚悟の脆さが情けなくなる。あれだけ悩んで泣いて、つい今朝まで揺るがない鉄の意志でクラウスを諦めると誓ったのに、好きだと言われた途端呆気なく陥落してその誓いは淡い雪のように溶けて消えてしまった。これほど自分の誓いは弱いものだったのか。

 クラウスの言葉は頑ななエリーゼの心を解きほぐし丸ごと包み込んでしまう。彼の人生の隣にいたいという願いを手放すことはもうできない。
 恋はエリーゼに温かさをもたらしたが次第に愚かな女にして心を弱らせ、最後は彼を欲しいと思う傲慢な人間にした。それを許してほしいと、許されたいと思った。
 
 気持ちもひと落ち着きすると、今度は心配事が次々に浮かぶ。クラウスとシュナイダー侯爵令嬢との縁談はどうなったのだろう。そうだ、ヘンケル公爵様は私とクラウス様のことはご存じなのだろうか。反対されるかもしれない。クラウスは身分の事は大丈夫だと言っていたが一体どうするのだろう。
 クラウスが領地から戻るまで詳しいことが聞けないと思うと、それまでこの気持ちを抱え続けなければならないのだ。エリーゼはクラウスの言葉を思い出して必死に悪い思考を追い払うよう努力をした。

 夜になって、勤め先でありエリーゼの雇用主であるハイゼ侯爵夫人に呼び出された。応接室に入ると侯爵夫人の座る後ろには侍女長が控えていて、エリーゼを見ると安心させるように頷いた。何の話だろうと不思議に思いながら言われるがままソファーに座る。

「エリーゼ、おめでとう。クラウス様とうまくいったようね」

 侯爵夫人は侍女長と目を合わせ頷き合いながら嬉しそうにエリーゼに笑いかけた。
 エリーゼは誰にも話していないのにと戸惑う。

「あの……。なぜそれを?」

「先日クラウス様がエリーゼが無事に帰宅しているか確認しにいらしたときに、私と夫に話があると言って。ふふ。エリーゼに結婚を申し込むので承諾の返事がもらえたらその時には力を貸してほしいと頼まれていたのよ」

 侯爵夫人はくすくすと笑いながらとっておきの秘密を打ち明けるように声を潜めて言った。

「えっ? 奥様と旦那様に?」

 エリーゼの目はまんまるになって瞬きすら忘れた。

「クラウス様は今お忙しいでしょう。エリーゼが不安になると思うから、今後の予定を私から少し話しておくわ。ヘンケル公爵様はクラウス様に公爵家で保有している爵位を継がせるおつもりなの。それだと身分がないエリーゼは嫁ぐのが難しいでしょう? だからあなたは私の娘として、この侯爵家の養女となってお嫁に行くのよ。楽しみだわ。今からお母様と呼んでくれていいわよ?」

 侯爵夫人は茶目っ気たっぷりに笑う。エリーゼの為にそんな大きな話になっているとは思いもせず驚いてしまう。エリーゼは使用人なのにそこまで迷惑をかけてしまうことに恐縮してしまう。

「あの、申し訳」

「エリーゼ。 謝らないで頂戴。これは善意だけではないのよ。私にも利益と打算があるの。だから感謝の言葉だけなら受け入れるわ。そして私からもあなたにお礼を言わせて。ありがとうエリーゼ」

 エリーゼの謝罪を最後まで言わせず侯爵夫人は言い聞かせるようにゆっくりと話す。
 自分に言われたお礼の意味が分からずエリーゼは首を傾げた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」 新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。 「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。

aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……

【完結】地味で目立たない眼鏡っ子令嬢の可愛いところは王子様だけが知っている ~その求婚はお断りしたいのですが~

Rohdea
恋愛
「クリスティーナ嬢、申し訳ないが今回の君との婚約の話は無かった事にさせて欲しい」 ──あぁ。また、ダメだったわ。 伯爵令嬢、クリスティーナは今日も婚約の打診を申し込んでいた男性にお断りされてしまっていた。 何とこれで3人目! 揃いも揃って口にするお断り理由が、 眼鏡、眼鏡、眼鏡…… ど近眼のクリスティーナには、この顔がよく分からなくなるほどの分厚い眼鏡が手放せないと言うのに。 これがダメなのだと言う。 そもそも最初の婚約者にも眼鏡が理由で逃げられた。 ──こんな眼鏡令嬢でも良いと言ってくれる人はいないかしら? 新たな婚約者探しに難航し、半ば諦めかけていた頃、 クリスティーナは、王宮主催の舞踏会に参加する。 当日、不慮の事故で眼鏡を壊してしまい、仕方なくボンヤリした視界で過ごした舞踏会の後、 何故かクリスティーナは第3王子、アーネスト殿下に呼び出され求婚されてしまい…… ──何で!? どうしてこうなったの!?

無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら

雪嶺さとり
恋愛
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」 「え?」 伯爵令嬢ルーシャの婚約者、ウィラードはいつも無愛想で無口だ。 しかしそんな彼に最近親しい令嬢がいるという。 その令嬢とウィラードは仲睦まじい様子で、ルーシャはウィラードが自分との婚約を解消したがっているのではないかと気がつく。 機会が無いので言い出せず、彼は困っているのだろう。 そこでルーシャは、友人の錬金術師ノーランに「本音を引き出せる薬」を用意してもらった。 しかし、それを使ったところ、なんだかウィラードの様子がおかしくて───────。 *他サイトでも公開しております。

【完結】仕方がないので結婚しましょう

七瀬菜々
恋愛
『アメリア・サザーランド侯爵令嬢!今この瞬間を持って貴様との婚約は破棄させてもらう!』 アメリアは静かな部屋で、自分の名を呼び、そう高らかに宣言する。 そんな婚約者を怪訝な顔で見るのは、この国の王太子エドワード。 アメリアは過去、幾度のなくエドワードに、自身との婚約破棄の提案をしてきた。 そして、その度に正論で打ちのめされてきた。 本日は巷で話題の恋愛小説を参考に、新しい婚約破棄の案をプレゼンするらしい。 果たしてアメリアは、今日こそ無事に婚約を破棄できるのか!? *高低差がかなりあるお話です *小説家になろうでも掲載しています

処理中です...