図書室で公爵弟に恋をしました。今だけ好きでいさせてください。

四折 柊

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12.侯爵夫人

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 侯爵邸に送ってもらう馬車の中でクラウスはエリーゼの手を宝物のように握っていた。
 エリーゼは想いを通わすことができたといっても緊張してどう振る舞えばいいのか分からない。男性と親しくするのは初めてなのだから許してほしい。クラウスの仕草に年上の余裕を感じてエリーゼは気後れしてしまう。それでも二人で過ごす沈黙の時間は穏やかなものに感じられた。別れ際にクラウスはもう一度約束をくれた。エリーゼを幸せにする約束を。

 侯爵邸に着き部屋に入るとさっきの出来事を反芻しては悶える。クラウスが好きだと言ってくれてエリーゼも彼に好きだと伝えた。そしてプロポーズをされて受け入れたのだ。
 自分でも浮かれている自覚はある。ふわふわとしてまるで足が地に着いていない。
 それにしても自分の覚悟の脆さが情けなくなる。あれだけ悩んで泣いて、つい今朝まで揺るがない鉄の意志でクラウスを諦めると誓ったのに、好きだと言われた途端呆気なく陥落してその誓いは淡い雪のように溶けて消えてしまった。これほど自分の誓いは弱いものだったのか。

 クラウスの言葉は頑ななエリーゼの心を解きほぐし丸ごと包み込んでしまう。彼の人生の隣にいたいという願いを手放すことはもうできない。
 恋はエリーゼに温かさをもたらしたが次第に愚かな女にして心を弱らせ、最後は彼を欲しいと思う傲慢な人間にした。それを許してほしいと、許されたいと思った。
 
 気持ちもひと落ち着きすると、今度は心配事が次々に浮かぶ。クラウスとシュナイダー侯爵令嬢との縁談はどうなったのだろう。そうだ、ヘンケル公爵様は私とクラウス様のことはご存じなのだろうか。反対されるかもしれない。クラウスは身分の事は大丈夫だと言っていたが一体どうするのだろう。
 クラウスが領地から戻るまで詳しいことが聞けないと思うと、それまでこの気持ちを抱え続けなければならないのだ。エリーゼはクラウスの言葉を思い出して必死に悪い思考を追い払うよう努力をした。

 夜になって、勤め先でありエリーゼの雇用主であるハイゼ侯爵夫人に呼び出された。応接室に入ると侯爵夫人の座る後ろには侍女長が控えていて、エリーゼを見ると安心させるように頷いた。何の話だろうと不思議に思いながら言われるがままソファーに座る。

「エリーゼ、おめでとう。クラウス様とうまくいったようね」

 侯爵夫人は侍女長と目を合わせ頷き合いながら嬉しそうにエリーゼに笑いかけた。
 エリーゼは誰にも話していないのにと戸惑う。

「あの……。なぜそれを?」

「先日クラウス様がエリーゼが無事に帰宅しているか確認しにいらしたときに、私と夫に話があると言って。ふふ。エリーゼに結婚を申し込むので承諾の返事がもらえたらその時には力を貸してほしいと頼まれていたのよ」

 侯爵夫人はくすくすと笑いながらとっておきの秘密を打ち明けるように声を潜めて言った。

「えっ? 奥様と旦那様に?」

 エリーゼの目はまんまるになって瞬きすら忘れた。

「クラウス様は今お忙しいでしょう。エリーゼが不安になると思うから、今後の予定を私から少し話しておくわ。ヘンケル公爵様はクラウス様に公爵家で保有している爵位を継がせるおつもりなの。それだと身分がないエリーゼは嫁ぐのが難しいでしょう? だからあなたは私の娘として、この侯爵家の養女となってお嫁に行くのよ。楽しみだわ。今からお母様と呼んでくれていいわよ?」

 侯爵夫人は茶目っ気たっぷりに笑う。エリーゼの為にそんな大きな話になっているとは思いもせず驚いてしまう。エリーゼは使用人なのにそこまで迷惑をかけてしまうことに恐縮してしまう。

「あの、申し訳」

「エリーゼ。 謝らないで頂戴。これは善意だけではないのよ。私にも利益と打算があるの。だから感謝の言葉だけなら受け入れるわ。そして私からもあなたにお礼を言わせて。ありがとうエリーゼ」

 エリーゼの謝罪を最後まで言わせず侯爵夫人は言い聞かせるようにゆっくりと話す。
 自分に言われたお礼の意味が分からずエリーゼは首を傾げた。


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