8 / 33
8.私に出来ること
しおりを挟む
最初はお使いの日が来ると憂鬱だった。かなりの距離を重いものを持って歩くのだから。だが今では体力もつき苦ではなくなりむしろ「はい。喜んで」だ。ジリアンはこの日が来るのを楽しみにして一週間を過ごしていた。
グリーンの商会の店番のダイナは気さくなおばちゃんといった感じでいつも笑顔でジリアンを出迎えれくれる。そして世間話がてらに他の貴族の噂話も教えてくれる。世間知らずの自覚があるジリアンにとっては有難い情報源だ。
いつかカーソン侯爵邸を出る日のためにどんな情報でもあったほうがいい。ダイナはお駄賃よとまるで小さい子にご褒美を与えるようにジリアンにお菓子をくれる。照れくさくもあるが純粋に嬉しかった。
ジリアンにはお休みもお給料もない。エヴァはジリアンが今まで不当にカーソン侯爵令嬢として過ごしきたその年数分を労働で返せと言った。給料を与えないのは屋敷から逃げ出す手段を奪う意図もあるのだろう。
最低限必要なものや食事は与えられているので生きていく上では困らない。エヴァは果物やお菓子類は娯楽と捉え贅沢だと使用人には与えない。ルナや他の子たちは庶民向けの低価格のものを探してお給料から購入しているが、基本的に王都のお菓子の相場はかなり高額なのでそれなりに裕福でなければ手が出せない。
そんな中ダイナからもらう飴やクッキーは貴重な甘味だ。ルナにも分けたらすごく喜ばれた。なにしろグリーン商会が扱うものなので高級品なのだ。多めにもらえた時は他のメイドや侍女長や料理長にも渡した。自分の力で得たものではないが今のジリアンに出来る最大の恩返しだった。
もちろんダイナにも物凄く感謝している。いつかお礼がしたいと思っていたが何も出来ないまま数年が経っていた。そんなある日、あの出来事があった。リックやダイナがビテン公爵家のお使いの人とのトラブルに対応しているのを見た時、恩を返したいと思いワインを譲ったのだ。ささやかながらバナンやエヴァへの意趣返しも含まれていたのかもしれない。もちろん叱責は覚悟の上だった。
(私って性格が悪いのかも?)
翌週お使いで商会に行けばダイナとリックが待っていたとばかりに出迎えてくれた。
「アンさん。先日はありがとうございました。カーソン侯爵はあなたに何か罰を? 大丈夫ですか」
思いつめた顔で問いかけるリックに殊更なんでもないと笑顔を作る。
「大丈夫です。もちろん注意はされましたが今後は気を付けるようにと言われただけで済みました。だから気にしないで下さい」
これは嘘だがわざわざ本当のことを言って心配させたくない。
「そうですか。それはよかった。今日はささやかですがお礼を用意しています。帰りは馬車で送りますので奥へどうぞ」
「そんな、お礼なんて……」
「遠慮しないで下さい。このままでは私の気が済まない。どうか私を助けると思ってお願いします」
悲しそうな顔になったリックに申し訳なくなり思わず頷いてしまった。ダイナはニコニコしながらジリアンの手を引っ張って奥へと進んでいく。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
奥に通されソファーに座るように促される。革張りのしっかりしたソファーは高級そうだ。
向かいにリックが座ると、ダイナがテーブルに数個のケーキが乗った大皿ととりわけの皿を出してくれた。そして紅茶を入れてくれた。
「このケーキ、もしかして」
美しいくデコレーションされたケーキは噂のケーキ屋さんのものかもしれないと思った。ルナから噂を聞いていていつか食べてみたいと話していた。でもきっとそんな機会はないと思っていた。
「今評判のお店のケーキよ。私もさっき味見に一個食べたけど美味しかったわ。アン、遠慮しないで好きなものを取ってね」
(これはが噂のお店の……並ばなくては買えないお高いケーキだ。こんなすごいケーキ本当に食べていいのかしら)
どのケーキも美味しそうだ。思わずじっと見てしまう。迷ったがフルーツタルトを選んでお皿に乗せた。ジリアンはフルーツが好きだが、屋敷で使用人の食事にフルーツが出ることはない。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
ダイナとリックがニコニコと見守っている。新鮮なフルーツが乗ったタルトを一切れフォークで口に運ぶ。フルーツは瑞々しくタルト生地もアーモンドの味がしてサクサクしている。こんなに立派なケーキは両親が生きていた時だって食べたことがない。ここまで歩いてきたのでお腹もすいていた。タルトをぺろりと食べてしまった。
「アンさん。遠慮なく何個でも食べてほしい。本当はもっといろいろお礼をしたいのだが、何か望みはないかい? アクセサリーだっていいし、観劇にいくのもいいな」
「お気持ちだけで。私、お休みはないので基本的に外出は許されていないのです。それにアクセサリーを持っていることが知れてしまうと叱られてしまいます」
リックは眉を顰めた。
「休みがない? それは酷いな。それに女性ならアクセサリーくらい持ちたいだろうにそこまで侯爵は干渉するのか?」
失言だったかもしれないとジリアンは口を手で覆った。自分の置かれた環境はあまりいい状態ではないが、それを人に話すのはよくないことだ。不用意に発言してしまったことを反省する。リックは話術に長けているので話しているうちについ口が滑ってしまう。
「あの、仕方がないのです。借金があって……」
エヴァはジリアンに借金の返済をさせているつもりのようなので嘘ではないし、それ以上説明のしようがなかった。
「そんな劣悪な雇用を……借金は一体いくらあるんだい? 私が肩代わりしてもいい」
ジリアンは目を見開いた。リックの発言は想像の上をいっている。そんなお人好しなことを言う人がいるなんて信じられない。自分はワインを譲っただけだ。
「リックさん、大げさすぎます。私は大丈夫ですから。あ、もう一個ケーキ頂きますね?」
話を逸らすためにケーキに手を伸ばす。いや、食べたい気持ちも強かったのだが。
「ああ、好きなだけ食べて欲しい。アンさんのために買ってきたんだ」
「こんなにたくさんは食べられませんよ」
ダイナがお茶のおかわりを入れてくれた。紅茶も美味しい。
「それなら持って帰ればいい」
「それは……。お気持ちだけで充分ですから、もうこれ以上本当に気にしないでくださいね。ではいただきます」
二個目のチョコレートケーキに手を伸ばす。ルナにも食べさせてあげたかったなと思うが持って帰たところをエヴァに見つかれば詰問される。今回のことがバレてしまうかもしれない危険があるので諦めるしかない。
バレればリックを巻き込みかねない。彼は隣国の商人で平民だ。エヴァやバナンが怒りにまかせてグリーン商会に圧力をかけるかもしれない。カーソン侯爵家は国内ではそれなりの家格の貴族だ。そうなればジリアンには成す術がない。
「分かった。これ以上無理を言って恩人のアンさんに気を遣わせるわけにはいかないからね」
頑ななジリアンにリックは眉を下げると引き下がった。
グリーンの商会の店番のダイナは気さくなおばちゃんといった感じでいつも笑顔でジリアンを出迎えれくれる。そして世間話がてらに他の貴族の噂話も教えてくれる。世間知らずの自覚があるジリアンにとっては有難い情報源だ。
いつかカーソン侯爵邸を出る日のためにどんな情報でもあったほうがいい。ダイナはお駄賃よとまるで小さい子にご褒美を与えるようにジリアンにお菓子をくれる。照れくさくもあるが純粋に嬉しかった。
ジリアンにはお休みもお給料もない。エヴァはジリアンが今まで不当にカーソン侯爵令嬢として過ごしきたその年数分を労働で返せと言った。給料を与えないのは屋敷から逃げ出す手段を奪う意図もあるのだろう。
最低限必要なものや食事は与えられているので生きていく上では困らない。エヴァは果物やお菓子類は娯楽と捉え贅沢だと使用人には与えない。ルナや他の子たちは庶民向けの低価格のものを探してお給料から購入しているが、基本的に王都のお菓子の相場はかなり高額なのでそれなりに裕福でなければ手が出せない。
そんな中ダイナからもらう飴やクッキーは貴重な甘味だ。ルナにも分けたらすごく喜ばれた。なにしろグリーン商会が扱うものなので高級品なのだ。多めにもらえた時は他のメイドや侍女長や料理長にも渡した。自分の力で得たものではないが今のジリアンに出来る最大の恩返しだった。
もちろんダイナにも物凄く感謝している。いつかお礼がしたいと思っていたが何も出来ないまま数年が経っていた。そんなある日、あの出来事があった。リックやダイナがビテン公爵家のお使いの人とのトラブルに対応しているのを見た時、恩を返したいと思いワインを譲ったのだ。ささやかながらバナンやエヴァへの意趣返しも含まれていたのかもしれない。もちろん叱責は覚悟の上だった。
(私って性格が悪いのかも?)
翌週お使いで商会に行けばダイナとリックが待っていたとばかりに出迎えてくれた。
「アンさん。先日はありがとうございました。カーソン侯爵はあなたに何か罰を? 大丈夫ですか」
思いつめた顔で問いかけるリックに殊更なんでもないと笑顔を作る。
「大丈夫です。もちろん注意はされましたが今後は気を付けるようにと言われただけで済みました。だから気にしないで下さい」
これは嘘だがわざわざ本当のことを言って心配させたくない。
「そうですか。それはよかった。今日はささやかですがお礼を用意しています。帰りは馬車で送りますので奥へどうぞ」
「そんな、お礼なんて……」
「遠慮しないで下さい。このままでは私の気が済まない。どうか私を助けると思ってお願いします」
悲しそうな顔になったリックに申し訳なくなり思わず頷いてしまった。ダイナはニコニコしながらジリアンの手を引っ張って奥へと進んでいく。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
奥に通されソファーに座るように促される。革張りのしっかりしたソファーは高級そうだ。
向かいにリックが座ると、ダイナがテーブルに数個のケーキが乗った大皿ととりわけの皿を出してくれた。そして紅茶を入れてくれた。
「このケーキ、もしかして」
美しいくデコレーションされたケーキは噂のケーキ屋さんのものかもしれないと思った。ルナから噂を聞いていていつか食べてみたいと話していた。でもきっとそんな機会はないと思っていた。
「今評判のお店のケーキよ。私もさっき味見に一個食べたけど美味しかったわ。アン、遠慮しないで好きなものを取ってね」
(これはが噂のお店の……並ばなくては買えないお高いケーキだ。こんなすごいケーキ本当に食べていいのかしら)
どのケーキも美味しそうだ。思わずじっと見てしまう。迷ったがフルーツタルトを選んでお皿に乗せた。ジリアンはフルーツが好きだが、屋敷で使用人の食事にフルーツが出ることはない。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
ダイナとリックがニコニコと見守っている。新鮮なフルーツが乗ったタルトを一切れフォークで口に運ぶ。フルーツは瑞々しくタルト生地もアーモンドの味がしてサクサクしている。こんなに立派なケーキは両親が生きていた時だって食べたことがない。ここまで歩いてきたのでお腹もすいていた。タルトをぺろりと食べてしまった。
「アンさん。遠慮なく何個でも食べてほしい。本当はもっといろいろお礼をしたいのだが、何か望みはないかい? アクセサリーだっていいし、観劇にいくのもいいな」
「お気持ちだけで。私、お休みはないので基本的に外出は許されていないのです。それにアクセサリーを持っていることが知れてしまうと叱られてしまいます」
リックは眉を顰めた。
「休みがない? それは酷いな。それに女性ならアクセサリーくらい持ちたいだろうにそこまで侯爵は干渉するのか?」
失言だったかもしれないとジリアンは口を手で覆った。自分の置かれた環境はあまりいい状態ではないが、それを人に話すのはよくないことだ。不用意に発言してしまったことを反省する。リックは話術に長けているので話しているうちについ口が滑ってしまう。
「あの、仕方がないのです。借金があって……」
エヴァはジリアンに借金の返済をさせているつもりのようなので嘘ではないし、それ以上説明のしようがなかった。
「そんな劣悪な雇用を……借金は一体いくらあるんだい? 私が肩代わりしてもいい」
ジリアンは目を見開いた。リックの発言は想像の上をいっている。そんなお人好しなことを言う人がいるなんて信じられない。自分はワインを譲っただけだ。
「リックさん、大げさすぎます。私は大丈夫ですから。あ、もう一個ケーキ頂きますね?」
話を逸らすためにケーキに手を伸ばす。いや、食べたい気持ちも強かったのだが。
「ああ、好きなだけ食べて欲しい。アンさんのために買ってきたんだ」
「こんなにたくさんは食べられませんよ」
ダイナがお茶のおかわりを入れてくれた。紅茶も美味しい。
「それなら持って帰ればいい」
「それは……。お気持ちだけで充分ですから、もうこれ以上本当に気にしないでくださいね。ではいただきます」
二個目のチョコレートケーキに手を伸ばす。ルナにも食べさせてあげたかったなと思うが持って帰たところをエヴァに見つかれば詰問される。今回のことがバレてしまうかもしれない危険があるので諦めるしかない。
バレればリックを巻き込みかねない。彼は隣国の商人で平民だ。エヴァやバナンが怒りにまかせてグリーン商会に圧力をかけるかもしれない。カーソン侯爵家は国内ではそれなりの家格の貴族だ。そうなればジリアンには成す術がない。
「分かった。これ以上無理を言って恩人のアンさんに気を遣わせるわけにはいかないからね」
頑ななジリアンにリックは眉を下げると引き下がった。
19
あなたにおすすめの小説
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる