本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。

四折 柊

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9.自分の気持ち

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 ジリアンがグリーン商会にお使いに行くのは毎週木曜日。忙しいはずなのにリックは必ず事務所にいてジリアンを迎えてくれる。そしてお茶でもてなしてくれる。断るべきなのにこの時間を過ごしたくてつい受け入れてしまう。

「アンさん。このストールどう思う?」

「珍しい柄ですね。でも素敵です。貴族のご令嬢の中で流行りそうです」

 リックの手に広げられている手織りのストールの柄は見たことのない模様だが美しい。

「東の国の物を仕入れたんだ。民族の意匠だ。見栄えがいいと思ってね。アンさんの感想を聞いたら自信を持って店に出せるな」

「見つけたリックさんがすごいです。売れるといいですね」

 彼は発売前の仕入れた商品を見せてくれたり、買い出しに行った国の話をしてくれる。リックといる時間はとても楽しくいつしかジリアンは彼のことを慕うようになっていた。

(ああ、私、リックさんのことが好きだ)

 自分の気持ちに気付けば彼の一挙一動に胸をときめかせてしまう。彼の低い声は心地よくいつまでも聞いていたい。ジリアンはお使いに来ているのでゆっくりすることは出来ない。もし自分に休みがあればもっと一緒に過ごせることが出来るのにと想像してしまう。
 気のせいかもしれないがリックがジリアンを見る目が優しく感じる。そして仄かな熱情も感じる気がした。自惚れかもしれないが、彼も自分と過ごす時間を楽しいと思ってくれていたら嬉しい。

 ジリアンはふと自分の将来について考えた。両親がいれば自分が家を継いで婿を取ることになったはずだ。だが家を継ぐのはイヴリンだ。それならいつかカーソン侯爵家から解放され、ただの平民としての自由を手に入れることができるのだろうか。その時、自分は愛する人の側で生きていきたい。その相手は……、思い浮かんだのはリックの顔だった。グリーン商会に向かう途中でそんな想像をしてしまい、顔が赤らむ。これからどんな顔をしてリックに会えばいいのか……。店の扉の前で深呼吸をし心を落ち着ける。

「こんにちは。ダイナさん」

「こんにちは。アン。今日、坊ちゃんは買い付けでいないんだよ。アンに会えないことを残念がってねえ。次にアンが来るときは必ず顔を出すと言っていた。さあ、とにかく奥で休憩していって」

 リックがいないと聞いてホッとしたようなガッカリしたような気持ちになる。
 ちなみに商会の従業員の中で年配の人たちはリックのことを坊ちゃんと呼ぶ。確かにリックには気品があり柔和な表情がどこかお坊ちゃんぽく見える。納得していたらリックは「いい年の大人にやめてくれ」と抗議していた。それでも親愛を込めての呼び名に強く抵抗はしていない。

 ダイナは手際よくお茶の用意をしてくれる。彼女の入れるお茶はいつだって美味しい。茶葉が高級なのはもちろんだが、そのお茶の良さを引き出す淹れ方だ。

 ダイナと向かい合いいつものように世間話をしていると、店先から大きな声がする。同時に中へ入ってくる靴音と引き留める声も聞こえてきた。足音は制止を気にかけることもなくこちらへ向かっているようだ。

「リック様? こちらにいらっしゃるの?」

 鈴の鳴るような声で部屋にひょっこりと顔を出したのは真っ白なワンピースを着た女性だった。髪を一つに結い上げレースのリボンを付けている。頬を染めニッコリと愛らしく笑みを浮かべている。口紅が少し濃いだろうか。ジリアンが目を丸くしているとすかさずダイナが立ち上がり女性の相手をする。

「これはファニー様。申し訳ございませんがリックは本日買い付けに出かけて不在にしております。ご用件なら私が代わりに承りましょう」

 リックが不在だと聞くと女性は笑みを引っ込め真顔になる。片眉を上げ先ほどとは違う不機嫌そうな低い声でダイナに返事をする。

「なんだ、リック様はいないの? あなたに用はないわ。次はいついるの? 私は会って話がしたいのよ」

 ダイナは腰を折り頭を下げた。

「いつ戻られるかはなんとも……。商談が済み次第と聞いているので、申し訳ございません」

「使えないわね。まあ、いいわ。また来るから」

 そう言うと女性はスカートを翻し来た時同様カツカツと靴を鳴らしながら店を出ていった。変わり身がなんとも……。

「ダイナさん。あの人は?」

「ああ、最近注文を受けるようになった男爵家のお嬢さまよ。用もないのに坊ちゃんに会いに来ては粉をかけていくのよ。身分的に高位貴族に嫁ぐのが難しいから、金持ちの商家に嫁ぎたいと言ったところだろうね」

「ああ、それで。でもリックさんは素敵な人ですからモテるのは当然です」

「そうだけど坊ちゃんにも選ぶ権利があるからね?」

 ダイナは肩をすくめた。ファニーはダイナの心証が悪いらしい。でもファニーの少し傲慢そうな振る舞いも若さゆえだと思えば男性から見て可愛らしく思えるだろう。思わず彼女がリックの隣に並ぶ姿を想像してみた。可憐な女性と格好いいリック、お似合いだろうなと思う。自分の姿を見れば使い古されたメイド服は清潔にしていてもシミなどの汚れがある。メイドの暮らしをするようになってから髪や肌だって以前のような手入れは出来なくなった。手もガサガサに荒れている。化粧品ももっていないので人から見ればだらしない女に見えるかも知れない。

 彼との未来を想像した自分が恥ずかしくなり俯いた。自分では釣り合わない。平民同士だとしても彼は大商会で働く将来有望な男性で、自分はお金も後ろ盾も何も持たないメイドに過ぎない。リックがジリアンを望むメリットがない。身の程を弁えない考えだったと反省した。

「坊ちゃんにはもっと慎ましくしっかりとした女性じゃないとねえ」

 ダイナの口振りはまるで母親のようだ。リックはこの商会の人たちに可愛がられている。

「ダイナさんのお眼鏡にかなう人が現れるといいですね」

「う~ん。いるって言えばいるんだけど……どうなることやら」

 ダイナが小声で何かを呟いていたがジリアンが聞き取ることは出来なかった。



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