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19.エヴァの本来の居場所
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ジリアンの過ごしていた屋根裏部屋はかつてエヴァが過ごした場所だった。
バナンの母はエヴァとバナンの付き合いを許していなかった。だからエヴァが使用人であることを知らしめるようにあの部屋に放り込んだ。夏はものすごく暑く冬は寒い。仕事は日が昇る前から始め終わるのは空が真っ暗になってからだ。バナンの母はエヴァが根を上げて屋敷を出て行くことを期待して殊更厳しく仕事を言いつけた。
エヴァはバナンへの愛を胸に抱き、食事を抜かれても蹴られてもひたすら耐えた。あの頃のエヴァに比べればジリアンへの待遇ははるかにいいはずだ。
もともとエヴァは裕福な伯爵家の娘だった。学園での成績もよく見目もそれなりにいいと自負していた。バナンとは学園の同級生で生徒会での交流を経て交際をするようになった。バナンの父親は厳格な人間だが優秀なエヴァならきっと認めてくれる、そう言うバナンの言葉を信じ二人は結婚を意識してお互いの両親に話をするタイミングを見ていた。
ところがエヴァの父親は投資に失敗し多額の借金をした。爵位も屋敷も全てを売り払いなんとか借金は返済できたが、手元には何も残らなかった。両親は友人の田舎で暮らすことを選んだ。エヴァはバナンと離れたくなかったが、彼も同じ気持ちだったようでエヴァを侍女として雇い側においた。
頃合いを見計らってカーソン侯爵当主である父親に打ち明けると言ってくれた。ほどなくしてバナンと一緒にカーソン侯爵夫妻に挨拶をして結婚を願い出た。快く受け入れてもらえるとは思っていなかったが、カーソン侯爵はエヴァの予想以上に激怒した。たとえエヴァが優秀であっても今は平民だ。後ろ盾も持たない女を迎える気はないと断言した。その言葉にバナンは怒り家を捨てると言ってエヴァの手を取った。そのまま二人は駆け落ちをした。当初バナンは楽観していた。
「弟は当主を継ぐ勉強をしていないし、商人として生きていくための準備をしていた。今更家を継ぐはずがない。きっと父も諦めて私を迎えに来るはずだ」
バナンは自分の資産をある程度持っていたので当面の生活は困らない。だが彼は平民として働く気はないようなので、貯金が底をつくまでに迎えが来なかったらと思うとぞっとした。
エヴァは父が破産して全ての手続きが終わるまでの半年間、地獄のような生活をしていた。それまでは身の周りの世話を全てメイドたちに委ねていたのに、なにもかも自分でしなければならなくなった。使用人は全て解雇したので、心労で倒れた母の看病も掃除も洗濯もエヴァが引き受けることになった。屋敷を追い出されてからは父の友人の貴族の使っていない物置部屋を間借りして生活していた。父の元にはガラの悪い人間が借金の取り立てに来る。エヴァをじろじろと見る目は不快だった。
エヴァは他人の慈悲に縋らなければならない生活が屈辱だった。自分は優秀な貴族令嬢でその未来はバナンの伴侶となり侯爵夫人になるはずだった。あの頃のエヴァの食べるものは父の友人が恵んでくれた固いパンや芋などだ。調味料だって馬鹿にならないので味だって薄い。お気に入りのドレスもアクセサリーもすべて手放し、学園の友人たちは自分に憐れみの眼差しを向ける。バナンが自分を支えてくれなければ屈辱でどうにかなっていたかもしれない。
あの生活を再びするなんて嫌だった。カーソン侯爵邸の侍女としての生活はいずれバナンと結婚して女主人になった時、この屋敷を切り盛りするための知識を得られる勉強だと割り切れた。だが、いまお金が底をつけば平民として働かなければならない。バナンには無理だろう。自分がどうにかしなければならない。先のことを考えるとエヴァの胃はキリキリと痛んだ。
カーソン侯爵はなかなかバナンを迎えに来なかった。エヴァとバナンが住んでいるのは貴族としては物置のような狭さだが平民としてはわりといい家だった。バナンから渡されるお金だけでは不安でエヴァは商家の娘の家庭教師をしてお金を稼ぐことにした。
ある日、仕事を終え帰宅するとバナンが酔い潰れて眠っていた。床にはいくつものワインの空き瓶が転がっている。その様子にエヴァは嫌な予感を抱いた。翌朝、二日酔いの頭を抱えバナンがぽつりぽつりと話し始める。
「父上が弟を……イーゴンを跡継ぎにする手続きをしてしまった。私を切り捨てたんだ!!」
「そんな……」
バナンは悲嘆にくれている。嫡男として期待を背負ってきた自分を見放すとは思っていなかったのでショックを受けている。エヴァにはそうなる予感があった。ただ、自分のせいでバナンを平民に落としてしまったことが申し訳なかった。バナンが取り乱したのはその時だけだった。そのまま二人は質素な生活を送り続ける。このままでは直にバナンの貯蓄が底をつくはず。それなのに彼は涼しい顔で定期的にエヴァにお金をくれる。
「バナン。お金はどこから?」
「ああ、イーゴンが用立ててくれる。いずれ父が引退したら私を呼び戻してくれることになっている」
バナンとイーゴンは仲のいい兄弟のようだった。イーゴンはもともと平民になるつもりでいたので爵位にこだわりがないと言っている。この生活は仮初のものだと思えばエヴァの心は軽くなった。それでもお金は稼ぎたいと思い、家庭教師の他に帳簿付けを手伝わせてもらう。今後のために身につけておいた方がいい知識が仕事をしながら手に入る。自分の未来のためだと思えば平民に頭を下げるのも苦にならなかった。今だけの辛抱だ。
しばらくするとカーソン侯爵の訃報が届いた。バナンは父親の死を知っても悲しむことなく期待に満ちた顔でイーゴンからの知らせを待っていた。
ところがイーゴンは今は爵位を渡せない、数年待ってくれと言い出した。代わりに生活は面倒見ると。もちろんバナンもエヴァも納得できず怒りイーゴンに詰め寄ったが「今は駄目だ」と一点張りだ。エヴァには焦りがあった。昨年、女の子を産んだ。可愛い娘イヴリン。この子を平民として育てたくなかった。早くカーソン侯爵家に入りたかったのにと歯噛みした。
その後知ったのだがイーゴンにも最近娘が生まれていた。彼は娘が生まれ貴族であることに執着するようになったのかもしれない。きっと欲深くなって爵位を手放したくないのだろう。悔しいことにバナンもエヴァもイーゴンをどうにか出来る力はない。結局、彼からのお金を受け取り静かに暮らすしかなかった。
十五年経ったある日、訃報がもたらされた。イーゴンと妻のシェリーが馬車の事故で亡くなった。ようやく私たちが本来の身分を取り戻すときが来た。カーソン侯爵家を掌握してイヴリンの社交界デビューまでやることがいっぱいだ。そのあとにはイヴリンの結婚相手も探さなければならない。まずは裏切り者のイーゴンの葬儀だ。これは盛大に行った。なぜなら次の当主であるバナンのお披露目も兼ねている。葬儀を取り仕切りその存在感を周囲にアピールする。
エヴァは一人残され悲しみに暮れる娘ジリアンを不快気に見る。何不自由なく本来の場所ではないところで贅沢に育てられたジリアン。身の程を知らない、そしてこれからそれを思い知ることになる憐れな娘。
エヴァは彼女を慰め優しい伯母として振る舞った。葬儀に訪れた人々にジリアンの後見をすることを伝える。カーソン侯爵の地位を奪うのではなく本来の正当な人間に戻ったことを印象付ける。自分たちは慈悲を持って残された娘を大切に育てていくことを表明する。
まわりは私たちを出来た人間だと感心した。弁護士はバナンが家を出てから雇われた人間のようで初対面だった。彼は淡々と手続きをする中、それでもジリアンを案じていた。私たちはジリアンを養女にしていずれはカーソン家の娘として相応しい家に嫁がせたいというと彼は頷き安堵の色を見せた。弁護士も無事丸め込み何もかも順調だ。
全ての手続きが済み家族以外の人間が屋敷から出て行ったところで、エヴァはジリアンを使用人棟の屋根裏部屋に入れた。建前で養女にしたがあの娘はもはや貴族として扱うつもりはない。イヴリンが手にするはずの暮らしを奪った娘を許すことは出来ない。かつて自分が突然平民として生きることを強いられたあの屈辱をジリアンに味合わせることにした。
ジリアンは泣き暮らし陰気な表情のまま仕事をする。今まで働いたことがないのでちっとも要領を掴めない。罰として食事を抜いた。毎日少しずつそうやって留飲を下げる。すべては自分の両親を恨めばいい。お前の祖父が亡くなった時に爵位を渡して平民として暮らしていれば両親を亡くすこともなかっただろうに。
屋敷の中はジリアンたち家族の匂いが染みついている。エヴァは中を改装することにした。古い家具を処分する。ちょうど商人が来たので買取を頼むと意外なことを言い出した。
「ジリアンを引き取りたい?」
「はい」
その商人はイーゴンの友人で共同で商会を立ち上げていた。イーゴンが爵位を継いだ時に商会はすべてこの男が引継いだらしい。それにしても商人の分際で貴族の娘を養女になど図々しい。
「ジリアンは私たちの養子にしました。貴族として然るべき家に嫁がせます」
「そうですか。それならば、せめて励まして帰りたいので一目会わせてください」
ジリアンは既に使用人として暮らしている、会わせる訳にはいかない。侍女に目配せをして一旦ジリアンの部屋に向かったように見せかけた。
「ジリアン様は会いたくないそうです」
商人は眉間に皺を寄せたが引き下がった。一応、身の程は弁えているようだ。そのあとは邪魔な家具などの処分を任せた。やはり付け焼刃で爵位を継いだイーゴンにはセンスがなかったようで碌な家具や宝石はなかった。そのこともあり私やバナンがこの家を継ぐことが正しいのだと改めて実感した。
ジリアンについては使用人として家に置くが、平民としての生活は保障するつもりだ。万が一ジリアンを虐げていたことが外部に漏れた時にその証拠があっては言い逃れが出来ない。食事もやせ細らない程度に与え体罰は行わない。体に傷が残ることにでもなったら、いずれ嫁に出すときに言い訳が面倒になる。貴族令嬢としての価値を落とすような真似はしない。ジリアンにはまだ使い道がある。
バナンは家政とジリアンの扱いをエヴァに丸投げだった。血の繋がった姪に何の感情もないようだ。温かい言葉一つもかけてやることはなかった。バナンはそれほどイーゴンの裏切りを今でも怒っている。可愛さ余って憎さ百倍、信じていた弟を彼は一生許さないだろう。
バナンの母はエヴァとバナンの付き合いを許していなかった。だからエヴァが使用人であることを知らしめるようにあの部屋に放り込んだ。夏はものすごく暑く冬は寒い。仕事は日が昇る前から始め終わるのは空が真っ暗になってからだ。バナンの母はエヴァが根を上げて屋敷を出て行くことを期待して殊更厳しく仕事を言いつけた。
エヴァはバナンへの愛を胸に抱き、食事を抜かれても蹴られてもひたすら耐えた。あの頃のエヴァに比べればジリアンへの待遇ははるかにいいはずだ。
もともとエヴァは裕福な伯爵家の娘だった。学園での成績もよく見目もそれなりにいいと自負していた。バナンとは学園の同級生で生徒会での交流を経て交際をするようになった。バナンの父親は厳格な人間だが優秀なエヴァならきっと認めてくれる、そう言うバナンの言葉を信じ二人は結婚を意識してお互いの両親に話をするタイミングを見ていた。
ところがエヴァの父親は投資に失敗し多額の借金をした。爵位も屋敷も全てを売り払いなんとか借金は返済できたが、手元には何も残らなかった。両親は友人の田舎で暮らすことを選んだ。エヴァはバナンと離れたくなかったが、彼も同じ気持ちだったようでエヴァを侍女として雇い側においた。
頃合いを見計らってカーソン侯爵当主である父親に打ち明けると言ってくれた。ほどなくしてバナンと一緒にカーソン侯爵夫妻に挨拶をして結婚を願い出た。快く受け入れてもらえるとは思っていなかったが、カーソン侯爵はエヴァの予想以上に激怒した。たとえエヴァが優秀であっても今は平民だ。後ろ盾も持たない女を迎える気はないと断言した。その言葉にバナンは怒り家を捨てると言ってエヴァの手を取った。そのまま二人は駆け落ちをした。当初バナンは楽観していた。
「弟は当主を継ぐ勉強をしていないし、商人として生きていくための準備をしていた。今更家を継ぐはずがない。きっと父も諦めて私を迎えに来るはずだ」
バナンは自分の資産をある程度持っていたので当面の生活は困らない。だが彼は平民として働く気はないようなので、貯金が底をつくまでに迎えが来なかったらと思うとぞっとした。
エヴァは父が破産して全ての手続きが終わるまでの半年間、地獄のような生活をしていた。それまでは身の周りの世話を全てメイドたちに委ねていたのに、なにもかも自分でしなければならなくなった。使用人は全て解雇したので、心労で倒れた母の看病も掃除も洗濯もエヴァが引き受けることになった。屋敷を追い出されてからは父の友人の貴族の使っていない物置部屋を間借りして生活していた。父の元にはガラの悪い人間が借金の取り立てに来る。エヴァをじろじろと見る目は不快だった。
エヴァは他人の慈悲に縋らなければならない生活が屈辱だった。自分は優秀な貴族令嬢でその未来はバナンの伴侶となり侯爵夫人になるはずだった。あの頃のエヴァの食べるものは父の友人が恵んでくれた固いパンや芋などだ。調味料だって馬鹿にならないので味だって薄い。お気に入りのドレスもアクセサリーもすべて手放し、学園の友人たちは自分に憐れみの眼差しを向ける。バナンが自分を支えてくれなければ屈辱でどうにかなっていたかもしれない。
あの生活を再びするなんて嫌だった。カーソン侯爵邸の侍女としての生活はいずれバナンと結婚して女主人になった時、この屋敷を切り盛りするための知識を得られる勉強だと割り切れた。だが、いまお金が底をつけば平民として働かなければならない。バナンには無理だろう。自分がどうにかしなければならない。先のことを考えるとエヴァの胃はキリキリと痛んだ。
カーソン侯爵はなかなかバナンを迎えに来なかった。エヴァとバナンが住んでいるのは貴族としては物置のような狭さだが平民としてはわりといい家だった。バナンから渡されるお金だけでは不安でエヴァは商家の娘の家庭教師をしてお金を稼ぐことにした。
ある日、仕事を終え帰宅するとバナンが酔い潰れて眠っていた。床にはいくつものワインの空き瓶が転がっている。その様子にエヴァは嫌な予感を抱いた。翌朝、二日酔いの頭を抱えバナンがぽつりぽつりと話し始める。
「父上が弟を……イーゴンを跡継ぎにする手続きをしてしまった。私を切り捨てたんだ!!」
「そんな……」
バナンは悲嘆にくれている。嫡男として期待を背負ってきた自分を見放すとは思っていなかったのでショックを受けている。エヴァにはそうなる予感があった。ただ、自分のせいでバナンを平民に落としてしまったことが申し訳なかった。バナンが取り乱したのはその時だけだった。そのまま二人は質素な生活を送り続ける。このままでは直にバナンの貯蓄が底をつくはず。それなのに彼は涼しい顔で定期的にエヴァにお金をくれる。
「バナン。お金はどこから?」
「ああ、イーゴンが用立ててくれる。いずれ父が引退したら私を呼び戻してくれることになっている」
バナンとイーゴンは仲のいい兄弟のようだった。イーゴンはもともと平民になるつもりでいたので爵位にこだわりがないと言っている。この生活は仮初のものだと思えばエヴァの心は軽くなった。それでもお金は稼ぎたいと思い、家庭教師の他に帳簿付けを手伝わせてもらう。今後のために身につけておいた方がいい知識が仕事をしながら手に入る。自分の未来のためだと思えば平民に頭を下げるのも苦にならなかった。今だけの辛抱だ。
しばらくするとカーソン侯爵の訃報が届いた。バナンは父親の死を知っても悲しむことなく期待に満ちた顔でイーゴンからの知らせを待っていた。
ところがイーゴンは今は爵位を渡せない、数年待ってくれと言い出した。代わりに生活は面倒見ると。もちろんバナンもエヴァも納得できず怒りイーゴンに詰め寄ったが「今は駄目だ」と一点張りだ。エヴァには焦りがあった。昨年、女の子を産んだ。可愛い娘イヴリン。この子を平民として育てたくなかった。早くカーソン侯爵家に入りたかったのにと歯噛みした。
その後知ったのだがイーゴンにも最近娘が生まれていた。彼は娘が生まれ貴族であることに執着するようになったのかもしれない。きっと欲深くなって爵位を手放したくないのだろう。悔しいことにバナンもエヴァもイーゴンをどうにか出来る力はない。結局、彼からのお金を受け取り静かに暮らすしかなかった。
十五年経ったある日、訃報がもたらされた。イーゴンと妻のシェリーが馬車の事故で亡くなった。ようやく私たちが本来の身分を取り戻すときが来た。カーソン侯爵家を掌握してイヴリンの社交界デビューまでやることがいっぱいだ。そのあとにはイヴリンの結婚相手も探さなければならない。まずは裏切り者のイーゴンの葬儀だ。これは盛大に行った。なぜなら次の当主であるバナンのお披露目も兼ねている。葬儀を取り仕切りその存在感を周囲にアピールする。
エヴァは一人残され悲しみに暮れる娘ジリアンを不快気に見る。何不自由なく本来の場所ではないところで贅沢に育てられたジリアン。身の程を知らない、そしてこれからそれを思い知ることになる憐れな娘。
エヴァは彼女を慰め優しい伯母として振る舞った。葬儀に訪れた人々にジリアンの後見をすることを伝える。カーソン侯爵の地位を奪うのではなく本来の正当な人間に戻ったことを印象付ける。自分たちは慈悲を持って残された娘を大切に育てていくことを表明する。
まわりは私たちを出来た人間だと感心した。弁護士はバナンが家を出てから雇われた人間のようで初対面だった。彼は淡々と手続きをする中、それでもジリアンを案じていた。私たちはジリアンを養女にしていずれはカーソン家の娘として相応しい家に嫁がせたいというと彼は頷き安堵の色を見せた。弁護士も無事丸め込み何もかも順調だ。
全ての手続きが済み家族以外の人間が屋敷から出て行ったところで、エヴァはジリアンを使用人棟の屋根裏部屋に入れた。建前で養女にしたがあの娘はもはや貴族として扱うつもりはない。イヴリンが手にするはずの暮らしを奪った娘を許すことは出来ない。かつて自分が突然平民として生きることを強いられたあの屈辱をジリアンに味合わせることにした。
ジリアンは泣き暮らし陰気な表情のまま仕事をする。今まで働いたことがないのでちっとも要領を掴めない。罰として食事を抜いた。毎日少しずつそうやって留飲を下げる。すべては自分の両親を恨めばいい。お前の祖父が亡くなった時に爵位を渡して平民として暮らしていれば両親を亡くすこともなかっただろうに。
屋敷の中はジリアンたち家族の匂いが染みついている。エヴァは中を改装することにした。古い家具を処分する。ちょうど商人が来たので買取を頼むと意外なことを言い出した。
「ジリアンを引き取りたい?」
「はい」
その商人はイーゴンの友人で共同で商会を立ち上げていた。イーゴンが爵位を継いだ時に商会はすべてこの男が引継いだらしい。それにしても商人の分際で貴族の娘を養女になど図々しい。
「ジリアンは私たちの養子にしました。貴族として然るべき家に嫁がせます」
「そうですか。それならば、せめて励まして帰りたいので一目会わせてください」
ジリアンは既に使用人として暮らしている、会わせる訳にはいかない。侍女に目配せをして一旦ジリアンの部屋に向かったように見せかけた。
「ジリアン様は会いたくないそうです」
商人は眉間に皺を寄せたが引き下がった。一応、身の程は弁えているようだ。そのあとは邪魔な家具などの処分を任せた。やはり付け焼刃で爵位を継いだイーゴンにはセンスがなかったようで碌な家具や宝石はなかった。そのこともあり私やバナンがこの家を継ぐことが正しいのだと改めて実感した。
ジリアンについては使用人として家に置くが、平民としての生活は保障するつもりだ。万が一ジリアンを虐げていたことが外部に漏れた時にその証拠があっては言い逃れが出来ない。食事もやせ細らない程度に与え体罰は行わない。体に傷が残ることにでもなったら、いずれ嫁に出すときに言い訳が面倒になる。貴族令嬢としての価値を落とすような真似はしない。ジリアンにはまだ使い道がある。
バナンは家政とジリアンの扱いをエヴァに丸投げだった。血の繋がった姪に何の感情もないようだ。温かい言葉一つもかけてやることはなかった。バナンはそれほどイーゴンの裏切りを今でも怒っている。可愛さ余って憎さ百倍、信じていた弟を彼は一生許さないだろう。
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