本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。

四折 柊

文字の大きさ
22 / 33

22.待つ時間

しおりを挟む
 しばらくそうしているとジリアンは落ち着きを取り戻した。思い切り泣いてすっきりした。きっと今ひどい顔になっていると思うが心は軽くなっていた。シャルロッテはハンカチを差し出すと侍女に目配せをして言った。

「ジリアン。チョコレートを持ってきたの。一緒に食べましょう」

「はい」

 侍女がお茶とお皿に盛ったチョコレートをジリアンとシャルロッテの前に置いた。
 ジリアンはそのチョコレートをじっと見る。これはリックがジリアンにくれたものと同じものだ。美しいフォルムが三個。思わずリックを思い浮かべてしまい心に針が刺さったようなチクリとした痛みが走る。シャルロッテが用意してくれたということはこの国でも有名なお店のチョコレートなのだろう。きっと自分はこのチョコレートを見るたびに思い出す。

「最近ようやく食べていいってお許しをもらえたのよ。一時期太り過ぎてチョコレートは禁止されていたの。赤ちゃんに良くないって」

 シャルロッテは一つ口に入れ咀嚼すると幸せそうな笑みを浮かべた。ジリアンもひとつ口に入れる。あのときと同じ味。

「美味しいです」

「そうでしょう! これは私の旦那様が私のために工場まで作って一年がかりで作ってくれたものなの。最初はそんな大げさなことはしないでって頼んだのだけど、新しい事業の一環だって押し切られたの。お店は最近開店したばかりで予約をしないと買えないほど人気なのよ。材料にもこだわった最高級のチョコレートと評判で他国の王家からも注文をもらっているわ。お兄様も一緒に開発してくれていろいろ助けてくれたみたい」

「えっ?」

 どこかで聞いた話そのままだ。リックの話を思い出す。彼の妹の旦那さまが立ち上げて共同開発して作ったチョコレートだと言っていた。シャルロッテの兄の名前はフレデリック……。

(リック? まさか? ああ、そうだったらどんなに素敵なの!)

 でも期待して別人だったら立ち直れない。自分に都合のいい考えを振り払った。

「お義姉さまの旦那さまはとてもお義姉さまを愛しているのですね」

 シャルロッテはこれ以上にない優しく満たされた顔になった。そこには信頼や自信が垣間見える。

「そうね。愛されているって思うわ。彼はいつも言葉や態度で示してくれるから。だから私も彼に愛していることを伝えるようにしているの。思いを伝えることを疎かにしてすれ違うことがあったら悲しいものね」

 その言葉はジリアンの後悔を思い起こさせる。リックに伝えなかった言葉……。

「お義姉さまとお義兄さまの馴れ初めを教えてくれますか?」

「私たち? 私と夫は従姉弟なの。と言っても血の繋がりはないわ。私の父と夫のお父様が義理の兄弟だったから。幼いころから一緒にいたので幼馴染でもあるかな。私はずっと弟のように思っていたけど夫はずっと好きだったって言ってくれて、真っ直ぐな彼を私も好きになったの」

 照れくさそうに頬に手を当てるシャルロッテが可愛らしい。ジリアンはほうっと溜息をついた。

「一途に愛されていたのですね。物語のようで素敵です」

「ありがとう」

 そのあとも二人の話を聞かせてもらった。旦那様はシャルロッテの妊娠が分かると過保護になりなかなか外出させてくれないらしい。

「少しは運動したほうがいいのに、心配し過ぎで困るわ」

 その時執事がそっとシャルロッテの側に来た。

「シャルロッテ様。そろそろお帰りにならないとジョシュア様が心配なさいますよ」

「もうそんな時間?」

 時計を見れば十六時を過ぎていた。話に夢中で時間を忘れてしまっていた。

「ジリアン。ごめんなさい。私、もう帰らないと。夫がすごく心配するのよ。また来るわ。ここはもうあなたの家なのだから大きな顔をしてゆっくり過ごしてね」

「はい。ありがとうございます」

「今度、夫を連れてくるわ」

「楽しみにしていますね」

 ジリアンはシャルロッテを玄関の外まで見送り、馬車が見えなくなるまで眺めていた。その晩は一人で夕食を摂った。食事は豪華だが一人で食べると味気ない。昼間シャルロッテと過ごした時間が楽しかったとしみじみ思い出す。

(想いを伝える……)

 もしも、この家の子息がフレデリックだったのなら、今度は自分の気持ちを彼に伝えたい。たとえ今更だと怒られてもいい。もう後悔はしたくなかった。明日また寝過ごしては困るので、ジリアンは湯浴みを終えると早々に寝ることにした。

 翌朝はいつものように日の出とともに目が覚める。ずっと早起きをして働いてきたのでゆっくりするのは落ち着かない。ジリアンはクローゼットからなるべく動きやすそうなワンピースに着替えると部屋を出た。
 どこかに掃除用具はないだろうか。何でもいいので働かせて欲しい。
 きょろきょろとしていると初日から世話をしてくれている侍女リリーと会った。まだジリアン専属侍女は決まっていないらしい。

「ジリアン様。こんなに早い時間にどうされましたか? 呼び鈴を鳴らして頂ければ伺いましたのに」

「早く目が覚めてしまって。それで、よかったらお掃除とか手伝わせてもらえないかしらと思って」

 リリーは目を丸くした。やっぱり駄目だろうか。

「ジリアン様はフレデリック様の妻となった方です。掃除などさせる訳にはいきません。どうかお部屋にお戻りください」

 ジリアンは眉を下げ食い下がった。

「それなら厨房の方のお手伝いはどうかしら? 下ごしらえとか得意なのよ?」

 リリーは眉を吊り上げた。

「駄目です! みんなの仕事を奪わないで下さい。今のジリアン様のお仕事はフレデリック様を待つことです。心細いのはお察ししますが、どうかお願いします」

「分かったわ。リリー、我儘を言ってごめんなさい。部屋に戻ります」

 そこまで強く言われると思っていなかった。何か手伝いをと思ったがジリアンの勝手な行動は周りに迷惑をかけてしまうようだ。リリーをこれ以上困らせないために部屋に戻ることにした。

 リリーが時間を潰す為にと小説を持って来てくれた。朝食の時間まで読んで過ごす。やはり一人の食事は寂しい。カーソン侯爵家にいる時はルナや他の使用人の仲間たちと食べていた。

 食後はリリーに勧められて庭で花を眺めていた。色とりどりな薔薇が満開だ。カーソン侯爵家の庭とは比べ物にならないくらい広く多種な花が咲いている。向日葵も背が高く咲いている。太陽に向かう強く凛々しい姿になんだか力が湧いてくる。移動すると何も植わっていない一画があった。これから何か植えるのかもしれない。ここにはどんな花を植えるのかと想像するとワクワクする。

 一通り見終わり部屋に戻ろうと向きを変え歩き出す。
 その時、慌てたような足音が聞こえてくる。どうやらこちらに向かっている。

「アンさん!」

 足音の主はジリアンを見るなり大きな声で名前を呼ぶ。その人はリックだった。汗を滲ませた顔が安心したように緩んだ。

「リックさん……」

 酷く懐かしく案じた。ジリアンの会いたかった人。そして恋した人。あなたに伝えたいことがあった。ジリアンはもう一度会うことが出来るなんて夢のようだと思った。夢でもいい。ただ覚めないで欲しかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。 王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。 ※世界観は非常×2にゆるいです。     文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

処理中です...