本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。

四折 柊

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26.二人の本当の始まり

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 ジリアンはフレデリックを見つめたまま、ずっと伝えたかった言葉を告げた。声は震え瞳には涙が滲む。今、どうしても伝えたかった。

「あなたに……会いたかった……私……リックさんが、好きです……」

 冷静ならば羞恥心を感じ言い出せなかったはずだが、理屈ではなく心の思うがままの声だった。

「ジリアン!! 私もだ」

 フレデリックは感極まったように返事をすると、足早にジリアンの前に駆け寄りその腕を広げ包み込むようにジリアンを抱きしめた。彼に抱きしめられるまま体を預け彼の胸に頭をもたれた。お互いの熱い体温がこれを現実だと教えてくれる。

「夢みたい」

 頭の上からくすりと笑う声がする。

「夢なんかじゃない」

 そう言うフレデリックはジリアンを抱き締める腕の力を強くした。苦しいくらいだけど彼の想いのように感じて抗わなかった。しばらくの間そうやって抱き合っていたがフレデリックがそっと腕を解く。そしてジリアンの顔を覗き込むと嬉しそうに笑みを浮かべておでこに口付けた。

「?!」

「ジリアン、好きだ」

「……はい」

 つい今しがたまで抱き合っていたのに急に我に返り恥ずかしくなる。どこを見ていいのか分からず目をうろうろと彷徨わせる。彼はジリアンの手を握りると歩き始めた。

「屋敷の中は案内してもらった?」

「いえ、まだです」

「ああ、それよりも話をしなくてはならないな」

 応接室に入るとリリーがニコニコとお茶を出してくれた。フレデリックが二人で話がしたいと言うとリリーは部屋を出て行った。

「ジリアン。なんの説明もなくここへ来てもらうことになってしまって申し訳なかった。だけど君を誰にも渡したくなかった。カーソン侯爵夫人がジリアンの縁談を決めてしまう前にどうにかしようと必死で……。不安だったろう? すまない。それにジリアンからプロポーズを断られているのに私は自分勝手にも強引に結婚させてしまった。本当はもっとちゃんと口説いて了承してもらってからにしたかったのだが、それでは間に合わなさそうだった」

 フレデリックは表情を曇らせ眉を下げた。ジリアンは慌てて言い募った。

「謝らないで下さい。フレデリック様は私を助けてくれたのです。あなたがいなければきっと意に沿わない男性のもとに嫁がなければならなかった。でもあなたと結婚できたなんて夢のよう。私はあなたの側にいられることになって本当に嬉しいのです。ずっと本当の気持ちを伝えたかった。でも言えなくて……ごめんなさい」

 フレデリックはパッと顔を明るくした。

「そうか、よかった。そうだ! ジリアンに自己紹介をしていなかったな。今までは平民としてしか名乗っていなかった。本当の私はフレデリック・ディアス。ディアス伯爵家の嫡男だ。悪評轟く男のもとに嫁ぐことになって申し訳ないが諦めてくれ。両親もジリアンに会いたがっていたが今は領地の災害の対応に追われている。被害は少ないので一か月くらいで王都に戻ってくるので、そのときに紹介させてくれ。あとは妹が一人いる――」

「はい。お義姉さまとはお会いしました。とても優しくて大好きになりました」

「お義姉さま?」

「私の方が年下でしたし、姉が欲しかったのでそう呼ばせて頂いてます」

 ジリアンはシャルロッテが大好きになった。それに二人は兄妹だからか安心させる空気感がよく似ている。ところがフレデリックは複雑そうな表情を浮かべていた。

「そうか、シャルロッテともう仲良くなったのか……」

「駄目でしたか?」

 ジリアンは不安になりフレデリックを縋るように見る。これからもシャルロッテとは仲良くしていきたいのだが、フレデリックは嫌なのだろうか。シャルロッテの話しぶりでは二人は仲がよさそうな印象だった。

「いや、駄目じゃない。いい事なんだが、私より仲良くされるとなんだか焼けるなと思っただけだ」

首を傾げながら問いかける。それは自分の願望が多分に含まれていたと思う。

「もしかして……焼きもち?」

「そうとも言うかも知れない……な」

 横を向いて誤魔化すフレデリックが可愛いくて胸が締め付けられた。

「っ……」

「そう言えばジリアンは私が結婚相手だといつ気付いたんだ? 会った時にあまり驚いていないように見えたが?」

 もちろん驚いていたが、フレデリックであることを期待していたので、安堵した気持ちが大きかったかもしれない。逆にフレデリック以外の人が現れたら落胆しショックで倒れていたと思う。

「お義姉さまがチョコレートを持って来て下さいました。以前リックさんが下さったチョコレートと同じ物で、お義姉さまの旦那様とこの屋敷のフレデリック様が共同開発したものだとおっしゃっていました。リックさんの話とそっくりでもしかしてと……。実はすごく期待していました。リックさんだったらどんなにいいかと。でもなぜ平民として商会で働いていたのですか」

 フレデリックは肩を竦めた。

「隣国とは言え伯爵家の嫡男で商会の社長だと言えば厄介ごとが増えそうだったから、ただの平民の経理という建前にしていたんだ」

 さらっと言ったが素通りできない言葉があった。

「えっ? 商会の社長?」

「ああ、あの商会は私が始めたもので他の国にも支店を構えている。今のところ順調な業績を上げている」

 少し誇らしそうなフレデリックにジリアンは言葉に詰まる。他の国にも支店を? 彼はただの伯爵家の子息ではなかったのだ。途端に自分が彼の側にいていいのかと不安がよぎる。でも…………。
 思わず眉を寄せたジリアンの顔を見てフレデリックは浮かんだ不安を察知したのか安心させるように微笑んだ。

「ジリアン。そんな顔をしないで。私は手広く商売をしているだけで、伯爵家の息子には変わりない。特別な人間ではないし家格で言えば侯爵家から嫁いできたジリアンの方が上だ」

「いいえ! 侯爵家と言っても私は使用人として生活をしていました。それに私自身は何も持っていません。でも、でも……それでもリックさんの側にいたい。私の、我儘を許して下さい」

 フレデリックがすごい人だということは商会でお客様の相手をしているのを、お使いの時に見ていたから分かっている。ただ想像以上で驚いてしまった。だからと言って気持ちが通じ合った今、身を引きたくない。彼と人生を歩みたい。リックは目を丸くしたあと破顔した。

「ははは。そんなの我儘じゃない、大歓迎だ。てっきり身を引くと言い出すのかと思っていた。どうやって説得しようかと思っていたが、よかったよ」

 笑いを収めるとフレデリックは真剣なまなざしでジリアンを見つめ言った。

「ジリアン・カーソン侯爵令嬢。どうか、私と結婚してください」

「はい。喜んでお受けします」

 ジリアンとフレデリックは見つめ合いそしてお互いに笑みを浮かべた。
 書類上ではすでに二人は婚約と結婚を済ませているが、今この瞬間に二人の人生が始まったような気がした。




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