本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。

四折 柊

文字の大きさ
27 / 33

27.思い出と宝物

しおりを挟む
「そうだ。ジリアン。部屋を案内しよう」

「えっ? お部屋はもう使わせて頂いていますよ?」

 フレデリックのどこかウキウキをした様子に首を傾げる。

「それは客間だろう? これから案内するのは若奥様の部屋だ。本当はすぐにでもそちらに移動して欲しかったのだが、母に婚約期間がなかったのだから、結婚式を挙げるまではケジメとして別々の部屋にするように言われてしまった。それは残念だけど、同じ屋敷の中で婚約者としての時間を過ごすのも悪くないと思っている」

 若奥様の部屋と言われドキリとする。実感は薄いがすでに書類の上ではフレデリックと夫婦だ。俄かに現実味を帯びてきた。

「婚約者の時間……」

 確かに普通の貴族令嬢なら半年から一年以上の婚約期間がある。それを考えれば短すぎるのだが、だからといってもうフレデリックと離ればなれにはなりたくない。

「結婚式が終わったら移動してもらうけどその前に見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」

 首を傾げながらフレデリックの先導で二階の部屋へと移動する。

「こちらがジリアンの部屋だ。若奥様専用だよ。二人の寝室を挟んで向こう側が私の部屋だ」

 促され部屋に入る。室内には真新しい明るい色の家具が揃っている。フレデリックがクローゼットを開ければドレスが何着も掛かっていた。

「とりあえず急ぎ用意させた。私の感覚で決めてしまったので、もしドレスや家具で気に入らないものがあったら教えてくれ。すぐに好みの物を取り寄せよう」

「そんな。ここにあるもので充分です。それに白を基調とした家具は私の好みです。フレデリック様は私のことを何でも知っているんですね」

 部屋をくるりと見渡せば一つだけ趣の違う家具がある。それはオフホワイトの猫足の小さなチェストで子供用だ。はっと息を呑みジリアンは慌てて駆け寄りチェストを見る。チェストの横には傷があった。それをそっと指でなぞった。間違いない。これは五歳の誕生日に父がジリアンに買ってくれたものだ。この傷ははしゃいで手に持っていたペーパーナイフをぶつけ傷をつけてしまった。両親には叱られたし自分の迂闊さに悲しくなり大泣きした覚えがある。ずっと大切に使っていたがエヴァが処分してしまったものだ。それがどうしてここにあるのか。フレデリックが側に来た。

「フレデリック様。このチェスト……?」

「引出しを開けてみて」

 彼はそれには答えず引出しの中を見るよう促す。ジリアンは震える手でそっと引き出しを開けれた。中からは美しい細工の模様が施された木製のオルゴールが出てきた。それを手に取り開ければ音楽が鳴り出す。中にはブローチと指輪、ネックレスが入っていた。オルゴールはお母様からのプレゼントだった。アクセサリーはお父様がお母様に贈ったものでお母様のお気に入りのものだ。二段目の引き出しにも手を伸ばせば、手紙の束が紐でくくられたものと髪飾りが出てきた。

 手紙は仕事で忙しい両親が仕事先からジリアンに送ってくれたもので、髪飾りは両親が亡くなる前に行った仕事先で買って来てくれたお土産だ。手紙を手に取り抱きしめてフレデリックを見上げる。

「ど……う……して……?」

 フレデリックは慈愛のこもった優しい声で教えてくれた。

「ジリアンは愛されているね。ご両親が素晴らしい人だったから、そのご友人たちが君をずっと案じてくれていたんだ。ジリアンのお父様の親友で商人の男性を覚えているかい? カーソン侯爵夫人が処分しようとしたものを、
彼が買い取って手元に残し大切に仕舞っておいてくれたものだ。いつかジリアンに渡したいとね。私が買い取りたいと申し出たが彼は金を受け取らなかった。親友の娘に渡して欲しいと託されたよ」

 小さな頃に良く屋敷に遊びに来ていたおじさまを覚えている。異国の珍しいものをジリアンにプレゼントしてくれた。自分をすごく可愛がってくれていた。
 フレデリックが一番下の引き出しを開けるよう促す。すると懐かしい絵本がそこにあった。おじさまがお土産にジリアンにくれたものだ。大好きなお話しばかりで夢中で読んでいた。

「ふっ……」

 ジリアンの瞳からは涙が溢れ出す。全部なくなってしまったと思ったものがここにある。両親からの手紙もプレゼントもだ。思い出が戻って来た。おじさまとは両親が多忙になると顔を合わせる機会がなくなってしまったが、ジリアンのことを覚えていてくれた。平民なので貴族に逆らえば大変なことになる。それなのにジリアンのために保管してくれたいた。

(私はなんて幸せなんだろう)

 フレデリックがジリアンの背を慰めるように擦る。

「フ、フレデリック様。ありがとう……ございます」

「ああ」

 泣き止むとフレデリックがおじさまのことを教えてくれた。
 両親が亡くなったとき、おじさまは商談に行っていた。帰国して駆けつけジリアンを引き取りたいとエヴァに申し出たが、断られどうすることも出来なかったらしい。それ以降、ジリアンと会うことが出来ずにずっと心配してくれていたそうだ。エヴァが売り払ったもので追跡できたアクセサリーは何とか買い戻したがそれ以外は買い戻せなかったらしい。チェストは処分されそうだったところを買い取ることが出来た。運よく中に入ったままのオルゴールや手紙も回収できたそうだ。

「それとカーソン侯爵家の弁護士はジリアンのお父様の学生時代の友人で、その商人と頻繁に連絡を取りジリアンに何かあればいつでも助け出せるように見守っていたそうだ」

 フレデリックの話によるとお父様とお母様が亡くなって入れ違いに入って来た使用人の半分は、おじさまが商人の伝手を使って集めた人たちだった。その人たちにジリアンを見守るよう頼んでいた。使用人たちはジリアンの事情を最初から理解していた。この先ジリアンが自分の力で強く生きていけるように厳しく接するようにしていたと聞かされた。

「私、自分が思う以上にみんなに助けてもらっていたのですね」

 知らなかった。気付かない内にどれだけの人が自分を助け導いていてくれたのか。メイドとしての生活は最初は辛くて仕方がなかったが、今では楽しいと思える。いろいろなことを学べた。みんなの優しさを思い出しジリアンは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

「ジリアンのご両親は立派で素晴らしい人だった。だからこそ、その二人の娘であるジリアンのことをこれほど大切に思ってくれていたのだろう」

 ジリアンにとって自慢の両親だった。侯爵家とはいえ、それほど裕福な生活ではなかったし、両親はいつも仕事が忙しく不在で寂しかった。でも一緒にいる時はジリアンの話を聞いてくれて側で過ごしてくれた。愛情を惜しむことなく、溢れんばかりに与えてくれていた。

「はい。自慢の両親です」

「ジリアン。今度二人で彼らに会いに行こう。もちろんジリアンのご両親にもだ。お墓参りをしてご挨拶もしたい」

 ジリアンが顔を上げるとフレデリックは優しい眼差しで目を細める。

「いいんですか?」

「もちろんだ」

 この国に移動しながら両親のお墓参りが出来なかったことが心に引っかかっていた。フレデリックと行けるなら、こんなに幸せなことはない。フレデリックはどれだけジリアンを喜ばせるのだろう。幸せすぎて不安になってしまう。
そう伝えれば「なら、不安になる暇がないほど幸せにしてみせるよ」と微笑んだ。

(お父様、お母様、私は素敵な人と結婚出来ました。今度会いに行きますね)

 ジリアンは心の中で両親にそう報告した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

処理中です...