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1.密告
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乱暴に玄関を叩く音に夫が応対した。
「はい?」
見知らぬ男が室内に侵入する。派手で上質だと分かる服を着ている。高位貴族のようだが平民が普段関わることはないので相手が誰か分からない。
「聖女はどこにいる? おとなしく差し出せば悪いようにはしない」
皆が息を呑んだ。この家にはフレイヤと夫のデレク、夫の両親と住んでいる。デレクが慌てて私を庇うように立った。
「聖女などいません。なにか勘違いをされているのでは?」
「嘘を吐くな。村人から密告があった。この家の女が傷を治すのを見たと。今、国王陛下は病床におられる。治癒の能力を持つ聖女を探していることは知っているはずだ。これ以上隠し立てをすればお前たちを罪に問うぞ」
貴族の男は私を見ると後から入って来た騎士に目で合図をした。すぐさま騎士が私と夫を引き離した。
「フレイヤ! 妻を返して下さい。彼女は聖女じゃない」
「本当です。私に癒しの力はありません」
デレクが私を騎士から奪い返そうと手を伸ばす。
「まだいうか! 邪魔をすることは許さぬ」
すると騎士が抜刀し、デレクを背中から切りつけた。
「いや――! やめて。いうことを聞くからやめて―ー」
私は騎士の腕を振りほどきデレクの側にしゃがんだ。傷口に手を当て、そして強く念じた。
「駄目よ。死なないで。デレク……助けるから、今すぐ傷を……」
デレクの目の中に光はなく、もうどこも見ていなかった。体から大量の血が流れすぎた。それでも私は諦めずに力を送った。
「デレク、デレク、デレク…………、いやよ……」
彼の傷は少しずつ塞がっていく。しばらくすれば傷は完全に消えていた。それなのに彼の心臓は止まったままだ。私は溢れる涙をそのままに、ひたすら夫の体に力を送り続けたが彼が息を吹き返すことはなかった。
「ふむ。助からなかったか。傷が深すぎたのか? だが傷跡は綺麗に消えている。間違いなく治癒を持つ聖女だな。これなら神殿に聖女として認められるだろう。連れて行け」
「やめて。はなして。デレク!」
義父が貴族を睨む。義母はデレクに縋りついている。
「貴族だからってこんなこと許されるはずがない! 息子を返してくれ! 嫁も渡すつもりもはない!」
「うるさい! おい、始末しろ!」
私は引きずられ外に出されたが、後ろから義父母の悲鳴が聞こえた。そして騎士は家に火を放った。
「やめて……ひどい……」
私は呆然とする。この悪夢はいつ終わるの?
家の周りを村人たちが遠巻きに見ている。その中にいる一人の女性と目が合った。その女性は青ざめた顔でこちらを見ていた。手には重そうな布袋を持っている。すぐさま私から目を逸らし慌てて逃げて行った。
あの女が密告したのだ。数日前に木こりの息子が大怪我をして血が止まらないと困っているところを、お義母さんに助けてやってほしいと頼まれた。くれぐれも誰にも言わないようにと口止めをして息子の傷を塞いでやった。彼女は私に息子の恩人だから決して口外しないと約束したのに、貴族から金をもらうために私を売った。そして私は愛する夫と義父母を奪われ幸せの全てを失った。
許さない。この国も、人も、何もかもを、絶対に許しはしない……。
「はい?」
見知らぬ男が室内に侵入する。派手で上質だと分かる服を着ている。高位貴族のようだが平民が普段関わることはないので相手が誰か分からない。
「聖女はどこにいる? おとなしく差し出せば悪いようにはしない」
皆が息を呑んだ。この家にはフレイヤと夫のデレク、夫の両親と住んでいる。デレクが慌てて私を庇うように立った。
「聖女などいません。なにか勘違いをされているのでは?」
「嘘を吐くな。村人から密告があった。この家の女が傷を治すのを見たと。今、国王陛下は病床におられる。治癒の能力を持つ聖女を探していることは知っているはずだ。これ以上隠し立てをすればお前たちを罪に問うぞ」
貴族の男は私を見ると後から入って来た騎士に目で合図をした。すぐさま騎士が私と夫を引き離した。
「フレイヤ! 妻を返して下さい。彼女は聖女じゃない」
「本当です。私に癒しの力はありません」
デレクが私を騎士から奪い返そうと手を伸ばす。
「まだいうか! 邪魔をすることは許さぬ」
すると騎士が抜刀し、デレクを背中から切りつけた。
「いや――! やめて。いうことを聞くからやめて―ー」
私は騎士の腕を振りほどきデレクの側にしゃがんだ。傷口に手を当て、そして強く念じた。
「駄目よ。死なないで。デレク……助けるから、今すぐ傷を……」
デレクの目の中に光はなく、もうどこも見ていなかった。体から大量の血が流れすぎた。それでも私は諦めずに力を送った。
「デレク、デレク、デレク…………、いやよ……」
彼の傷は少しずつ塞がっていく。しばらくすれば傷は完全に消えていた。それなのに彼の心臓は止まったままだ。私は溢れる涙をそのままに、ひたすら夫の体に力を送り続けたが彼が息を吹き返すことはなかった。
「ふむ。助からなかったか。傷が深すぎたのか? だが傷跡は綺麗に消えている。間違いなく治癒を持つ聖女だな。これなら神殿に聖女として認められるだろう。連れて行け」
「やめて。はなして。デレク!」
義父が貴族を睨む。義母はデレクに縋りついている。
「貴族だからってこんなこと許されるはずがない! 息子を返してくれ! 嫁も渡すつもりもはない!」
「うるさい! おい、始末しろ!」
私は引きずられ外に出されたが、後ろから義父母の悲鳴が聞こえた。そして騎士は家に火を放った。
「やめて……ひどい……」
私は呆然とする。この悪夢はいつ終わるの?
家の周りを村人たちが遠巻きに見ている。その中にいる一人の女性と目が合った。その女性は青ざめた顔でこちらを見ていた。手には重そうな布袋を持っている。すぐさま私から目を逸らし慌てて逃げて行った。
あの女が密告したのだ。数日前に木こりの息子が大怪我をして血が止まらないと困っているところを、お義母さんに助けてやってほしいと頼まれた。くれぐれも誰にも言わないようにと口止めをして息子の傷を塞いでやった。彼女は私に息子の恩人だから決して口外しないと約束したのに、貴族から金をもらうために私を売った。そして私は愛する夫と義父母を奪われ幸せの全てを失った。
許さない。この国も、人も、何もかもを、絶対に許しはしない……。
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