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14.求婚

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 ジョシュアは十三歳を過ぎた頃から熱を出すことがなくなった。成長と共に少しずつではあるが丈夫になってきた。それでもまだ体は同年代の子達よりも小さい。シャルロッテよりも背が低いので早く追いつき、そして追い抜きたいとせっせと肉を食べ牛乳を飲んだ。強くなってシャルロッテを守れる力をつけプロポーズをする、亡き祖父との約束は必ず守ると心に誓った。

 ジョシュア自身は成長していると自負していたが父から見たらまだまだ世間知らずでしかない。確かに自分でも箱入り息子で育った自覚はある。そのジョシュアを父は心身ともに強くさせるために四年間の隣国への留学を決めた。十四歳になったときだった。最初にそれを聞いた時は涙ぐんでしまった。留学も学ぶのも鍛えられるのもいい。
 だけどシャルロッテに四年間も会えなくなるのは絶望を意味した。なにしろ父は徹底していて留学中の一時帰国を認めなかったのだ。
「えっ? 長期休暇中も帰国したら駄目なの?」
「そうだ。そのくらいの覚悟を持って行ってこい」
「…………」
 幼い頃ひたすら優しかった父は祖父が亡くなった途端ものすごく厳しくなってしまった。

「ジョシュアはどこかで精神的にシャルロッテに依存しているところがある。四年間しっかりと学び強くなって帰ってこい。そして堂々とシャルロッテに求婚すればいいだろう? 私はおじい様にもお前のことを託されているんだ。期待しているぞ」

「……はい。分かりました」

 会えないことは死ぬほどつらい。でも確かに今の自分ではシャルロッテを守れるとは言い難い。どちらかといえば守られている。四年の間にものすごくいい男になって颯爽とシャルロッテにプロポーズをして見せる。ジョシュアはその目標を胸に海を渡った。

 それからシャルロッテとは定期的に手紙をやり取りしている。
 今日も届いた手紙を上機嫌でペーパーナイフで開ける。鼻歌交じりに可愛らしい便箋を開き読み始めたところでジョシュアは体を硬直させた。

「婚約者が決まりました。学園で憧れていた人なの。一度学園で迷子になったところを助けてもらって――」

 手紙の内容は婚約者となった男の美点がつらつらと書き綴られている。ジョシュアの瞳からは知らないうちに失恋と絶望の涙が零れ落ちていた。
 シャルロッテからの便箋をそっと置き一緒に届いていた父からの手紙の封を開ける。
「すまん!」
 最初の言葉は謝罪だった。ジョシュアは出国前に父とアルロに帰国したらシャルロッテと婚約したいという気持ちを伝えておいた。だから勝手に安心していたが思い返せばアルロは「分かった」とは言わなかった。「考えて置く」と言ったのだ。希望を伝えただけで約束も契約もしていないので文句は言えない。

 アルロはマチルダの連れ子としてフィンレー公爵家に来た。そして一族の陰湿な洗礼を受けていた。彼は一族に対し嫌悪感を抱いている。祖父カーターも祖母マチルダも気にはかけていたが家を建て直す為に仕事に明け暮れアルロをおざなりにしてしまっていた。ローガンはアルロの世話を焼いていたらしいが学園の寮に入ってしまったので週末しか相手をできない。そうなると満足に守ってくれる人間がいない中で家に出入りする大人の八つ当たりを一人耐えて過ごさねばならない。

 フィンレー公爵家の内情を知っているからこそ、その家に可愛い娘を嫁がせたくなかったのだろう。
 当時のアルロは結婚後は平民となり暮らしていくつもりでいた。貴族であることを疎んじてすらいた。だがマチルダの実家は弟が継いでいたが、子に恵まれずアルロを養子にと望み結果的にディアス家を継ぐことになった。彼は身分に頓着しないので娘を高位貴族に嫁がせたいという野望もない。むしろさせたくないのだ。

 更にジョシュアはシャルロッテよりも年下で非力だ。そんな男に託せない気持ちも分かるが、もう少し待って欲しかった。一年後には帰国する。今までだって研鑽を重ねてきた。帰国までにはもっと力をつけシャルロッテを守れるだけの男になるつもりだった。少なくとも身長と筋肉はついた。見かけだけは大人だ。

 悔しさに歯噛みしながらそれ以上に大切なことを見落としていたことに気付いた。ジョシュアは散々シャルロッテに「好きだ」と伝えていたが、シャルロッテは「ありがとう」と軽く流していた。ジョシュアの気持ちに気付いていなかった可能性がある。恥ずかしくて結婚を前提の告白をしていなかった。きっとシャルロッテは今でもジョシュアを弟のようにしか思っていない。結婚相手だと認識していない。だからこんなに浮かれた内容の手紙が来るのだ……。

 ジョシュアは頭を抱え後悔の嵐に呑まれた。それからしばらくは失意の中、無気力に過ごしたがこのままでは駄目だと気付いた。
 たとえシャルロッテが自分を選ばなくても、幼いジョシュアを守り支えてくれた彼女を守りたい。相手が自分でなくてもシャルロッテには世界一幸せでいて欲しい。その為には力がいる。ジョシュアはフィンレー公爵家次期当主として認められるだけの能力を示さなければならない。失恋の傷を自らを鼓舞することで癒し一層勉強に励み、そして無事に首席で卒業を果たした。

 帰国のための船の中でジョシュアは深いため息を吐いていた。自分はシャルロッテと会って笑顔でおめでとうを言うことが出来るだろうか。彼女の幸せに水を差したくない。でも心から祝えるほど吹っ切れていもいない。結論の出ないままフィンレー公爵邸に戻れば、笑顔満面の両親が出迎えた。

「お帰り! 随分とデカくなって立派になったな。それも首席で卒業なんて父として誇らしいぞ」

「本当に……。女の子のように華奢だったあなたがこんなに立派に……」

 父は嬉しそうに浮かれ、母は感涙にむせび泣いていた。誉められているはずなのに胸中は複雑だった。

「ジョシュア。お前にとっての吉報だ。シャルロッテにとっては辛いことだが、婚約が白紙になったぞ。今なら婚約を申し込めるぞ」

 一瞬「やったー!」と思ってしまったがすぐに反省した。理由は分からないが毎回手紙で婚約者が好きだと書いていたシャルロッテの婚約が白紙になったのなら悲しんでいるはず。それを自分の都合で喜ぶなんて最低だ。
 でも、このチャンスを捨てるつもりはない。

「父上。本当ですか? それなら今から――」

 また誰かに取られてしまうかもしれない。早いもの勝ちというわけではないが、うかうかしていてはシャルロッテを失ってしまう。気が急いてしまい回れ右で馬車に乗り込もうとすると父に止められた。

「求婚するならそれなりに準備をした方がいいんじゃないか? まさか手ぶらで行くつもりか?」

「あっ!」

 ジョシュアは己の失態に項垂れた。一世一代のプロポーズを行き当たりばったりでするところだった。とにかく冷静に行動しなければ。とりあえず屋敷に入って詳しいことを聞くことにした。
 婚約白紙の事情を聞いてジョシュアは憤慨した。シャルロッテという素晴らしい婚約者を得ていながら他の女に見惚れるなど八つ裂きにしてしまいたい。

「そんな婚約者やめて正解だ。私なら絶対にロッティを裏切ったりしない」

 怒りに体を震わせた。そして拳を握りシャルロッテを幸せにすると改めて誓う。
 まずはシャルロッテの父アルロに手紙を送り求婚の許可をもらった。返事はしぶしぶ感があったがそこはスルーをした。あとはジョシュアがシャルロッテの心を掴めば……。
 指輪を用意して庭に咲いている向日葵で花束を作らせた。

「ロッティは向日葵が一番好きだった。今も変わっていないといいけど」

 会いに行けばシャルロッテがとても小さくなっていた。目を真ん丸にしてジョシュアをポカンと見上げる。ああ、違う。自分が大きくなったんだ。

 挨拶もそこそこにプロポーズをした。もちろんすぐに受け入れてもらえるとは思っていない。離れていた四年分の気持ちを伝えて愛を捧げる。

 早く婚約したいとは思ったが再会して二人の時間は動き出したばかりだ。今はただ毎日を大切に過ごす。一緒にいればいるほど彼女への思いを再確認する。彼女が好きだ。

 今日も夜会へエスコートをする。周りは二人を従姉弟だと思っているので余計なやっかみはないが、いずれ正式に婚約を結べば口さがないことを言う輩が出てくる。その時は絶対にシャルロッテを守って見せる。
 ジョシュアはまるで騎士にでもなった気分でシャルロッテの隣に立つ。今日のシャルロッテも可愛らしい。つい目が離せなくてじっと見てしまう。ダンスの最中は堂々と見つめていられる。すると突然シャルロッテがジョシュアを見上げて呟いた。


「ジョシュ。好き。あなたが大好きよ」

 じわじわと心にその言葉の意味が沁み込んでいく。
 嬉しくて顔がゆるゆるになる。実感した瞬間に体がシャルロッテを抱き締めていた。小柄で華奢な体を壊さないように包み込む。愛おしさが胸いっぱいに込み上げて来る。感極まって言葉が唇から溢れていく。

「私もロッティが好きだ。愛している。シャルロッテ、私と結婚して下さい」

「はい。お受けします」

 シャルロッテは頬を染めはにかんで最高の言葉を贈ってくれた。ジョシュアがずっと欲しかった言葉を。
 ジョシュアの初恋が実った瞬間だった。





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