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15.彼の瞳に映るのは

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 お父様にジョシュアからの求婚を受け入れたことを報告したら、ものすご~く酸っぱい顔をされた。
 シャルロッテは首を傾げた。子供の頃から知っているので人柄はお墨付きで身分も容姿も完璧で自分にはもったいないくらいの人だ。世間でいう玉の輿に乗ったのに何が不満なのか。もちろん自分は玉の輿なんてどうでもよくてジョシュアが好きなだけ。隣ではローガンおじ様がニコニコと笑っている。

「ジョシュアには不満はない。が、一族と言うか周りの縁戚が鬱陶しい」

「まあ、お父様ったら。嫌味を言うしか能がない人達のことなど無視していればいいのです」

 シャルロッテがしれっと言えばジョシュアは目を鋭く細めた。

「シャルロッテがあいつらを目障りだというなら潰すよ。まずはアッカー伯爵とモラレス子爵にしようか?」

 もうジョシュアにそこまでの権限があるのかと首を傾げる。権限はともかく自分のせいであまり好戦的になって欲しくない。
 
 ジョシュアは子供の頃は体が弱く周りから酷いことを言われていた。それを忘れてはいないようだ。もちろんシャルロッテだって全員覚えている。名前も顔も勿論弱みもだ。
 何故弱みを知っているかと言えば、おじい様が遺言でシャルロッテに残してくれた本がある。分厚い本で美しい装丁のその背表紙には『愛する人へ』と書かれていた。どんな素敵なロマンス小説なのかとわくわくしながらページを捲れば、フィンレー一族のあれやこれやの汚点というか弱点がびっしりと書かれていた。
 あまりにもえげつないこと(犯罪すれすれの商売や愛人、庶子に纏わることなど)も書かれており戦慄していったん本を閉じてしまった。
 
 これは門外不出じゃないと大変なことになると身を震わせた。だから厳重に保管してある。本の最初の方の文字は女性のようなのできっとマチルダおばあ様が書き始めたのをおじい様が引き継いだのだ。読み進めると天候不順の周期の調査や、国外の貴族の情報もある。

 この本はお金よりもよほど価値がある。本を受け取った時はジョシュアと結婚するなど想像もしていなかったので、いつかジョシュアが困ったときに渡してあげよう、それまで自分が預かって保管する役目を託されたと思っていた。でも最後のページに『二人の幸せを願っている』という文言があり、今考えてみれば違う意味だったのだと感じた。

 おじい様はシャルロッテとジョシュアの結婚を望んでくれていたのだ。伯爵家から公爵家に嫁げば苦労する。しかも面倒な一族が取り巻いている。シャルロッテの武器にしろと言われている気がした。なのでシャルロッテはそれをありがたく頂戴し有効活用する気満々である。何度も読んでまるっと暗記した。もちろん新しい情報を得れば地道に補足もしている。いつか自分の子や孫の役に立てばいいし、立たなくても娯楽本として面白く読めるかも知れない。

「あら、ジョシュ。そこまでする必要はまだないわ。嫌味を言うくらいならたいしたことはないし利用価値があるうちは利用したほうがいい。そうそう、ジョシュは知っている? アッカー領の苺は本当に美味しいのよ。伯爵の性格は悪くても領主としてはそれなりに尊敬されているみたい。それに潰したらジョシュに批判が来てしまう。それよりもフィンレー公爵家への出入りをそろそろ条件付きで解禁して恩を売った方がいいと思う。あと、モラレス子爵はそろそろ代替わりをする頃だったはずよ。息子さんは温厚そうだから彼が爵位を継いで実権が移ってから関係を再構築したほうがいいわね。あそこは温泉地だけど金銭的な理由で開発が止まっているようだから、息子さんが継いだら援助を申し出ましょうか?」

「………」

 お父様が無言になって遠い目をしている。
 シャルロッテは楽しい計画だと思って提案したのだがジョシュアが目を丸くしている。特別おかしなことを言ったつもりはないのだが、もしかして小賢しい女だと幻滅されてしまったのだろうか。世間では出しゃばる女は可愛くないと言うし。おずおずとジョシュアを見上げる。

「ジョシュ。私がこんな女でガッカリした?」

 ジョシュアは首をブンブンと横に振ると破顔してシャルロッテの手をぎゅっと握る。

「ロッティは最高だ! 昔と変わらずカッコよくて惚れ直したよ」

「ありがとう。使えるものはなんでも使わなきゃ、ね!」

 お父様は丸薬でも飲んだ時のような苦そうな顔をしている。

「使えるものは……母さんの口癖だったな。シャルロッテは母さんに……おばあ様にそっくりだよ。はあ~。いろいろ考えたのだが結果的に今までの行動は全部無駄になってしまったな。まあ、シャルロッテなら大丈夫だろう。だがジョシュア。必ずシャルロッテを守ると約束して欲しい。私の大切な娘だ」

 使えるものは何でも使えとシャルロッテに教えたのはお父様ですよ? 

「はい。わが身に代えても生涯守ると誓います」

「二人ともおめでとう」

 お父様はようやく心からの笑みを浮かべた。その祝福の言葉にシャルロッテの胸は嬉しさでいっぱいになった。

「それにしてもシャルロッテはジョシュアと一緒にいると生き生きしている。サイラス君といる時はお淑やかに見せようと無理をしているように感じたな。今の方が本来のシャルロッテらしい」

「そうだったかしら? でもジョシュといると安心するし、自分らしくいられるの」

「ロッティ。嬉しいよ」

 ジョシュアが感激して目を潤ませている。感情を素直に出すジョシュアを見ていると一歳とは言え年下だなあと思う。そこが可愛くて守ってあげたくなる。ローガンおじ様がずっと苦笑いをして見ている。

「私も嬉しいよ。それにしてもシャルロッテ以上にジョシュアを頼める女性はいないな。もちろんシャルロッテに苦労をかけないように私もルーナも最大限に出来ることをする。でもシャルロッテを見ているとおじい様が二人を一緒にさせたいと言っていたことが納得できるよ」

 今度、おじい様にご報告したいな。ジョシュアを見上げれば同じ気持ちみたいで頷いてくれた。向日葵を持ってお墓参りに行こう。

 話がトントン拍子に進みシャルロッテはジョシュアと正式に婚約しお披露目もした。フィンレー公爵家で行ったお披露目はなかなか物々しかった。ローガンおじ様が鋭く目を光らせ、その威圧感からシャルロッテに余計なことを言う人は一人もいなかった。ジョシュアのお母様のナンシー様もシャルロッテを歓迎してくれた。嫁姑の関係で苦労することはないと胸を撫で下ろした。
 祝福を受けながら二人の婚約者生活が始まった。結婚式は半年後だ。楽しみで仕方がない。
 
 婚約者として周知されてからの初めての夜会に出席すれば案の定、ジョシュアがシャルロッテから離れた途端、数人の令嬢に囲まれた。今日は好戦的な気分なので流さずに相手をすることにした。

「従姉弟だからってジョシュア様を脅して婚約したのかしら?」
「あなたのような平凡な容姿の女性ではジョシュア様がお可哀想だわ」
「伯爵家の娘が名門公爵家に嫁ごうなんて身の程知らずね? さっきからニコニコしていないでなんか言ったらどうなの?」

「ふふふ。私これでも貴族名鑑は網羅して完璧に覚えています。だから今日初めてお会いしたにも拘らず、謂れのないことをおっしゃるあなた達がどこのお家のご令嬢か分かっていますよ」

「だ、だから何だって言うのよ」

「いえ、皆さんがどう考えようと私はジョシュアと結婚します。いずれはフィンレー公爵の妻として社交をする日が来るでしょう。その時フィンレー公爵家にお招きする方々は私の裁量で決めます。あなた方を招くかどうか、楽しみですね」

 目一杯、虎の威を借りフィンレー公爵家の名前を最大限に利用する。
 ご令嬢方は一斉に顔色を悪くした。何故彼女たちは発言する前に未来に思いを馳せないのだろう。フィンレー公爵家もシャルロッテの実家もここにいるご令嬢たちの家との付き合いがなくても全く困らないのだが、そちらはそうではないだろうに。

 今、シャルロッテに対して嫉妬をぶつけても一時的にすっきりするくらいだ。でもその結果、将来どこかに嫁いだ先で社交に出た時に、フィンレー公爵家の嫁に嫌われていては社交界で生きにくくなる。
 それにシャルロッテの家のディアス家は伯爵位で確かに爵位は高くないが、曾祖父の代から変わらず資産家だ。正面から敵に回せば家にとって不利になることくらいわかりそうなものなのに。我が家は代々商才に長けている。次にディアス家を継ぐ兄も国内外で取引を成功させている。爵位を継いだら国内を本拠地にするが今は国外を拠点にしている。そのディアス家と不仲なのは好ましくないだろう。
 それとも本気でジョシュアをシャルロッテから奪い結婚するつもりなのかしら。う~ん、それはさすがに無理があると思う。

 シャルロッテはサイラスの婚約者でいる時は彼に好かれたくて淑女として振る舞うことに一生懸命だったが、ジョシュアは自分の素を知っているので取り繕う必要はない。それならば本領を発揮してジョシュアの足手まといにならないようにするまでだ。彼を支え守って見せると心に誓った。

 シャルロッテはとびっきりの笑顔で令嬢一人一人の顔を見つめ会釈をすると踵を返した。
 彼女たちの体は恐れなのか震えていた。彼女たちは顔色を悪くして「あ」とか「う」とか喘いでいる。自分たちの失態に気付いてもらえたならよかった。

 その場を離れる時に視界の隅に縋るように伸ばす手が見えた。なんなら謝罪の言葉っぽい小さな声が聞こえた気がしたが無視して足を進めた。我ながら意地悪だったかもしれない。

「ロッティ。大丈夫? 側を離れてごめん」

 ジョシュアが慌てて駆け寄りしゅんと眉を下げ謝る。その顔が可愛くて胸がきゅっとなる。

「大丈夫よ。楽しくお話しただけ。それにジョシュにも男性同士の社交があるのだからそんなに過保護にならなくてもいいのよ」

 ジョシュアはまるで騎士のようにシャルロッテの隣を離れようとしない。それでもどうしようもない時もあり、側を離れるが彼は用が済むなりすぐに戻ってくる。大事にされていることがくすぐったくて心地いい。

「私はロッティの側にいたい。留学中ずっと我慢していたんだ。いいだろう?」

 それにジョシュアは甘え上手だ。そう言われてしまえば頷いてしまう。

「ありがとう。それならずっと側にいてね」

「ああ、約束するよ」

 いつだってジョシュアの瞳にはシャルロッテが映っている。そっとジョシュアの手に自分の手を重ねれば、彼は指を絡ませぎゅっと繋いでくれた。彼の体温はシャルロッテの心を温めてくれた。





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