あなたを許さない

四折 柊

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5.報復

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 夕方になるとマイロ殿下が一度部屋に戻って来た。

「ルーシー。今日は良いことばかりだ。何もかも順調だ。しばらく慌ただしくなるが君はここにいて欲しい。大丈夫。きっと上手くいく」

 私は王が崩御したことを彼から聞かされていない。何も知らなければ彼の様子は父親を亡くしたと人とは思えない。だけどリリーのその情報は確かなものだ。私は確信している。彼は父親を手にかけた。自分の欲望のためだけに。そして私が彼を愛していると信じて疑わない。なんて傲慢で馬鹿な男なのか。彼は私に何も知らせないまま葬儀を行うつもりのようだ。

 でも王弟殿下がとうとう立ちあがった。お義姉様を守れなかったことで陛下と王太子殿下を失脚させる覚悟を決めたのだ。
 ウイリアム殿下がお義姉様の受けた仕打ちを見たら絶対にマイロ殿下を許さないだろう。その場で首を落とすかもしれない。
 でも私がウイリアム殿下にそんなことをさせない。ウイリアム殿下の手を汚す価値のない男だ。お義姉様やジャックに与えたものと同等の、いやそれ以上の苦しみを受けるべきだ。

 正直なところ今でも何故マイロ殿下が私に執着するのか分からない。好かれるようなことをした覚えはない。でも、もうそんなことはどうでもいい。私の大切な人を傷つけ奪おうとしたことは事実だ。
 
 だから――――あなたを絶対に許さない――――――。

「マイロ様。私、嬉しいです」

「ああ、ルーシー。幸せになろう」

 マイロ殿下が私を抱き寄せた。私は寄り添うように身を寄せ左腕を動かしその手の平を彼の心臓の上に置いた。そして目を閉じ『魔女の力』を使う。この力はこうしなければ効果が出ない。憎い男に寄り添うなど業腹だがやむを得ない。少し顔を上げ彼の様子を窺えばマイロ殿下はうっとりとした笑みを私に向ける。悪魔がどれほど麗しい顔を向けても惑わされることはない。

 その時、扉が乱暴に開け放たれ騎士が駆け込んできた。マイロ殿下は私から手を離すと庇うように背に隠す。そして騎士たちを睨み怒鳴りつけた。

「何だ、お前たちは? 私は入室を許可した覚えはない」

 騎士たちは答えずに道を開けた。その中央から現れたのは黒い軍服を着ているウイリアム殿下だった。

「私が許可をした。マイロ、陛下を弑した罪で捕縛する」

 ウイリアム殿下の声が静かに響く。そこには反論を許さない威圧感があった。彼の目は殺気立っている。すでにお義姉様のことを知らされたのかもしれない。

「ふざけるな。王は病で倒れた。殺してなどいない。証拠はあるのか?」

「お前の部屋から毒が見つかった。手を貸した従者の証言もある」

 マイロ殿下は歯をギリギリとさせ顔を歪ませた。

「私の許しもなく無断で部屋に入っただと。正気か? おい。お前たち叔父上を捕縛せよ」

 マイロ殿下はこの状況で騎士たちが自分に従うと信じている。愚かな男。

「やれ」

 ウイリアム殿下が命じるとすぐに騎士がマイロ殿下の腕を掴んだ。彼は抵抗しようと身をよじったが大柄な騎士の腕は解けない。

「私に触れるな。下賤なものたちめ。こんなことをして後悔するぞ!!」

 醜悪なほど顔を歪め文句を言い続ける。そこには優雅な貴公子の姿はない。悪魔が正体を現した。彼が再び口を開こうとした瞬間、突然絶叫した。

「ぎゃあああああああああああああ――――――!!」

 地獄から聞こえるようなけたたましい叫び声。驚いた騎士は反射的にその腕を離す。マイロ殿下は床に崩れ落ちのた打ち回る。そしてその姿はみるみる変貌していく。顔は何度も殴打されたように変色して腫れあがる。そして顔の一部が焼けただれ始めた。きっと服に隠れている腕や体にも火傷は広がっている。そして剣で切られた傷も現れ血が噴き出す。前触れなく襲う激痛に耐えられないように床を転げまわる。

「痛い!! やめろ、やめてくれ!! うわああああ。だれかこいつらを止めろ。私は王太子だ。こんなこと許さない。熱い、熱い、熱い――。やめろお――――――――」

 ここには私たち以外いない。彼は幻覚を見ている。彼の中では実際に殴られ熱湯をかけられ剣で切られている状態だ。その姿はジャックに襲いかかったものの影、お義姉様を傷つけたものの影、すなわち殿下自身だ。過去の自分が今の自分を襲っているも同然だ。

 私の『魔女の力』は右手で痛みや苦痛や病変などを取りだす。あくまでも私の頭で描くイメージの話だがその取り出したものは真っ黒い球体をしている。それを浄化することも身の内に留めることもできる。

 私の体内にそのためのポケットがあってその取り出した真っ黒な球体を仕舞ってある。その球体がいっぱいになったら、球体を両手に握っているイメージのまま祈ることで浄化が出来る。祈り終わると真っ黒な球体は光り弾けて空気に溶けてなくなる。

 私はジャックの怪我とお義姉様の怪我の球体を浄化せずに仕舞っていた。ジャックの時は犯人が分からなかったがいつか犯人に報いを与えたいと持っていた。そして先程お義姉様から取り出した真っ黒な球体のその二つをマイロ殿下の体内に入れ溶かした。それは体中を巡り混ざる。二人の怪我が全てマイロ殿下のものになったのだ。
 
 あなたが人に与えた苦痛がどれほどのものか身をもって味わってもらう。
 『魔女の紋章』を持つ私の右手は取り出す力、左手は取り出したものを浄化または別の場所に移すときに使う。
 ウイリアム殿下と騎士たちは目の前でマイロ殿下に起きた異常な事態に固唾を呑んでいる。のた打ち回り涙と鼻水と涎で汚れたマイロ殿下が縋るように私に向かって懇願する。自分の血が付いた手を救いを求めるように必死に伸ばす。相当苦しいだろう。致命傷はないが、瀕死になるほどの多くの怪我が全身に出ているのだから。

「ル、ルーシー。助けてくれ。君は天使の生まれ変わりだ。だから……痛い、痛いんだ。はやく……」

 天使の生まれ変わり? 馬鹿馬鹿しい。彼にこの苦痛を与えた本人に救いを求めるなど滑稽だ。

「ジャックもお義姉様も、もっと苦しんだ。二人ともやめてと助けてと言わなかった? あなたはそれを聞き入れなかった。あなたは同じ痛みを思い知る義務がある」

 苦痛の中にあっても私の言葉は聞き取れたようだ。マイロ殿下は痛みでとうとう動けなくなっていた。体を強張らせたまま顔を上げて私を見る。その顔には絶望が浮かんだ。そして次に恐怖に顔を引き攣らせて喘いだ。

「お、お前は魔女だったのか……」

 窓からは夕日が差し込んで私の背中と部屋を赤く染めていた。




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