上 下
22 / 293
Episode① 産業保健ってなあに

第4章|サクラマス化学株式会社 東京本社 <3>女性の健康サポート その1

しおりを挟む
<3>


 通された応接室で、岩名さんが椅子を勧めてくれる。ふかふかした革張りの椅子に、浅く腰掛ける。


―――とりあえず、最初の名刺交換は、無事にできた。よしっ。


 心の中で、ガッツポーズを決めた。

 頂いた名刺を、名刺入れの上に置いて……。相手の名刺は、相手と同じように大切に取り扱うこと。
うん、イメージトレーニングの通りだ。



「それで……、早速なんですが、今日は『働く女性の健康サポート策』について、鈴木先生と、足立さんにご相談したいと思っています」


 岩名さんは、ほとんど化粧っけのない女性だった。小さなピアス、髪型はショートカット。主張しない形のニットとパンツ、モノトーンの服。でも、名刺交換だけで密かに汗だくになっている私と違って、堂々としている。さすが、肩書きが「課長」なだけある。で、ええっと……“課長”と“部長”って、どっちが偉いんだっけ?


「弊社はどちらかというと、これまで、『昔ながらの日本企業』という体質の会社でした……。私が入社したころは、女性社員だけが、朝に机を拭いたり、お茶汲みをやったりもしてたんです。でも、時代とともに少しずつ、男性社員や役員達の意識も変わって、今は正社員として採用される女性の数も増えてきました。ですが、彼女たちに聞いていると、やっぱり女性特有の、色々な体調の変化もあるようで」


「なるほど」


 相槌を打つ鈴木先生の方をチラっと見ると、鈴木先生は穏やかな笑顔を浮かべていた。
ん?想定範囲内の表情ではあるけど、普通に愛想笑い、できるんだ。『株式会社E・M・A』のオフィスにいるときとは様子が違う。



岩名さんが続けた。
「私も人事課長として、これから弊社で働く女性社員達が健康的に活躍できるよう、一歩進んだ社内制度を提案していきたいと思っています。足立さん、何かいい案はありませんか」岩名さんがこちらを見る。



「あっ、えっと……。そ、それは、これをっ」

 私は、カバンから、昨日印刷した紙の束を取り出して、岩名さんに渡した。
 岩名さんはそれを受け取って、サッサッとめくって見ていく。


「『女性の健康づくり』に関する厚労省の資料とか、そのほか、女性の健康に関連した、ホームページをっ……い、印刷しましたッ」

声を震わせながら、説明を続けた。
「働く女性へのサポートとして……、毎月の生理や、それに関連するPMS(ピーエムエス)、つまり、“premenstrual syndrome”と呼ばれる『 月経前げっけいまえ 症候群しょうこうぐん』への対応、妊娠出産に関するサポート、がん検診の推奨、などが考えられます。あ、『月経前症候群』というのは、生理周期に関連して現れるこころや体の不調のことで……」



「なるほど……。PMS、確かにつらいものですよね。症状にも個人差があるので、女性同士でも、症状に対する理解や捉え方が、大きく違うようですし」


「あ。は……はい」



――――私が言おうとしたこと、先に岩名さんに、言われてしまった。



 岩名さんが、静かに資料を閉じて、表紙をこちらに向けて、両手で差し出した。

「このホームページは、もう既に、私も見ましたので……。資料はお返ししておきますね」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:582pt お気に入り:3,085

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:24

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,798pt お気に入り:1,661

愚か者は幸せを捨てた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:3,136

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,102pt お気に入り:256

比翼の鳥

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...