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Episode② 港区ラプソディ
第9章|弱肉強食の世界 <30>栗栖貞乃の回想 その2
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<30>
「私がアナタを、……採用しなければならないと、おっしゃいますと? 」
採用面接で、席を立ちあがって面接官に語り出すような人物は、初めてだった。
私は冷静を装いながら答えたけれど、隣に座っていた人事担当の女性社員は、露骨に目を丸くしてこちらを見ていた。
「栗栖さん。あなたは『ダイバーシティ&インクルージョン』を社是のひとつに掲げていらっしゃいますね」
「ええ、そうです」
「実は僕は今、“ガラスの天井”に苦しめられているのです」
「えっ……?? 」
(何言ってるの? あなたは男性で、日本人で、名の知れた会社に勤めていて……むしろ、ビジネス界では多数派組じゃない?)
「栗栖さん……。僕が転職を考えたのは、昨日や今日の話じゃありません……ところが、投資ファンドでの仕事に期待を膨らませ、転職活動を始めても、一向に手ごたえがない。
しばらくしてから、仲良くなった転職エージェントに、飲みの席で言われました。
『密森さん、申し訳ないけど、あなたの学歴では絶対に投資ファンドには採用されないから、希望する業界を変えるか、諦めたほうがいい』……と、ね」
―――確かに、密森の履歴書に記載されている卒業大学の名前を、私は見たことも、聞いたこともなかった。
おそらく日本の大学だと思うけれど、都内にあるかどうかも定かではなかった。
「“底辺私大”に“Fラン大学”……。僕の卒業した大学は、そんなふうに呼ばれているらしいですよ。
転職エージェントは言いました。『東大、京大、二ツ橋、早慶。それか最近ならば海外の有名大学……その程度の学歴があるか、もしくは卒後、海外名門大学でM B A でも取っていないければ、投資ファンドに採用される見込みは絶望的だ』……と。事実、僕はほとんど、書類選考の段階で断られ続けてきました」
「書類選考に通らないのは、学歴ではなく、職歴の部分が大きいと思います。あなたのご年齢ですと、即戦力となることが求められますから」
「いいや、それは詭弁です。なぜならば……、あなたがた投資ファンドが好む職歴……例えば投資銀行や、名の知れた戦略コンサルタント会社などでの業務経験を身に着けるためには、そもそもそれらの会社に入れるような、高学歴が必要だからです。
つまり……新卒の時点でも学歴差別があり、中途採用ルートでも学歴差別の壁が立ちはだかっている……。
一方で、うまく名門大学に入れたエリート組は、新卒から一流会社に迎え入れられ、会社の金を使い、生活費付きの留学で海外大学のMBAを取り、さらなる超・高学歴になっていく。
こんなシステムじゃ、いくら後から努力しようったって、10代の頃にうっかり“Fラン大学”に入ってしまった人間は、一生、投資ファンドに入社できない。
この人生格差を生んでいるのは、元を辿れば、10代後半に受けたペーパーテストで決まった“学歴の烙印”だ。
『学歴』というガラスの天井で、いつの間にか、僕の希望と夢は阻まれていたんです」
「しかし……密森さん。投資家になりたいのなら、個人投資家として、ご自身で投資を行う方法もあります。その場合、学歴や職歴は、一切関係がありませんよ」私は言った。
「栗栖さん。そうです。それこそが問題なんだ。個人投資家として成功する人間は、確かにいます。そこは完全な実力主義だ。学歴差別なんてない世界だ。強い者が勝つ、それだけだ。
だというのに、投資銀行や投資ファンドの世界は、あからさまな学歴偏重組織だ。
それは結局のところ……、『カネ』という現代社会のパワーの源泉を、ガッチリ握っている権力者達が、“命の次に大事な自分のカネを任せるなら、最高クラスのブランド属性を持った、高学歴の男が一番信用できるはずだ”、と考えていて……業界全体が、そういう歪んだ価値観に覆われているから、ですよ。
まさに『リーマソ・ショック』を引き起こした、『リーマソ・ブラザーズ社』のようにね……」
密森は私の前の机から手を放し、ポケットに手を突っ込んで言った。
「栗栖さん。あなたにもご経験がありませんか。新しい投資家にご挨拶に行かれた際、“なんだ、女か。きちんとした男の社員をよこしてくれ”、という顔をされたご経験が……」
「それは……」
私は、言葉に詰まった。
「私がアナタを、……採用しなければならないと、おっしゃいますと? 」
採用面接で、席を立ちあがって面接官に語り出すような人物は、初めてだった。
私は冷静を装いながら答えたけれど、隣に座っていた人事担当の女性社員は、露骨に目を丸くしてこちらを見ていた。
「栗栖さん。あなたは『ダイバーシティ&インクルージョン』を社是のひとつに掲げていらっしゃいますね」
「ええ、そうです」
「実は僕は今、“ガラスの天井”に苦しめられているのです」
「えっ……?? 」
(何言ってるの? あなたは男性で、日本人で、名の知れた会社に勤めていて……むしろ、ビジネス界では多数派組じゃない?)
「栗栖さん……。僕が転職を考えたのは、昨日や今日の話じゃありません……ところが、投資ファンドでの仕事に期待を膨らませ、転職活動を始めても、一向に手ごたえがない。
しばらくしてから、仲良くなった転職エージェントに、飲みの席で言われました。
『密森さん、申し訳ないけど、あなたの学歴では絶対に投資ファンドには採用されないから、希望する業界を変えるか、諦めたほうがいい』……と、ね」
―――確かに、密森の履歴書に記載されている卒業大学の名前を、私は見たことも、聞いたこともなかった。
おそらく日本の大学だと思うけれど、都内にあるかどうかも定かではなかった。
「“底辺私大”に“Fラン大学”……。僕の卒業した大学は、そんなふうに呼ばれているらしいですよ。
転職エージェントは言いました。『東大、京大、二ツ橋、早慶。それか最近ならば海外の有名大学……その程度の学歴があるか、もしくは卒後、海外名門大学でM B A でも取っていないければ、投資ファンドに採用される見込みは絶望的だ』……と。事実、僕はほとんど、書類選考の段階で断られ続けてきました」
「書類選考に通らないのは、学歴ではなく、職歴の部分が大きいと思います。あなたのご年齢ですと、即戦力となることが求められますから」
「いいや、それは詭弁です。なぜならば……、あなたがた投資ファンドが好む職歴……例えば投資銀行や、名の知れた戦略コンサルタント会社などでの業務経験を身に着けるためには、そもそもそれらの会社に入れるような、高学歴が必要だからです。
つまり……新卒の時点でも学歴差別があり、中途採用ルートでも学歴差別の壁が立ちはだかっている……。
一方で、うまく名門大学に入れたエリート組は、新卒から一流会社に迎え入れられ、会社の金を使い、生活費付きの留学で海外大学のMBAを取り、さらなる超・高学歴になっていく。
こんなシステムじゃ、いくら後から努力しようったって、10代の頃にうっかり“Fラン大学”に入ってしまった人間は、一生、投資ファンドに入社できない。
この人生格差を生んでいるのは、元を辿れば、10代後半に受けたペーパーテストで決まった“学歴の烙印”だ。
『学歴』というガラスの天井で、いつの間にか、僕の希望と夢は阻まれていたんです」
「しかし……密森さん。投資家になりたいのなら、個人投資家として、ご自身で投資を行う方法もあります。その場合、学歴や職歴は、一切関係がありませんよ」私は言った。
「栗栖さん。そうです。それこそが問題なんだ。個人投資家として成功する人間は、確かにいます。そこは完全な実力主義だ。学歴差別なんてない世界だ。強い者が勝つ、それだけだ。
だというのに、投資銀行や投資ファンドの世界は、あからさまな学歴偏重組織だ。
それは結局のところ……、『カネ』という現代社会のパワーの源泉を、ガッチリ握っている権力者達が、“命の次に大事な自分のカネを任せるなら、最高クラスのブランド属性を持った、高学歴の男が一番信用できるはずだ”、と考えていて……業界全体が、そういう歪んだ価値観に覆われているから、ですよ。
まさに『リーマソ・ショック』を引き起こした、『リーマソ・ブラザーズ社』のようにね……」
密森は私の前の机から手を放し、ポケットに手を突っ込んで言った。
「栗栖さん。あなたにもご経験がありませんか。新しい投資家にご挨拶に行かれた際、“なんだ、女か。きちんとした男の社員をよこしてくれ”、という顔をされたご経験が……」
「それは……」
私は、言葉に詰まった。
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