189 / 293
Episode➃ 最後の一滴
第16章|保健師の腕の見せどころ? <3>保健指導、やらせてください!
しおりを挟む
<3>
「とにかく今後も、情報共有しながら対応していきましょ。それじゃ失礼するわ」
そう言って、緒方先生は部屋から出て行った。
「………………。」
緒方先生が去った後、鈴木先生と私が部屋に取り残された。手元にはまだ温かさの残るたい焼き。
「美味しいうちに食べてしまいましょう」鈴木先生がおもむろに、たい焼きにかぶりついた。
「鈴木先生……甘いものもお好きなんですね」私も食べてみる。
………うっ、美味しい。香り高いモチモチの皮、ほどよい甘さ。とにかくバランスが最高。
「ものによりますが、甘い物も好きですよ。ここのたい焼きは、かなりうまい。他にたい焼きだと、人形町の『柳屋』が好きです」もぐもぐと口を動かしながら、また先生の視線がPCに移った。
――――このまま、ここでたい焼き食べてていいのかなぁ………
ちょっとソワソワする気持ちを抱えながら、私もひとくち、もうひとくちとパクついた。口の中に甘い満足感が広がった。
「おや、噂をすれば」鈴木先生がPC画面を見ながら、表情を変えた。
「どうしたんですか? 」
「たった今、『シューシンハウス』の中泉さんからメールです。先日産業医面談をさせてもらった折口さんですが、また無断欠勤があったと書いてありますね」
「折口さん、お酒を飲んで無断欠勤したんでしょうか………」
「さぁ。真相は闇の中、ですね」
鈴木先生がソファの上で中空を睨んだ。
「アルコール依存症はなかなかの強敵です。彼らは酒を飲み続けるために嘘をつく。しかし我々産業保健職は、社員が言っていることが嘘だった場合、それを嘘と判定する手段をほとんど持っていない」
「家でどれだけお酒を飲んでいたかなんて、こちらにはわからないですもんね……」
「ええ。だからアルコール依存は、本人が心から治療したいと思わないと、なかなか治せないし、治らないのです」
「中泉さんからのメールには、なんと返信されるんですか」
「そうですね……。僕としては前回の面談で、必要な事はすべて伝えています。あとは本人に心を決めて、アルコール依存症の専門外来に行ってもらうしかありませんので、中泉さんからも再度受診を促してほしいと依頼してみます」
「それ……それ、なんですけどっ」私は声を詰まらせながら言った。前からちょっと考えていたことだった。「外来受診を勧めるのとは別に、私に、折口さんの保健指導をさせて頂けませんか!?」
「保健指導………? 」鈴木先生が怪訝な顔でこちらを見る。
「はい! 産業保健師として、働く社員さんの健康を支えるのが私の仕事ですっ。過量な飲酒は健康障害をもたらしますし、仕事にも影響してしまいます。私、折口さんともっとじっくり向き合って、彼に危険性を理解してもらって、行動を変えてほしいと思っています」
「………しかし、アルコール依存症の患者を依存から離脱させるのは、そう簡単なことではありませんよ。専門的な治療を受けてもらっても、長い長い時間がかかるのです」鈴木先生がじっと私の目を見た。氷のような視線。この感じ、初めてこの事務所の1階で鈴木先生と目が合った時と同じだ、と思った。
「でも、やってみたいんです! やらせてください! 」私は食い下がった。
「………そこまで言うなら、チャレンジしてみるのはいいと思いますが………」鈴木先生は溜め息を吐きながら答えた。「状況は僕にも毎回、報告して下さいね」
「あ、はい! 承知いたしました! 」鈴木先生の言葉に、私は頭を下げた。
―――――産業保健師 足立里菜。なんとか折口さんの力になりたい! 頑張るぞ!
「とにかく今後も、情報共有しながら対応していきましょ。それじゃ失礼するわ」
そう言って、緒方先生は部屋から出て行った。
「………………。」
緒方先生が去った後、鈴木先生と私が部屋に取り残された。手元にはまだ温かさの残るたい焼き。
「美味しいうちに食べてしまいましょう」鈴木先生がおもむろに、たい焼きにかぶりついた。
「鈴木先生……甘いものもお好きなんですね」私も食べてみる。
………うっ、美味しい。香り高いモチモチの皮、ほどよい甘さ。とにかくバランスが最高。
「ものによりますが、甘い物も好きですよ。ここのたい焼きは、かなりうまい。他にたい焼きだと、人形町の『柳屋』が好きです」もぐもぐと口を動かしながら、また先生の視線がPCに移った。
――――このまま、ここでたい焼き食べてていいのかなぁ………
ちょっとソワソワする気持ちを抱えながら、私もひとくち、もうひとくちとパクついた。口の中に甘い満足感が広がった。
「おや、噂をすれば」鈴木先生がPC画面を見ながら、表情を変えた。
「どうしたんですか? 」
「たった今、『シューシンハウス』の中泉さんからメールです。先日産業医面談をさせてもらった折口さんですが、また無断欠勤があったと書いてありますね」
「折口さん、お酒を飲んで無断欠勤したんでしょうか………」
「さぁ。真相は闇の中、ですね」
鈴木先生がソファの上で中空を睨んだ。
「アルコール依存症はなかなかの強敵です。彼らは酒を飲み続けるために嘘をつく。しかし我々産業保健職は、社員が言っていることが嘘だった場合、それを嘘と判定する手段をほとんど持っていない」
「家でどれだけお酒を飲んでいたかなんて、こちらにはわからないですもんね……」
「ええ。だからアルコール依存は、本人が心から治療したいと思わないと、なかなか治せないし、治らないのです」
「中泉さんからのメールには、なんと返信されるんですか」
「そうですね……。僕としては前回の面談で、必要な事はすべて伝えています。あとは本人に心を決めて、アルコール依存症の専門外来に行ってもらうしかありませんので、中泉さんからも再度受診を促してほしいと依頼してみます」
「それ……それ、なんですけどっ」私は声を詰まらせながら言った。前からちょっと考えていたことだった。「外来受診を勧めるのとは別に、私に、折口さんの保健指導をさせて頂けませんか!?」
「保健指導………? 」鈴木先生が怪訝な顔でこちらを見る。
「はい! 産業保健師として、働く社員さんの健康を支えるのが私の仕事ですっ。過量な飲酒は健康障害をもたらしますし、仕事にも影響してしまいます。私、折口さんともっとじっくり向き合って、彼に危険性を理解してもらって、行動を変えてほしいと思っています」
「………しかし、アルコール依存症の患者を依存から離脱させるのは、そう簡単なことではありませんよ。専門的な治療を受けてもらっても、長い長い時間がかかるのです」鈴木先生がじっと私の目を見た。氷のような視線。この感じ、初めてこの事務所の1階で鈴木先生と目が合った時と同じだ、と思った。
「でも、やってみたいんです! やらせてください! 」私は食い下がった。
「………そこまで言うなら、チャレンジしてみるのはいいと思いますが………」鈴木先生は溜め息を吐きながら答えた。「状況は僕にも毎回、報告して下さいね」
「あ、はい! 承知いたしました! 」鈴木先生の言葉に、私は頭を下げた。
―――――産業保健師 足立里菜。なんとか折口さんの力になりたい! 頑張るぞ!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる