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Episode➃ 最後の一滴

第21章|折口の復調 <13>原須支店長の怒り

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<13>

~都内の某ホテルにて~ 唐田アンナと、『シューシンハウス』東京城東支店長 原須力哉。


「なぁ、」原須がベッドシーツの上で呟いた。

「ん? 何? 」

「最近、折口の様子、おかしくねぇか」

「あ~………そうかなぁ。どーでもいい……」唐田は携帯電話の画面から眼と指を離さずに答えた。

「だってよ……今まであいつ、どれだけやってもアポ取れなかったのに、いきなり見込み客連れてきやがって。哲学がなんとかとか言ってたが、単なる知り合いのサクラじゃねぇのか」

「んー……。あれは“哲学カフェ”のお客さんだよ」唐田は引き続き携帯電話の画面をスクロールしながら言った。

「“哲学カフェ”? なんだよ、それ」

「なんかねェ……折口、栃内、目黒の三人で新しい企画、始めたみたい。モデルハウスを会場にして哲学カフェ開いて、お客さん呼んでて。私も手伝わされたんだから」

「…………ンだとォォ!!? そんな企画、俺は聞いてねぇぞ!! カフェ営業なんかしていいわけねぇだろ!! 」

「あ、でも『カフェ』っていっても喫茶店ではなくて……。哲学のテーマについてみんなで話し合ってみませんか? っていう、サークルみたいなやつなの。話し合うテーマは確か……“自由とは何か”だったかな? お茶とかコーヒーは飲み放題にしてて、ケーキとかは出ない。
で、そこに来たお客さんの中で、家を買うことに興味のある人を見込み客にしてアポ取ってるみたいだよ。1回目がけっこう成功したから次回も考えてるって言ってた」

「アァ!!? モデルハウスは集会所じゃねーんだぞ。支店長の俺に話を通さずに、モデルハウス使って、ンなこと勝手にやっていいわけネェだろ!! 」

「や、やだ、怖い……リッキー、怒鳴ンないで……私は巻き込まれただけだから……」

「クソッ。あいつら、勝手な振る舞いしやがって、絶対許さねぇわ。“哲学カフェ”、アリエネェ! ぶっ潰してやる………」


「………………………。あっ………やだぁ」その時、唐田が携帯画面を見ながら声を上げた。

「なんだ、どうしたよ」

「私の『イースタ』に、コメントついてる……荒らしみたいな………」

「荒らし? 」

「これ見て………よく知らないアカウントだけど……“自宅がボロそう。自宅の写真を見てみたいでーす”、“男もバカじゃないから、本命彼女にはしないタイプ”だって…………。ひどぉい………」

「分かってねぇクズどもだな。アンナには、俺がいるじゃねぇか」

「うー、うーん………」

「『イースタ』に“彼氏がいます”って書いちゃえよ。前から思ってたけど、アンナのアカウント、男からの書き込み多くない? カワイイとか、キレイとか書いてきて、下心が丸見えなんだよ」

「でも……、リッキー既婚者だし……写真載せるわけにはいかないから」

「嫁とはさ、もう終わってんだよ。俺はアンナに本気だよ。嫁とは惰性で一緒にいるだけで、家に帰っても口もきいてない」

「でも、すぐには離婚できないって言ってた……」

「まぁ、子供ガキがいるから……」

「…………それじゃあ、私にはなんの未来の保証もないよね………そんな状態で、彼氏がいるなんて言えないでしょ……」唐田が俯いた。

「……そのうち、話つけるから。……な、なぁ。アンナ」

「なんか悲しいなぁ。将来が見えない………」唐田は、プイと向こうをむいた。

「違う、違うって………。遊びじゃない………。じゃあ、俺の本気の証拠に、例えば、アンナを正社員にしてやる、ってのはどうだ? 」

「え……正社員………? 『シューシンハウス』の……? それはあんまり気乗りしないよ………。だって正社員の人たち、残業とかノルマとか、大変そうで……私には絶対に無理……」

「そういう意味じゃねぇんだ。アンナは無理な営業活動なんてする必要ないよ。俺さぁ、若い頃から気に入られて、可愛がってもらってる地主が何人かいるんだわ。近いうちにまたそいつらが賃貸用物件とか建てるから、その時は俺が案件を独占できる。他にも、俺が築いてきたネットワークで、ちょいちょい住宅の注文が入るだろ。そういう時にさ、アンナが正社員の営業になってれば、営業インセンティブを按分してやれるからさ……」

「えっ。インセンティブって………。それ、私のお小遣いになる、ってコト? 」

「お小遣い、なんて額じゃねぇぞ。場合によっては百万単位だ」原須が自慢げな表情をした。

「ひ、百万………!? ホントに!? 」唐田が身を乗り出した。

「ああ。本当だよ。今、会社は女性登用に前向きだし、パートナー社員から正社員への道も、俺が口きいてやれば不可能じゃない。インセンティブの件も、支店長の俺が申請したら、支店に承認反対できるヤツはいない。アンナは俺と一緒に、ちょろっと営業に同行すればいいだけだ。あとはのんびりモデルハウスに座っていればいい。毎月給料が出るし、営業成績も上げられて、プラスで稼げる。アンナにその気があれば、だけどな」

「リッキーに同行するだけでいいなら……。やろうかな………」

「悪くない話だろ? ただなぁ………。実は支店に置ける営業社員の数って、決まってんンだわ、現在は定員充足だ」

「え~……。じゃあだめってことじゃん……」

「もし、今いる正社員の営業社員が辞めてくれれば、枠が空くんだがなァ………例えば………折口とかなぁ………」

「えっ。折口が辞めたら、私が代わりに正社員になって、リッキーと営業に行けるの……? 」

「ああ、そういうことだ。折口が辞めたら、アンナを次の正社員として採用する。約束する」

「でも、折口って、案外しぶといタイプな気がするから……。あいつが会社を辞めるまでずーっと待つだなんて……それも、不確実だよね……」

「そうか? アンナなら、辞めさせられるだろ? 」

「え…………? 」

「頭を使えば。簡単だろ。ほら、今、セクハラとか一発アウトじゃん? もしも折口が、同僚にセクハラなんかしようもんならさ。即、クビだぜ………? 」
原須は右手を手刀にして、スッと首を切るジェスチャーをして見せながら言った。


「もし、折口が、セクハラしたら………私に数百万円の………お小遣い、もらえる……………」


そうつぶやいて、唐田の黒い瞳が、うるんで妖しく光った。
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