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Episode➃ 最後の一滴
第22章|折口の敗北? <9>途絶えた連絡(足立里菜の視点)
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<9>
――――今日も、折口さんからの連絡ないなぁ……。
今日は残業になり、夜7時だけどまだ『株式会社E・M・A』の事務所で仕事の話をしている。
いつもなら折口さんからLIMEの定期メッセージがあるはずの時間になっていた。
でも、これまで欠かさず、お酒を飲まなかったと報告をくれていたのに、折口さんからは昨日も今日も連絡が来ていない。
なんとなく悪い予感がして、さっきからソワソワと携帯電話を見ているけど、折口さん、何かあったのかな……
「…………さん。足立さん。話を聞いていますか」
「あっ! あ、はい。えー、はい」
「僕が今言った内容を、まとめて話してみてください」
顔を上げると、産業医の鈴木先生が険しい顔をしてこちらを見ていた。
しまった。せっかく空いた時間にマンツーマンで産業保健のレクチャーをしてもらっているところだったのに、上の空で、先生の説明、途中から聞いていなかった……。
「えっ。あっ……あ……すみません………聞いてませんでした」
「足立さん、今日は様子がおかしいですよ。さっきから携帯電話に意識が行っているようですが、何かあったんですか? 」鈴木先生が腕組みをする。
「あ、あの、実は………………………。私、『シューシンハウス』の折口さんと毎日、LIMEで個人的にやり取りをしているんですけど、今日は連絡がないから、どうしたのかなぁって、気になってしまってて……」
「えっ……………? 」
軽い気持ちでヘラヘラっと答えた私に、鈴木先生が突然、神経を尖らせた様子で聞き返してきた。
「で、ですからその、折口さんとのLIMEを……」
「個人的な、ご友人ということですか……? 」
「あっ。ち、ち、違います。その。仕事として、です。私、折口さんにお酒をやめてほしくて……。だから毎日、お酒を飲んでいないっていう、確認の連絡メールをもらっているんです」
「…………。それ、内容を見せてください。私用携帯ですか、仕事用携帯ですか? 」
眉間に皺を寄せて、ぴくりとも笑わずに鈴木先生が手を差し出した。
これまで感じたことのない先生の強い怒りのオーラに、身体がびくっとなって、すぐに返事ができなかった。
「私用の携帯……ですけど………。画面は………こちらです」
おずおずと自分の携帯を差し出すと、鈴木先生が受け取り、LIMEのトーク画面を確認した。
さかんにスクロールして、過去のやり取りまで遡って確認しているようだった。
手入れされた爪、端正な指。
個人的な雑談みたいなやり取りは、ほぼしていないから、見られてもいいけど、風紀委員にチェックされているみたいで緊張するし、居心地が悪い。
鈴木先生のメガネが光る。
「……折口さんのメッセージに、毎日違うスタンプで返していますが………」
「あっ、はいっ。ちょっと楽しくてカワイイスタンプがついていたら、折口さん、元気になってくれるかと思いまして! 」
私も生活費に余裕はないけど、日常のイロドリは大事にしたい。ただ、私用携帯と社用携帯両方でスタンプを買うゆとりはないから、節約のためもあって私用携帯のLIMEアカウントから連絡してしまっていた。
「………………………。クライアントに対して、ハートマークがついたスタンプはいただけません。相手の誤解を誘発します。それから、夜間に電話もしているようですね」
「はい………。その日は折口さん、元気がないようだったので……! 私から、電話をかけました」
初心者ではあるけど、保健師として、折口さんに良くなってほしくて、アルコール依存症から立ち直るために私なりにサポートして頑張ったつもりだ。
鈴木先生は忙しいから、一人ひとりの社員さんと個別の連絡をするゆとりはない。
ペアとして役に立ってくれた、って、褒めてもらえるかなぁ? そう思って先生を見たのに、鈴木先生の眉間の皺はますます深くなっていた。
携帯電話を返しながら、鈴木先生が語気を荒げた。
「足立さん。こういうことは、今すぐやめてください。す・ぐ・に、です! 」
「えっ……………………………? 」
思わず聞き返してしまった。
――――私は精一杯、真面目にやったのに、なんで?
怒っていた。鈴木先生は間違いなく怒っていた。
理由はわからないけど、湧きあがる怒りの沸点を理性で抑え込んでいるのが伝わってくる。
こんな風に問い詰められるのは初めてだった。
冷たく光る銀縁眼鏡や、隙のないストイックな性格を感じさせる姿が、押し殺した感情の凄みを増幅させているようで、とても怖く感じた。
「どうしてですか? 私はただ、折口さんを助けたくてやったんです……。 保健師として」
震える声で返したら、先生の視線がますますキツくなった。
「保健師として!? ではお聞きしますが、この毎晩の連絡、いつまで続けるつもりですか? 個人的な好意を寄せられたらどうされますか? 足立さんはこれからずっと、一生、折口さんの人生に責任を持てるのですか?? 」
「い……“いつまで続けるか”は状況によると思いますし……、それに“個人的な好意を寄せられる”なんて。私はあくまで、保健師として関わっている立場です。父親と娘くらいに年齢の離れている折口さんが、私に個人的な好意を抱くとは思えません。
それから……“一生、責任を持てるのか”だなんて……。そんな大げさなこと、考えたこともありません! 」
「考えたこともない? プロとしての言葉とは思えませんね……」
――――………え? なんで? なんでなんで?
なんで今、私、こんなに怒られてるの!??
頭の中がグルグル混乱した。
――――今日も、折口さんからの連絡ないなぁ……。
今日は残業になり、夜7時だけどまだ『株式会社E・M・A』の事務所で仕事の話をしている。
いつもなら折口さんからLIMEの定期メッセージがあるはずの時間になっていた。
でも、これまで欠かさず、お酒を飲まなかったと報告をくれていたのに、折口さんからは昨日も今日も連絡が来ていない。
なんとなく悪い予感がして、さっきからソワソワと携帯電話を見ているけど、折口さん、何かあったのかな……
「…………さん。足立さん。話を聞いていますか」
「あっ! あ、はい。えー、はい」
「僕が今言った内容を、まとめて話してみてください」
顔を上げると、産業医の鈴木先生が険しい顔をしてこちらを見ていた。
しまった。せっかく空いた時間にマンツーマンで産業保健のレクチャーをしてもらっているところだったのに、上の空で、先生の説明、途中から聞いていなかった……。
「えっ。あっ……あ……すみません………聞いてませんでした」
「足立さん、今日は様子がおかしいですよ。さっきから携帯電話に意識が行っているようですが、何かあったんですか? 」鈴木先生が腕組みをする。
「あ、あの、実は………………………。私、『シューシンハウス』の折口さんと毎日、LIMEで個人的にやり取りをしているんですけど、今日は連絡がないから、どうしたのかなぁって、気になってしまってて……」
「えっ……………? 」
軽い気持ちでヘラヘラっと答えた私に、鈴木先生が突然、神経を尖らせた様子で聞き返してきた。
「で、ですからその、折口さんとのLIMEを……」
「個人的な、ご友人ということですか……? 」
「あっ。ち、ち、違います。その。仕事として、です。私、折口さんにお酒をやめてほしくて……。だから毎日、お酒を飲んでいないっていう、確認の連絡メールをもらっているんです」
「…………。それ、内容を見せてください。私用携帯ですか、仕事用携帯ですか? 」
眉間に皺を寄せて、ぴくりとも笑わずに鈴木先生が手を差し出した。
これまで感じたことのない先生の強い怒りのオーラに、身体がびくっとなって、すぐに返事ができなかった。
「私用の携帯……ですけど………。画面は………こちらです」
おずおずと自分の携帯を差し出すと、鈴木先生が受け取り、LIMEのトーク画面を確認した。
さかんにスクロールして、過去のやり取りまで遡って確認しているようだった。
手入れされた爪、端正な指。
個人的な雑談みたいなやり取りは、ほぼしていないから、見られてもいいけど、風紀委員にチェックされているみたいで緊張するし、居心地が悪い。
鈴木先生のメガネが光る。
「……折口さんのメッセージに、毎日違うスタンプで返していますが………」
「あっ、はいっ。ちょっと楽しくてカワイイスタンプがついていたら、折口さん、元気になってくれるかと思いまして! 」
私も生活費に余裕はないけど、日常のイロドリは大事にしたい。ただ、私用携帯と社用携帯両方でスタンプを買うゆとりはないから、節約のためもあって私用携帯のLIMEアカウントから連絡してしまっていた。
「………………………。クライアントに対して、ハートマークがついたスタンプはいただけません。相手の誤解を誘発します。それから、夜間に電話もしているようですね」
「はい………。その日は折口さん、元気がないようだったので……! 私から、電話をかけました」
初心者ではあるけど、保健師として、折口さんに良くなってほしくて、アルコール依存症から立ち直るために私なりにサポートして頑張ったつもりだ。
鈴木先生は忙しいから、一人ひとりの社員さんと個別の連絡をするゆとりはない。
ペアとして役に立ってくれた、って、褒めてもらえるかなぁ? そう思って先生を見たのに、鈴木先生の眉間の皺はますます深くなっていた。
携帯電話を返しながら、鈴木先生が語気を荒げた。
「足立さん。こういうことは、今すぐやめてください。す・ぐ・に、です! 」
「えっ……………………………? 」
思わず聞き返してしまった。
――――私は精一杯、真面目にやったのに、なんで?
怒っていた。鈴木先生は間違いなく怒っていた。
理由はわからないけど、湧きあがる怒りの沸点を理性で抑え込んでいるのが伝わってくる。
こんな風に問い詰められるのは初めてだった。
冷たく光る銀縁眼鏡や、隙のないストイックな性格を感じさせる姿が、押し殺した感情の凄みを増幅させているようで、とても怖く感じた。
「どうしてですか? 私はただ、折口さんを助けたくてやったんです……。 保健師として」
震える声で返したら、先生の視線がますますキツくなった。
「保健師として!? ではお聞きしますが、この毎晩の連絡、いつまで続けるつもりですか? 個人的な好意を寄せられたらどうされますか? 足立さんはこれからずっと、一生、折口さんの人生に責任を持てるのですか?? 」
「い……“いつまで続けるか”は状況によると思いますし……、それに“個人的な好意を寄せられる”なんて。私はあくまで、保健師として関わっている立場です。父親と娘くらいに年齢の離れている折口さんが、私に個人的な好意を抱くとは思えません。
それから……“一生、責任を持てるのか”だなんて……。そんな大げさなこと、考えたこともありません! 」
「考えたこともない? プロとしての言葉とは思えませんね……」
――――………え? なんで? なんでなんで?
なんで今、私、こんなに怒られてるの!??
頭の中がグルグル混乱した。
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