276 / 293
Episode⑤ 女の勝ち組/女の負け組
第25章|貿易事務 砂見礼子の日常 <4>会社の神棚
しおりを挟む
<4>
「おい、灰原くん。神棚の水、取り替えてくれぇ」
近くの座席に座っている上司の小澤部長が言った。
「あ、はーい」
後ろの席の灰原さんが立ち上がる。彼は私とほぼ同世代だ。ちょっといけ好かない感じの男性営業社員。課長の役職がついている。
多分自分はイケてる、と思っているのだろう。上には従順だけど、普段、何かと態度が大きい。
『ブルーテイル商運株式会社』は、個人のお客さんの少量貨物も取り扱う一方で、大口のお客さんの輸送依頼も引き受けている。
営業社員は、国際輸送したい荷物が出そうな会社を回って、契約を取ってくるのが仕事だ。
例えば中小の貿易会社から輸出入業務の依頼があることもあるし、普段は自社の輸送網を使っている大手メーカーでも、緊急的にうちのような独立系輸送会社に依頼してくる場合もある。
輸送の契約が成立したら、具体的な事務手続きを担当するのは、私たち貿易事務のチームだ。
国際貿易は、国内の荷物のやりとりに比べて準備がものすごく複雑だ。
よく、「国際物流ではモノ(貨物)、カネ(代金の授受)、カミ(付帯書類)が必要」と言われる。
書類記載に少しでも不備や間違いがあれば貨物を載せてもらえないので、輸送が成立しない。
危険物扱いの品物などは、専用の法律や対策を知らないと送ることができない。
そのうえ、お客さん都合のキャンセルや、現地のトラブルで荷物が港まで届かない、天候が荒れて船や飛行機が動かない、というようなイレギュラーが多発する。
何かが起きるたびに柔軟かつ正確に対応することが求められるので、貿易事務の仕事はけっこう神経を使うし難しい。英語が多少できる程度で全く未経験という状態から始めて、なんとか仕事を一人で回せるところまで数年かかった。
あまりの複雑さに何度も辞めてしまおうと思って、それでもあのパンデミックの時期に社員として採用してもらった事への感謝と、苦しい思いを乗り越えてみるとけっこう専門的なスキルが身についた楽しさもあって、とりあえず辞めずに仕事を続けている。
(ただ、ちょっとこの会社って男尊女卑なんだよねぇ・・・・・・時代錯誤。)
私はちらっと、職場の高い所にある神棚を見た。
日本は四方を海に囲まれた島国で、文字通り、国際物流なくして日常生活が成り立たない。
その日本の国際物流の99パーセント以上を占めているのは「海運」つまり船による大量輸送だ。
海運業は、現代日本においても、かなり男性比率が高い職場だと思う。
そもそも、港や船を造る人、船に乗る人、荷役作業をする人の大半が男性なのだから、日本の平均的な感覚より男性社会っぽい風潮が残るのは仕方ないのかもしれない。
そういった業界の影響もあるのか、この会社では、営業は全員男性で、貿易事務は全員女性という、性別で職種が明確に分かれた構成になっている。
そして灰原さんはじめ、営業の人たちは、貿易事務をちょっと下に見ている感じがしている。
仕事を取るだけ取ってきて、私達の事情もかまわず丸投げしてくることがあるから時々腹が立つ。
普段の雑用は大体女性社員が命じられているのに、神棚の手入れだけは男性社員がやっているのも特徴的だ。「女性は穢れているので、神棚の手入れは男性がやる」という昔ながらの習慣が社内では残っているらしいのだ。
・・・・・・まぁ、私は無宗教だから、神棚の手入れを進んでやりたいとは思っていない。
女性は男の神聖な土俵にあがらないでください、と相撲協会が言っていても、そもそも力士になって土俵の上で相撲をしてみたいと思ったこともないから、ああそうですかどうぞご勝手に、としか思わないのと同じだ。
場の伝統が私たちをそういう風に扱うなら、いちいち文句を言って波風立てても疲れるだけだ。
そのぶん私も、自分の与えられた役割だけを淡々とやっていくしかない。
神棚の件はさらっと流して、今日の仕事に取りかかることにした。
「おい、灰原くん。神棚の水、取り替えてくれぇ」
近くの座席に座っている上司の小澤部長が言った。
「あ、はーい」
後ろの席の灰原さんが立ち上がる。彼は私とほぼ同世代だ。ちょっといけ好かない感じの男性営業社員。課長の役職がついている。
多分自分はイケてる、と思っているのだろう。上には従順だけど、普段、何かと態度が大きい。
『ブルーテイル商運株式会社』は、個人のお客さんの少量貨物も取り扱う一方で、大口のお客さんの輸送依頼も引き受けている。
営業社員は、国際輸送したい荷物が出そうな会社を回って、契約を取ってくるのが仕事だ。
例えば中小の貿易会社から輸出入業務の依頼があることもあるし、普段は自社の輸送網を使っている大手メーカーでも、緊急的にうちのような独立系輸送会社に依頼してくる場合もある。
輸送の契約が成立したら、具体的な事務手続きを担当するのは、私たち貿易事務のチームだ。
国際貿易は、国内の荷物のやりとりに比べて準備がものすごく複雑だ。
よく、「国際物流ではモノ(貨物)、カネ(代金の授受)、カミ(付帯書類)が必要」と言われる。
書類記載に少しでも不備や間違いがあれば貨物を載せてもらえないので、輸送が成立しない。
危険物扱いの品物などは、専用の法律や対策を知らないと送ることができない。
そのうえ、お客さん都合のキャンセルや、現地のトラブルで荷物が港まで届かない、天候が荒れて船や飛行機が動かない、というようなイレギュラーが多発する。
何かが起きるたびに柔軟かつ正確に対応することが求められるので、貿易事務の仕事はけっこう神経を使うし難しい。英語が多少できる程度で全く未経験という状態から始めて、なんとか仕事を一人で回せるところまで数年かかった。
あまりの複雑さに何度も辞めてしまおうと思って、それでもあのパンデミックの時期に社員として採用してもらった事への感謝と、苦しい思いを乗り越えてみるとけっこう専門的なスキルが身についた楽しさもあって、とりあえず辞めずに仕事を続けている。
(ただ、ちょっとこの会社って男尊女卑なんだよねぇ・・・・・・時代錯誤。)
私はちらっと、職場の高い所にある神棚を見た。
日本は四方を海に囲まれた島国で、文字通り、国際物流なくして日常生活が成り立たない。
その日本の国際物流の99パーセント以上を占めているのは「海運」つまり船による大量輸送だ。
海運業は、現代日本においても、かなり男性比率が高い職場だと思う。
そもそも、港や船を造る人、船に乗る人、荷役作業をする人の大半が男性なのだから、日本の平均的な感覚より男性社会っぽい風潮が残るのは仕方ないのかもしれない。
そういった業界の影響もあるのか、この会社では、営業は全員男性で、貿易事務は全員女性という、性別で職種が明確に分かれた構成になっている。
そして灰原さんはじめ、営業の人たちは、貿易事務をちょっと下に見ている感じがしている。
仕事を取るだけ取ってきて、私達の事情もかまわず丸投げしてくることがあるから時々腹が立つ。
普段の雑用は大体女性社員が命じられているのに、神棚の手入れだけは男性社員がやっているのも特徴的だ。「女性は穢れているので、神棚の手入れは男性がやる」という昔ながらの習慣が社内では残っているらしいのだ。
・・・・・・まぁ、私は無宗教だから、神棚の手入れを進んでやりたいとは思っていない。
女性は男の神聖な土俵にあがらないでください、と相撲協会が言っていても、そもそも力士になって土俵の上で相撲をしてみたいと思ったこともないから、ああそうですかどうぞご勝手に、としか思わないのと同じだ。
場の伝統が私たちをそういう風に扱うなら、いちいち文句を言って波風立てても疲れるだけだ。
そのぶん私も、自分の与えられた役割だけを淡々とやっていくしかない。
神棚の件はさらっと流して、今日の仕事に取りかかることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる