最弱攻撃力スキルが実は最兇だったところで俺が戦いたくないのは変わらない

だんぞう

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#31 大暴走

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「変態! スケベ! 痴漢! 信じらんない! 馬鹿ッ!」
 やはりクソたまだった。
 しかも突然テント入口のファスナーをガッと下ろしてその勢いで中まで突っ込んできてそう叫んだ。
 このクソ珠のクソガキ幼稚ムーブいい加減にしろと喉まで出かかった言葉を思わず飲み込んだのは、クソ珠が泣いていたから。
 しかもフッコ先輩はフッコ先輩で、Tシャツをちゃんとは着てくれないままで俺の左腕をしがみつくように挟み込んだまま――なのが、黒い影に覆われる。
 フッコ先輩の首から下に黒いモザイクがかけられたみたいに。
「あー! もうッ! なんなのよッ!」
 クソ珠は、泣きながら、わめきながら、俺の肩をドンと押す。しかもそのまま俺の襟首をつかむ。
 けっこうな力。これ、potentiaポテンティアのない一般人だったらどこかしら骨折とかしてるんじゃねぇのかってくらい。
「おい珠! お前いい加減に」
 その言葉を、クソ珠に遮られた。クソ珠の唇、というか歯で。
 クソ珠が思いっきり口を、俺の口へとぶつけてきたのだ。
 キスなんて生易しいもんじゃない。
 歯と歯がぶつかった。けっこうな衝撃。
詩真しまは! 私の裸見たじゃない!」
 それは語弊がある。
「あれは事故だろ! それに裸じゃなかったろ!」
 俺が自分の家で、普通にリビングへ向かおうと廊下を歩いていたら、急に洗面所のドアが開いて、そこに下着姿のクソ珠が居たってだけ。
 開けたのはクソ珠の方。俺の足音を姉貴と間違えたっぽくて。
 どう考えても事故だし、俺は自分が悪くはないと思ったが一応はマナーとして謝った。
 そのときからだ。変態だの痴漢だの言ってくるようになったのは。
 訴訟大国のアメリカじゃ先に謝ったらダメみたいな話は聞くが、本当にその通りだと思った。
「やっぱりちゃんと見てたんじゃない! 嘘つきッ! そのときに責任取ってよって言ったら見てないからって嘘ついて自分の部屋に戻ったじゃない! どうせ自分の部屋で私の裸でエッチなことしてたんでしょッ!」
 責任がどうとか全く覚えてないんだが、当時のクソ珠のテンションが怖かったから逃げたのは事実。
 だがクソ珠をオカズにしたことなんて一度もない。
 特にあの時は怒りが先に来てたし、よその人、それも女子に風呂を使わせるなら、それを許可しておいて俺には近寄るなの一つも伝えなかった姉貴にも腹を立ててたし。
「ふざけんなよ! 失礼にも程があるぞ! 誰がお前なんかを」
「失礼ってなによッ! 幼稚園のときはお嫁さんにしてくれるって言ったのにッ!」
 それも全く覚えてないし、こんな心が休まらない奴と一緒に生活するとか絶対に無理。
「覚えてないし! 顔合わすたびに罵詈雑言浴びせ続ける奴なんて結婚どころか友達にだってなれるわけないだろ!」
「私のファーストキス奪ったくせに!」
 それも全く覚えてない。
 こいつ俺の知らないことばっかり言いやがる。
 本当は俺、あのジェノランに入って戻ってきた時点で、似ているけど違う世界線に迷い込んじゃっていたりしないよな?
「知らねぇよ! いつだよ!」
「もう忘れたの? 今さっきしたじゃない!」
「……あの歯の衝突かよ! しかもお前からぶつけてきたんだろ!」
「もう! 馬鹿! 変態! 恥知らずッ!」
 クソ珠はもう一度俺の襟首をつかむ。
 また「キス」が来るのかと手で自分の唇を覆ったとき、クソ珠の額が俺の額へ直撃した。
 歯の次はまごうことなきヘッドバッドだった。
 そうくるのかよ!
「ヤリチン!」
 そう言い放ったクソ珠は走り去った。
「まだ童貞だわ!」
 と叫びながらテントの開けっ放しの入口ファスナーへ手をかけたとき、テントの向こう、ちょっと離れたところに自衛隊の皆さんが呆然と立ち尽くしているのが見えた。
 まあそうだよな。アレだけ大声で怒鳴り合っていたら、俺でも様子を見に来ると思う。
「し、信じていたよ、詩真くん。お仲間だって」
 微妙笑顔な田平ただいらさんの謎フォローの後、遠くで声が聞こえた。
「大変だ! あの子、入っちまいやがった!」
 あの声は伏猿ふっさるさん。
 だがその一言で、全員の表情が変わった。
 田平さんでさえ、真面目な凛々しい顔つきに。
 俺たちは皆で伏猿さんの声がした方へ急いだ――女子用の入口テント。もちろんジェノランへの入口だ。
「状況を教えてくれ」
 探索隊Bチームのリーダー、渡西とにしさんも普段のチャラさを封印した真剣な表情。
伊薙いなぎが予定外入塔しました」
「予定外、か。今牟佐むさたちは入口拠点に居るはずだよな」
「はい」
「先の内部探索では、どの方向からでも8km歩けば伊古金いこがねさんたちが詰めている仮拠点付近を通るはず。一応、二重のセーフティはある……とは言い難いか」
「申し訳ないです。俺があいつの性格考えずにガキっぽい売り言葉に買い言葉で応えてしまって。探しに行かせてください」
 クソ珠のvisウィースが『闇』であることを考えると、さっきみたいに体を闇で覆うやつを夜にやられたら、視認はとても難しい。それでも俺なら、生命が出している電気信号で見つけられるかもしれない。
「本来ならケンカの原因になった者はほとぼり冷めるまで関わらせたくないんだけどねぇ。痴話ゲンカならワンチャン、当人たちの方が手っ取り早く解決するってこともあるからなー」
 渡西さんの真剣さは、田平さんのカッコ良さと同じくらい長続きしない。
「痴話ゲンカじゃないですよ」
「そう言ってるうちは行かせないよ?」
「すみません。痴話ゲンカです」
「ま、いいっしょ。しかしこーゆーときに通信系がないのって面倒だよね。ないものねだりしても仕方ないし、そうこうしている間にジェノランの中は時間が過ぎてゆくし。よし、詩真くん、椰子間比嘉やしまひが、女性も必要だな……伏猿ふっさると」
「私も行かせてください」
 姉貴だった。
「珠ちゃんは私とも幼馴染です。何かあったときに私も居たほうが良いように思います!」
「わかった。じゃあ、国館川くにたちかわ姉弟と、椰子間比嘉、伏猿。探索任務を特別に許可する。一分一秒を争うからな、水洛みらくさんには俺から謝っておく。まずは入口拠点から8kmの仮拠点を目指して情報共有をしてくれ。しばらくは探索優先で構わないが、現場の判断が必要な場合は椰子間比嘉に任せる。よろしく頼むぞ」
 ジェノランという特別な場所においては上司命令を待っちゃうのはかえって危険とのことで現場の判断がそれぞれ認められている。
 俺たち四人は勢いよく「はい」と返事をして、入塔用のテントへと入った。
 男子用テントと女性用テントは別々だが、しょせんはテントなので声は聞こえる。
 なので、クソ珠が着替えを残さずにジェノランへ入ったっぽいことまで聞こえてしまった。
 俺が「すみません」と小さな声で言うと、椰子間比嘉さんは「なんくるないさー」と優しい笑顔で返してくれた。

 ジェノランの中で姉貴たちと合流した。
 クソ珠が自分の着替えと背負い袋は持っていったと聞いてホッとする。
 保護するときにまた裸を見たとか妙な言いがかりをつけられたらたまったもんじゃないから。
 実は正直、クソ珠を助けてあげたいという気持ちはあんまりない。ただ、俺とのケンカで皆さんに迷惑かけていることについては本当に申し訳ないと思っているし、一刻も早く事態を収拾したいという気持ちは強い。
 まず入口拠点でせっせと衣類やら探索必需品やらを作りまくっている現場リーダーの牟佐むささんへ状況を報告した。
 入口拠点で作業をしていた他の人たちも、誰もクソ珠を見ていないとのことなのでそのまま仮拠点へと向かう。
 周囲に気を配りつつ、小走りに。
 恐らく一時間もかかっていない道中、クソ珠を含む人間レベルの大きさの動物は全く見つけられなかった。
「これ、ついでに運搬を頼まれた資材です」
 まずは大量の布製品を渡す。
「ありがとう。もう少ししたら千島田ちしまだ目魚めうおが付近の巡回探索から戻って来るはずだ。そのときに伊薙を見かけたという報告がなかった場合、君らはすぐに出発して構わない」
「はい」
「伊薙は『闇』のvisウィースを持っているんだよな。本気で隠れられたとき、見つけるアテはあるのか?」
 こう尋ねるってことは、伊古金隊長は俺のvisウィースについて、公的な『異世界通訳』というのを字面だけで信じているわけじゃなさそうだ。
 伊古金隊長のvisウィースは『筋力増強』なのだが、いわゆる脳筋とは全く違う知性派の筋肉好きだ。
 データを大事にするというか、ポージングだけの砂峰すなみねさんとはインナーマッスルの使い方がまるで違う。
 一つ一つの筋肉を意識して総合的に最適化された動きが得られるように各筋肉をブーストするような筋肉の動かし方。
 いつもとても勉強させてもらっている。
「ある程度の範囲内なら」
 そう答えると、伊古金隊長はニヤリと笑った。
「そうか。健闘を祈る」

 千島田と目魚さんが戻ってきて簡単な情報共有をすると、俺たちは仮拠点を出発した。
 進行方向はさらに奥だ。
 ここよりも手前に居るのであれば、自発的にどちらかの拠点へ戻って来る可能性もあるかもという判断。
 クソ珠は食料を持ち出していなかったので、入口拠点と仮拠点との間のモモモドキや青リンゴモドキなどの自生地は、拠点メンバーが定期的に確認しに行ってくれるそうだ。
 でもこの向こうは未開に近い。まだ見ぬ危険と遭遇するかもしれない。
 本当にクソ珠は迷惑ばかりかけやがる。
「急ぎましょう」
 珍しく焦っている姉貴を見たな、なんて考えていた俺は多分調子に乗ってたんだと思う。
 焦る姉貴と冷静な自分という、いつもとは違う立場関係に。
 クソ珠を探すことに神経を使っていたっていうのも言い訳だ。
 だから眼の前に突然、巨大な六本足のコモドオオトカゲのような奴が現れたときも、俺の意識は姉貴には一ミリも向いていなかった。
 それよりも、そいつが「ピリリたち」だということがすぐに分かった俺は、喜びのあまり駆け寄った。
 「ピリリたち」も嬉しそうに『嬉しい』を交信してきた。
 久々に感じる「ピリリたち」の交信は、あの小さかった頃のピリリたちに比べたらはるかに強烈になったなとは思いはした。
 でも内容は『嬉しい』だったし、俺も久々に会えてテンションが上がっちゃってたし、気持ちはすっかり戻っちゃっていた。一人で彼らと一緒に過ごしていた頃の自分に。
 でも、他の人たちは違ったっぽかった。
 かなり強めの電気ショックだと皆が感じたということを、伏猿さんが「スタンガンかよ」って口走ったことで気付いた。
 「ピリリたち」の見た目の脅威も考えるべきだった。
 体長は恐らく7、8メートルほど。地球のコモドオオトカゲの三倍近い大きさ。恐竜と言っても差し支えなさそうなその姿にも。
 だから姉貴のそれは、きっと俺を守ろうとしたんだと思う。
 俺のすぐ目の前にいる「ピリリたち」が凄まじい音と光とに包まれた。
 落雷みたいな。



### 簡易人物紹介 ###

国館川くにたちかわ 詩真しま
主人公。現実よりジェノランの方が居心地が良い。visウィースは公的には『異世界通訳』だが微細な電気の流れを送受信できる。伊薙探索特別班。

中分地ちゅうぶんじ 富久子ふくこ
フッコさん。亜貴の同級生。詩真の境遇と趣味に理解と共感があるが筋金入りの亜貴信者。タレ目の眼鏡美人(推定E)。visウィースは『探査』。最近ちょっと破廉恥。

・国館川 亜貴あき
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(推定G)。visウィースは『雷』。嘘が苦手。伊薙探索特別班。

椰子間比嘉やしまひが 良夢らむ
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。既婚者。伊薙探索特別班。

伏猿ふっさる 晶乃あきの
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。伊薙探索特別班。

伊薙いなぎ たま
元幼馴染(推定D)。話が通じない。visウィースは『闇』。詩真への恋慕と暴言を爆発させジェノラン内へ逃走。

田平ただいら 己輝こき
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き(特技はカップ推定)。情報通。

渡西とにし
自衛隊員。探索隊Bチームのリーダー。雰囲気がチャラい。真面目なときもあるが長続きしない。

砂峰すなみね
マッチョなお兄さん。陸上自衛隊のカレーに誇りを持っている。探索隊第二次参加人員。

牟佐むさ 信之しの
自衛隊員。男性。visウィースは『布創造』。ジェノラン内の装備作りを一手に引き受ける。色付きの布も作れるようになった。現在、入口拠点に駐屯。

伊古金いこがね 世世紀せよき
自衛隊員。男性。visウィースは『筋力増強』。探索隊Aチームのリーダー。知的な筋肉運用を心がける。既婚者。現在、仮拠点に駐屯。

千島田ちしまだ 九純くじゅん
自衛隊員。24歳男性。詩真を拉致し日本のためにと殺しかけたが和解(?)し、今では鍛えようとしてくる。ストイックで全然笑わない。現在、仮拠点に駐屯。

目魚めうお 武士也ぶしや
自衛隊員。男性。ギョロ目。オタクで、何かにつけ古いマンガやアニメのセリフを言ってくる。現在、仮拠点に駐屯。


・デンキトカゲ
交信能力を持つ六足トカゲ。一番懐いている個体に「ピリリ」と名付けたが、群れが蛹を経て一個の生物に。蛹化終了後、巨大化して再会。
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