31 / 38
#31 大暴走
しおりを挟む
「変態! スケベ! 痴漢! 信じらんない! 馬鹿ッ!」
やはりクソ珠だった。
しかも突然テント入口のファスナーをガッと下ろしてその勢いで中まで突っ込んできてそう叫んだ。
このクソ珠のクソガキ幼稚ムーブいい加減にしろと喉まで出かかった言葉を思わず飲み込んだのは、クソ珠が泣いていたから。
しかもフッコ先輩はフッコ先輩で、Tシャツをちゃんとは着てくれないままで俺の左腕をしがみつくように挟み込んだまま――なのが、黒い影に覆われる。
フッコ先輩の首から下に黒いモザイクがかけられたみたいに。
「あー! もうッ! なんなのよッ!」
クソ珠は、泣きながら、わめきながら、俺の肩をドンと押す。しかもそのまま俺の襟首をつかむ。
けっこうな力。これ、potentiaのない一般人だったらどこかしら骨折とかしてるんじゃねぇのかってくらい。
「おい珠! お前いい加減に」
その言葉を、クソ珠に遮られた。クソ珠の唇、というか歯で。
クソ珠が思いっきり口を、俺の口へとぶつけてきたのだ。
キスなんて生易しいもんじゃない。
歯と歯がぶつかった。けっこうな衝撃。
「詩真は! 私の裸見たじゃない!」
それは語弊がある。
「あれは事故だろ! それに裸じゃなかったろ!」
俺が自分の家で、普通にリビングへ向かおうと廊下を歩いていたら、急に洗面所のドアが開いて、そこに下着姿のクソ珠が居たってだけ。
開けたのはクソ珠の方。俺の足音を姉貴と間違えたっぽくて。
どう考えても事故だし、俺は自分が悪くはないと思ったが一応はマナーとして謝った。
そのときからだ。変態だの痴漢だの言ってくるようになったのは。
訴訟大国のアメリカじゃ先に謝ったらダメみたいな話は聞くが、本当にその通りだと思った。
「やっぱりちゃんと見てたんじゃない! 嘘つきッ! そのときに責任取ってよって言ったら見てないからって嘘ついて自分の部屋に戻ったじゃない! どうせ自分の部屋で私の裸でエッチなことしてたんでしょッ!」
責任がどうとか全く覚えてないんだが、当時のクソ珠のテンションが怖かったから逃げたのは事実。
だがクソ珠をオカズにしたことなんて一度もない。
特にあの時は怒りが先に来てたし、よその人、それも女子に風呂を使わせるなら、それを許可しておいて俺には近寄るなの一つも伝えなかった姉貴にも腹を立ててたし。
「ふざけんなよ! 失礼にも程があるぞ! 誰がお前なんかを」
「失礼ってなによッ! 幼稚園のときはお嫁さんにしてくれるって言ったのにッ!」
それも全く覚えてないし、こんな心が休まらない奴と一緒に生活するとか絶対に無理。
「覚えてないし! 顔合わすたびに罵詈雑言浴びせ続ける奴なんて結婚どころか友達にだってなれるわけないだろ!」
「私のファーストキス奪ったくせに!」
それも全く覚えてない。
こいつ俺の知らないことばっかり言いやがる。
本当は俺、あの塔に入って戻ってきた時点で、似ているけど違う世界線に迷い込んじゃっていたりしないよな?
「知らねぇよ! いつだよ!」
「もう忘れたの? 今さっきしたじゃない!」
「……あの歯の衝突かよ! しかもお前からぶつけてきたんだろ!」
「もう! 馬鹿! 変態! 恥知らずッ!」
クソ珠はもう一度俺の襟首をつかむ。
また「キス」が来るのかと手で自分の唇を覆ったとき、クソ珠の額が俺の額へ直撃した。
歯の次はまごうことなきヘッドバッドだった。
そうくるのかよ!
「ヤリチン!」
そう言い放ったクソ珠は走り去った。
「まだ童貞だわ!」
と叫びながらテントの開けっ放しの入口ファスナーへ手をかけたとき、テントの向こう、ちょっと離れたところに自衛隊の皆さんが呆然と立ち尽くしているのが見えた。
まあそうだよな。アレだけ大声で怒鳴り合っていたら、俺でも様子を見に来ると思う。
「し、信じていたよ、詩真くん。お仲間だって」
微妙笑顔な田平さんの謎フォローの後、遠くで声が聞こえた。
「大変だ! あの子、入っちまいやがった!」
あの声は伏猿さん。
だがその一言で、全員の表情が変わった。
田平さんでさえ、真面目な凛々しい顔つきに。
俺たちは皆で伏猿さんの声がした方へ急いだ――女子用の入口テント。もちろん塔への入口だ。
「状況を教えてくれ」
探索隊Bチームのリーダー、渡西さんも普段のチャラさを封印した真剣な表情。
「伊薙が予定外入塔しました」
「予定外、か。今牟佐たちは入口拠点に居るはずだよな」
「はい」
「先の内部探索では、どの方向からでも8km歩けば伊古金さんたちが詰めている仮拠点付近を通るはず。一応、二重のセーフティはある……とは言い難いか」
「申し訳ないです。俺があいつの性格考えずにガキっぽい売り言葉に買い言葉で応えてしまって。探しに行かせてください」
クソ珠のvisが『闇』であることを考えると、さっきみたいに体を闇で覆うやつを夜にやられたら、視認はとても難しい。それでも俺なら、生命が出している電気信号で見つけられるかもしれない。
「本来ならケンカの原因になった者はほとぼり冷めるまで関わらせたくないんだけどねぇ。痴話ゲンカならワンチャン、当人たちの方が手っ取り早く解決するってこともあるからなー」
渡西さんの真剣さは、田平さんのカッコ良さと同じくらい長続きしない。
「痴話ゲンカじゃないですよ」
「そう言ってるうちは行かせないよ?」
「すみません。痴話ゲンカです」
「ま、いいっしょ。しかしこーゆーときに通信系がないのって面倒だよね。ないものねだりしても仕方ないし、そうこうしている間に塔の中は時間が過ぎてゆくし。よし、詩真くん、椰子間比嘉、女性も必要だな……伏猿と」
「私も行かせてください」
姉貴だった。
「珠ちゃんは私とも幼馴染です。何かあったときに私も居たほうが良いように思います!」
「わかった。じゃあ、国館川姉弟と、椰子間比嘉、伏猿。探索任務を特別に許可する。一分一秒を争うからな、水洛さんには俺から謝っておく。まずは入口拠点から8kmの仮拠点を目指して情報共有をしてくれ。しばらくは探索優先で構わないが、現場の判断が必要な場合は椰子間比嘉に任せる。よろしく頼むぞ」
塔という特別な場所においては上司命令を待っちゃうのはかえって危険とのことで現場の判断がそれぞれ認められている。
俺たち四人は勢いよく「はい」と返事をして、入塔用のテントへと入った。
男子用テントと女性用テントは別々だが、しょせんはテントなので声は聞こえる。
なので、クソ珠が着替えを残さずに塔へ入ったっぽいことまで聞こえてしまった。
俺が「すみません」と小さな声で言うと、椰子間比嘉さんは「なんくるないさー」と優しい笑顔で返してくれた。
塔の中で姉貴たちと合流した。
クソ珠が自分の着替えと背負い袋は持っていったと聞いてホッとする。
保護するときにまた裸を見たとか妙な言いがかりをつけられたらたまったもんじゃないから。
実は正直、クソ珠を助けてあげたいという気持ちはあんまりない。ただ、俺とのケンカで皆さんに迷惑かけていることについては本当に申し訳ないと思っているし、一刻も早く事態を収拾したいという気持ちは強い。
まず入口拠点でせっせと衣類やら探索必需品やらを作りまくっている現場リーダーの牟佐さんへ状況を報告した。
入口拠点で作業をしていた他の人たちも、誰もクソ珠を見ていないとのことなのでそのまま仮拠点へと向かう。
周囲に気を配りつつ、小走りに。
恐らく一時間もかかっていない道中、クソ珠を含む人間レベルの大きさの動物は全く見つけられなかった。
「これ、ついでに運搬を頼まれた資材です」
まずは大量の布製品を渡す。
「ありがとう。もう少ししたら千島田と目魚が付近の巡回探索から戻って来るはずだ。そのときに伊薙を見かけたという報告がなかった場合、君らはすぐに出発して構わない」
「はい」
「伊薙は『闇』のvisを持っているんだよな。本気で隠れられたとき、見つけるアテはあるのか?」
こう尋ねるってことは、伊古金隊長は俺のvisについて、公的な『異世界通訳』というのを字面だけで信じているわけじゃなさそうだ。
伊古金隊長のvisは『筋力増強』なのだが、いわゆる脳筋とは全く違う知性派の筋肉好きだ。
データを大事にするというか、ポージングだけの砂峰さんとはインナーマッスルの使い方がまるで違う。
一つ一つの筋肉を意識して総合的に最適化された動きが得られるように各筋肉をブーストするような筋肉の動かし方。
いつもとても勉強させてもらっている。
「ある程度の範囲内なら」
そう答えると、伊古金隊長はニヤリと笑った。
「そうか。健闘を祈る」
千島田と目魚さんが戻ってきて簡単な情報共有をすると、俺たちは仮拠点を出発した。
進行方向はさらに奥だ。
ここよりも手前に居るのであれば、自発的にどちらかの拠点へ戻って来る可能性もあるかもという判断。
クソ珠は食料を持ち出していなかったので、入口拠点と仮拠点との間のモモモドキや青リンゴモドキなどの自生地は、拠点メンバーが定期的に確認しに行ってくれるそうだ。
でもこの向こうは未開に近い。まだ見ぬ危険と遭遇するかもしれない。
本当にクソ珠は迷惑ばかりかけやがる。
「急ぎましょう」
珍しく焦っている姉貴を見たな、なんて考えていた俺は多分調子に乗ってたんだと思う。
焦る姉貴と冷静な自分という、いつもとは違う立場関係に。
クソ珠を探すことに神経を使っていたっていうのも言い訳だ。
だから眼の前に突然、巨大な六本足のコモドオオトカゲのような奴が現れたときも、俺の意識は姉貴には一ミリも向いていなかった。
それよりも、そいつが「ピリリたち」だということがすぐに分かった俺は、喜びのあまり駆け寄った。
「ピリリたち」も嬉しそうに『嬉しい』を交信してきた。
久々に感じる「ピリリたち」の交信は、あの小さかった頃のピリリたちに比べたらはるかに強烈になったなとは思いはした。
でも内容は『嬉しい』だったし、俺も久々に会えてテンションが上がっちゃってたし、気持ちはすっかり戻っちゃっていた。一人で彼らと一緒に過ごしていた頃の自分に。
でも、他の人たちは違ったっぽかった。
かなり強めの電気ショックだと皆が感じたということを、伏猿さんが「スタンガンかよ」って口走ったことで気付いた。
「ピリリたち」の見た目の脅威も考えるべきだった。
体長は恐らく7、8メートルほど。地球のコモドオオトカゲの三倍近い大きさ。恐竜と言っても差し支えなさそうなその姿にも。
だから姉貴のそれは、きっと俺を守ろうとしたんだと思う。
俺のすぐ目の前にいる「ピリリたち」が凄まじい音と光とに包まれた。
落雷みたいな。
### 簡易人物紹介 ###
・国館川 詩真
主人公。現実より塔の方が居心地が良い。visは公的には『異世界通訳』だが微細な電気の流れを送受信できる。伊薙探索特別班。
・中分地 富久子
フッコさん。亜貴の同級生。詩真の境遇と趣味に理解と共感があるが筋金入りの亜貴信者。タレ目の眼鏡美人(推定E)。visは『探査』。最近ちょっと破廉恥。
・国館川 亜貴
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(推定G)。visは『雷』。嘘が苦手。伊薙探索特別班。
・椰子間比嘉 良夢
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。既婚者。伊薙探索特別班。
・伏猿 晶乃
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。伊薙探索特別班。
・伊薙 珠
元幼馴染(推定D)。話が通じない。visは『闇』。詩真への恋慕と暴言を爆発させ塔内へ逃走。
・田平 己輝
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き(特技はカップ推定)。情報通。
・渡西
自衛隊員。探索隊Bチームのリーダー。雰囲気がチャラい。真面目なときもあるが長続きしない。
・砂峰
マッチョなお兄さん。陸上自衛隊のカレーに誇りを持っている。探索隊第二次参加人員。
・牟佐 信之
自衛隊員。男性。visは『布創造』。塔内の装備作りを一手に引き受ける。色付きの布も作れるようになった。現在、入口拠点に駐屯。
・伊古金 世世紀
自衛隊員。男性。visは『筋力増強』。探索隊Aチームのリーダー。知的な筋肉運用を心がける。既婚者。現在、仮拠点に駐屯。
・千島田 九純
自衛隊員。24歳男性。詩真を拉致し日本のためにと殺しかけたが和解(?)し、今では鍛えようとしてくる。ストイックで全然笑わない。現在、仮拠点に駐屯。
・目魚 武士也
自衛隊員。男性。ギョロ目。オタクで、何かにつけ古いマンガやアニメのセリフを言ってくる。現在、仮拠点に駐屯。
・デンキトカゲ
交信能力を持つ六足トカゲ。一番懐いている個体に「ピリリ」と名付けたが、群れが蛹を経て一個の生物に。蛹化終了後、巨大化して再会。
やはりクソ珠だった。
しかも突然テント入口のファスナーをガッと下ろしてその勢いで中まで突っ込んできてそう叫んだ。
このクソ珠のクソガキ幼稚ムーブいい加減にしろと喉まで出かかった言葉を思わず飲み込んだのは、クソ珠が泣いていたから。
しかもフッコ先輩はフッコ先輩で、Tシャツをちゃんとは着てくれないままで俺の左腕をしがみつくように挟み込んだまま――なのが、黒い影に覆われる。
フッコ先輩の首から下に黒いモザイクがかけられたみたいに。
「あー! もうッ! なんなのよッ!」
クソ珠は、泣きながら、わめきながら、俺の肩をドンと押す。しかもそのまま俺の襟首をつかむ。
けっこうな力。これ、potentiaのない一般人だったらどこかしら骨折とかしてるんじゃねぇのかってくらい。
「おい珠! お前いい加減に」
その言葉を、クソ珠に遮られた。クソ珠の唇、というか歯で。
クソ珠が思いっきり口を、俺の口へとぶつけてきたのだ。
キスなんて生易しいもんじゃない。
歯と歯がぶつかった。けっこうな衝撃。
「詩真は! 私の裸見たじゃない!」
それは語弊がある。
「あれは事故だろ! それに裸じゃなかったろ!」
俺が自分の家で、普通にリビングへ向かおうと廊下を歩いていたら、急に洗面所のドアが開いて、そこに下着姿のクソ珠が居たってだけ。
開けたのはクソ珠の方。俺の足音を姉貴と間違えたっぽくて。
どう考えても事故だし、俺は自分が悪くはないと思ったが一応はマナーとして謝った。
そのときからだ。変態だの痴漢だの言ってくるようになったのは。
訴訟大国のアメリカじゃ先に謝ったらダメみたいな話は聞くが、本当にその通りだと思った。
「やっぱりちゃんと見てたんじゃない! 嘘つきッ! そのときに責任取ってよって言ったら見てないからって嘘ついて自分の部屋に戻ったじゃない! どうせ自分の部屋で私の裸でエッチなことしてたんでしょッ!」
責任がどうとか全く覚えてないんだが、当時のクソ珠のテンションが怖かったから逃げたのは事実。
だがクソ珠をオカズにしたことなんて一度もない。
特にあの時は怒りが先に来てたし、よその人、それも女子に風呂を使わせるなら、それを許可しておいて俺には近寄るなの一つも伝えなかった姉貴にも腹を立ててたし。
「ふざけんなよ! 失礼にも程があるぞ! 誰がお前なんかを」
「失礼ってなによッ! 幼稚園のときはお嫁さんにしてくれるって言ったのにッ!」
それも全く覚えてないし、こんな心が休まらない奴と一緒に生活するとか絶対に無理。
「覚えてないし! 顔合わすたびに罵詈雑言浴びせ続ける奴なんて結婚どころか友達にだってなれるわけないだろ!」
「私のファーストキス奪ったくせに!」
それも全く覚えてない。
こいつ俺の知らないことばっかり言いやがる。
本当は俺、あの塔に入って戻ってきた時点で、似ているけど違う世界線に迷い込んじゃっていたりしないよな?
「知らねぇよ! いつだよ!」
「もう忘れたの? 今さっきしたじゃない!」
「……あの歯の衝突かよ! しかもお前からぶつけてきたんだろ!」
「もう! 馬鹿! 変態! 恥知らずッ!」
クソ珠はもう一度俺の襟首をつかむ。
また「キス」が来るのかと手で自分の唇を覆ったとき、クソ珠の額が俺の額へ直撃した。
歯の次はまごうことなきヘッドバッドだった。
そうくるのかよ!
「ヤリチン!」
そう言い放ったクソ珠は走り去った。
「まだ童貞だわ!」
と叫びながらテントの開けっ放しの入口ファスナーへ手をかけたとき、テントの向こう、ちょっと離れたところに自衛隊の皆さんが呆然と立ち尽くしているのが見えた。
まあそうだよな。アレだけ大声で怒鳴り合っていたら、俺でも様子を見に来ると思う。
「し、信じていたよ、詩真くん。お仲間だって」
微妙笑顔な田平さんの謎フォローの後、遠くで声が聞こえた。
「大変だ! あの子、入っちまいやがった!」
あの声は伏猿さん。
だがその一言で、全員の表情が変わった。
田平さんでさえ、真面目な凛々しい顔つきに。
俺たちは皆で伏猿さんの声がした方へ急いだ――女子用の入口テント。もちろん塔への入口だ。
「状況を教えてくれ」
探索隊Bチームのリーダー、渡西さんも普段のチャラさを封印した真剣な表情。
「伊薙が予定外入塔しました」
「予定外、か。今牟佐たちは入口拠点に居るはずだよな」
「はい」
「先の内部探索では、どの方向からでも8km歩けば伊古金さんたちが詰めている仮拠点付近を通るはず。一応、二重のセーフティはある……とは言い難いか」
「申し訳ないです。俺があいつの性格考えずにガキっぽい売り言葉に買い言葉で応えてしまって。探しに行かせてください」
クソ珠のvisが『闇』であることを考えると、さっきみたいに体を闇で覆うやつを夜にやられたら、視認はとても難しい。それでも俺なら、生命が出している電気信号で見つけられるかもしれない。
「本来ならケンカの原因になった者はほとぼり冷めるまで関わらせたくないんだけどねぇ。痴話ゲンカならワンチャン、当人たちの方が手っ取り早く解決するってこともあるからなー」
渡西さんの真剣さは、田平さんのカッコ良さと同じくらい長続きしない。
「痴話ゲンカじゃないですよ」
「そう言ってるうちは行かせないよ?」
「すみません。痴話ゲンカです」
「ま、いいっしょ。しかしこーゆーときに通信系がないのって面倒だよね。ないものねだりしても仕方ないし、そうこうしている間に塔の中は時間が過ぎてゆくし。よし、詩真くん、椰子間比嘉、女性も必要だな……伏猿と」
「私も行かせてください」
姉貴だった。
「珠ちゃんは私とも幼馴染です。何かあったときに私も居たほうが良いように思います!」
「わかった。じゃあ、国館川姉弟と、椰子間比嘉、伏猿。探索任務を特別に許可する。一分一秒を争うからな、水洛さんには俺から謝っておく。まずは入口拠点から8kmの仮拠点を目指して情報共有をしてくれ。しばらくは探索優先で構わないが、現場の判断が必要な場合は椰子間比嘉に任せる。よろしく頼むぞ」
塔という特別な場所においては上司命令を待っちゃうのはかえって危険とのことで現場の判断がそれぞれ認められている。
俺たち四人は勢いよく「はい」と返事をして、入塔用のテントへと入った。
男子用テントと女性用テントは別々だが、しょせんはテントなので声は聞こえる。
なので、クソ珠が着替えを残さずに塔へ入ったっぽいことまで聞こえてしまった。
俺が「すみません」と小さな声で言うと、椰子間比嘉さんは「なんくるないさー」と優しい笑顔で返してくれた。
塔の中で姉貴たちと合流した。
クソ珠が自分の着替えと背負い袋は持っていったと聞いてホッとする。
保護するときにまた裸を見たとか妙な言いがかりをつけられたらたまったもんじゃないから。
実は正直、クソ珠を助けてあげたいという気持ちはあんまりない。ただ、俺とのケンカで皆さんに迷惑かけていることについては本当に申し訳ないと思っているし、一刻も早く事態を収拾したいという気持ちは強い。
まず入口拠点でせっせと衣類やら探索必需品やらを作りまくっている現場リーダーの牟佐さんへ状況を報告した。
入口拠点で作業をしていた他の人たちも、誰もクソ珠を見ていないとのことなのでそのまま仮拠点へと向かう。
周囲に気を配りつつ、小走りに。
恐らく一時間もかかっていない道中、クソ珠を含む人間レベルの大きさの動物は全く見つけられなかった。
「これ、ついでに運搬を頼まれた資材です」
まずは大量の布製品を渡す。
「ありがとう。もう少ししたら千島田と目魚が付近の巡回探索から戻って来るはずだ。そのときに伊薙を見かけたという報告がなかった場合、君らはすぐに出発して構わない」
「はい」
「伊薙は『闇』のvisを持っているんだよな。本気で隠れられたとき、見つけるアテはあるのか?」
こう尋ねるってことは、伊古金隊長は俺のvisについて、公的な『異世界通訳』というのを字面だけで信じているわけじゃなさそうだ。
伊古金隊長のvisは『筋力増強』なのだが、いわゆる脳筋とは全く違う知性派の筋肉好きだ。
データを大事にするというか、ポージングだけの砂峰さんとはインナーマッスルの使い方がまるで違う。
一つ一つの筋肉を意識して総合的に最適化された動きが得られるように各筋肉をブーストするような筋肉の動かし方。
いつもとても勉強させてもらっている。
「ある程度の範囲内なら」
そう答えると、伊古金隊長はニヤリと笑った。
「そうか。健闘を祈る」
千島田と目魚さんが戻ってきて簡単な情報共有をすると、俺たちは仮拠点を出発した。
進行方向はさらに奥だ。
ここよりも手前に居るのであれば、自発的にどちらかの拠点へ戻って来る可能性もあるかもという判断。
クソ珠は食料を持ち出していなかったので、入口拠点と仮拠点との間のモモモドキや青リンゴモドキなどの自生地は、拠点メンバーが定期的に確認しに行ってくれるそうだ。
でもこの向こうは未開に近い。まだ見ぬ危険と遭遇するかもしれない。
本当にクソ珠は迷惑ばかりかけやがる。
「急ぎましょう」
珍しく焦っている姉貴を見たな、なんて考えていた俺は多分調子に乗ってたんだと思う。
焦る姉貴と冷静な自分という、いつもとは違う立場関係に。
クソ珠を探すことに神経を使っていたっていうのも言い訳だ。
だから眼の前に突然、巨大な六本足のコモドオオトカゲのような奴が現れたときも、俺の意識は姉貴には一ミリも向いていなかった。
それよりも、そいつが「ピリリたち」だということがすぐに分かった俺は、喜びのあまり駆け寄った。
「ピリリたち」も嬉しそうに『嬉しい』を交信してきた。
久々に感じる「ピリリたち」の交信は、あの小さかった頃のピリリたちに比べたらはるかに強烈になったなとは思いはした。
でも内容は『嬉しい』だったし、俺も久々に会えてテンションが上がっちゃってたし、気持ちはすっかり戻っちゃっていた。一人で彼らと一緒に過ごしていた頃の自分に。
でも、他の人たちは違ったっぽかった。
かなり強めの電気ショックだと皆が感じたということを、伏猿さんが「スタンガンかよ」って口走ったことで気付いた。
「ピリリたち」の見た目の脅威も考えるべきだった。
体長は恐らく7、8メートルほど。地球のコモドオオトカゲの三倍近い大きさ。恐竜と言っても差し支えなさそうなその姿にも。
だから姉貴のそれは、きっと俺を守ろうとしたんだと思う。
俺のすぐ目の前にいる「ピリリたち」が凄まじい音と光とに包まれた。
落雷みたいな。
### 簡易人物紹介 ###
・国館川 詩真
主人公。現実より塔の方が居心地が良い。visは公的には『異世界通訳』だが微細な電気の流れを送受信できる。伊薙探索特別班。
・中分地 富久子
フッコさん。亜貴の同級生。詩真の境遇と趣味に理解と共感があるが筋金入りの亜貴信者。タレ目の眼鏡美人(推定E)。visは『探査』。最近ちょっと破廉恥。
・国館川 亜貴
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(推定G)。visは『雷』。嘘が苦手。伊薙探索特別班。
・椰子間比嘉 良夢
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。既婚者。伊薙探索特別班。
・伏猿 晶乃
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。伊薙探索特別班。
・伊薙 珠
元幼馴染(推定D)。話が通じない。visは『闇』。詩真への恋慕と暴言を爆発させ塔内へ逃走。
・田平 己輝
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き(特技はカップ推定)。情報通。
・渡西
自衛隊員。探索隊Bチームのリーダー。雰囲気がチャラい。真面目なときもあるが長続きしない。
・砂峰
マッチョなお兄さん。陸上自衛隊のカレーに誇りを持っている。探索隊第二次参加人員。
・牟佐 信之
自衛隊員。男性。visは『布創造』。塔内の装備作りを一手に引き受ける。色付きの布も作れるようになった。現在、入口拠点に駐屯。
・伊古金 世世紀
自衛隊員。男性。visは『筋力増強』。探索隊Aチームのリーダー。知的な筋肉運用を心がける。既婚者。現在、仮拠点に駐屯。
・千島田 九純
自衛隊員。24歳男性。詩真を拉致し日本のためにと殺しかけたが和解(?)し、今では鍛えようとしてくる。ストイックで全然笑わない。現在、仮拠点に駐屯。
・目魚 武士也
自衛隊員。男性。ギョロ目。オタクで、何かにつけ古いマンガやアニメのセリフを言ってくる。現在、仮拠点に駐屯。
・デンキトカゲ
交信能力を持つ六足トカゲ。一番懐いている個体に「ピリリ」と名付けたが、群れが蛹を経て一個の生物に。蛹化終了後、巨大化して再会。
0
あなたにおすすめの小説
Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。
故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。
一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。
「もう遅い」と。
これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!
裏切り者達に復讐を…S級ハンターによる最恐育成計画
みっちゃん
ファンタジー
100年前、異世界の扉が開き、ハンターと呼ばれる者達が魔物達と戦う近未来日本
そんな世界で暮らすS級ハンターの
真田優斗(さなだゆうと)は異世界の地にて、仲間に裏切られ、見捨てられた
少女の名はE級ハンターの"ハルナ•ネネ"を拾う。
昔の自分と重なった真田優斗はハルナ•ネネを拾って彼女に問いかける。
「俺達のギルドに入りませんか?」
この物語は最弱のE級が最強のS級になり、裏切った者達に復讐物語である。
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
最強のチート『不死』は理想とはかけ離れていました ~ 人と関わりたくないので史上最強の家族と引きこもりを目指したいと思います
涅夢 - くろむ
ファンタジー
何をやってもうまくいかなかった前世。人間不信になってしまった超ネガティブ中年。そんなおっさんが転生時に見つけてしまった「不死」という能力。これで悠々自適なスローライフが確実なものに……。だがしかし、最強のチート能力であるはずの「不死」は理想とはかけ離れていた。
『え!?なんでワカメ!?』
うっかり人外に身を落としてしまった主人公。謎の海藻から始まる異世界生活。目的からかけ離れた波乱万丈の毎日が始まる……。
いくら強くなっても不安で仕方ない。完璧なスローライフには憂いがあってはならないのだ!「創造魔法」や「寄生」を駆使して生き残れ!
なるべく人と関わりたくない主人公が目指すは「史上最強の引きこもり」
と、その道連れに史上最強になっていく家族の心温まるほっこり生活もお送りします。
いや、そっちがメインのはず……
(小説家になろうでも同時掲載中です)
無属性魔法しか使えない少年冒険者!!
藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。
不定期投稿作品です。
「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。
夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。
もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。
純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく!
最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!
最弱スキル《リサイクル》で世界を覆す ~クラス追放された俺は仲間と共に成り上がる~
KABU.
ファンタジー
平凡な高校生・篠原蓮は、クラスメイトと共に突如異世界へ召喚される。
女神から与えられた使命は「魔王討伐」。
しかし、蓮に与えられたスキルは――《リサイクル》。
戦闘にも回復にも使えない「ゴミスキル」と嘲笑され、勇者候補であるクラスメイトから追放されてしまう。
だが《リサイクル》には、誰も知らない世界の理を覆す秘密が隠されていた……。
獣人、エルフ、精霊など異種族の仲間を集め、蓮は虐げられた者たちと共に逆襲を開始する。
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる