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#34 送り送られ
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「モット見タイ。運ンデクレタ、ドラゴントノ出会イモ」
「わかった」
次に、ヨツデグレイさんたちの仮集落で過ごしたときのことも送った。
ハイイロとの交流、彼らの文化や考え方、この世界の生き物たちの生態や利用方法。
「モンスター、食ベテル!」
シャルロットが笑った。
確かに。食べてたな。
そうかそうか。俺は好きな作品と似たようなことを今、できているのか。
にわかに嬉しくなる。
マンガ原作を何度も読み返したあの不登校引きこもり中学時代の自分に、今の自分を見せてあげたい。
「ドラゴン、早ク!」
「今すぐ見せるよ」
ピリリたちの蛹化待ちのときの記憶も送った。
その後ハイイロたちと別れ、塔を出て自衛隊の皆さんと合流し、塔内の探索に参加するようになり、そんな中で元幼馴染のクソ珠が勝手に塔の中へ逃げたこと、それを連れ戻そうと探索するうちに大きなトカゲと遭遇したこと、それがあの「ピリリたち」だとわかったこと、を『送信』した。
以前にもピリリに教えられてしづさんを助けたことがあって、「ピリリたち」が見た黒い人影を『送信』されて心配になって急いで道案内を頼んだこと。それから「ピリリたち」に乗るように言われて、そこからシャルロットと遭遇するに至るまでについては全部の記憶を送った。
「詩真ハ優シイ、ダネ」
「そうかな?」
「私ノ不安ヲ無クソウトシテクレタ。デモ」
「でも?」
「ナンダカ罪悪感ノヨウナモノモ、一緒ニ伝ワッテキタ」
ですよね。
これだけ送ったら、そのへんも伝わっちゃいますよね。
ここは腹をくくって、日本の入塔者の恥ずかしいお調子者、田平のことを『送信』するか。
俺の拉致に関わったところから、一応助けてくれようとはしたこと、様々な情報をくれたこと、その情報の中にSNS経由で集めた世界の塔関連情報があったこと、そこに「聖女関連のあの酷い情報」が含まれていたことを。
一瞬、シャルロットの指に力が入ったが、俺の手を放しはしなかった。
俺はここで、ノートPCに対して『送信』を試みて、キーボード操作やネット接続に成功したこともシャルロットへ共有した。
そしてあの義ウイルスを作ってみたこと。結果はまだ確認していないこともちゃんと添えて。
突然、シャルロットに抱きつかれた。
片手は繋いだまま。もう片方の手は、俺の背中へと回っている。
ダイレクトに感じる胸元の圧に、俺は慌てて自分の股間へ『鎮静』を『送信』する。
「アリガトウ。アリガトウ。詩真、大好キ」
「まだ、成功したわけじゃないけど、次に外へ戻ったときには結果を確認するし、うまく行ってなかったら改良版を作るから」
シャルロットから、とても大きな『安堵』と『感謝』が送られてきた。
「気持チガウレシイ。世界ニ、家族以外ニハ自分ノ味方ナンテイナイッテ思ッテタカラ」
手持ち無沙汰になった俺の空いている手は、シャルロットの背中へ回すのがちょっと恥ずかしかったから、シャルロットの頭へそっと添えて、優しくなでると、シャルロットは泣き出した。
しばらくの間、『安堵』と『感謝』に『大好き』が加わった感情を振りまきながらシャルロットは泣き続けた。
シャルロットの腹の虫が大きな音を出すまで。
二人で洞窟を出ると、「ピリリたち」が待っていてくれた。
まずは預けておいた背負い袋から蒸し焼きの魚を取り出す。
「ピリリたち」にも『食べるか?』と尋ねたが、『後で美味しいものを一緒に食べよう』みたいなイメージが返ってきたので、俺とシャルロットの二人だけで分け合って食べた。
次に予備のサラシを取り出してシャルロットへ渡す。
胸元から腹にかけて巻くのだと説明したら、『日本ヤクザ、マンガデ見タコトアル』とのお返事。
さらには予備の足袋やフンドシも渡して着用してもらった。
「ピリリたちが美味しいものがある場所へ連れてってくれるって言ってるんだけど、シャルロットは一緒に行かない?」
「ピリリタチ、ト、私タチ、ダケデ?」
「うん。人間は俺たちだけ。果物っぽい、けど、俺も食べたことはないやつ」
「信ジル」
そう言いながらシャルロットは俺と手をつなぎ、わざわざ『信じる』を送ってくれた。
こんなことで絆されそうになるなんて単純だな、俺。
「ピリリたち」の許しを得て、シャルロットも背中に乗ってもらう。
ピリリたちの鱗になんとかしがみつくと、シャルロットはそんな俺へしがみついてくるが、サラシのおかげでさっきよりかは全然耐えられる。
「ピリリたち」も気を使ってくれたのか、揺れが少ない歩き方で俺たちを運んでくれた――岩肌にミカンのスジみたいにはりついた茶色い植物のようなもののところへ。
岩の陰、日陰となる部分にはクルミに似た、ミカンくらいの大きさの実が幾つか付いている。
「ピリリたち」の説明によると、『種を遠くへ運ぶ』という約束を『送信』すると、急激に熟して甘くなり、食べ頃になると硬い殻が勝手に割れるというもの。
試してみると、だいたい三分ほどで殻が割れた。
モモモドキとは異なり『送信』じゃないとダメだったので、シャルロットの分は俺が『送信』して熟してもらった。
中身は半ゼリー状で、スイカの種のようなものがちょいちょい混ざってる。この種は噛まずに飲み込むそうだ。
スイカの種を食べると盲腸になるというあの噂は迷信らしいけど、大好きなじいちゃんがスイカの種は食べない派だったので、ちょっと抵抗があった。
ちなみにシャルロットのところではスイカの種じゃなく、ブドウの種で同じような噂があるらしい。
「ピリリたち」と俺たち人間では体の構造が違うから心配ではあったが、結果的にはこの植物と約束しちゃったからという理由で俺もシャルロットもその実を口へと放り込んだ。
爽やかな甘み。
ライチに似ている。
「詩真ハ、ライチクルミ、トイウ名前ヲツケルト思ウ」
シャルロットにイジられた通り、ライチクルミ(仮)と名付けた。
食後、これからのことを考えていたら、シャルロットが俺のすぐ隣へと座り直し、手を握った。
「詩真、今度ハ私ノモ見テ。全部送ルカラ」
「うん」
シャルロットの頭が俺の肩にコトンともたれかかる。
そのまま送られてきたファーストシーンは、森の中をサイクリングするシャルロットだった。
シャルロットは両親や祖母と共にパリで暮らし、高校の普通科に通っている。
実は俺よりも一学年上の17歳。
塔が出現した日は夏休み中で、日本アニメ好きな女友達のアヌークと一緒にフォンテーヌブローという森のように広大な公園内で朝サイクリングを楽しんでいた。
爽やかな森の中で自転車を漕ぎながらする日本アニメの話は最高で、近くをジョギングしていた老人が叫ぶまではそれに全く気づかなかったそうだ――遥か上空に光り輝くそれに。
シャルロットとアヌークが自転車を停めて空を見上げたときにはもう、空を指しながら叫んだ老人は走り去っていた。
その光るものは進行方向へ落下し始めていたから、シャルロットたちは慌てて自転車の向きを変えようとした。
しかし彼女より早く自転車の向きを変えたアヌークの自転車へとぶつかったシャルロットは転んでしまった。彼女だけが。
アヌークも走り去り、シャルロットは絶望の気持ちのまま落下する光を眺めた。
もう間に合わないと、もう自分は死ぬんだと、そう感じたみたい。
とてつもなく長く感じたが、後で公的な発表を聞いたらたった8秒間の落下を経て、光はすぐ近くの地面へと落ちた。
シャルロットは目をつぶった。
衝撃のようなものは何もなかった。
衝突音もしなかったし、そういえば落下音すらも聞こえなかったと気付いた。
目を開いたとき、目の前には大きな白い壁があった。
塔の外壁が。
まるで地面へと刺さった光の軌跡がそのまま固定されたかのように。
自分の半身の上に乗る自転車をどけ、擦りむいて痛む足を引きずりながら、シャルロットはその塔へと近づいた。
直前に起きた事があまりにも受け入れがたいことだったから、夢を見ているのかもとさえ思っていた。
現実なのか幻覚なのかを確かめたかった気持ちもあったんだと思う。シャルロットはその外壁へそっと触れた。
指は抵抗なく吸い込まれた。「壁」の中へ。
これは幻覚なのだなと思った直後、指が抜けないことに気付いた。
そればかりか「壁」の中へ入った身体部位が全て「容易に入りはするのに決して抜けない」ことに愕然とした。
なす術なく全身が塔の中へと入ったシャルロットは、もがいているうちに内側に居た。
薄暗く蒸し暑い洞窟。
すぐ近くを溶岩のような重く赤く光る小川が流れていて、そこからの鈍い光が周囲をぼんやりと照らしていた。
背後の「壁」もまた、一面に暗い赤が塗られているようだった。
ふと自分が全裸であること、膝を大きく擦りむいていることに気付いた。
シャルロットは「戻して」と願った。
元の場所へ、ケガする前の、裏切られる前の、ちょっと前の自分へ。
すると不思議なことにケガが治った――当時は、マンガやゲームに出てくる回復魔法のような能力を手に入れたんだと思い込んだ。
だとしたらここは異世界なのか。
マンガやアニメの見過ぎで自分がおかしくなってしまったのかと混乱しかけたとき、奥からは何か金属を打ち合うような音が聞こえてきた。
小川は壁に沿って流れていたが、所々に盛り上がった岩の橋のようなものがあって、奥へは簡単に行けそうだった。
そこで奥へと進んでしまったのは、未知の世界への好奇心と、いざとなれば回復魔法を使えばいいというわずかばかりの慢心とがあった。
地面はゴツゴツした岩場で、裸足の足の裏は少し痛かったけれど、ケガをしてもすぐに治せた。
だからシャルロットはどんどんと奥へと入り込んだ。不用心にも。
### 簡易人物紹介 ###
・国館川 詩真
主人公。現実より塔の方が居心地が良い。visは公的には『異世界通訳』だが微細な電気の流れを送受信できる。伊薙探索特別班。支給浴衣を謎の美少女に与えたので、現在フンドシとサラシ、足袋のみ。
・国館川 亜貴
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(田平推定G)。visは『雷』。責任感が強く嘘が苦手。伊薙探索特別班。
・椰子間比嘉 良夢
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。既婚者。伊薙探索特別班。
・伏猿 晶乃
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。伊薙探索特別班。
・伊薙 珠
元幼馴染(田平推定D)。話が通じない。visは『闇』。詩真への恋慕と暴言を爆発させ塔内へ逃走。
・田平 己輝
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き(特技はカップ推定)。情報通。
・小馬 しづ
母の元同僚。姉以上にご立派(田平推定J)な童顔ゆるふわ女子。塔で遭難しかけてたのを詩真が助けた。探索隊B→Aチーム入り。
・シャルロット
なぜか日本の塔の奥地に居たフランスの「聖女」。17歳。マンガ好きで詩真と好きな作品がかぶった。身体部位を自身の肉体で再生するvisを持つが、男性の下半身を治療したために(厳密には自身のではない)股間画像がネット流出し、塔内へ失踪していた。
・アヌーク
日本アニメ好きなシャルロットの女友達。塔出現時は、シャルロットと一緒にフォンテーヌブローで朝サイクリング中だった。
・デンキトカゲ
交信能力を持つ六足トカゲ。一番懐いている個体に「ピリリ」と名付けたが、群れが蛹を経て一個の生物に。蛹化終了後、巨大化して再会。
・ヨツデグレイ
いわゆるグレイに似た四腕の人型種族。交信能力を持ち、平和的で親切。子供には母乳ではなく素嚢で整えた甘い液を与える。
「わかった」
次に、ヨツデグレイさんたちの仮集落で過ごしたときのことも送った。
ハイイロとの交流、彼らの文化や考え方、この世界の生き物たちの生態や利用方法。
「モンスター、食ベテル!」
シャルロットが笑った。
確かに。食べてたな。
そうかそうか。俺は好きな作品と似たようなことを今、できているのか。
にわかに嬉しくなる。
マンガ原作を何度も読み返したあの不登校引きこもり中学時代の自分に、今の自分を見せてあげたい。
「ドラゴン、早ク!」
「今すぐ見せるよ」
ピリリたちの蛹化待ちのときの記憶も送った。
その後ハイイロたちと別れ、塔を出て自衛隊の皆さんと合流し、塔内の探索に参加するようになり、そんな中で元幼馴染のクソ珠が勝手に塔の中へ逃げたこと、それを連れ戻そうと探索するうちに大きなトカゲと遭遇したこと、それがあの「ピリリたち」だとわかったこと、を『送信』した。
以前にもピリリに教えられてしづさんを助けたことがあって、「ピリリたち」が見た黒い人影を『送信』されて心配になって急いで道案内を頼んだこと。それから「ピリリたち」に乗るように言われて、そこからシャルロットと遭遇するに至るまでについては全部の記憶を送った。
「詩真ハ優シイ、ダネ」
「そうかな?」
「私ノ不安ヲ無クソウトシテクレタ。デモ」
「でも?」
「ナンダカ罪悪感ノヨウナモノモ、一緒ニ伝ワッテキタ」
ですよね。
これだけ送ったら、そのへんも伝わっちゃいますよね。
ここは腹をくくって、日本の入塔者の恥ずかしいお調子者、田平のことを『送信』するか。
俺の拉致に関わったところから、一応助けてくれようとはしたこと、様々な情報をくれたこと、その情報の中にSNS経由で集めた世界の塔関連情報があったこと、そこに「聖女関連のあの酷い情報」が含まれていたことを。
一瞬、シャルロットの指に力が入ったが、俺の手を放しはしなかった。
俺はここで、ノートPCに対して『送信』を試みて、キーボード操作やネット接続に成功したこともシャルロットへ共有した。
そしてあの義ウイルスを作ってみたこと。結果はまだ確認していないこともちゃんと添えて。
突然、シャルロットに抱きつかれた。
片手は繋いだまま。もう片方の手は、俺の背中へと回っている。
ダイレクトに感じる胸元の圧に、俺は慌てて自分の股間へ『鎮静』を『送信』する。
「アリガトウ。アリガトウ。詩真、大好キ」
「まだ、成功したわけじゃないけど、次に外へ戻ったときには結果を確認するし、うまく行ってなかったら改良版を作るから」
シャルロットから、とても大きな『安堵』と『感謝』が送られてきた。
「気持チガウレシイ。世界ニ、家族以外ニハ自分ノ味方ナンテイナイッテ思ッテタカラ」
手持ち無沙汰になった俺の空いている手は、シャルロットの背中へ回すのがちょっと恥ずかしかったから、シャルロットの頭へそっと添えて、優しくなでると、シャルロットは泣き出した。
しばらくの間、『安堵』と『感謝』に『大好き』が加わった感情を振りまきながらシャルロットは泣き続けた。
シャルロットの腹の虫が大きな音を出すまで。
二人で洞窟を出ると、「ピリリたち」が待っていてくれた。
まずは預けておいた背負い袋から蒸し焼きの魚を取り出す。
「ピリリたち」にも『食べるか?』と尋ねたが、『後で美味しいものを一緒に食べよう』みたいなイメージが返ってきたので、俺とシャルロットの二人だけで分け合って食べた。
次に予備のサラシを取り出してシャルロットへ渡す。
胸元から腹にかけて巻くのだと説明したら、『日本ヤクザ、マンガデ見タコトアル』とのお返事。
さらには予備の足袋やフンドシも渡して着用してもらった。
「ピリリたちが美味しいものがある場所へ連れてってくれるって言ってるんだけど、シャルロットは一緒に行かない?」
「ピリリタチ、ト、私タチ、ダケデ?」
「うん。人間は俺たちだけ。果物っぽい、けど、俺も食べたことはないやつ」
「信ジル」
そう言いながらシャルロットは俺と手をつなぎ、わざわざ『信じる』を送ってくれた。
こんなことで絆されそうになるなんて単純だな、俺。
「ピリリたち」の許しを得て、シャルロットも背中に乗ってもらう。
ピリリたちの鱗になんとかしがみつくと、シャルロットはそんな俺へしがみついてくるが、サラシのおかげでさっきよりかは全然耐えられる。
「ピリリたち」も気を使ってくれたのか、揺れが少ない歩き方で俺たちを運んでくれた――岩肌にミカンのスジみたいにはりついた茶色い植物のようなもののところへ。
岩の陰、日陰となる部分にはクルミに似た、ミカンくらいの大きさの実が幾つか付いている。
「ピリリたち」の説明によると、『種を遠くへ運ぶ』という約束を『送信』すると、急激に熟して甘くなり、食べ頃になると硬い殻が勝手に割れるというもの。
試してみると、だいたい三分ほどで殻が割れた。
モモモドキとは異なり『送信』じゃないとダメだったので、シャルロットの分は俺が『送信』して熟してもらった。
中身は半ゼリー状で、スイカの種のようなものがちょいちょい混ざってる。この種は噛まずに飲み込むそうだ。
スイカの種を食べると盲腸になるというあの噂は迷信らしいけど、大好きなじいちゃんがスイカの種は食べない派だったので、ちょっと抵抗があった。
ちなみにシャルロットのところではスイカの種じゃなく、ブドウの種で同じような噂があるらしい。
「ピリリたち」と俺たち人間では体の構造が違うから心配ではあったが、結果的にはこの植物と約束しちゃったからという理由で俺もシャルロットもその実を口へと放り込んだ。
爽やかな甘み。
ライチに似ている。
「詩真ハ、ライチクルミ、トイウ名前ヲツケルト思ウ」
シャルロットにイジられた通り、ライチクルミ(仮)と名付けた。
食後、これからのことを考えていたら、シャルロットが俺のすぐ隣へと座り直し、手を握った。
「詩真、今度ハ私ノモ見テ。全部送ルカラ」
「うん」
シャルロットの頭が俺の肩にコトンともたれかかる。
そのまま送られてきたファーストシーンは、森の中をサイクリングするシャルロットだった。
シャルロットは両親や祖母と共にパリで暮らし、高校の普通科に通っている。
実は俺よりも一学年上の17歳。
塔が出現した日は夏休み中で、日本アニメ好きな女友達のアヌークと一緒にフォンテーヌブローという森のように広大な公園内で朝サイクリングを楽しんでいた。
爽やかな森の中で自転車を漕ぎながらする日本アニメの話は最高で、近くをジョギングしていた老人が叫ぶまではそれに全く気づかなかったそうだ――遥か上空に光り輝くそれに。
シャルロットとアヌークが自転車を停めて空を見上げたときにはもう、空を指しながら叫んだ老人は走り去っていた。
その光るものは進行方向へ落下し始めていたから、シャルロットたちは慌てて自転車の向きを変えようとした。
しかし彼女より早く自転車の向きを変えたアヌークの自転車へとぶつかったシャルロットは転んでしまった。彼女だけが。
アヌークも走り去り、シャルロットは絶望の気持ちのまま落下する光を眺めた。
もう間に合わないと、もう自分は死ぬんだと、そう感じたみたい。
とてつもなく長く感じたが、後で公的な発表を聞いたらたった8秒間の落下を経て、光はすぐ近くの地面へと落ちた。
シャルロットは目をつぶった。
衝撃のようなものは何もなかった。
衝突音もしなかったし、そういえば落下音すらも聞こえなかったと気付いた。
目を開いたとき、目の前には大きな白い壁があった。
塔の外壁が。
まるで地面へと刺さった光の軌跡がそのまま固定されたかのように。
自分の半身の上に乗る自転車をどけ、擦りむいて痛む足を引きずりながら、シャルロットはその塔へと近づいた。
直前に起きた事があまりにも受け入れがたいことだったから、夢を見ているのかもとさえ思っていた。
現実なのか幻覚なのかを確かめたかった気持ちもあったんだと思う。シャルロットはその外壁へそっと触れた。
指は抵抗なく吸い込まれた。「壁」の中へ。
これは幻覚なのだなと思った直後、指が抜けないことに気付いた。
そればかりか「壁」の中へ入った身体部位が全て「容易に入りはするのに決して抜けない」ことに愕然とした。
なす術なく全身が塔の中へと入ったシャルロットは、もがいているうちに内側に居た。
薄暗く蒸し暑い洞窟。
すぐ近くを溶岩のような重く赤く光る小川が流れていて、そこからの鈍い光が周囲をぼんやりと照らしていた。
背後の「壁」もまた、一面に暗い赤が塗られているようだった。
ふと自分が全裸であること、膝を大きく擦りむいていることに気付いた。
シャルロットは「戻して」と願った。
元の場所へ、ケガする前の、裏切られる前の、ちょっと前の自分へ。
すると不思議なことにケガが治った――当時は、マンガやゲームに出てくる回復魔法のような能力を手に入れたんだと思い込んだ。
だとしたらここは異世界なのか。
マンガやアニメの見過ぎで自分がおかしくなってしまったのかと混乱しかけたとき、奥からは何か金属を打ち合うような音が聞こえてきた。
小川は壁に沿って流れていたが、所々に盛り上がった岩の橋のようなものがあって、奥へは簡単に行けそうだった。
そこで奥へと進んでしまったのは、未知の世界への好奇心と、いざとなれば回復魔法を使えばいいというわずかばかりの慢心とがあった。
地面はゴツゴツした岩場で、裸足の足の裏は少し痛かったけれど、ケガをしてもすぐに治せた。
だからシャルロットはどんどんと奥へと入り込んだ。不用心にも。
### 簡易人物紹介 ###
・国館川 詩真
主人公。現実より塔の方が居心地が良い。visは公的には『異世界通訳』だが微細な電気の流れを送受信できる。伊薙探索特別班。支給浴衣を謎の美少女に与えたので、現在フンドシとサラシ、足袋のみ。
・国館川 亜貴
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(田平推定G)。visは『雷』。責任感が強く嘘が苦手。伊薙探索特別班。
・椰子間比嘉 良夢
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。既婚者。伊薙探索特別班。
・伏猿 晶乃
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。伊薙探索特別班。
・伊薙 珠
元幼馴染(田平推定D)。話が通じない。visは『闇』。詩真への恋慕と暴言を爆発させ塔内へ逃走。
・田平 己輝
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き(特技はカップ推定)。情報通。
・小馬 しづ
母の元同僚。姉以上にご立派(田平推定J)な童顔ゆるふわ女子。塔で遭難しかけてたのを詩真が助けた。探索隊B→Aチーム入り。
・シャルロット
なぜか日本の塔の奥地に居たフランスの「聖女」。17歳。マンガ好きで詩真と好きな作品がかぶった。身体部位を自身の肉体で再生するvisを持つが、男性の下半身を治療したために(厳密には自身のではない)股間画像がネット流出し、塔内へ失踪していた。
・アヌーク
日本アニメ好きなシャルロットの女友達。塔出現時は、シャルロットと一緒にフォンテーヌブローで朝サイクリング中だった。
・デンキトカゲ
交信能力を持つ六足トカゲ。一番懐いている個体に「ピリリ」と名付けたが、群れが蛹を経て一個の生物に。蛹化終了後、巨大化して再会。
・ヨツデグレイ
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※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
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