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#4 内臓を失う男
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目の前に現れた鬼の子供っぽい存在は明らかに他の骨人とは違った。
頭の突起以外は地球人やクリストバルコロ人によく似た外観。
収納するときは確認できてなかったが、かなり身なりの良い服を着ている。地球の中世貴族のような。
しかも首周りにはエリザベスカラーみたいなのを着けている。江戸時代の宣教師みたいなヒダヒダのやつ。
肌の色は灰色で、顔はやっぱり男の子っぽいが、それは眉毛もまつ毛も髪の毛もないからなのかもしれない。
頭頂部は中央付近が円錐形に尖っているが、円錐の高さと鋭さがちんまりしているせいで、角というよりはソフビ人形のキューピーみたいなシルエット。
最初は、目をぱちくりさせながら俺の顔と周囲を何度か見ていたその子は、突然叫んだ。
「クスジャル・スホジュリセメ」
俺の後ろでイヴが【会話理解】の魔法を使う。
直前に使用された言語に対して効果を及ぼす仕様らしく、相手が単語ではなく文章を発してくれるたびに解析が進むらしい。
「クスジャル・クスム・ザジェヴュ」『よくも……』
物凄い剣幕だ。
まあそうだよな。
突然収納されたら俺だって怒ると思う。
「クジュギクセッセ」『どこへやった』
お。全部が二重に聞こえるようになった。
で、意識的にどちらで聞くかを選べるわけだな。
訳された方を選択する。
『お主らもケンヤースの手の者か?』
ようやく二重じゃなくなった。
次は喋る方に挑戦してみよう。
『違う』
意識をそちらに合わせたまま、日常的に一番使っている言語で会話すると、向こうの発音に近い言葉を発する。
『ではなぜ、余の悲願の邪魔をする?』
『俺は襲われたから身を守っただけだ。そのケンヤースとかいう誰かのことは知らない』
『ならば余の部下を今すぐ返せ!』
『部下?』
『屍戦士たちだ! 屍騎士も! 屍大戦士も! 余が五百年かけて集めた部下たちだ!』
『五百年?』
見た目はせいぜい七、八歳くらいだというのに――そして骨人じゃなく、屍戦士っていうのか。
「亜名」も一括して直しておこう。
『すみません。俺たちは旅人で、ここへは自分の意思ではなく飛ばされて落とされたのです。あなたがこちらを警戒するように、俺たちもあなたを警戒しています。事情がわからないのでいろいろと教えていただけないでしょうか。俺たちが安全にここを出られるときに、あなたの部下たちは全員お返しいたします』
『……余に取引を持ちかける気か? 庶民の分際で! 王たるこの余に対し!』
『あら、それなら私だって王よ? ここに飛ばされる前、魔王の母のあとを継いだばかりだから』
イヴが会話に混ざってきた。
俺の背後から半身だけ乗り出して。
『なんだと? お前が王だと……いやなんと美しい』
はい?
いやまあうちのイヴは可愛くて美しいけどな――しかし急にテンションが変わったな?
『おっ、お主、名をなんと言う?』
『人に名前を聞くときは自分から名乗るものではなくて?』
『余はヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世。このデドーショ王国の正当なる後継者なるぞ』
余はヨー様か。覚えやすいな。
『私はイゥヴェネッシェーレ・クリストバルコロ十二世よ』
確かにイヴは魔王としては十二代目だと聞いている。
『ふむ。クリストバルコロ王家は知らぬが、十二代も続いたのであれば由緒ある王家であろう。余の伴侶としては申し分ない。お主を第一夫人にしてやろう』
『いやよ。私はオヤジのものだから』
『オヤジ? それはこの男のことか? お主の従者ではないのか?』
『家族よ』
ヨー様は沈黙した。
突然「嫁になれ」ってのは地球でもクリストバルコロでもアウトだけど、この世界では違うのかな?
俺なんて二年半付き合った彼女に嫁になることも婿にしてもらうことさえも拒否られたんだぜ?
「小谷地! 魔力の集中を感じる! 身構えて!」
ヨー様が魔法を使う?
でも身構えてって言われても――俺、【収納】以外は普通の地球人。
『来たれ余の下僕! 呪いの紡ぎ手よ!』
急激な寒気。それも純粋な寒さではなく、体の芯の方から来る寒気。
これ、経験がある。
魔法じゃなきゃ倒せない系の、上級アンデッドモンスターが近づいたときと同じヒリつき感。
叫び声のようなモノが幾重にも響き渡り、足がすくむ。
直後、悍ましい存在感が唸りながら迫ってきた。
灯りの杖の範囲に突然、顔が浮かぶ。引きちぎられかけた老人の生首のようなそいつは、イヴへ向けて大きく口を開ける。
「させるかっ!」
とっさに俺はイヴをかばって覆いかぶさる。
効くかどうかはわからないが、聖水を亜空間から取り出し――たところで、そんな俺の腹の中を、嗤う老人の細長い顔がすり抜けた。
すごく強い酒を飲んだときみたいに胃がぎゅっと熱くなる。
「小谷地ッ!」
良かった。どうやらイヴは触れられずに済んだっぽい。
『動くでないっ庶民っ! もう少しで呪いの紡ぎ手が余の伴侶にまで触れてしまうところであったぞ!』
くっそ。最初から狙いは俺かよ。
つーか全身寒い。
勝手に震え出す体にもはや力も入らない。
立っていられなくて固い石畳へ膝をつく――それでも体を支えきれず、イヴを潰さないようなんとか斜めに倒れ込む。
イヴ、ごめん。お前にそんな心配そうな顔させちゃって。
『何をしたの! 早くオヤジを治しなさいよ!』
『安心召されよ、未来の伴侶よ。今、その男に呪詛は住み着いた。呪詛は腸を喰らいながらその男の全身へと広がり、やがてその男が死したとき、余に仕える新たな屍戦士となるのだ!』
マジか。五百年かけて集めたってのはそういうことだったのか。
痛みがどんどん痛くなる。これ胃潰瘍のときより痛い。
「イヴ、ごめん。思考がだんだんできなく」
「小谷地っ! ダメっ!」
『呪いの紡ぎ手よ! 他の腸も喰らってやれ!』
その声が聞こえた後のことはぼんやりとしか覚えていない。
多分、イヴに担がれて、すごい早さで移動されて、何度も角を曲がって――。
「小谷地、起きて……お願い」
イヴの泣きそうな声で目が覚めた。
見覚えのない石造りの小部屋に居て、壁にもたれかかっている。
傍らには<灯りの杖>に聖水の瓶までちゃんとある。
「イヴ……ごめん。守るって、言ったのに」
イヴが俺にしがみついてきた。
俺はイヴを抱きしめる。
あのとき感じた胃の痛みはなくなっている――けれど、なんだか違和感のようなものがある。
「あのね。私、小谷地の胃に取り憑いた呪詛を取り除く方法がわからなくて……」
イヴが上体を起こし、指差した方向を見ると、黒く泡立った何かが落ちている。
「あれは何?」
「小谷地の胃、だったもの」
「胃っ?」
しかも「だったもの」?
慌てて自分の腹を見る。
服は破かれているが、腹自体には何の傷もない。
「他の臓器へと広がる前に、って必死だったの。私にできるのは切り裂いて抉って捨てるだけ」
イヴは自身の右手を手刀の形に整えると、そこに赤い光をまとわせた。
「……そうか」
魔王っぽいな、と思ってしまった。
悪い意味ではなく、こんなに小さくとも攻撃力を有しているのだな、と。
「嫌いにならないで……ほしい」
「いやいや、嫌いになんかならないよ」
この手で俺の胃を――そのことに嫌悪も恐怖もなかった。
俺を助けるためにイヴは執刀してくれた、そういうことだろ?
「助けてくれたんだから。ありがとうな」
「うん」
「嫌いになんかなるわけない。おかげでヨー様の手下の屍戦士にならずに済んだんだから、感謝しかないよ」
俺を見上げるイヴの泣きそうな瞳に、愛しさが溢れる。
「嫌いになんてなるものか」
大事なことだからもう一度繰り返しつつ、イヴの頭を優しく撫でる。
「良かった」
イヴの表情が少しだけ柔らかくなった。
「……でね」
少しだけ、というのは、まだ浮かない表情だから。
「ああ」
「私が使える再生魔法は自分の体しか治せないの」
うん?
ということは、俺はいま胃がない状態ってこと?
いや、屍戦士にさせられてあのヨー様の部下にさせられるよりは全然良いんだけど――胃がないのか。
「だから今、小谷地のここには、私の胃を定着させている」
「私の……って、イヴの胃っ?」
もう一度俺の腹を見る――けど、外から中身なんてわからない。
「いっ、イヴの体は大丈夫なのかっ? 痛くないか?」
本気で心配する俺を見て、イヴは笑った。
笑うってことはイヴは無理していないって思っていいのか?
「大丈夫。自分のはもう再生したから」
そう言いながらイヴはワンピース状態の<矢除けの服>の裾をめくり、自身のお腹を見せる。
「本当だ。傷はない……けど」
けど、絵面が悪い。お巡りさん案件だろ。
イヴの手を上から握りしめながら裾を下ろさせ、肌の露出を止めさせる。
「改めてありがとう。でも、なんでさっき表情が暗かったんだ?」
「うん……あのね、定着するまで気づかなかったんだけど、小谷地の体と私の体ってちょっと違うところがあって」
「あ、そうかもね」
そういや、クリストバルコロの生物の体内にはない臓器ってのを思い出した。
勇者パーティでいろんな生物の死体を解体していたときに感じたのは、胆嚢がなかったってこと。
もう一度、さっきの黒く泡立った何かを見る。
溶けかけた大きな塊と小さな塊。
「ああそうか、胃と胆嚢を摘出して、代わりにイヴの胃と、あと何か一つの臓器を俺の体に定着させてしまったってことかな?」
「そうなの。小谷地の大切な、取り返しのつかない臓器を捨てちゃって……ごめんなさい」
「大丈夫だよ。胆嚢はなくても死にゃしない。地球に居た頃、俺の叔父さんが胆嚢を摘出してたんだけど、刺激物とか油モノを食べると腹を下しやすくなるくらいで日常生活に何も問題ないって笑っていたし」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。命の危機を助けてもらったんだ。感謝こそすれ、謝られるようなことは何もないよ」
イヴを再び抱きしめる。
イヴも俺にぎゅっとしがみつく。
心が温かくなる。
そして胃の近くにもなんだかほわんとしたものが――これが地球人にはない臓器?
「……ちなみに、胆嚢の代わりに俺に定着させたのって、どんな臓器?」
「魔力器官」
「魔力器官? あー、確かに地球人の体にはないよ……って、え、それじゃもしかして俺、レベルアップできるようになるってこと?」
「うーん。その可能性はある、ってくらいかな。魔力器官の蓄えた力を全身へ行き渡らせる魔脈が整っていないから。クリストバルコロの生物は、産まれてから体を成長させる過程で魔脈を全身へ整えてゆくんだけど、小谷地はもう大人の体だから、今から魔脈が全身に回るのは子供よりも時間がかかって……多分、私が小谷地とエッチできる体になってもまだ、整っていないかも」
「一部好ましくない表現が混ざっていたけれど、状況はだいたい把握した。まあレベルについてはもともとゼロだったんだ。それがほんのわずかでも上がる可能性が出てきただけでも儲けもんってやつだ」
それは本当にそう。
イヴが謝ることなんて欠片もなくて、むしろ感謝が二倍になるってもんだ。
だって、もしかしたらレベルアップできるのかもしれないんだぜ?
魔法だって使えるようになるかもしれない。
もうワクワクしかないじゃないか!
それに今でさえイヴはこんなに可愛くてあんなヨー様みたいなのに狙われるんだ。成長してもっと美人になったときにも守り抜くには、俺が今より強くなれる方がずっといい。
「本当に感謝しているよ。んで。現状把握に時間を割いちゃったけど、イヴが焦っていないってことは、ここはあのヨー様が手を出せない安全な小部屋ってこと?」
「ううん。通路」
「通路?」
「通路の両側を、石壁の魔法で塞いだだけ。もうちょっとしたら効果時間が切れると思う」
「ここに来るまで、敵には遭遇しなかった?」
「屍戦士ってのは何体か見た。戦わずにかわし続けて来たから、石壁の向こうで複数体待ち構えているかも」
「それはなんとかして収納しよう」
「じゃあ私、『空圧』で敵の動きを遅くするね。深い水の底みたいに動きを遅くさせる魔法なの。空間に対してかける魔法だから個別抵抗されにくいんだ」
「了解……けど、それって俺たちも動きが遅くなる?」
「大丈夫。こちらには事前に魔法抵抗力をとっても高める魔法を準備するから」
「そいつは心強い。で、ヨー様と、あの呪いの紡ぎ手って奴は?」
「あいつらはあの大広間から出られないんだと思う。私があの大広間から逃げ出したときに通ったアーチには、結界っぽいのを感じたもの」
「そっか……でも油断はせず、警戒しながら出口を探そうか」
「はーい!」
イヴは立ち上がる。
俺も立ち上がり――うん。動ける。
「よし。行くかっ!」
それから体感で三十分くらいだろうか。
襲い来る屍戦士を次々と収納しつつ走り続ける俺は、なぜか美幼女をお姫様抱っこしている――イヴじゃない美幼女を。
そのイヴは俺に肩車されて頭にしがみつきながら、多分だけど恨めしげな顔をしている。
『信頼の絆』のおかげでどんな感情なのかがバシバシ伝わってくるのだ。
だがもしもそれがなかったとしても、定期的に俺の額をバシバシと叩いてきているので不機嫌なのは明らかだ。
恐らくイヴの角は灰色がかっているだろう。
でも仕方ないよね。この子、足を怪我しているんだから。
さっき、屍戦士に襲われていた美幼女。
整った顔立ちではあるが、ヨー様同様に頭頂部が尖り、髪も眉もまつ毛もない。
年齢的にはイヴよりもさらに一、二歳くらい幼く見える。
手袋をはめた手で指吸いをしていたから本当に幼いんじゃないかな。
そんな子が、恐らく彼女を庇って死んだのであろう少年の死体にすがるように泣いていたのだ。
俺たちの通りかかるのがあと少しでも遅ければ彼女も死体になっていたかもしれない。
幸いというか、さきほど【会話理解】でヨー様から覚えた言語が通じた。
『大丈夫かい?』
そう言って近づいた俺の顔に美幼女はしがみついた――のはまあ良いんだけど、なぜ唇をつかむんだ?
『唇から、手を放してくれ』
『助けるでち』
ん?
『わたくちを助けるでち!』
そのとき庇護欲が急に湧いた。真夏の積乱雲のように。
とにかく放っておけなくて、それまで抱きかかえていたイヴを肩車し直すと、美幼女を恭しく抱え上げた。
「小谷地?」
イヴが不安そうな声を出す。
「大丈夫だよ、イヴ。この子は出口を知っているかもしれない」
とっさに思いついた言葉を口にする。
『どっちから来たんだい?』
『あちらでち!』
美幼女が指す方向、指す方向へと走り続け、ようやく出口が見えてきた。
まだ外へ出ていないにも関わらず感じる熱気と湿気。
そして闇の中に四角く切り取られた外の光景は鮮やかな緑色、鬱蒼としたジャングル。
「やった! 外だ!」
「ねぇ、小谷地っ!」
『幼女王様、外へ出られましたよ!』
幼女王様? 自分でも首をひねりたくなる単語が、俺の口から自然に出てくる。
どういうこと?
『ご苦労でち! では次にその女だけ下ろすでち』
イヴを?
いやいやいや、何言ってんだ?
イヴは家族で君は――胸の奥が幼女王様への想いでいっぱいになる。
この幼女王様は、俺のご主人様じゃないか。
● 主な登場人物
・小谷地
地球人。二十五歳。クリストバルコロへ異世界召喚され亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。魔力器官を移植された。
・母魔王
クリストバルコロの十一代目魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の収納の中。
・イヴ
勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。魔王の子宮の中で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。正式名はイゥヴェネッシェーレ。【仮死化】のおかげで亜空間内で多くの魔法と、そして小谷地の故郷の日本語まで学習した。
・ヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世
頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。少なくとも五百年は生きている(?)ようだが、収納できてしまったので、生きてはいないのかも。イヴに求婚を断られたからか襲ってきた。
・屍戦士、屍騎士、屍大戦士
ヨーが五百年かけて集めた部下。見た目はスケルトン。現在は、小谷地の亜空間に格納されている。
・ケンヤース
ヨーが警戒する相手。詳細は不明。
・幼女王様。
屍戦士の迷宮からの脱出方法を教えてくれた、ヨーと同じ種族っぽい美幼女。足を怪我している。
頭の突起以外は地球人やクリストバルコロ人によく似た外観。
収納するときは確認できてなかったが、かなり身なりの良い服を着ている。地球の中世貴族のような。
しかも首周りにはエリザベスカラーみたいなのを着けている。江戸時代の宣教師みたいなヒダヒダのやつ。
肌の色は灰色で、顔はやっぱり男の子っぽいが、それは眉毛もまつ毛も髪の毛もないからなのかもしれない。
頭頂部は中央付近が円錐形に尖っているが、円錐の高さと鋭さがちんまりしているせいで、角というよりはソフビ人形のキューピーみたいなシルエット。
最初は、目をぱちくりさせながら俺の顔と周囲を何度か見ていたその子は、突然叫んだ。
「クスジャル・スホジュリセメ」
俺の後ろでイヴが【会話理解】の魔法を使う。
直前に使用された言語に対して効果を及ぼす仕様らしく、相手が単語ではなく文章を発してくれるたびに解析が進むらしい。
「クスジャル・クスム・ザジェヴュ」『よくも……』
物凄い剣幕だ。
まあそうだよな。
突然収納されたら俺だって怒ると思う。
「クジュギクセッセ」『どこへやった』
お。全部が二重に聞こえるようになった。
で、意識的にどちらで聞くかを選べるわけだな。
訳された方を選択する。
『お主らもケンヤースの手の者か?』
ようやく二重じゃなくなった。
次は喋る方に挑戦してみよう。
『違う』
意識をそちらに合わせたまま、日常的に一番使っている言語で会話すると、向こうの発音に近い言葉を発する。
『ではなぜ、余の悲願の邪魔をする?』
『俺は襲われたから身を守っただけだ。そのケンヤースとかいう誰かのことは知らない』
『ならば余の部下を今すぐ返せ!』
『部下?』
『屍戦士たちだ! 屍騎士も! 屍大戦士も! 余が五百年かけて集めた部下たちだ!』
『五百年?』
見た目はせいぜい七、八歳くらいだというのに――そして骨人じゃなく、屍戦士っていうのか。
「亜名」も一括して直しておこう。
『すみません。俺たちは旅人で、ここへは自分の意思ではなく飛ばされて落とされたのです。あなたがこちらを警戒するように、俺たちもあなたを警戒しています。事情がわからないのでいろいろと教えていただけないでしょうか。俺たちが安全にここを出られるときに、あなたの部下たちは全員お返しいたします』
『……余に取引を持ちかける気か? 庶民の分際で! 王たるこの余に対し!』
『あら、それなら私だって王よ? ここに飛ばされる前、魔王の母のあとを継いだばかりだから』
イヴが会話に混ざってきた。
俺の背後から半身だけ乗り出して。
『なんだと? お前が王だと……いやなんと美しい』
はい?
いやまあうちのイヴは可愛くて美しいけどな――しかし急にテンションが変わったな?
『おっ、お主、名をなんと言う?』
『人に名前を聞くときは自分から名乗るものではなくて?』
『余はヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世。このデドーショ王国の正当なる後継者なるぞ』
余はヨー様か。覚えやすいな。
『私はイゥヴェネッシェーレ・クリストバルコロ十二世よ』
確かにイヴは魔王としては十二代目だと聞いている。
『ふむ。クリストバルコロ王家は知らぬが、十二代も続いたのであれば由緒ある王家であろう。余の伴侶としては申し分ない。お主を第一夫人にしてやろう』
『いやよ。私はオヤジのものだから』
『オヤジ? それはこの男のことか? お主の従者ではないのか?』
『家族よ』
ヨー様は沈黙した。
突然「嫁になれ」ってのは地球でもクリストバルコロでもアウトだけど、この世界では違うのかな?
俺なんて二年半付き合った彼女に嫁になることも婿にしてもらうことさえも拒否られたんだぜ?
「小谷地! 魔力の集中を感じる! 身構えて!」
ヨー様が魔法を使う?
でも身構えてって言われても――俺、【収納】以外は普通の地球人。
『来たれ余の下僕! 呪いの紡ぎ手よ!』
急激な寒気。それも純粋な寒さではなく、体の芯の方から来る寒気。
これ、経験がある。
魔法じゃなきゃ倒せない系の、上級アンデッドモンスターが近づいたときと同じヒリつき感。
叫び声のようなモノが幾重にも響き渡り、足がすくむ。
直後、悍ましい存在感が唸りながら迫ってきた。
灯りの杖の範囲に突然、顔が浮かぶ。引きちぎられかけた老人の生首のようなそいつは、イヴへ向けて大きく口を開ける。
「させるかっ!」
とっさに俺はイヴをかばって覆いかぶさる。
効くかどうかはわからないが、聖水を亜空間から取り出し――たところで、そんな俺の腹の中を、嗤う老人の細長い顔がすり抜けた。
すごく強い酒を飲んだときみたいに胃がぎゅっと熱くなる。
「小谷地ッ!」
良かった。どうやらイヴは触れられずに済んだっぽい。
『動くでないっ庶民っ! もう少しで呪いの紡ぎ手が余の伴侶にまで触れてしまうところであったぞ!』
くっそ。最初から狙いは俺かよ。
つーか全身寒い。
勝手に震え出す体にもはや力も入らない。
立っていられなくて固い石畳へ膝をつく――それでも体を支えきれず、イヴを潰さないようなんとか斜めに倒れ込む。
イヴ、ごめん。お前にそんな心配そうな顔させちゃって。
『何をしたの! 早くオヤジを治しなさいよ!』
『安心召されよ、未来の伴侶よ。今、その男に呪詛は住み着いた。呪詛は腸を喰らいながらその男の全身へと広がり、やがてその男が死したとき、余に仕える新たな屍戦士となるのだ!』
マジか。五百年かけて集めたってのはそういうことだったのか。
痛みがどんどん痛くなる。これ胃潰瘍のときより痛い。
「イヴ、ごめん。思考がだんだんできなく」
「小谷地っ! ダメっ!」
『呪いの紡ぎ手よ! 他の腸も喰らってやれ!』
その声が聞こえた後のことはぼんやりとしか覚えていない。
多分、イヴに担がれて、すごい早さで移動されて、何度も角を曲がって――。
「小谷地、起きて……お願い」
イヴの泣きそうな声で目が覚めた。
見覚えのない石造りの小部屋に居て、壁にもたれかかっている。
傍らには<灯りの杖>に聖水の瓶までちゃんとある。
「イヴ……ごめん。守るって、言ったのに」
イヴが俺にしがみついてきた。
俺はイヴを抱きしめる。
あのとき感じた胃の痛みはなくなっている――けれど、なんだか違和感のようなものがある。
「あのね。私、小谷地の胃に取り憑いた呪詛を取り除く方法がわからなくて……」
イヴが上体を起こし、指差した方向を見ると、黒く泡立った何かが落ちている。
「あれは何?」
「小谷地の胃、だったもの」
「胃っ?」
しかも「だったもの」?
慌てて自分の腹を見る。
服は破かれているが、腹自体には何の傷もない。
「他の臓器へと広がる前に、って必死だったの。私にできるのは切り裂いて抉って捨てるだけ」
イヴは自身の右手を手刀の形に整えると、そこに赤い光をまとわせた。
「……そうか」
魔王っぽいな、と思ってしまった。
悪い意味ではなく、こんなに小さくとも攻撃力を有しているのだな、と。
「嫌いにならないで……ほしい」
「いやいや、嫌いになんかならないよ」
この手で俺の胃を――そのことに嫌悪も恐怖もなかった。
俺を助けるためにイヴは執刀してくれた、そういうことだろ?
「助けてくれたんだから。ありがとうな」
「うん」
「嫌いになんかなるわけない。おかげでヨー様の手下の屍戦士にならずに済んだんだから、感謝しかないよ」
俺を見上げるイヴの泣きそうな瞳に、愛しさが溢れる。
「嫌いになんてなるものか」
大事なことだからもう一度繰り返しつつ、イヴの頭を優しく撫でる。
「良かった」
イヴの表情が少しだけ柔らかくなった。
「……でね」
少しだけ、というのは、まだ浮かない表情だから。
「ああ」
「私が使える再生魔法は自分の体しか治せないの」
うん?
ということは、俺はいま胃がない状態ってこと?
いや、屍戦士にさせられてあのヨー様の部下にさせられるよりは全然良いんだけど――胃がないのか。
「だから今、小谷地のここには、私の胃を定着させている」
「私の……って、イヴの胃っ?」
もう一度俺の腹を見る――けど、外から中身なんてわからない。
「いっ、イヴの体は大丈夫なのかっ? 痛くないか?」
本気で心配する俺を見て、イヴは笑った。
笑うってことはイヴは無理していないって思っていいのか?
「大丈夫。自分のはもう再生したから」
そう言いながらイヴはワンピース状態の<矢除けの服>の裾をめくり、自身のお腹を見せる。
「本当だ。傷はない……けど」
けど、絵面が悪い。お巡りさん案件だろ。
イヴの手を上から握りしめながら裾を下ろさせ、肌の露出を止めさせる。
「改めてありがとう。でも、なんでさっき表情が暗かったんだ?」
「うん……あのね、定着するまで気づかなかったんだけど、小谷地の体と私の体ってちょっと違うところがあって」
「あ、そうかもね」
そういや、クリストバルコロの生物の体内にはない臓器ってのを思い出した。
勇者パーティでいろんな生物の死体を解体していたときに感じたのは、胆嚢がなかったってこと。
もう一度、さっきの黒く泡立った何かを見る。
溶けかけた大きな塊と小さな塊。
「ああそうか、胃と胆嚢を摘出して、代わりにイヴの胃と、あと何か一つの臓器を俺の体に定着させてしまったってことかな?」
「そうなの。小谷地の大切な、取り返しのつかない臓器を捨てちゃって……ごめんなさい」
「大丈夫だよ。胆嚢はなくても死にゃしない。地球に居た頃、俺の叔父さんが胆嚢を摘出してたんだけど、刺激物とか油モノを食べると腹を下しやすくなるくらいで日常生活に何も問題ないって笑っていたし」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。命の危機を助けてもらったんだ。感謝こそすれ、謝られるようなことは何もないよ」
イヴを再び抱きしめる。
イヴも俺にぎゅっとしがみつく。
心が温かくなる。
そして胃の近くにもなんだかほわんとしたものが――これが地球人にはない臓器?
「……ちなみに、胆嚢の代わりに俺に定着させたのって、どんな臓器?」
「魔力器官」
「魔力器官? あー、確かに地球人の体にはないよ……って、え、それじゃもしかして俺、レベルアップできるようになるってこと?」
「うーん。その可能性はある、ってくらいかな。魔力器官の蓄えた力を全身へ行き渡らせる魔脈が整っていないから。クリストバルコロの生物は、産まれてから体を成長させる過程で魔脈を全身へ整えてゆくんだけど、小谷地はもう大人の体だから、今から魔脈が全身に回るのは子供よりも時間がかかって……多分、私が小谷地とエッチできる体になってもまだ、整っていないかも」
「一部好ましくない表現が混ざっていたけれど、状況はだいたい把握した。まあレベルについてはもともとゼロだったんだ。それがほんのわずかでも上がる可能性が出てきただけでも儲けもんってやつだ」
それは本当にそう。
イヴが謝ることなんて欠片もなくて、むしろ感謝が二倍になるってもんだ。
だって、もしかしたらレベルアップできるのかもしれないんだぜ?
魔法だって使えるようになるかもしれない。
もうワクワクしかないじゃないか!
それに今でさえイヴはこんなに可愛くてあんなヨー様みたいなのに狙われるんだ。成長してもっと美人になったときにも守り抜くには、俺が今より強くなれる方がずっといい。
「本当に感謝しているよ。んで。現状把握に時間を割いちゃったけど、イヴが焦っていないってことは、ここはあのヨー様が手を出せない安全な小部屋ってこと?」
「ううん。通路」
「通路?」
「通路の両側を、石壁の魔法で塞いだだけ。もうちょっとしたら効果時間が切れると思う」
「ここに来るまで、敵には遭遇しなかった?」
「屍戦士ってのは何体か見た。戦わずにかわし続けて来たから、石壁の向こうで複数体待ち構えているかも」
「それはなんとかして収納しよう」
「じゃあ私、『空圧』で敵の動きを遅くするね。深い水の底みたいに動きを遅くさせる魔法なの。空間に対してかける魔法だから個別抵抗されにくいんだ」
「了解……けど、それって俺たちも動きが遅くなる?」
「大丈夫。こちらには事前に魔法抵抗力をとっても高める魔法を準備するから」
「そいつは心強い。で、ヨー様と、あの呪いの紡ぎ手って奴は?」
「あいつらはあの大広間から出られないんだと思う。私があの大広間から逃げ出したときに通ったアーチには、結界っぽいのを感じたもの」
「そっか……でも油断はせず、警戒しながら出口を探そうか」
「はーい!」
イヴは立ち上がる。
俺も立ち上がり――うん。動ける。
「よし。行くかっ!」
それから体感で三十分くらいだろうか。
襲い来る屍戦士を次々と収納しつつ走り続ける俺は、なぜか美幼女をお姫様抱っこしている――イヴじゃない美幼女を。
そのイヴは俺に肩車されて頭にしがみつきながら、多分だけど恨めしげな顔をしている。
『信頼の絆』のおかげでどんな感情なのかがバシバシ伝わってくるのだ。
だがもしもそれがなかったとしても、定期的に俺の額をバシバシと叩いてきているので不機嫌なのは明らかだ。
恐らくイヴの角は灰色がかっているだろう。
でも仕方ないよね。この子、足を怪我しているんだから。
さっき、屍戦士に襲われていた美幼女。
整った顔立ちではあるが、ヨー様同様に頭頂部が尖り、髪も眉もまつ毛もない。
年齢的にはイヴよりもさらに一、二歳くらい幼く見える。
手袋をはめた手で指吸いをしていたから本当に幼いんじゃないかな。
そんな子が、恐らく彼女を庇って死んだのであろう少年の死体にすがるように泣いていたのだ。
俺たちの通りかかるのがあと少しでも遅ければ彼女も死体になっていたかもしれない。
幸いというか、さきほど【会話理解】でヨー様から覚えた言語が通じた。
『大丈夫かい?』
そう言って近づいた俺の顔に美幼女はしがみついた――のはまあ良いんだけど、なぜ唇をつかむんだ?
『唇から、手を放してくれ』
『助けるでち』
ん?
『わたくちを助けるでち!』
そのとき庇護欲が急に湧いた。真夏の積乱雲のように。
とにかく放っておけなくて、それまで抱きかかえていたイヴを肩車し直すと、美幼女を恭しく抱え上げた。
「小谷地?」
イヴが不安そうな声を出す。
「大丈夫だよ、イヴ。この子は出口を知っているかもしれない」
とっさに思いついた言葉を口にする。
『どっちから来たんだい?』
『あちらでち!』
美幼女が指す方向、指す方向へと走り続け、ようやく出口が見えてきた。
まだ外へ出ていないにも関わらず感じる熱気と湿気。
そして闇の中に四角く切り取られた外の光景は鮮やかな緑色、鬱蒼としたジャングル。
「やった! 外だ!」
「ねぇ、小谷地っ!」
『幼女王様、外へ出られましたよ!』
幼女王様? 自分でも首をひねりたくなる単語が、俺の口から自然に出てくる。
どういうこと?
『ご苦労でち! では次にその女だけ下ろすでち』
イヴを?
いやいやいや、何言ってんだ?
イヴは家族で君は――胸の奥が幼女王様への想いでいっぱいになる。
この幼女王様は、俺のご主人様じゃないか。
● 主な登場人物
・小谷地
地球人。二十五歳。クリストバルコロへ異世界召喚され亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。魔力器官を移植された。
・母魔王
クリストバルコロの十一代目魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の収納の中。
・イヴ
勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。魔王の子宮の中で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。正式名はイゥヴェネッシェーレ。【仮死化】のおかげで亜空間内で多くの魔法と、そして小谷地の故郷の日本語まで学習した。
・ヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世
頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。少なくとも五百年は生きている(?)ようだが、収納できてしまったので、生きてはいないのかも。イヴに求婚を断られたからか襲ってきた。
・屍戦士、屍騎士、屍大戦士
ヨーが五百年かけて集めた部下。見た目はスケルトン。現在は、小谷地の亜空間に格納されている。
・ケンヤース
ヨーが警戒する相手。詳細は不明。
・幼女王様。
屍戦士の迷宮からの脱出方法を教えてくれた、ヨーと同じ種族っぽい美幼女。足を怪我している。
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