花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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錯乱

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「やっと落ち着かれたよ」
 阿国が入ってきてふすまを閉める。秀頼のあまりの乱れ方に阿国と秀頼だけ隣室に移り、一刻(約二時間)あまり入念に介抱していたのである。
 他の面々は取り乱した女性をどう扱って良いか分からないので、阿国に頼んで付き添ってもらったのである。
 (男なら一発張り倒して目を覚まさせてやるんじゃが)
 幸村はそう思いながら深い深いため息をついた。なんと前途多難なことであろうか。
「まあ物事はすべて前向きに考えることさね」阿国が落ち込む幸村に声を掛ける。
「この状況でどう前向きに考えられるというのかな?」
「秀頼様が女だってことは、江戸の狸爺たぬきじじいに必ずしも殺されるとは限らないってことよね?」
 (それはそうだ、男なら草の根分けても探し出してはりつけにせねばならぬが、女であれば出家をすると言えば生命までは取られぬだろう)
「まあ先のことは追々考えよう。今日のところは皆お休みあれ、わしと大助で宿直とのいをするとしよう」
 すると今まで黙っていた果心が「いや真田うじは今日一日戦い詰めであったろう、不届き者がかかってきた時に力が出ぬと困るがゆえに」と千代紙を一枚袖から出して鶴を折る。フッと息を入れ膨らますと、折鶴はパタパタと羽ばたいて果心が開けた襖から出ていった。
「あれが一晩中番をしてくれるゆえ、とりあえずは休みましょうず」
 果心はそれだけ言うとさっさと別室へ寝に行った。
 皆呆気あっけにとられて顔を見合わせたが、誰言うと無く就寝することにしたのだった。

 …………………

 幸村は二刻(約四時間)程まどろんでいたが、ふと目を覚ますと秀頼の寝ている部屋からうなされるような声が聞こえてきた。
 (阿国が起きて相手をしてくれぬか)と思ったが誰も起きる気配がない。
 仕方がなしに起き出して、秀頼の部屋前に座りいつでも入れるようにする。
「誰ぞ、誰ぞおらぬか」秀頼のか細い声が聞こえてきた。
「真田左衛門佐さえもんのすけこれに」幸村は襖を少し開け、にじり入った。
「真田か」少しほっとした声がした。
「真田よ、お主もどこかへ行ってしまうのか」幸村は意味が分からず黙っていた。
「関ヶ原で戦があってから、家来だと思っていた者共がだんだんいなくなった。江戸のじいがわしの建てた寺に苦情を申してからさらにいなくなった。昨日母上様も残った者共も皆黄泉路を渡ってしもうた」
 秀頼はうるんだ眼で声を絞り出す。
「真田もわしを見捨てるか?」
 この言葉を聞いた瞬間幸村の義侠心が燃え上がる。
「上様、何をおっしゃられますか!この幸村粉骨砕身し、もしも最後の一人になったとしてもおそばを離れませぬ!!!」
 その言葉を聞いて秀頼は「相分かった、つまらぬことを聞いてすまぬ」
 幸村は「安心してお眠りあそばせ」と言い残して退出しようとしたのだが、「しばし待て、もう少し近う寄れ」と消え入りそうな声で言われるとさすがに出ることは躊躇ためらわれる。
 何事かと思い枕元まで近寄ると、秀頼は両手で幸村の手を取り、てのひらほほに当てて横になった。
「すまぬ。すまぬが今しばらくこうしていてくれ。この手を感じている間はわしは一人ではない」
「母上様がおればこのような弱い姿を見ていかにお怒りになることか…」「じゃがその母上様も…」
 子供のように泣きじゃくる秀頼。幸村は彼女が眠りに落ちるまで静かに見守ることにしたのだった。
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