花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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甫庵

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「は~い、ただいま~」
 三日程経った頃、道頓が小柄な老人を連れて戻ってきた。
 阿国が顔を出して「お帰り。で、お連れしたのはどちら様?」
「申し遅れた。わしは小瀬甫庵おぜ ほあんと申す者、以後よろしくお願い致す」
 
 ー小瀬甫庵ー
 安土桃山から江戸時代初期にかけて存在した学者。太閤秀吉の一代を記した「太閤記」物を初めて出版したとされる。ただ面白可笑おもしろおかしく書こうと虚構きょこう捏造ねつぞうを多数取り入れたために、大久保彦左衛門おおくぼひこざえもん(家康・秀忠・家光の三代に渡る天下の御意見番ごいけんばん)からは「あやつの書き物は三つに二つはウソである」と酷評こくひょうされている。

「いや甫庵はんが阿国歌舞伎がどないなもんか見たこと無いっちゅうもんで、お連れしたんですわ」
 阿国は『どうせなら団体さんで呼べば良いのに、気が利かないねぇ』と言いたいところをグッとこらえて、「まあようこそお越しいただきまして、どうぞゆっくりご覧下さいませ」とおだてにかかる。
 阿国は道頓を隅に引っ張って「もしかしてと思うけど、甫庵さんのお代はちゃんといただけるんだろうね?」
「え!?脚本書いてもらうのに、金取るんかいな?」
「本書いてもらうのにいくらかかるか何にも言わずに呼んで来たからね、あの人に掛かるお金はあんたが払いなさい!儲かったら色付けて返しますわ」
「言うたな、よっしゃ!今の言葉忘れんときや!」
 それから甫庵は踊りや芝居の一日がかりの催しをすべて見続けて、なおかつそれを一ヶ月続けたのだった。
「小瀬は~ん、もうそろそろ本書いて…」
五月蝿うるさいのう、物書きの神様がりてんのじゃ!りてさえすれば稲妻より早く書いて進ずるがゆえガタガタ言わずに待っておるがよい」
 道頓は『わてはひょっとしてとんでもない貧乏神を連れてきてしもたんちゃうか?』と怖気おぞけを振るったが、時すでに遅し。甫庵が書き始めるまで待つしかなかったのである。

 一日の興行を終えて、一座皆それぞれ夕餉を取る者、先に風呂に入るも者いたが、お日出ひでよりは気を使って最後に入浴する事にしていた。
 ただ有馬の湯に入って以来、大助を連れて湯に入るのが当たり前になっていたのが不思議なところである。
 お日出ひでよりは性別が判明する前に湯を共にした大助に隠し事はないと思っているらしく、何とも思わぬていで一緒に風呂に入るよう命ずるのだが、幼い頃ならともかく、十五歳の大助にとってはたまったものではない。
 それと言うのも有馬では股間を除けばやや男っぽい身体からだつきだったのが、この数ヶ月で体型もやや丸みを帯び、両胸も膨らんできている。
 阿国などは「どうも月のものも無いみたいだし、どれだけ淀殿の重圧がひどいものだったのか」と自分の事のようにいきどおっている。
 今日も「大助さん、背中流して下さいな」とお日出ひでよりは声を掛け、共に湯殿に歩いていく。
 恥じらっている小柄な大助と、長い髪の毛を後ろで束ねている長身のお日出ひでより。廊下ですれ違った甫庵はお日出ひでよりを男と勘違いした上で、男同士(?)でかもし出す妖艶な雰囲気にしばし当てられていたが、やがて「キターーーー!」と叫ぶと自分の部屋に一目散いちもくさんに飛び込んだ。
 それを見た道頓が一言つぶや
「何やねんあれ」
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