10 / 42
甫庵
しおりを挟む
「は~い、ただいま~」
三日程経った頃、道頓が小柄な老人を連れて戻ってきた。
阿国が顔を出して「お帰り。で、お連れしたのはどちら様?」
「申し遅れた。わしは小瀬甫庵と申す者、以後よろしくお願い致す」
ー小瀬甫庵ー
安土桃山から江戸時代初期にかけて存在した学者。太閤秀吉の一代を記した「太閤記」物を初めて出版したとされる。ただ面白可笑しく書こうと虚構や捏造を多数取り入れたために、大久保彦左衛門(家康・秀忠・家光の三代に渡る天下の御意見番)からは「あやつの書き物は三つに二つはウソである」と酷評されている。
「いや甫庵はんが阿国歌舞伎がどないなもんか見たこと無いっちゅうもんで、お連れしたんですわ」
阿国は『どうせなら団体さんで呼べば良いのに、気が利かないねぇ』と言いたいところをグッとこらえて、「まあようこそお越しいただきまして、どうぞゆっくりご覧下さいませ」とおだてにかかる。
阿国は道頓を隅に引っ張って「もしかしてと思うけど、甫庵さんのお代はちゃんといただけるんだろうね?」
「え!?脚本書いてもらうのに、金取るんかいな?」
「本書いてもらうのにいくらかかるか何にも言わずに呼んで来たからね、あの人に掛かるお金はあんたが払いなさい!儲かったら色付けて返しますわ」
「言うたな、よっしゃ!今の言葉忘れんときや!」
それから甫庵は踊りや芝居の一日がかりの催しをすべて見続けて、なおかつそれを一ヶ月続けたのだった。
「小瀬は~ん、もうそろそろ本書いて…」
「五月蝿いのう、物書きの神様が降りて来んのじゃ!降りて来さえすれば稲妻より早く書いて進ずるがゆえガタガタ言わずに待っておるがよい」
道頓は『わてはひょっとしてとんでもない貧乏神を連れてきてしもたんちゃうか?』と怖気を振るったが、時すでに遅し。甫庵が書き始めるまで待つしかなかったのである。
一日の興行を終えて、一座皆それぞれ夕餉を取る者、先に風呂に入るも者いたが、お日出は気を使って最後に入浴する事にしていた。
ただ有馬の湯に入って以来、大助を連れて湯に入るのが当たり前になっていたのが不思議なところである。
お日出は性別が判明する前に湯を共にした大助に隠し事はないと思っているらしく、何とも思わぬ体で一緒に風呂に入るよう命ずるのだが、幼い頃ならともかく、十五歳の大助にとってはたまったものではない。
それと言うのも有馬では股間を除けばやや男っぽい身体つきだったのが、この数ヶ月で体型もやや丸みを帯び、両胸も膨らんできている。
阿国などは「どうも月のものも無いみたいだし、どれだけ淀殿の重圧が酷いものだったのか」と自分の事のように憤っている。
今日も「大助さん、背中流して下さいな」とお日出は声を掛け、共に湯殿に歩いていく。
恥じらっている小柄な大助と、長い髪の毛を後ろで束ねている長身のお日出。廊下ですれ違った甫庵はお日出を男と勘違いした上で、男同士(?)で醸し出す妖艶な雰囲気にしばし当てられていたが、やがて「キターーーー!」と叫ぶと自分の部屋に一目散に飛び込んだ。
それを見た道頓が一言呟く
「何やねんあれ」
三日程経った頃、道頓が小柄な老人を連れて戻ってきた。
阿国が顔を出して「お帰り。で、お連れしたのはどちら様?」
「申し遅れた。わしは小瀬甫庵と申す者、以後よろしくお願い致す」
ー小瀬甫庵ー
安土桃山から江戸時代初期にかけて存在した学者。太閤秀吉の一代を記した「太閤記」物を初めて出版したとされる。ただ面白可笑しく書こうと虚構や捏造を多数取り入れたために、大久保彦左衛門(家康・秀忠・家光の三代に渡る天下の御意見番)からは「あやつの書き物は三つに二つはウソである」と酷評されている。
「いや甫庵はんが阿国歌舞伎がどないなもんか見たこと無いっちゅうもんで、お連れしたんですわ」
阿国は『どうせなら団体さんで呼べば良いのに、気が利かないねぇ』と言いたいところをグッとこらえて、「まあようこそお越しいただきまして、どうぞゆっくりご覧下さいませ」とおだてにかかる。
阿国は道頓を隅に引っ張って「もしかしてと思うけど、甫庵さんのお代はちゃんといただけるんだろうね?」
「え!?脚本書いてもらうのに、金取るんかいな?」
「本書いてもらうのにいくらかかるか何にも言わずに呼んで来たからね、あの人に掛かるお金はあんたが払いなさい!儲かったら色付けて返しますわ」
「言うたな、よっしゃ!今の言葉忘れんときや!」
それから甫庵は踊りや芝居の一日がかりの催しをすべて見続けて、なおかつそれを一ヶ月続けたのだった。
「小瀬は~ん、もうそろそろ本書いて…」
「五月蝿いのう、物書きの神様が降りて来んのじゃ!降りて来さえすれば稲妻より早く書いて進ずるがゆえガタガタ言わずに待っておるがよい」
道頓は『わてはひょっとしてとんでもない貧乏神を連れてきてしもたんちゃうか?』と怖気を振るったが、時すでに遅し。甫庵が書き始めるまで待つしかなかったのである。
一日の興行を終えて、一座皆それぞれ夕餉を取る者、先に風呂に入るも者いたが、お日出は気を使って最後に入浴する事にしていた。
ただ有馬の湯に入って以来、大助を連れて湯に入るのが当たり前になっていたのが不思議なところである。
お日出は性別が判明する前に湯を共にした大助に隠し事はないと思っているらしく、何とも思わぬ体で一緒に風呂に入るよう命ずるのだが、幼い頃ならともかく、十五歳の大助にとってはたまったものではない。
それと言うのも有馬では股間を除けばやや男っぽい身体つきだったのが、この数ヶ月で体型もやや丸みを帯び、両胸も膨らんできている。
阿国などは「どうも月のものも無いみたいだし、どれだけ淀殿の重圧が酷いものだったのか」と自分の事のように憤っている。
今日も「大助さん、背中流して下さいな」とお日出は声を掛け、共に湯殿に歩いていく。
恥じらっている小柄な大助と、長い髪の毛を後ろで束ねている長身のお日出。廊下ですれ違った甫庵はお日出を男と勘違いした上で、男同士(?)で醸し出す妖艶な雰囲気にしばし当てられていたが、やがて「キターーーー!」と叫ぶと自分の部屋に一目散に飛び込んだ。
それを見た道頓が一言呟く
「何やねんあれ」
25
あなたにおすすめの小説
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
万能艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
第一次世界大戦において国家総力戦の恐ろしさを痛感した日本海軍は、ドレットノート竣工以来続いてきた大艦巨砲主義を早々に放棄し、個艦万能主義へ転換した。世界の海軍通はこれを”愚かな判断”としたが、この個艦万能主義は1940年代に置いてその真価を発揮することになる…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる